第255話 暴食の拠点
【吟遊都市マディア】を目的地としてから十日と数日が経過した。
この間、ちょっとした魔物の群れと遭遇したり、宿場町でガラの悪い男たちに絡まれたりもしたのだが――
『たかだか五体で……オーク風情が私たちをどうにかできるとお思いで?』
遭遇したといっても、相手は何の変哲もないオークの群れであったし、
『はい、もっと大きな声でごめんなさいしましょうねぇ~』
『『『ご、ごめんなさい!』』』
『駄目ぇ~、アンタたちは目が淀んでるから憲兵に突き出しちゃいま~す』
絡んできた男たちも、Eランク冒険者程度の実力しか持ち合わせていなかったため、僕たちは予定を組みなおすこともなく、順調に距離を進めることに成功している。
そして、それは本日も同様だ。
朝食を取ってから野営地を発った僕たちは、時折休憩を挿みながら北東へと伸びる街道を順調に進んで行く。
「ほらほら、もっと『走る』という行為と、使う部分を意識しなくちゃ。
そんな生温い意識の仕方をしているようじゃ【魔力の体幹】は掴めないし、私に負け続ける羽目になっちゃうけど良いのかなぁ~?」
「良くないです!」
「じゃあ、頑張らなきゃだよねぇ? ほら、が~んばれ! が~んばれ!」
「くっ……煽られてるのか、本当に応援されているのかが分かりにくい!」
まあ、【魔力の体幹】に関してはちっとも順調じゃなかったりするのだが……
ともあれ、大きな問題が起こることもなく、怪我をしたり体調を崩すこともなかったからだろう。
太陽が真上を過ぎたところで昼食を取り、取り終えてから数時間ほど走ったところで――
「二人とも、長旅お疲れ様。
そしてようこそ、ここが情報が集まり錯綜する場所――【吟遊都市マディア】だ」
目的地である【吟遊都市マディア】の正門前へと辿り着くことになった。
正門前へと辿り着いてから十数分。
僕たちは門兵と幾つかの応答を交わして手続きを終えると、無事に正門の内側へと通される。
「ここが吟遊都市……流石は大都市って感じですね……」
そうして、都市内へと足を踏み入れることになったのだが、その町並みを見た僕は思わず間の抜けた声を漏らしてしまう。
何故なら、正門から伸びる大通りには背の高い洒落た店舗が立ち並んでいることに加え、更に周囲を見渡せば、どこか奇抜で、なのに洗練された多くの建物が目に映ったからだ。
「なんか……場違いな気がしちゃいますね」
加えて僕は、往来する人々を眺めながらそう呟いてしまう。
洒落た洋服を着こなした人々が、何処か垢抜けた仕草や会話を交わすことによって、学園都市とはまた違った華のある喧騒が生み出していたからで――まあ、つまりは、都会的な雰囲気に気圧されてしまった結果、僕は間の抜けた声や呟きを溢してしまった訳なのだが……
「ああ~、私も初めて来たときはそんなふうに思ったなぁ」
そんな僕に対し、懐かしそうに苦笑いを向けるロゼリアさん。
「初めて来た時、ですか?」
その苦笑いを見た僕は、反射的に疑問を口にしてしまう。
「あっ……いえ! な、何でもないです!」
が、疑問を口にしたのと同時に、するべきではない質問であることに気付いてしまい、僕は慌てて質問を取り下げようとする。
しかし、どうやら取り下げることは適わなかったようで……
「ああ、田舎臭い格好が恥ずかしく感じた。っていう昔話をしたもんね。
さっきの一言で、この都市が私たちを襲った悲劇の舞台だって気付いちゃった訳か。
てか――くっくっ、そんなに慌てなくても大丈夫だよ? むしろ忘れないために、本拠地をこの都市に置いてるんだからさ」
内心を見抜いたのであろうロゼリアさんは気遣うような言葉を口にし、その優しさを受けた僕は「ほっ」と息を漏らすことになってしまった。
「まったく、変な気の遣い方してると疲れるよ?
てか、変に気を遣われるとこっちも疲れちゃうから、今後そういうのは禁止だからね?」
「わ、分かりました」
「分かればよろしい」
そして、そう言ってもらえたことによって安心することができたのだろう。
周囲をうかがう余裕が生まれた僕は、そういえばと思いミエルさんに視線を送る。
「……」
すると、無言のまま寂しげな瞳で、遠くにある噴水広場らしき場所を眺めているミエルさんの姿が目に映る。
「ミエルさん?」
僕の声に気付いていないのだろうか?
ミエルさんは寂し気な瞳のままぼうっと遠くを眺め続けており、少し心配になった僕は先程よりも大きな声でミエルさんの名前を呼ぼうとするのだが……
「さて、私の拠点を案内してあげるからついておいで。
ほら、ミエルもぼうっとしているようだと置いて行っちゃうよ?」
「きゃうっ!? な、何をするんですか?」
「ちょうど良い場所に無防備なお尻があったからだけど?
てか、随分と可愛い声が出たね? もしかしてミエルってこういうのが好きなの?」
「ち、違いますよ! 油断していたからで……」
「本当かな~?」
「か、からかわないで下さいよ……」
名前を呼ぶために開きかけた口は、二人が会話を交わしたことによって噤むことになってしまい、
「どうしたの? 何かあった? 大丈夫?
そう聞いてあげるのも優しさだけど、聞かずに待ってあげるのも優しさらしいよ?」
口を噤んだ僕の耳には、そんな意味深な言葉がささやかれることになった。
その後、人の往来する大通りを進み、噴水広場から下町を思わせる商店街へ。
その商店街を通り抜け、そこから少し歩いたところでロゼリアさんは足を止めた。
「ここが拠点……でしょうか?」
止めたのだが……
「そうだけど? 何か問題でもある?」
「いや、あの、その……えっと……」
案内された拠点を――問題だらけの拠点を眼前にしら僕は、思わず頬を引き攣らせる。
まず問題として挙げるのは、拠点として案内された建物の外観。
ロゼリアさん曰く「自分の好みを反映していったらこうなった」とのことなのだが、僕から見れば和風建築に近い外観――例えるならば、海外の映画に出てくる間違った和風建築。と、いった外観をしていることに突っ込みを入れたくなる。
が、正直驚いたのは事実だが、それだけであれば全然許容することができる。
では、何が問題なのかというと……
「おいおい坊主? ロゼリア姉さんがッ! 団長が聞いてるんやぞッ!?
聞かれたらシャキシャキ答えろやこのボケカスがあぁッ!!」
「おめぇ耳ついてんのか? いや、付いてないから答えられねぇのか。
だったらそこに付いてんのは飾りだよなぁ? その似合わねぇ飾りを切り落としてやるからちょっと待ってろ。おいッ! 刃物持ってこい刃物ッ!」
「そう言うと思って、切れ味が良いのを用意しておきました!」
「馬鹿野郎ッてめぇッ! ぼんくらがぁッ!
切れてどうすんだよ切れェてッ! 馬鹿躾ける時は切れない刃物だって教えただろォがッ!!」
指が足りなかったり、目の焦点が合っていなかったり、すんごい巻き舌だったり……
まあ、巻き舌なのは兎も角として、【暴食】は【幸せを運ぶ肉屋】の被害者で構成されており、被害者であるからこそ障害を抱えている者も多いと聞かされていたので、「けじめ」とかの類ではないことは重々理解しているのだが……
「な~に黙りこくっとんじゃワレぇッ!!
舐めてるとぼてくりこかすぞアホンダラぁッ!!」
好意的な解釈をしようにも、言動が「ヤ」から始まるソレで、建物との相乗効果によって、見事なまでに極まっているのだから大問題だし、はっきり言ってちょうこわい。
「……それではロゼリアさん、そろそろ拠点に案内して頂いてもよろしいでしょうか?」
故に、僕は現実逃避を計る。
「いや、だからここが拠点だって」
「……ふむ、それは哲学的な意味でですか?」
「あんた何言ってんの? だからここが拠点だってば」
しかし、現実が僕を逃がしてくれない。
「まあ、こいつらはガラが悪いし、アルが現実逃避したくなる気持ちも分からなくはないけど……こいつらって単純で素直なところがあるから安心して良いと思うよ」
「安心……と、いいますと?」
「人を「強い」か「弱い」で判断するくらい単純だし、自分より強いと判断した人に対しては敬意を持って素直に従うって感じかな?」
「……なるほど。
ああ、ちなみに『要するには』説明しないで結構ですので」
「よ う す る に、自分より強いことを教えてあげればアルも安心できるって訳だね。そういうことだからアル、いっちょ分からせてあげちゃいなよ!」
更に追い打ちをかけてくる現実。
そして、逃げられないと悟った僕は――
「アルの兄貴! お荷物お持ちします!」
「馬鹿お前ッ! 何が入ってるか分かんねぇんだからもっと丁寧に扱うんだよッ!
すんませんねアルの兄貴、こいつ全然分かってないんすよ!」
「さーせん! アルの兄貴!」
「おめぇッ! 謝って済むなら憲兵なんていらねぇんだよッ!」
年上の怖い人たちに、敬意を込められて兄貴と呼ばれる羽目になるのであった。
「姐さん! こちらの荷物は自分がお預かりします!」
「あ、ありがとうございます……」
ちなみに、ミエルさんは「ミエル姐さん」と呼ばれる羽目になった。
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