第249話 学園メルワールという場所

 ひら、ひらひらと舞う薄紅色の花弁。

 僕の鼻先をかすめた一枚の花弁は、音も無く膝の上へと着地する。


 それを見届けた僕は、花弁に奪われていた視線を前方へと。

 校庭に設置された木造りの舞台――舞台上に置かれた演壇へと視線を向けた。



「雲ひとつない快晴。

それは本日の空模様を指すのに尤も適した言葉なのじゃろう」

 

 

 眩しそうに、目を細めながら演壇に立つのはテオ爺。

 テオ爺がそう言ったことにより、僕を含めた生徒全員が空を仰ぐ。

 

 恐らくは――というより、見たまんまの年代物なのだろう。

 全員が全員、空を仰ぐという動作をしてしまった所為で、僕達が座っている長椅子たちは、「老骨を労わってくれ」と言わんばかりに、一斉にギシリという悲鳴を上げ始めてしまう。


 僕は、そんな老骨たちに対して、胸の内で「ごめんね」と声を掛ける。

 続けて、背もたれに預けていた身体を自分で支えることに決めると、背筋を伸ばしてからテオ爺の元へと視線を戻すことにした。



「このような雲ひとつない快晴の元、今日という日を迎えられたことを儂は心から嬉しく感じておる。

何故なら、今日という日は諸君らにとっての門出であり、船出でもあるからじゃ。

そして、そのような重要な日を雲ひとつない快晴の元で迎えることができた。

それは、大海へと漕ぎだす諸君らの船出を。前へ進もうとする諸君らの前途を――天が祝してくれているかのようで、儂はどうしても嬉しく感じてしまう」



 そう言ったテオ爺は、演壇を中心として扇状に並べらた長椅子――そこに座っている僕たちに微笑みを向けると後方へと視線を飛ばす。



「加えてじゃ。祝してくれているのは天だけではない。

保護者並びに、学園に縁のある参列者の方々――大勢の参列者が見守るなか、今日という日を迎えることができたのじゃから尚更じゃ」



 続けて、テオ爺がそのような言葉を述べると、後方から幾つかの祝辞が届く。

 そのなかには指笛などの賑やかしも混じっていたが、必要以上に声を張るような者はいない。

 優しく、慈しむような声で祝辞を届け終えると、程なくして、風が木々を揺らす音だけが校庭内へと響くことになった。



「そして、そんな諸君らに対して儂からも祝辞を贈らせてもらおう。

と、考えておったのじゃが……儂が伝えたい言葉は先の席位争奪戦であらかた伝え終えてしまった。

加えてじゃ――困難に負けるな。辛い時は学園での日々を思い出せ。困った時は友人を頼り、また逆の立場の時は手を差し伸べて欲しい。

などと言った言葉は、儂が伝えなくとも重々承知しておることじゃろう」



 温かな風が木々を鳴らし、薄紅の花弁が舞うなか、テオ爺は少し申し訳なさそうな表情で話を続ける。



「故に、長々しく言葉を綴るのは無粋な行為でしかないのじゃろう。

じゃから、その代わりに、心を込めて諸君らの名前を呼ばせて頂こうと思う。

万感の想いを込め、旅立つ諸君らの名前を呼ばせて頂こうと思う」



 そして、テオ爺はそのように告げると――



「イーサン=シュテルツ!」



 前期組である生徒の名前を校庭に響かせた。



「は、はい!」



 名前を呼ばれたことにより、大きく返事を返した前期組の生徒。

 長椅子から立ち上がると歩みを進め、演壇を挟んでテオ爺の眼前に立つ。



「イーサン君。座学だけではなくしっかりと身体も動かすんじゃよ?」


「た、体術の授業が苦手であることを……知っておられたのですか?」


「資料という形で申し訳ないんじゃが、生徒の情報は頭に入れるように心掛けておるからのう」


「ぼ、僕のことなんてテオドール様は知りもしないと思っておりました……」


「そう思わせてしまったのは儂の落ち度じゃな……じゃが、儂にとっては君も教え子の一人であり、大切に想うておる教え子の一人なのじゃよ」


「テ、テオドール様……」


「ほれ、泣くでない。折角の男前が台無しじゃよ?

ともあれ、本当におめでとうイーサン君」


「あ、ありがとうございます!」



 そのような会話を交わしたテオ爺は木製の杖を手渡し、杖を手渡されたイーサンは大切そうに胸へと抱える。



「次に、エド=ロンバー!」


「は、はい!」


「君も座学が得意じゃったな。 まあ、頭を使うと糖が欲しくなる気持ちも分かるのじゃが……食べすぎには注意するんじゃよ?」


「は、はい! や、痩せるように努力します!」


「うむ。おめでとうエド君」


「ありがとうございます!」



 微笑み掛けるテオ爺と、木杖を受け取り涙を浮かべるエド。

 そのような会話とやり取りが、一人、また一人の間で交わされていく。

 そして、時間にして小一時間? いや、それ以上だろうか?

 人数でいうと、百名以上の名前が呼ばれた頃――



「次にアルディノ!」



 僕の名前がテオ爺の口から発せられる。



「はい!」



 僕は、名前を呼ばれたことにより、大きく返事を返してから席を立つ。

 席を立つと、他の生徒たちに倣って、テオ爺の元へと足を運ぶのだが…… 

 


「やはり寂しいものじゃのう」


「うん、僕もだよ」



 他の生徒たちとは異なり、僕たちの間で交わされたのは短い一言だった。


 だが、それだけで充分だった。

 何故なら、短い言葉には溢れ出るほどの想いが詰められており、そのことをお互いに理解し合っていたからだ。



「――ともあれ、アル」


「はい」



 そして、シワシワとしたお爺ちゃんの手から――【アルディノ】と刻まれた木製の杖が手渡される。


 その杖は、飾り気のない木製の杖だ。

 だが、その杖は三年という月日を過ごした学園メルワールを――沢山の思い出が詰まったこの場所から巣立つことの証明であり――



「本当に、本当に卒業おめでとう」


「――ありがとうテオ爺」



 今日、僕は学園メルワールを卒業する。






 場所は移って、学園内の食堂テラス。



「はぁ……卒業か……もう少し学生でいてぇな……」


「そうは言っても……卒業しない訳にはいかないでしょ?

それともダンテ、ダンテだけもう一年くらい学生生活を送ってみる?」


「そ、それは嫌だけどよ……これから二年も実家で過ごさなきゃいけないんだぜ? 愚痴の一つくらい言いたくなるだろうが?」


「まあ、気持ちは分からないでもないけど……」



 そのような会話を交わすのは僕とダンテ。

 今後実家へと戻り、二年に渡って「貴族としての在り方」を学ばなければいけないからだろう。

 テーブルに突っ伏したダンテは、気だるげな表情で「の」の字を書いている。



「とはいえ、二年間我慢すれば迷宮都市を目指すことができるんだろ?

これからの二年間は力を蓄える為の時間だと割りきって、前向きに考えたらどうだ?」


「一応割りきってはいるよ。

いるけどよ……嫌なものは嫌なんだから仕方ねぇだろ?

つーかベルト、お前は何だかんだいって楽しそうにやってるよな?」


「楽しいか……そうだな。

教師になる為に、テオドール様の元で学ばせてもらっている訳なんだが、毎日が学びの連続で、自分の至らなさを嘆きながらも楽しくやらせてもらっているよ」


「ずりぃな~……しかも【剣聖】の手ほどきも受け始めてんだろ?」


「ああ、手ほどきを受けたのはまだ二回しかないけどな」


「本当羨ましいわぁ~」

 


 相も変わらず、「の」の字をテブール上に書き続けるダンテ。

 対して、目指すべき目的があり、前進しているのを実感しているベルトの表情は晴れやかだ。



「ヒューマ先生か~……今は猫を被っているから大丈夫かも知れないけど、それが剥がれた時に苦労すると思うわよ?」


「……苦労?」



 が、そんな晴れやかな表情も僅かな間で。



「ええ。基本、ヒューマ先生は物ぐさというか適当だからね。

それに、感覚で教えるような部分も結構多いから、考えてから行動するベルトとは相性的に良くないし、苦労することも多くなるんじゃないかしら?」


「ウルフ先生と同じような人種という訳か……」


「そうそう。そう考えると苦労しそうでしょ?」


「確かに苦労しそうだ……お、思い出したら寒気が……」



 ソフィアから【剣聖】の人物像を聞かされたベルトは、途端に表情を曇らせてしまう。

 更には、ウルフと過ごした合宿の日々を思い出してしまったようで、温かな陽気のなか、ベルトはブルリと身体を震わせた。



「ウルフ師匠と同じような人種にゃのか~。

ウチもどちらかといえば感覚に頼る方だからにゃ~。ベルトよりウチの方が相性的に会うんじゃにゃいのか?」


「確かに、ベルトよりもラトラとの相性が良いかもしれないわね。

というか、相性で言うのなら――レオンさんだっけ? ラトラの面倒を見てくれるレオンさんも感覚派っぽいし、ラトラとは相性が良いんじゃない?」


「……暑苦しいから疲れるにゃ」


「暑苦しい?」


「……会った瞬間に『成程、成程! これは鍛えがいがありそうな娘だ!』とか言いにゃがらバシバシ肩を叩くし、『ラトラよ! 主は細いから体重を五キロ増やせ!』とか言ってご飯を山ほど持ってくるし、『拳を打ちだす所作には、魂のうねりが込められるものだ!』とか、意味の分からにゃいことを言われるから疲れるんだにゃ……」


「な、なんか大変そうね?」


「大変だにゃ……正直、二年間面倒を見てくれるって約束?

それを前倒して稽古をつけてくれたにょはありがたいし、嬉しいんだけどにゃ……」



 そう言ったラトラは溜息を吐き、ベルト同様に表情を曇らせる。

 そんな二人の表情を見た僕は、「Sランク冒険者が面倒を見てくれる」という約束が、勝手に結ばれた約束であることを自覚してしまい、その約束が負担になっているのであれば――などと考え始める。


 が、しかし――



「でもまあ……折角の機会を逃すのももったいにゃいしな?

精々、ラトラちゃんの名声を響かせる為の踏み台として頑張ってもらうにゃ」


「ふ、踏み台って……だけど、それくらい図太くなきゃ駄目なのかもね?

よし! 私もエイミーさんを踏み台にするくらいの気持ちで頑張るわね!」


「勇ましいな。そこに混ざれないのが本当に残念だよ」


「だったら、教師を諦めてもらっても良いんだぜ?」


「ははっ、それは聞けない注文だな」


「ああ、聞かなくて良いよ。それがベルトの選んだ道なんだからよ。

うっし! 俺もぐちぐち言ってらんねぇな! 俺もクウラさんを踏み台にするくらいの気持ちでこれからの二年を乗り切ってやるぜ!」



 どうやら、僕の考えは杞憂に終わったようで、友人達は表情を晴らしていく。

 そして、そんな友人達を見た僕も、釣られるようにして表情を晴らしていくのだが……



「で、お前らはどこまで行ったんだよ?」


「げふっ!?」


「ぐふっ!? な、なんなのよいきなり!」



 ダンテが不意な質問をした所為で、僕とソフィアは飲み掛けた紅茶を吹き出してしまう。



「いや、色々と巻き込まれたんだから気になりもするだろうよ?

で、どうなんだよ? 唇くらいは合わせたのか?」


「い、いや……してないかな?」


「ちょっ!? なに正直に答えてるのよ!?」


「えっと、色々と巻き込んだのは確かだから……」


「そ、それはそうだけど……ず、ずるいわよダンテ!」



 僕達がダンテの質問に答えると、友人達はニヤニヤと面白がるような笑みを浮かべる。



「まあ、お前らのことだから大して進展してないとは思ってたよ。

けど、あれから半年くらい経つんだから、手を繋いでデートくらいはしてるんだろ?」



 続けて、ニヤニヤしながらそのような質問をしたダンテ。

 友人達は余程興味があるのか、僅かに前のめりになると、やはりニヤニヤとした笑みを僕とソフィアに向ける。



「デートは二、三回くらいかな? 手は……繋いだことないかも?」


「ちょっ!? だから! なに正直に答えてるのよ!?」


「「「は?」」」



 が、僕が素直に答えると、信じられないものを見るような視線へと変えてしまう。



「手も繋いでない? 半年も経つのに?」


「……なにか問題でも?」


「いや、普通に問題だろうが!?」


「そ、そうかな?」


「そうだよ!!」



 事実、ダンテの言うことは実にご尤もな意見であった。

 まあ、それを受け入れるのが少し癪なので反抗してみた訳なのだが、僕自身、問題があることは重々承知していた。


 とはいえ、意識してしまうと今まで普通だったことが普通じゃなくなってしまう。

 というか、何をするにも気恥ずかしさを覚えてしまい、今まで普通にしてきたことができなくなってしまったのだ。



「格好悪りぃな……」


「男らしくないな」


「にゃはは! だっさいにゃ!」



 従って、友人達の反応が辛辣になるのも仕方がないことだと思うのだが……



「ほ、ほんと、アルは根性無しよね~」



 が、正直、ソフィアには言われたくない。

 何故なら、勇気を振り絞って手を繋ごうとしても「お手洗いに行ってから手を洗ってないから!」とか「て、手汗がびちゃびちゃだから無理!」とか、おおよそ女子らしからぬ理由で断られてきたのだから当然だろう。


 とはいえ、それらの言動は「照れ」の所為であり、僕と同様に気恥ずかしさ故の言動だと理解しているからこそ責める気にもなれない訳なのだが……

 


「そんなんだと、【剣聖】に取られちまうぞ?」



 などと考えていると、ダンテが意地悪気な口調で僕を煽る。



「もう……ダンテも知ってるでしょ?」


「いや、何があるか分からねぇぞ?」


「やめてよ……そんなことになった給仕長に殺されちゃうわ」



 しかし、その「煽り」は不発に終わることとなる。

 何故かというと、ヒューマさんが妻帯者であり、子供まで居ることを全員が知っていたからだ。

 しかも、ヒューマさんの妻というのがソフィアの屋敷で努めていた給仕長であり、ソフィアにとっては姉に近しい存在であるのだから尚更だろう。


 だというのに、ダンテがそのような「煽り」をするのは、僕がヒューマさんに対して僅かばかりの敵対心を抱いており、僕の知らないソフィアを知っていることに対し、少しばかりの嫉妬心を覚えていることをダンテは知っているからなのだが――



「えっと……―― 【落ちる 走る 曇天を駆ける

それは雷光 世界を分断する 青白き亀裂――】」


「ちょっ……アル君?」



 まあ、結局のところ、その「煽り」は不発以外のなにものでもない。

 凄く冷静な僕は、実に的確な判断を下すと、【メルキア】の詠唱を綴り始める。



「ねぇ……アル君?」


「ん? なに? 【叫ぶ 喚く 嫉妬に狂う。

それは雷鳴 置き去りにされた 悲哀の咆哮――】」


「お、おい! わ、分かったから!! 俺が悪かったから!」


「なにが? 【ならば我が手を引こう ならば我が導こう

置き去りにする未練も 置き去りにされた悲しみも 

理解し 尊び 享受し 嗤う――】」


「ちょっ!? お前まじか!? まじなのか!?」



 そして、ダンテが叫び声を上げるとほぼ同時に……

 恐らく、彼らは運が悪かったのだろう。



「アルディノ! お礼参りに来てやった……ぞ?」


「は!? 精霊魔法!? こ、こんな場所で精霊魔法とか頭おかしいんじゃねぇのか!?」


「い、良い所に来た! お前ら! あの頭のおかしいアルを止めろ!」


「わ、分かった!」



 十数名からなる生徒たちは、ダンテの所為で巻き込まれてしまう。



「本気でやれよ! 本気でやらないと馬鹿になったアルは止まらねぇ!」


「あ、ああ! ぶっ飛ばしてやるアルディノ!!」


「席位争奪戦のお返しだ!」


「お前らも魔法を放て! ほら! 早くしろ!」


「ど、どの魔法を放てばいい!?」


「どの魔法とかじゃねぇ! 全力で放て!」



 その所為で、怒号が飛び交うことになった食堂のテラス。



「まったく……ダンテってヤツは……」



 僕は、そんなことをしたら他の人の迷惑になると考え、少しばかり呆れてしまう。

 同時に、ダンテにお灸を据えなければいけないという責任感に駆られてしまった僕は――



「【精霊魔法――慟哭のメルキア】」


「こ、こいつ本当にやりやがった! 放て! 放てッ!」


「【ほ、芳醇なる大地よ! あれは収穫者だ! 実りを奪う収穫者に罰を与えよ!】」


「【む、麦の穂を揺らす風よ 頭を垂れる者は此処に居ない 大地を潤す雨よ 渇いた大地は此処には無い 頭を垂れる者を差し出そう!】」



 お灸を据える為に、詠唱を綴り終える。

 対して、ダンテを含めた生徒たちは一斉に詠唱を終え、そのことにより、テラス席では色とりどりの魔法が咲くことになる。


 そんななか聞こえてくるのは友人達の声で――



「にゃあ? なんでアルなんか好きににゃったんだ?」


「す、好きになったんだから仕方ないじゃない!」


「僕が女だとしたら、アルディノだけは絶対にないな」


「う、うるさいわね! ああいう部分もアルの良い所……なのよ?」


「疑問形じゃないか……」



 僕は、そんな友人達の声を背中で聞きながら、テラス席に極彩色を咲かせ続けるのであった。






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






「まったく……卒業式くらい大人しくできないものか……」


「ふふっ、賑やかで良いじゃない」


「良いのか? ちと問題があるように感じるが?」


「あれで良いのよ。だって、みんな笑っているもの」


「笑っている……確かに笑っているな」


「ええ、前期組の子も、後期組の子も一緒になって笑っているわ」


「くくっ、歪な一体感だな」


「ほんと、歪んだ一体感ね」



 そのような会話を交わすと、メーテとウルフは呆れながらも笑みを浮かべる。



「なぁ、アルにとってこの三年間は意味があったと思うか?」


「あら、どうしてそんなことを?」


「確認しておきたいんだよ」


「ん~、意味ならあったと思うわよ?」


「どうしてそう思う?」


「だって、勉強だけが学びじゃないもの。

私とメーテが魔法を教えたんだから、本来なら学園に通う必要なんて無いわ。

だけど、学園に通うっていうことは、そういうことじゃないでしょ?

メーテはそれを分かってないの?」


「確認だと言っただろ? それは充分に分かっているさ。

学園に通うということは学を修めるだけが目的じゃない。

人と触れ、人と接し、人と向き合うことがもう一つの大きな目的でもある。

だからこそ、アルが学園に通いたいという意志を汲み、アルが生長するのであれば――などと考えていた訳なのだが……」


「ちょっとだけ不安になっちゃったの?」


「……ああ」



 そう言ったメーテに対し、ウルフは相当な力を込めて臀部を叩く。



「――ッ!? 何をするんだウルフ!」


「格好悪いわよ【禍事を歌う魔女】。

貴女が育てたアルは、そんなに信じられない子?

貴女に育てられたアルは、そんなにも信じられない子なの?」


「そ、そんなことはない!」


「だったら、信じて胸を張りましょうよ。

きっとアルなら……ちょっとだけ歪だけど、学園での時間を糧にして真っ直ぐに進んでくれる筈よ?」


「……そうだよな。

というかだな。お前が育てた子でもあるんだぞ?」


「そうね。私が育てた子でもあるのよね」



 そして、二人は笑い合う。



「ああ、私と」


「私が育てた子」


「言うなれば、【魔女と狼に育てられた子供】か?」


「ふふっ、そういうことになるわね」



 可愛い我が子を、細めで眺めながら。

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