第254話 魔力の幹

 宿場町を発ってから数日が経過した。

 移動は相変わらず自らの両足を用いた走りだったので、一日に進む距離はまばらであったが、それでも、馬車では通ることのできない森や川を――悪路や裏道を進むことができたため、一般的な馬車よりも距離を進めることに成功している。


 要するに、僕たちの道程は順調そのもので、ロゼリアさんの話によると目的地までの距離を半分ほど消化したことになるらしいのだが……


「80、81、82、83、はい、二人ともよろけた。

じゃあ、地面に肘をついて両足はつま先立ち、横から見た時にまっすぐに見えることを心掛けながら姿勢を維持してね。はい、始め!」


「「は、はい!」」


 順調なのは道程だけで、ロゼリアさんが課した訓練には随分と躓かされていた。


「はい、次はその姿勢を維持したまま、右足を開く。で、右足を元に戻したら左足を開いて戻してを繰り返すよ~。勿論、身体強化も維持したままだからね」


「「わ、分かりました!」」


 では、そもそも何故?

 このような訓練をすることになったのかというと、話は宿場町での夜まで遡る。


 あの日、おじさんたちと別れた僕たちは、少しだけ夜の宿場町を散策したところで良心的な値段の宿屋を見つけ、一晩お世話になることを決めた。


『なんで別の部屋にすんのよ? 昨日みたく一緒に寝ればいいじゃん?』


『は、はい! 私もそれが良いと思います!』


『ご、誤解を招くような言い方はやめて下さい!

一緒の部屋では寝ましたが一緒には寝ていませんし、ソファで寝ましたから!

それに! ぼ、僕だって男なんですからもう少し警戒した方が良いかと!』


『警戒? 別に間違いが起こっても構わないよ? アルって可愛い顔してるし』


『ロゼ姉さん!? わ、私だって構いません!』


『ぼ、僕が構うんですよ! ですので別の部屋を取らせていただきます!』


 ……宿屋の受付でそのようなやり取りがあったことは兎も角。

 無事に宿泊手続きを終えた僕たちは、宿屋の食堂で薬草茶を嗜んでから就寝する運びとなったのだが、その際に――


『ロゼ姉さんは、あれだけの距離を走ったのに、まったく汗をかいていませんでしたが、何か特殊な走法を用いていたのでしょうか?』


『身体強化を使用していたのは分かるんですけど、身体強化なら僕たちも使用していましたし、あれほどの差がつくのはどうしてなんでしょうね?』


 ミエルさんと僕が気になっていたことを尋ね、

 

『別に特殊なことはしてないよ? てか、知りたいの?』


『『はい! 知りたいです!』』


 ロゼリアさんの質問にそのような答えを返した結果。


『う~ん、普通の身体でも掴めるもんなのかな?

まあでも、掴めない道理はないし……じゃあ、一応やってみることにしよっか』


 翌日から訓練が始められ、今現在、その課題の難しさに躓かされることになってしまったという訳だ。

 では、この訓練を行う目的は? と、いうと。


「はい終了~。

どう? この数日で【魔力の体幹】を少しくらいは理解できたかな?」


 ロゼリアさん曰く、この訓練は【ロゼリア流身体強化】を習得するための一環で、その基礎となる【魔力の体幹】とやらを鍛えるという目的の元で行われている訓練らしいのだが……


「くっくっ、全然理解できてないって顔してるねぇ?」


 そう。ロゼリアさんが言うように、全然理解できていなかったりする。


「理屈は理解しているんですけどね……」


 とはいえ、僕自身が口にしたように「理屈」だけは理解していた。

 要するに、【魔力の体幹】というものは肉体における【体幹】と同じようなもので、これを鍛えることによって魔力の偏りを解消し、より効率的でバランスの取れた身体強化魔法を使用できるようになる。と、いうのが理屈になるという訳だ。


 それは理解している。

 しているというのに理解できていなかった理由は……そもそもの話、僕はロゼリアさんが言う【体幹】を意識しながら身体強化魔法を使用していたからだ。


 事実、僕は頭のてっぺんからつま先まで偏りなく魔力を流せるし、魔力が滞っているような感覚や違和感を覚えることなど体調を崩した時くらいしか記憶にない。

 だというのに、ロゼリアさんは「魔力の体幹が崩れている」と断言し、実感の伴わない訓練を僕たちに課すのだからいまいち理解が追い付かないし、ちょっとだけ不安にもなってしまう。


「理屈は理解してるんだね。ミエルも同じ感じ?」


「そうですね。私としては偏りなく魔力を流しているつもりなのですが……」


 ともあれ、僕たちは教えを請う身だし、疑うような真似をしてしまってはロゼリアさんに失礼だろう。

 そのように気持ちを切り替えた僕は、訓練の続きをお願いしようとしたのだが――


「まあ、前回の説明だけじゃ足りなかったかもね?

じゃあ、もう少し詳しい説明をしてあげようかね」


 僕たちの反応を見て、詳しい説明が必要だと考えたのかも知れない。

 ロゼリアさんはそう言うと、左手の義手と、左足の義足の留め金をパチン、パチンと外していった。


「それじゃあ、説明を始めるね」


 僕は、そう言ったロゼリアさんの姿を見て思わず唾を飲み込んでしまう。

 義手と義足であるという認識はあったが、不自由さを欠片も見せなかったので、その事実を少しだけ忘れてしまっていたからだ。


 しかし、目に映っているロゼリアさんには、左肘と、左膝の先が存在していない。

 初めてみるその姿に、驚きに似た形容しがたい感情を覚えてしまい、


「初めて見たんだっけ? でも、同情とかはいらないよ? そういうのはお腹いっぱいでゲーしちゃいそうだからさ」


 僕は数度の瞬きをすると、慌ててロゼリアさんの顔へと視線を向けた。


「うん。お利口だね。

で、説明に戻るけど、二人は私が言う【魔力の体幹】ってものを理解できていない――むしろ、ソレをやっているつもりでいると思うんだよね」


「そ、そうですね」


「じゃあ、何で理解できないんだと思う?」


「未熟……だからでしょうか?」


「くっくっ、大雑把な返答だねぇ?

まあ、それはそうなんだけど、二人にはちゃんと手足があるでしょ?」


「は、はい……」


「まあ、不幸自慢みたいになっちゃうから嫌なんだけど……私にはなくて、二人にはちゃんと手足があるから理解に差が生まれるんだよね。

例えばだけどアル。アルは走ろうとした時、踵が地面に着く、足の裏が地面をなぞる、つま先で蹴り出す。そんな動きを意識して走ったりしないでしょ?」


「あまり意識はしませんね……」


「しないよね? でも、私はソレをするんだよね。

左膝から先が存在しない私は、ソレを強く意識して、そうなるように仮初の足で走るんだよ。

けど、二人は身体強化を使用した状況でもソレが当たり前のようにできちゃうから、【魔力の体幹】っていうものを理解し辛いし、僅かな崩れに気付くことができないんだよね」


 ロゼリアさんはそう説明すると、右足で地面を蹴り、待っていた木の葉をつま先でとらえる。


「で、凄く極端な言い方をすると、身体強化を使用している時の二人は今の私。

それなりには動けるけど、動かしやすい部分や得意な部分に比重を置いてて――まあ、それは無意識下の反応なんだけど、無意識下で割かれた魔力は【魔力の体幹】を知らず知らずの内に崩しちゃって、非効率化させているんだよね」


「非効率化ですか」


「そ。えっと、じゃあ、つま先をつけないで歩いてみなよ?」


 僕は言われたままにつま先をつけずに歩いてみる。


「歩きにくいでしょ?」


「はい……凄く歩きにくいです」


「要は、身体強化している時のアルのなかではソレと同じことが起きている訳。

だから、義足とはいえ、つま先まで使って走っている私は二人に勝てちゃうし、効率良く魔力を使用している私は二人と比べて疲れも少ない。

で、二人がつま先まで使えるように――私と同様の走りを取得できるように【魔力の体幹】を鍛える訓練をしている訳なんだけど……っていうか、これって説明になってる?」


「お、おそらくは……」


 そう尋ねられた僕は、思わず間の抜けた声を漏らしてしまう。

 説明してもらったことにより、僕が【魔力の体幹】を掴めない理由は分かったのだが、とどのつまりは鍛錬不足――ロゼリアさんは大雑把だと笑っていたが、未熟であるという事実が「理解できなかった僕」に対する答えであったからだ。


 従って、僕は嘆息する。

 

「何というか、身に付けるのには時間が掛かりそうですね……」


「そうですね。今更ながら『普通の身体でも掴めるもんなのかな?』と、言っていた意味を理解することができました」


 僕と同様に、先が長いことを理解して大きく息を吐くミエルさん。

 そんななか、ロゼリアさんはというと――


「あっ、アル。自分で付け直すの大変だから義足をハメてもらっていい?」


「はい。ここの金具にハメれば良いんですか?」


「そうそう、そこだよ、そこ。んっ、アルったらハメるの上手……」


「……ロゼリアさん? ……ちょっと言い方が如何わしくないですか?」


「え? 何処が? あっ、やだ、ハマっちゃった……」


「ロゼリアさん!?」


「くっくっ、顔を真っ赤にしてやんのぉ~。

いやぁ、アルはからかい甲斐があるから楽しいねぇ~」


 僕を弄り倒し、心底愉快そうに笑うのだった。

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