第256話 三種の歯

 ロゼリアさんが所有する屋敷――もとい【暴食】の拠点へと辿り着いた翌朝。

 僕を待ち受けていたのは、心臓を跳ね上げるかたちでの目覚めだった。


「失礼しますアルの兄貴!

そろそろ朝食の準備が整いますので、準備を整えてから食堂の方に来て頂いてもよろしいでしょうか!」


「びっ、びっくりしたぁ……わ、分かりました。

身支度を整え終えたら食堂に向かわせて頂きます」


「あ、洗面所の場所や食堂の場所はご存じですよね?」


「はい、昨日の晩に教えて頂きましたので」


「了解しました! それでは食堂でお待ちしております!」


 引き戸の向こうから足音が遠ざかっていくのを確認した僕は、もう一度「ビックリした……」と溢すと、あくびを手のひらで隠しながら部屋の中を見渡す。

 すると、目に映ったのは和と洋が折衷されている六畳ほどの独特な部屋で、一晩を明かした場所が【暴食】の拠点であったことを改めて実感する。


「ん~~~よく寝た。

なんだろ? 和っぽい要素があるからぐっすり眠れたのかな?」


 続けてそう溢した僕は、昨晩見つけた和に近い要素に目をやり、天井付近に通された無垢の梁を見て「日本的だなぁ」と頬を緩ませる。


「アルの兄貴! お着替えは終わりましたか?」


「す、すみません! すぐ着替えますので!」


 しかし、そうしている間にも時間は経過していたようで、僕は急いで着替えを終えると、滞在中の自室としてあてがわれた部屋を慌てて飛び出すことになってしまった。




 そうして、着替えや早朝の身支度を終えた僕は食堂へと移動する。


「なんというか……賑やかな場所だな~……」


 が、その途中、僕は小さな苦笑いを浮かべる羽目になってしまう。

 昨晩、屋敷についての説明や案内をしてもらった際に、この場所で十数名の団員が共同生活を送っていることや、そういった理由で昼夜を問わず賑やかであることは聞かされていた。


 事実、案内をされている最中も賑やかだったし、僕が眠る直前まで人の声が絶えることが無かったので、賑やかであることは十分に理解してはいたのだが……


「洗濯物がある奴はさっさと持ってこい! 早くしねぇと洗ってやらねぇからな!」


「はい、どいたどいた! 掃除の邪魔だから端に避けて!」


「おい! この朝食で茶葉が切れるから買い出し班は忘れんじゃねぇぞ!」


 共同生活をするうえで早朝というのは特に忙しい時間帯なのだろう。

 団員の人たちが世話しなく行き来をし、怒号に近しいやり取りが飛び交っているのだから「賑やか」というよりかは「騒々しく」、まだこの場所に馴染めていない僕は……


「どうしたんすかアルの兄貴? もしかして迷っちまいましたか?」


「ばっかおめぇ! おめぇとは頭の出来が違うんだから迷うわけねぇだろうが!

そんな舐めたこと言ってっと、アルの兄貴にこうやって、こうやられるぞ? ねぇ、アルの兄貴?」


「いや、まぁ……ははっ、そうですね?」


「ひゅ~こえ~! 流石はアルの兄貴っす!」


 いや、場所というよりも、怖いお兄さん方に馴染めていない僕は、少しばかりちびりそうになってしまう。


 正直、ガラの悪い人には何度も絡まれたことがあるし、見た目や実力を比べても大きな差が無いというのに、こんなにも気圧されてしまうのは何故なのか?

 と、いった疑問はあるのだが、恐らくは前世で根付いていた「怖い」という感覚がそうさせてしまうのだろう。

 などと結論付けている内に、食堂へと辿り着いたようで……


「アル君、おはようございます」


「おはよ~、昨日はゆっくり眠れた? てか何その顔? どんな感情なのよ?」


 食堂に居たロゼリアさんとミエルさんの姿を見て、安堵の表情を大袈裟過ぎるほどに浮かべることになってしまった。



 その後、朝食を終えた僕たちは話し合いの場を設けることに。

 話し合いの題材は、『【暴食】がこれからどう動いて行くのか』と『僕とミエルさんが【暴食】と共に何をすることになるか』で、その二つについて話し合うため、会議室然とした部屋へと移動することになったという訳だ。

 

「はい、賽の目は四、五、六だから今回も私の勝ちだね」


「ま、またですか? 流石に不自然ですし、イカサマを疑いたくなるんですけど?」


 が、僕たちは何故か、サイコロ遊びに興じていた。

 とはいえ、『何故か』と口にしたものの、興じていた理由は理解している。


 ロゼリアさん曰く、僕たちが予定していたよりも早く【吟遊都市マディア】に到着してしまった故に、話し合いに必要となる情報が揃っておらず、その情報とやらが本日の昼過ぎくらいに届くという話なので、待っている間の時間をサイコロ遊びで潰していた訳なのだが……


「馬鹿言うなよ、そんなことする訳ないだろ?

自分が負けてるからって人を疑うのは良くないぞ? それとも、人を信じる心をアルは忘れちゃたのか?」


「わ、忘れたりはしませんが……すみません、負けが続いていたので少し疑い深くなってしまったようです」


「いいよいいよ、その気持ちは理解できるから私はアルを許すよ。

ってことで、次の勝負を始めるとしようか――おっと」


「 あっ、僕が拾いますね。

えっと……ロゼリアさん? このサイコロ、重心が偏っていませんか?」


「……気のせいじゃないかな?」


「いや、ほら! これ何回振っても四、五、六しか出ませんし!」


「おっと! 手が滑っちゃった!」


「何で壊したんですか!? これは明らかな隠蔽行為であり、勝負の公平性に偏りがあった事を暗に示すような行為で――」


「え~んミエルン、アルが難しい言葉で苛めてくるよぉ」


「あ、あの……流石に擁護する気がおきないのですが……」 


「アルから巻き上げた、『肩を揉んでもらえる権利』を半分あげるって言っても?」


「証拠がなくなってしまった以上、アル君の言っていることは憶測の域を突出することはありませんし、状況を覆すために論じた希望的観測でしかありません。

従って、隠蔽行為であるとの訴えは勿論のこと、偏りがあるとの訴えも信憑性が低いものであると判断させて頂き、不正はなかったと断言させて頂きます!」


「え、ええ~……」


 このサイコロ遊び、余りにも理不尽である。

 だからこそ、こんな理不尽に屈してはいけない。


「だったら……もう一度です!

もう一度、不正が介入しない通常のサイコロで――このサイコロで勝負しましょう!」


「え……まだやるの?

こんだけ負けたら、不正を抜きにしてもやめるのが普通だと思うんだけど?」


「負けず嫌いが悪い方向で発揮されているようですね……

アル君と賭け事……できるだけ距離を取らせるのが正解かもしれませんね」


 何か、辛辣なことを言われていたのは兎も角。

 僕は理不尽に抗うべく、手のなかでチャラチャラとサイコロを鳴らす。


「なんか、一端に玄人感を出してて腹立つんだけど?」


「慣れれば、こういった部分も可愛く見えるようになりますよ?」


「いや、これはならないでしょ?」


 そして、再び辛辣な会話が交わされた瞬間――


「お邪魔ぁ~! よう団長! 予定よりもお早いご到着じゃねぇか!

ってことは、こいつらはそれなりに優秀だったって訳だな!」


 髪を逆立てた身体の大きい男性が、戸を開いて室内へと足を踏み入れる。


「本当、予定よりも数日は早かったわよね?

団長が来る前に集めておいた情報をまとめておこうと思ってたのに……これじゃ、団長に褒めてもらえないじゃない……」


「なら私が褒めてやろう。

ちなみにだが、こういう時はどのような言葉で褒めるのが正解なんだ?」


「あなたは相変わらずね、気持ちだけありがたく受け取っておくわ」


 続いて足を踏み入れたのは、丸眼鏡を身に着けた妖艶的な女性と、無表情のまま淡々と喋る中性的な女性。

 僕は、勝手知ったる様子でソファに腰を下ろした三人を見て、思わず手のなかで鳴らしていたサイコロが鳴らないように握りこんでしまう。


「おう、久しぶり」


 対して、そんな三人に向けて笑顔を送るロゼリアさん。


「ああ、鳩を飛ばしてたから大体の事情は分かってると思うけど、こっちがアルで、こっちがミエルだから仲良くしてやってくれよ」


 僕たちを三人に紹介し、続けて僕たちに対する自己紹介を始めるのだが……


「それで、このデカいのがクジャルで、ボインボインなのがカウウ、この何考えているのか分からなそうなのがハスクで、この三人が【暴食】の幹部的な役割を担ってるんだけど……てか、面倒だからアンタたちが自己紹介すれば? なんで団長の私があんたらの自己紹介しなきゃいけないのさ?」


 紹介を始めたものの、面倒くさくなってしまったようで、自己紹介を三人へと各自へと放り投げてしまう。

 そのことにより、自分の言葉で自己紹介を始める三人。


「いや、自分で紹介し始めたんだろうが……ってのは、言っても仕方ねぇか……

ってことで、俺は【切歯のクジャル】。

まあ、団長はお前らの面倒を見るとか言ってるけど、それに値しないと思ったら容赦なく放り出してやるから覚悟しておけよ?」


「で、私は【臼歯のカウウ】。

よろしくね【賢者の弟子】と【黒白のアル】さん?

ああ、それとも【美女使い】とか【拳骨落とし】、それとも【炎姫の花婿】さんと呼べばいいのかしら? ふふっ、アル君って色々な二つ名で呼ばれているから調べてて楽しくなっちゃったわ」


 癖のある自己紹介を聞かされた僕は、流石はロゼリアさんの仲間だと変に納得してしまう。

 しかし、そうして納得していると……いったい何を考えているのだろうか?


「私は【犬歯のハスク】。

まずはご挨拶ということで――」


 ハスクさんが両腰に差していた剣を抜いて斬り掛かり――


「ちょっ!? あ、危ないじゃないですか!」


「試されているのは分かるのですが、余り良い気はしませんよ?」


 その剣を僕が鞘で、ミエルさんがタクトを模した杖でいなしたのだが……


「へぇ、手加減したとはいえ二人ともちゃんと反応できるんだね? 偉いから褒めてあげるよ」


「カッカッ! ハスクのソレで鼻頭を切られなかったヤツは久しぶりだな!」


「正確には765日振りで、私のところに居るヘイデさん以来の快挙ですね」


 送られた称賛の言葉を聞いた僕のなかでは、突然斬り掛かられたことに対する怒りよりも、『そうですよね。ロゼリアさんの仲間ですものね』という思いが勝ってしまい、呆れにも似た形で納得させられる羽目になってしまうのだった。

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