第253話 飴と鞭

 エジンの宿屋で一夜を明かした翌日。

 僕たちは北東に存在する都市へと――ロゼリアさんが拠点を置いているという【吟遊都市マディア】へと向かう運びとなり、早朝にエジンを発つことになった。


「ほらほら、走れ走れ~。義足の私に負けたら恥ずかしいぞぉ~」


「ぐっ! 義足といってもロゼリアさんはSランク冒険者じゃないですか!?」


「え? それを負けた時の言い訳にしちゃうの? やだぁ~格好悪~い」


「はぁ? 全然しませんけど!? ちょっと言ってみただけですし!」


「だったら行動で示してみなよ! ほら! もう一段階速度を上げるけどついてこれる?」


「はぁん!? 全然ついていけますけどぉ!?」


 発つことになったのだが……沙汰が正気ではなく、エジンを発った僕たちの移動方法は、自らの両足を用いた走りだったりする。


 まあ、とはいえ、そうする理由は理解している。

 要は「僕の面倒を見る」という約束をロゼリアさんが違えなかった結果であり、移動時間を利用することで僕たちを鍛えようとしてくれた結果が今の状況であるという訳なのだが……


「やだぁ~……凄い汗かいてるじゃん? 超必死じゃん?」


「ぷはっ! 違いますけどぉ!? 水を被ったからですけどぉ!?」


「え……水袋の水を被ってごまかすとか……ちょっと引くんですけど?」


「水飲もうとしたら間違って水を被ることくらいありますよねぇ!?」


「あ、あるのかな?」


 流石に、このようなやり方はどうなのかと疑問を呈したくなる。

 何故なら、このように煽られてはやる気が削がれる一方だし、まあ、僕は全然許容できてしまうのだが、人によっては敵対心を抱きかねない。

 

 従って、指導する立場にある者は「鞭」だけではなく「飴」を。

 強弱をつけた指導を心掛けるべきで、ただただ煽るだけのロゼリアさんのやり方は大きく間違っており、「問題あり」と断言するのに些かの躊躇も覚えない訳なのだが――


「はぁはぁ……アル君の扱い方を早くも熟知している……流石はロゼ姉さんです」


 後方で息を切らしているミエルさんは、何故か感嘆の声を漏らしていた。




「はい、到着~っと」


「や、やっとついた……」


「はぁはぁ……今日だけで……ず、随分進んだ気がしますね……」


 本当、どれだけ進んだのだろうか?

 宿場町を二つほど越え、三つ目の宿場町に辿り着いたころでようやくロゼリアさんは足を止める。


「今日だけで道程の一割くらいは進んだんじゃないかな?

いやぁ、本当なら二つ目の宿場町で一夜を明かそうと思ってたんだけど、二人が想像以上に走れるもんだから、お姉さん楽しくなっちゃってさぁ~」


「その結果……はぁはぁ、二つ目の宿場町を越える羽目になったという訳ですか……」


「そういうこと~」


 ロゼリアさんの話を聞き、僕とミエルさんは目を見合わせる。

 言葉にせずとも「明日はこうならないように調整して走ろう」と、いった思いを汲み取り合い、僕とミエルさんは無言のまま頷き合うのだが……


「見つめ合っているところ悪いんだけど、今日の走りで最低限を見極めることができたから、それ以下の走りをするようだったらお姉さん怒っちゃうからねぇ?」


「「……」」


 どうやら、調整などという甘い考えは許してもらえないようだ。


「明日は……どれくらい走ることになるんでしょうね?」


「『最低限を見極めることができた』と言っていましたし、今日と同等かそれ以上になるかと……」


 僕とミエルさんは、明日のことを考えて小さな溜息を溢してしまう。

 すると、そんな僕たちの様子を不憫に思ったのか――と、いうよりかは、初めから「鞭」だけではなく「飴」も与えるつもりだったのだろう。


「まあ、とは言っても、厳しくするだけじゃ能がないからね。

と、いうことで、私の想像を良い意味で裏切り、見事な走りを見せてくれた二人には、美味しい美味しい夕飯をご馳走しようじゃないか!」


 そう言ったロゼリアさんは僕たちの肩を抱き、賑やかな声が漏れる店へと歩みを進めた。



 

「さて、何ににする?」


 大衆食堂? それとも酒場か?

 どちらともいえない独特な雰囲気を感じながら、壁一面に下げられたお品書きに目をとおしていく。


「肉料理……魚料理……麺料理に粉物……

なんか、色々とありすぎてどれにしようか迷ってしまいますね?」


「確かに色々あるねぇ。まあ、好きなだけ悩んだらいいよ。私は私で先にやっておくからさ。

ってことで、お姉さ~ん! エールを一つと――ああ、二人は何飲む?」


「じゃあ、僕は冷えた華茶をお願いします」


「私もアル君と同じ物をお願いします」


「じゃあ、華茶を二つとエールを一つ。それとナッツに今日のおススメってヤツをちょうだい!」


「はーい! かしこまりました!」


 お品書きと睨めっこをしている間にも晩酌の注文を終えるロゼリアさん。

 「とりあえず」の注文を終えると、一日の疲れをほぐすかのように「ん~」と伸びをするのだが、そんなロゼリアさんの姿をみた僕は思わず頬を緩めてしまう。


「なに笑ってんのさ?」


「あ、えっと、息切れはしていなかったけどちゃんと疲れているんだな。と、思いまして」


「そりゃあ、流石にあれだけの距離を走ったら疲れるでしょ?

何? 私を化け物かなんかだと思って――……ああ、そういことね」


 そう言ったロゼリアさんは、にやにやとした笑みを僕へと向ける。


「アルって結構負けず嫌いだよね?

要するにあれでしょ? 自分が息を切らしていたのに私が息を切らしていないから悔しかった。で、私が疲れを見せたからちょっとだけホッとしたんでしょ? くっくっ。アルは可愛いねぇ~」


「……なんのことでしょう?」


「このこの~、とぼけるなよ~」


 僕の肩をツンツンと突くロゼリアさん。

 対して、図星を突かれた僕は、頬が熱くなる感覚を覚えてしまう。


「ほら顔が赤くなった! アルは分かりやすい子だねぇ~」


「き、きっと照明の所為ですよ!」


「お待たせしましたー! こちらご注文のお飲み物と料理です!」


「あ、ありがとうございます!

お、おススメ料理って煮物なんですね! 温かいうちに召しあがって下さい!」


「くっくっ、本当に分かりやすいねぇ~」


 そうして弄られている間にも注文の品が届けられ、ロゼリアさんはエールで。

 僕とミエルさんは、注文を終えてから冷えた華茶で喉を潤し始める。


 そして、疲れていた身体に水分が染み込んでいく感覚と、それがもたらす清涼感を堪能していると――


「へへっ、えらい別嬪さんが居るじゃねぇか?」


 酒瓶を持った男性に声を掛けれてしまう。


「なぁ、良いだろ? 皆で楽しもうぜ?」


「兄ちゃん、俺たちも混ぜてくれよ? 男だけで寂しいんだって」


 その男性は――もとい、男性たちは結構酔っているようで、僕たちの断わりもなく席に腰を下ろすと、持参していた酒瓶をコンッとテーブルの上へと置く。


「はぁ……私が追い払います」


 その瞬間、ミエルさんが目を細めたことにより「揉め事になる」と確信した僕は、揉め事を事前に食い止めるべく、席から腰を浮かせかけたのだが――


「おお、来なよ来なよ!

でも、こっちに混ざるってことは、料金はあんたたちが持ってくれるんだよな?」


 目の前に差し出された義手の甲と、ロゼリアさんの発言により、僕は浮かせかけた腰を椅子の上に留めることになった。


「へ? ほ、本当に良いのかよ?」


「ああ、あんたたちが金を払うんであれば全然構わないよ?

で、どうする? 綺麗なお姉さんが二人と、可愛らしいおぼちゃんがお酒の相手をしてくれる機会なんてそうそうないと思うけど?」


「そ、それじゃあ、お願いしても良いか?」


「どうぞどうぞ~」


「「「お、お邪魔します……」」」


 もしかしたら、少しだけちょっかいを掛けたかっただけなのかもしれない。

 三人の中年男性は、先程までの無頼然とした態度を崩し、借りてきた猫のように大人しくふるまう。


「と、いう訳で、一夜の出会いにかんぱ~い!」


「「「「「か、かんぱ~い」」」」」


 いまいち状況が整理できないなか、打ち鳴らされる木製のジョッキ。

 そして、中年男性たちのテーブルから運ばれてくる酒瓶やつまみかけの料理。

 いつの間にか僕たちのテーブルは、ちょっとした宴会ともいえる様相を呈しており、僕たちはロゼリアさんが作り出した空間に飲み込まれてしまう。


「――へぇ、少年は迷宮都市を目指して旅してるのか! いやぁ、青春だね!

ちなみに、おじさんも探索者になろうと思って旅に出たことがあるんだけどよ。初めてオークと遭遇した時にちびっちまってさ! そこでスッパリその道を諦めちまったんだわ!」


「懐かしいな! 『二度と故郷の地は踏まない』とか言ってたくせに、四日後には普通に農作業してるもんだから大笑いしちまったよ!」


「あったあった! そのくせ、一丁前に何かを成してきた風なツラしてるんだから、腹がねじ切れるかと思ったぜ!」


「お前らはそうやって馬鹿にするけど、自分の無力さを知っているだけ上等なんだからな?

てか、おっさんの昔話なんか聞かされても面白くないよな?

ほら少年、好きなもの頼んでいいからいっぱい食え! お姉ちゃんたちも遠慮せず頼んでくれよ!」


 正直に言うと、声を掛けられた時には面倒だと思ったし、経験上、揉め事に発展することが多かったので少しばかりゲンナリしていた。

 しかし……まあ、声の掛け方は少しばかり強引だったものの、こうしてテーブルを囲んでみると気の良いおじさんたちで「絡まれる≒質が悪い」ではないことに気付かされてしまう。


 そして、そう気付かされたのは僕だけではなかったのだろう。


「絡まれたときは腕を捻り上げてやろうか? などと考えていましたが、このようなあしらい方――いえ、このような親交の深め方もあるのですね」


 ミエルさんは感心するように、学びを得たように頬を緩めていた。

 とはいえ――


「ねぇ、いま胸つついたでしょ?」


「だ、駄目だった? ノリが良いからこれくらい許されるかなと思って?」


「はぁ? 許されるわけないだろ? 舐めてんの?」


「ちょっ!? いだっ! いだだだだ! 肩が外れちまうって!」


 流石のロゼリアさんも、こういったオイタをする人は例外なようで、胸をつついたおじさんの腕を捻り上げる。が――


「じゃあ、ごめんなさいしましょうねぇ?」


「ごめん! ごめんってば!」


「言葉だけじゃ伝わらないなぁ~」


「こ、ここで一番高い酒奢るから許してくれよ!」


「一杯だけ?」


「に、二杯! いや! 三杯だ!」


「取引成立~。

ねぇ、おじ様? 軽い気持ちで手を出したら痛い目に会うって分かったでしょ?

これからは気を付けなよ? 私みたいに優しい女性ばかりじゃないんだから」


「や、優しいっちゃ優しいけど……姉ちゃんほど強烈な女は見たことねぇよ」


「それって褒めてんの? まあ、いいか。

じゃあ、高い酒も奢ってもらえることだし、楽しく飲み直すとしましょうかね?」


 最終的にはおじさんを許し? 場の雰囲気を元に戻してしまうのだから何というか……正直、理想とする「格好良い」とは違うのだけど……


「なんか不思議な人だな」

 

 そんな部分も含めて、ロゼリア=ジュラという女性を格好良く思えてしまった。

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