第247話 響かせる第一席の名

 ボンボン。

 色のない花火が咲き、青空にうっすらとした煙を漂わせている。

 視線を少しだけ落とせば観客席を埋め尽くす人々の姿。

 誰しもが――というのは少し言い過ぎかもしれないが、大半の観客たちは大きく口を開けており、会場を揺らしてしまうほどの歓声を響かせている。



「す、凄い歓声だな……」


 

 僕は、思わず耳を塞ぎそうになる大歓声のなか独りごちる。

 


「確かに凄い歓声よね……心なしか耳が痛くなってきた気がするわ……」



 すると、そんな独り言がソフィアの耳には届いていたようで、ソフィアは肩を竦めると、自分の耳を労うかのように中指の腹で優しく撫でた。



「確かに……少しだけ耳が痛くなってきた気がするよ」


「でしょ? はぁ……この後、耳鳴りが凄いことになりそうね……」



 加えて、そのような会話を交わすと苦笑いを浮かべ合う僕とソフィア。



「あ、始まるみたいだよ?」


「うん、そうみたいね」



 が、そうして苦笑いを浮かべ合ったのもほんの僅かな時間で、すぐさま表情を戻すと姿勢を正して正面へと視線を送る。何故なら――



「テオドール様ーーー!!」


「賢者様ーーー!!」 



 僕の目には舞台上に整列する十名の生徒と、舞台上へと続く階段をゆっくりと上るテオ爺の姿が映っており――



『皆の者、待たせてしまったようじゃのう?

それでは! それではこれより! 席位争奪戦授与式を行わせて頂く!」



 数日にわたって行われた席位争奪戦が。

 卒業を控えた僕達にとって、最後の席位争奪戦が幕を降ろそうとしていたからだ。



『え~、まずは感謝の言葉を。

皆の――学園都市の住民達や生徒達の協力は勿論のこと、様々な支援や後押しがあったからこそ、再び席位争奪戦を開催することができたのだと伝えさせて頂きたい。本当に、本当にありがとう」


「賢者様! 頭などさげないで下さい!」


「テオドール様! お礼を言いたいのはこちらの方です!!」


「賢者様ーーー!! ありがとおおおおお!!」



 テオ爺が感謝の言葉を述べ、頭を下げると観客席から割れんばかりの歓声が上がる。

 同時に、頭を下げたテオ爺に対して優しい声が幾つも掛けられるのだが、それでもテオ爺は頭を上げようとしない。

 数秒のあいだ頭を下げ続けた後、ゆっくりと面をあげてから話を再開させる。


 

『本当に……この一年は本当に辛く、試練とも呼べる時間じゃった。

恐らく、いまだに身体の――心の傷が癒えていない者も大勢いることじゃろう。

それでも、こうして席位争奪戦を再び開催することができたのは、先程も伝えたように皆の後押しがあったからで、前に進もうとする想いを皆が共有した結果じゃ』



 が、再開させたことにより、割れんばかりの歓声がピタリと止まってしまう。

 ほぼ全ての観客が何を指して「試練」と呼んだのかを理解してしまい、同時に、あの痛ましい事件を思い出してしまったからだろう。

 会場内はシンと静まり返り、嗚咽と思わしき声が幾つも上がり始める。



『辛い記憶を思い出させてしまって申し訳ないのう。

じゃが、今回の席位争奪戦を語る上で、どうしても外すことのできない問題じゃし、まったく触れないないというのも不自然に思えてしまったのじゃよ』



 そう言うと、申し訳なさそうな表情を浮かべたテオ爺。

 続けて少しだけ胸を逸らすと、石造りの舞台を木杖でカツンと鳴らす。



『ともあれ! 再び席位争奪戦を開催できたことを儂は嬉しく思う!

勿論、席位争奪戦を開催したことによって、生徒達に席位という目標を与えることができた。というのが一番ではある!

じゃが、それだけではなく! 悲しみを乗り越え、皆が前を向く為の切っ掛けとして――様々な想いを託した意味のある席位争奪戦として開催することができたからじゃ!」



 テオ爺は、発する言葉に熱を帯びさせていく。

 そんなテオ爺の言葉が。熱量の感じられる言葉が観客席にも届いたからだろう。



「テ、テオドール様……」


「賢者様……賢者様!」



 観客席が僅かにざわつき始め、静まり返っていた観客席が徐々に熱気を取り戻していく。



『じゃが! 同時に情けなくもある!

何故なら儂は――儂たちは大人は、前を向く切っ掛けを子供に求めてしまった!

本来であれば子供達に切っ掛けを与える立場じゃというのに! 子供たちの手本となる立場じゃというのに! 席位争奪戦という催しを通して子供たちに頼ってしまったからじゃ!』


「……それは」


「……確かに……俺達は……」



 しかし、話を再開させたことによって、再び静まり返ってしまった観客席。

 対してテオ爺は、申し訳なさそうな、それでいて何処か誇らしげな表情を舞台上に立つ僕達へと向ける。



『しかし、それでも頼らなければならかった……』



 続けて、再び木杖を鳴らすと、テオ爺は観客席をぐるりと見渡す。



『何故なら! 儂のような大人は――歳を重ねてしまった者達は忘れてしまう!労力に縛られない行動力も! あった筈のひたむきさも! 青すぎる他者への想いも!』



 そして、観客席へと向けて大きく――


 

『じゃが! この席位争奪戦という場所は、儂たちに思い出させてくれる!

いつの間にか無くしていた熱意を! 泥臭い感情を! 拙くも前に進もうとするひたむきな姿勢を! 

だから必要だったのじゃ! 子供達の拙くも純粋な熱を感じる為に!

だから頼らなければならなかったのじゃ! 儂たちがどこかで無くしてしまった感情を思い出す為にも!』



 テオ爺は、喉が枯れてしまいそうなほどに大きく声を張り上げると――



『そして! それは子供たちにしか示せぬ「前を向く」為の指標じゃ!

ならば! 今は大人である誇りを! 責任を! 不甲斐なさを! 恥も外聞も捨て去って享受しようではないか!

そして感謝しよう! 手を叩いて褒め称えよう! 惜しみない賛辞を贈ろう! 

素晴らしい試合の数々を繰り広げ、学園都市が前へ進む為の後押しをしてくれた子供たちに対して!! ――第十席ッ!! オーラン=リドン!!』



 第十席となる人物の名前を会場全体に響かせた。



「おおおおおおおおっおおおおおおおおおッ!!」


「頑張ったな! 良い試合をありがとおおおお!!」


「良くやったぞリドン!!」



 瞬間、思わず耳を塞ぎそうになるほどの歓声が上がる。



『続いて第九席! ログ=ガーナ!』


「は、はいッ!」


「ログ!! おめでとおおおおお!!」



 その歓声は収まることがなく、第八席、第七席、第六席と、席位が上がるにつれてどんどんと増していき、第六席の首に席位の証である懐中時計が掛けられた次の瞬間――



『第五席!! ラトラ!』


「うおおおおおおおおおおっ!! ラトラちゃああああんん!!」


「ラトラちゃあああああああん!! おめでとおおおおお!!」


「にゃっ!? 鼓膜ないなるにゃ!?」



 ラトラの名前が呼ばれたことにより、本日一番の歓声が舞台上を叩いた。



「す、すごい歓声じゃのう……

と、ともあれ、ラトラ君、第五席おめでとう」


「嬉しいようにゃ、悔しいようにゃ……

まあ、それを言ったところで格好悪いし、言い訳がましくなるから素直に受け取っておくにゃ……」


「ぜ、前回も似たようなことを言った気がするのじゃが……第五席というのは充分に立派な成績なんじゃよ?」


「そう言われてもウチからすればビリの成績だからにゃ……にゃはぁ……」



 そう言うと、露骨に表情を顰めながら列へと戻りなおしたラトラ。

 その言葉や表情から察するに、恐らく、ラトラは始めから十人で試合を行ったという感覚を持ち合わせていなかったのだろう。

 これも恐らくではあるのだが、ラトラは友人である僕たちしか対戦相手として認めておらず……

 そのように結論付けると、ラトラが第五席をビリと表現した意味も、その心境も理解することができた訳なのだが。



『第四席!! アルベルト=イリス!!』


「はい!」


「きゃああーーーー!! アルベルト君!!」


「ベルト君!! おめでとーーーーーーー!!」



 などと考えているとベルトの名前が呼ばれ、黄色い歓声が観客席から上がる。



「やだぁ……なんだか……なんだか泣けてきちゃう!」


「は? なに彼女面してんのよ?」

 

「べ、別に彼女面なんてしてないよ! ただアルベルト君の頑張りを今まで見てきたから!」


「それが彼女面って言ってんのよ!!」


『……人気者は大変じゃのう?』


「そ、そうですね……」



 が、何故か観客席では女子同士の喧嘩が始まってしまい、その状況を目視してしまってのであろうベルトとテオ爺は苦笑いを浮かべてしまう。

 

 

『そ、それはさて置き、おめでとうアルベルト君』


「あ、ありがとうございます!」



 ともあれ、席位の授与自体は滞ることなく行われ、懐中時計を首に掛けてもらったベルトは一礼してから踵を返そうとする。

 しかし、列へ戻ろうとして一歩踏み出し掛けたその間際――



『ああ、それと、最近思うところがあってのう。

儂専属のお付きを一人ばかり雇おうと思っておるのじゃが……アルベルト君は、教師を目指しており、この学園都市に精通しているような者に心当たりはないかのう?』


「え?」



 テオ爺からひとつの質問が――いや、遠まわしな勧誘の声が掛かる。



『ん? アルベルト君なら心当たりがあると思ったのじゃが気のせいじゃったか?』


「あ、あります! も、勿論あります!!」


『そうか、それならば後で教えて貰うことにしようかのう』


「は、はい!」



 ベルトは一瞬だけ呆けた声を出したものの、すぐさま言葉の意味を理解したのだろう。

 ベルトはこころなしか歩幅弾ませると、緩み掛けた頬を手のひらで必死に抑えながら列へと戻って行く。

 


「アルディノ? お前の仕業か?」



 その際、ベルトから小声で疑問を投げ掛けられたのだが、残念ながら僕は何もしていない。

 まあ、ベルトが教師を目指していることはメーテに伝えたし、伝えたことでテオ爺の耳にも情報が届いたのだとは思うが、僕がしたのは「伝えた」という一点のみだ。


 ベルトが勧誘されたのは、テオ爺に人間性や実力が認められたからで、それ以上でも以下でもないのだが……



「いや、単純にベルトの実力だよ」


「まあ、そういうことにしといてやる……まったく、借りができてしまったな」



 どうやら信用して貰えなかったようで、意図せず貸しを作ってしまったようだ。

 そして、そのようなやり取りを経てベルトが整列すると――



『第三席!! ダンテ=マクファー!!』


「はいっす!!」


「おおおおおおおお!! ダンテーー!」


「ダンテ君! 格好良かったよーーー!!」


「ダンテ!! 凄い試合だったぞーーー!!」



 ダンテの名前が呼ばれ、男女の垣根なく多様な歓声が会場内へと響く。

 


『おめでとうダンテ君。良い試合じゃったぞ』


「ありがとうございます!」


『まあ、最後のアレさえなければもっと良かったのじゃが……』


「は、はは……バ、バレてます?」


『バレておるよ? 一応は学園長であり【賢者】という大層な二つ名を授かっておるからのう?』



 ダンテは気まずげな表情を浮かべ、テオ爺はニヤリと笑ってダンテの首へと懐中時計を提げる。

 どうやら、ソフィアとの試合で手を抜いた件について話しているようなのだが、テオ爺からすれば問い詰めようなどとは考えてはおらず、それを責めるつもりも毛頭なかったのだろう。



『見事な【魔人化】じゃったよ。

末はゴーフェン=サルバかゴウガズ=グルニウスと言ったところかのう?』


「そ、それは褒めすぎっすよ! ま、まあ、すげぇー嬉しいっすけど」



 テオ爺は僕の知らない名前を出すことでダンテを賛辞し、その名前を知っているのであろうダンテは隠すことなく笑みを浮かべる。



「なぁ、聞いてたか?」


「う、うん……聞いてたよ……」



 続けてダンテは、列へと戻る際に自慢げな表情を僕に向けると、軽い足取りで整列していた場所へと戻って行った。


 そうして、ダンテの名前が呼ばれたことにより、残された席位は二つ。

 言うなれば、第二席の発表が事実上の最終発表であり、第二席の名前が呼ばれた瞬間に第一席が誰であるかが分かってしまう。


 まあ、決勝戦を観戦していた人からすれば結果は目に見えているのだが、全員が観戦していた訳ではなく、そのことを理解しているからこそ観客たちは歓声を抑え始め、そのことにより会場内は妙な緊張感に包まれていく。



『第二席!!』



 が、それも僅かな時間だ。

 テオ爺が声を上げると同時に抑えていた歓声が溢れ出てしまい、第二席の名前が告げられた瞬間――



『第二席!! アルディノ!!』


「アルディノオオオオオオオオ!! ざまぁねぇな!!」


「おいおいおい!! 三年間第一席を守るんじゃなかったのかよ!?」


「だっせぇえええ!! だっせぇぞアルディノォォオ!!」



 うん。待ってましたと言わんばかりに罵詈雑言が飛び交う。



『こ、ここまで罵倒が飛ぶのは初めての経験じゃのう……』

  

「そんな初めて嬉しくないかな……」


『ま、まあ、確かに嬉しくはないかもしれんのう……

と、とはいえ、アルが第二席というのは予想外じゃったのう』


「予想外……とは思っていなかったけど、勝つつもりで試合に挑んでいたことは確かだよ」



 実際、自分でも口にしたように勝つつもりで試合に挑んでいた。

 だが、あの時ソフィアが放った一撃は――【情妃エントゥトゥ】を顕現して放った拳はどう足掻いても防ぎ切れるものではなく、場外へと吹き飛ばされてしまった僕は、そのまま意識を途切れさせてしまったのだ。



『まあ、女王の顕現じゃからのう……流石に仕方なしか』


「正直、「あっ、これ死ぬかも」って思ったからね……」


「そうじゃのう……むしろ、アレを受けて死ななかったことを褒めるべきか……

いや、威力を見誤り、直ぐに止めに入らなかった自分を責めるべきなのじゃろうな」



 溜息交じりに会話を交わすと、僕とたちの視線は会場の入場口へと向く。

 すると、僕の目に映ったのは倍以上に広がってしまった入場口で、溶けて前衛的な形になってしまった入場口であった。



「でも、メーテとウルフが止めなかったっていうことは、僕であれば「死なない」っていう確信を持っていたから止めなかったんだと思うよ?

だから、テオ爺が自分を責める必要はひとつもないんじゃないかな?」


『そう言ってもらえると救われるのう……

と、ともあれ! アル――ではなく、アルディノ君!

第二席という優秀な成績を修めたことに対して堂々と胸を張ると良い! おめでとう!」


「はい! ありがとうございます!」



 テオ爺は、賛辞の言葉を送ると懐中時計を僕の首へと提げる。

 そのことにより、第二席の授与が終わると共に、僕の出番も終わる訳なのだが――



「おい! 謝罪はないのかよ謝罪は!」


「そうだそうだ! 第一席を守り続けるって大口叩いた癖によ!」


「言ったことを守れなかったことに対して謝罪はどうした!?」


「納得いかねぇぞ! 何か言ったらどうなんだよ!?」



 大勢の観客たち――というよりも、学園に通う生徒達がそれを許さない。

 観客席から謝罪を求める声が上がり始め、僕に対して弁明を求め始める。

 


『せ、静粛に! こ、応える必要はないからアルディノ君は戻りなさい!』



 実際、テオ爺が言ったように応える必要はないのだろう。

 まあ、大口を叩いて実現できなかったのだから、謝罪をする必要があるとも思うのだが、それは決して課せられた義務ではない。

 だからこそ、「謝罪する」という選択肢を選ぶことができるし、または「謝罪しない」という選択肢を選ぶことも可能である訳なのだが……



「アルディノオオオオ! 早くしろよ!」


「謝罪はどうした!? 逃げんのか!?」


「どうした!? なんか言えよ!! 格好悪い真似すんなよ!!」


『せ、静粛に! 静粛に!』



 このままでは観客達が納得しそうにない。 

 事態を収拾させる為にも「謝罪をする」という選択肢を選ぶしかないのだろう。



「テオ爺、魔道具を貸して貰っても良いかな?」


「……謝罪をする必要なんてないんじゃよ?」


「でも、このままじゃ収拾がつかないよ?」


「そ、それはそうかも知れんが……」


「と、いうことで借りるね?」


「ア、アル!?」



 僕は、声を拡散する魔道具を奪い取ると、ポンポンと叩いて音が届いていることを確認する。

 


「謝罪の言葉か……」



 そして、魔道具を手に握った僕は独りごちる。

 


「もし第一席になれたらそこでの一言で、って考えていたんだけど……」



 独りごちるのだが……

 続けたのは謝罪とは関係ない言葉で、頭の中では全く別のことを考えていた。

 


「だけど、こうして喋る時間を与えられたってことは……

もしかしたら逃げるな……いや、進めってことなのかも知れないな……」



 正直、今、この状況ではないような気もしている。

 謝罪し、事態を収束させる為に魔道具を手に取ったというのに、こんなことをするのは火に油を注ぐような行為だからだ。

 

 そのことを重々理解していることに加え、様々な不安や恐れを抱いていた為、余計な真似はせずに、素直に謝罪するのが一番だとも考えてしまう。



「でも、この舞台で想いを伝えてくれたから……」



 だが、僕はこの舞台で答えたかった。

 正直、意味なんてないし、拘ること自体間違いなのかもしれない。

 それでも、答えるのであればこの席位争奪戦という場を選びたかった。


 何故なら、この席位争奪戦という舞台で想いの丈を吐き出してくれたから。

 この席位争奪戦という舞台でひたすら真っ直ぐに想いをぶつけ、この舞台で頑なになっていた僕の心へと想いを届けてくれたから。


 だから僕は――



「テオ爺、もっと収拾つかなくなるかも? ごめんね?」


「へ?」



 強い想いで精霊女王の心すら動かしてしまった女の子に――いや、一人の女性に対し―― 






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 


「……まったく、勝手に言わしておけば良いのに」



 私は、魔道具を手にしたアルを見て溜息を吐く。

 変な気の使い方をするアルのことだ。

 どうせ、「僕が謝罪すれば事態が収まる」とでも考えているのだろう。


 

「本当、変に真面目よね……」



 私はもう一度溜息を吐く。

 とはいえ、そのようなアルの考え方も、アルに対して謝罪を要求する生徒に対しても、私は悪い印象を抱いていない。

 何故なら、そうするのがアルという人間だと理解しているし、生徒たちが謝罪を要求する気持ちも理解できるからだ。

 


「アルディノ!! ソフィアちゃんの件に関しても謝罪しろやぁ!!」


「そ、そうだ! そっちも謝罪しろ! どれだけのファンが涙したと思ってる!?」



 ……まあ、なかには関係のない謝罪要求が含まれているみたいだけど。

 ともあれ、なぜ生徒たちの気持ちが理解できるのかというと、私も生徒達と同じで、アルという人物に対して「期待」を寄せていたからだ。


 要するに、私達は心のどこかで願っていたのだ。

 三年もの間、第一席という地位を守り続けるアルの姿を。


 だからこそ、守り続けられなかったことに対して落胆してしまった。

 その落胆という感情は、期待値が大きければ大きいほど顕著に表れるもので、それを理解しているからこそ期待の裏返しだと納得するすることができたし、今の状況や、生徒たちが声を荒げたとしても悪い印象を抱かなかった訳なのだが……



「……勝った私が言っても皮肉になるだけかしら?」



 そのようなことを考えると、なんとも複雑な笑みを浮かべてしまう。

 しかし、そうして複雑な笑みを浮かべ、アルの口からどのような言葉が発せられるのか待っていると――


 

『え~、出会いは幼い頃でした』


「……へ?」



 アルはゆっくりとした口調で、謝罪らしからぬ言葉を口にし始める。



『初めてあった時は、少し不機嫌だったしなんとなく近寄りがたい印象を受けたのを覚えています。

ですが、馬車での旅を経て、城塞都市での時間を経て、少しずつ印象が変わっていきました。

ああ、この子は少し恥ずかしがり屋だけど、本当は素直でまっすぐな子なんだと』


「あ……」



 私が漏らした声に気付くことなく、アルは話を続ける。



『それから数年が経過し、この学園都市で再会した時は綺麗になっていたので本当に驚きました』


『ブエマの森でオーク達と遭遇した時なんかは――』


『皆で合宿へと出掛けた時なんかは――』


『僕が精神を病んでしまって、本当に苦しんでいた時なんかは――』



 だけど、私はその話をしっかりと聞いて整理することができなかった。


 

「うぐっ……」



 何故なら、語られる思い出が鮮明に浮かんだことに加え、本人でも覚えていないような些細な出来事が、弾んだ口調でアルの口から語られていたからだ。


 そして、これからアルがするのであろう話を私は理解してしまう。

 それは観客達も同様らしく、アルが何を話そうとしているのか理解し始めているようで――



「お、おい……な、何の話しているんだよ?」


「黙っとけって……多分、アイツは大切な話をしようとしてんだよ」


「大切? ってまさか!? じゃ、邪魔してやる!」


「お、おい! 野暮な真似はするんじゃねぇ!」


「ちょっ!? うぐっ!?」

 


 可笑しなことに、先程まで響いていた罵声はすっかりと止んでおり、代わりに、何処か温かみのある声が観客席から届けられ始める。


 そんななか、アルは観客席へと――



『いつから……正直、それに明確な答えは出せません。

ただ、苦しい時にいつも居たのは彼女で、嬉しい時にいつも居たのは彼女なんです。

そして、そんな時間を共に過ごたからこそ、僕は彼女に惹かれ、僕のなかでいつの間に大切な存在になっていたんです。

だから、だからこそ僕は――」



 そして、私の元へと視線を送ると――



『ソフィア。僕は君のことが好きだ』


「私も! 私もアルのことが大好き!」



 ずっと、ずっとずっと欲しかった言葉を私に贈ってくれた。

 

 だけど、次の瞬間――



「アルディノオオオオオオ!! 謝罪はどうした謝罪は!!」


「よく言ったアルディノ!! 」


「ふざけんなよぉおおお!! 謝罪しろ馬鹿たれがあ!!」


「おめでとおおおおお!! なんて言うと思ったか!? さっさと振られろ!!」


「ソフィアちゃん!! おめでとーーーー!!」


「ソフィア姉さま! おめでとうございます!!」



 観客席から両極端な歓声が上がり、黙って見届けてくれた人までが罵声を上げるのだからなんだか可笑しく感じてしまう。



「私は! 私はアルのことが大好き!!」



 が、今はそれを可笑しく感じている場合ではない。

 私は、アルの気持ちが一瞬でも心変わりをしないように――贈って貰った言葉を繋ぎとめ、離れさせないようにもう一度想いを伝える。


 だけど、余りにも必死で慌てていたからだろう。



「あっ!? とっ!?」


「お、おっと!? だ、大丈夫ソフィア?」


「だ、大丈夫」



 数歩ほど足を進めてしまい、舞台の凹凸に気付かなかった結果、私の身体はアルに支えられてしまう。



『ソフィア……本当にこんな僕でも良いの?』


『良いに決まってるじゃない!』


『だけど僕は……』


『そんなの関係ないって言ったでしょ! 私が良いって言うんだから良いの!』


『本当に良いの?』


『しつこいわね! しつこすぎると嫌い……き、嫌いにはならないけど! 怒るわよ!』

 

『そ、それは怖いな……』



 私はアルの胸に、アルは私の腰を支えながらそのような会話を交わす。

 だけど、そのような私達の会話は、アルが右手に持っていた魔道具によって会場内に響き渡ってしまったらしく……



「うぜぇええええええええ!! 何が「こんな僕でも良いの?」だ!!」


「男らしく「貴女を守る!」くらい言ったらどうなんだ!?」


「見せつけてんじゃねぇよ!? 嫉妬で殺してやろうか!?」


「アルディノ……コロスコロスコロスコロスコロス……」



 観客席から怒号――いや、呪詛に近しい言葉が投げつけられてしまう。

 対して、呪詛に近い言葉を投げつけられた私なのだが、本来の私であれば、今の状況を恥ずかしく感じてアルの元から離れるのだろう。

 ただ、今の私は相当――というか、今まで経験したことがないほど最高に舞い上がっている。


 だからだろう。



「アル、その魔道具を貸して」


「えっ、うん」


「テオドール様、お願いします」


「ほえ?」



 私はアルから魔道具を受け取ると、テオドール様へと手渡し――

 


「テオドール様、まだ第一席の発表をしていませんよ?」


『発表?』


「ですのでお願いします」


『う、うむ……そ、それでは! さ、最後に第一席を発表させて頂く!

席位争奪戦優勝者であり! 学園メルワールの第一席となったのは!

ソフィア――ソフィア=フェルマーじゃ!!』



 無理やり、テオドール様に席位の発表をして頂くと――



「お生憎様だけど男らしさなんて必要ないし、守ってもらう必要だってないわ!

何故かって? だって私は――私は! 学園第一席のソフィア=フェルマーなんだから!」



 私はアルの手のひらをギュッと握り、学園都市快晴に自分の名前を響かせるのだった。

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