十一章 楽しい商店街

第251話 谷へ落とす愛

 学園都市を発ってから数週間が経過した。

 向かうはロゼリアさんが居るというエジンという町。

 そこでロゼリアさんと合流してから迷宮都市を目指す――だけではなく、ロゼリアさん主導での教えを請いながら二年をの歳月をかけて迷宮都市を目指す訳なのだが……


「ダブルの部屋をお願いします」


「ツ、ツインの部屋をお願いします!」


「……ダブルの方が安いと思うのですが?」


「いや、ダブルとツインの違いで一度痛い目を見ていますので!」


「……ちっ」


「い、今舌打ちしました!?」


「気のせいだと思いますよ?」


 その道中は、胃の痛い思いをする連続だった。

 何故なら、僕に対する想い――というのも自意識過剰な気がして少し気が引けるのだが、僕に想いの丈を伝え、遠慮をしなくなったミエルさんは相当に積極的だったからに他ならない。


 例えば、先ほどのようなやり取り然り――


「口元にソースが付いてますよ」


「あっ、ありがとうございます。えっと、ハンカチ、ハンカチと――」


「必要ありませんよ? ほら、こうしてこうすれば……あむ」


「ちょっ!? ミエルさん!?」


「どうしました?」


「ど、どうもこうも……今、指で拭いましたし、拭ったのを口に運びましたよね?」


「何か大きな問題でも?」


 いや、大ではないものの、ちょっとした問題ではあるだろう。

 このようなやり取りがあった事に加え、ミエルさんはなにかとスキンシップを企てようとするのだから胃の痛い思いもするというものだ。


 とはいえ、ミエルさんも限度というものは弁えているのだろう。

 ダブルの部屋を予約しようとしたり、スキンシップが増えたことは確かなのだが、過度になるまでには至っていない。

 僕――というよりかはソフィアの心情を思ってか、ソフィアに対して不義理にならないようなギリギリのところを突いてくる訳なのだが……


「ふふっ、顔が赤くなりましたね?」


「――ッ」


 僕に対して好意を持つ相手から――普段はキリっとしたミエルさんが屈託のない可愛らしい笑顔を向けるのだから、男としてクラっときてしまうし、俗物的な欲求に流されてしまいそうで怖い。と、いうのが本音である。


 従って、僕は頭を悩ませた。

 ミエルさんの同行を断るべきか?

 ミエルさんの想いに答えることはできないと伝えるべきか?

 断った場合、ミエルさんはどのような表情を浮かべるのか?

 そのように考えを頭の中で巡らせたのだが――


「私は今、すごく楽しいです」


 僕は、優しくしようとするあまり、優しくない人間になっているのだろう。

 胃の痛い思いをしながらも、ミエルさんとの旅を続けている。


 そして、そのような日々を過ごしている内に、目的地であるエジン――ロゼリアさんが待ち合わせ場所として指定していた酒場に着いてしまったようで。


「おうアル、卒業おめでとう。何飲む? 卒業祝いに酒でも飲むか?」


 スイングドアの音と、そこに居た僕たちに気付いたのであろうロゼリアさん。

 琥珀色のグラスを揺らし、少し上機嫌そうなロゼリアさんから声が掛かる。


「ありがとうございます。

お付き合いしたいのですが……まだ昼間なのでミルクを」


「馬鹿だな~他の奴が働いている昼間から飲むのが美味いんだって。

で、ミエルはどうする? ミエルもミルクか?」


「そうですね。私はお酒に強くないので、アル君と同じミルクを」


「つれないねぇ~。

これだと、一人で飲んでいる私が馬鹿みたいじゃないか」


 ロゼリアさんは、唇を尖らせると酒場のマスターにミルクを注文する。

 続けて、出されたミルクに一滴ずつ蒸留酒を垂らすと、カウンターで横並びになっていた僕たちの元へとジョッキを滑らせた。


「酒の無理強いはしたくないけど、やっぱり一人で飲むのは寂しいからな。

一滴程度なら酔わないだろうし、酒に付き合うと思って許してくれよな?」


「はい、これくらであれば」


「すみませんロゼリアさん。僕はある程度飲める方なので、夜とかであればお付き合いしますので」


「言ったな? 約束だからな」


 そのような会話を交わすと、僕たちはジョッキを打ち鳴らし、ジョッキの中身で喉を鳴らし始める。

 そして、カウンターにコンッ置いたところで――


「なんで、メーテ姉さんとウルフ姉さんはアルを私に預けたんだと思う?」


 ロゼリアさんが唐突に尋ねる。


「えっと……消去法ですか?」


「お、お前って、稀に辛辣なこと言うよな?

まあ、それは兎も角として、他のSランク冒険者たちはある意味で適材適所の配置をされていたからねぇ、アルがそう思うのも仕方がないことだと思うよ」


「す、すみません……」


「謝るなよ……ちょっと悲しくなるじゃんか。

話を戻すわ。けど……いやぁ愛なんだろうね」


「愛……ですか?」


「ああ、私に預けるって決まったあと、メーテ姉さんと何度も話したんだわ。

で、メーテ姉さんも、ウルフ姉さんも、私の目的が【幸せを運ぶ肉屋】の壊滅であること――これはメーテ姉さん聞かされて知った話なんだけど、その上に【楽しい商店街】っていう存在があると聞かされた時に、まとめて喰らい尽くしてやりたいって伝えたんだわ」


「【幸せを運ぶ肉屋】……【楽しい商店街】……」


「聞いたことないだろ? それも当然だ。

沈殿する汚泥よりも汚く塗れた存在だからな」


「ちょっと要領を得ないのですが……」


「だろうな。まあ、つまりは私の目的を知って二人は了承した――アル、お前を私に預けたんだ。

で、だ。その真意は何だと思う?」


「ほ、本当に分からないのですが……」


「要するに人間の闇を知り、そのうえで考えろってことだよ。

【魔石事変】以上の闇――理解の範疇を超えた人間の闇を学んで成長しろってことだ。

それって愛だと思わないかい?」


「へ?」


 間の抜けた声を上げる僕をよそに、ロゼリアさんはウィンクをして琥珀色を飲み干した。




◆ ◆ ◆




ギャロン=キューブは恋焦がれていた。

幾度となく刃を刺され、臓物を引き出される自分の姿に。


ただ、ギャロンには拘りがあった。

それは、自分の育てた憎しみであり、育んだ必要性でなければいけないと考えていた。


だから育んだ。

代替わりをし、【楽しい商店街】を取り仕切る立場になる前から――組織の一端である【陽気な仕立て屋】の長である頃から。


「はぁ、はぁ……もう少しですよ? もう少しで届きますよ? うぐっ、はぁ……」


 ギャロンは白濁を手のひらに吐き出す。

 自分の死を想像しながら。


 とはいえ、ギャロンは死にたい訳ではなかった。

 死にたくないから死にたい、死にたいから死にたくない。

 その相反した感情を抱え、自分でも処理しきれない感情をたまらなく愛していたのだ。


 だからこそ、届きえない憎悪であれば排除する。

 届きえない憎悪など、ギャロンにとっては価値のないものであったからだ。


 そして、そんなギャロンは僅かに期待していた。


「ロゼリアさんはどうしてくれるんだろ?

爪を剥ぐのかな? つま先から切断してくれるのかな? あっ、エイナちゃんみたく歯を全部抜かれちゃうかもしれないなぁ~」


 

 それは、自分が育んだロゼリアという存在。

 【幸せを運ぶ肉屋】に家族を壊され、家族を壊された憎しみからSランク冒険者へと到達したロゼリアという人物の憎悪に期待を寄せていたのだ。


「ふふっ、ロゼリアさん。

君の憎悪を僕に証明してよ。その時は惨たらしく殺されてあげる。

君の憎悪を感じながら、幸せの中で最高の絶頂をしてあげるからね?」


 ギャロンは笑う。

 殺されたいと願いながら。

 殺されたくないと強く願いながら。

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