第246話 告白

 僕は想い悩んでいた。

 ダンテとベルトに後押しされものの、想いを伝えることに対して抵抗感を覚えていたからだ。


 とはいえ、このまま想いを押し殺しておくのが正解だとも思ってはいない。

 事実、これ以上鈍感を演じ続けるのは不誠実であり、僕自身、想いを誤魔化し続けることに対して限界を感じていたからだ。

 


「ソフィア、始めようか?」


「ええ、始めましょか」



 ……が、様々な葛藤を抱えるものの、今は頭を悩ませているような状況ではない。

 何故なら、今は席位争奪戦の舞台――その決勝の舞台であり、今から剣と魔法を交え、第一席の座を奪い合わなければならない状況にあるからだ。



「手加減はしないよ」


「手加減? 手加減なんかしたら許さないわよ?」



 僕とソフィアがそのような会話を交わすと、会話の内容など分からない筈なのに観客席が大きく沸く。



「ソフィアならそう言うと思ったよ」


「私のことを分かって貰えているようで嬉しいわ」


「当然でしょ? ソフィアとは幼い頃からの付き合いなんだし」


「そうよね。幼い頃からの付き合いだもんね?

じゃあ、勿論、このことも知っているわよね?」



 沸き上がる歓声のなか、二、三言葉を交わした僕たち。

 


「……このことも?」


「あら、もしかして分からないの?」


「ご、ごめん。漠然としているからなにを指しているのか分からないかも」


「まあ、それも当然の反応よね?

それなら、分かりやすい言葉で教えてあげる。

すみません。ちょっとソレを貸して貰っても良いですか?」


「え? あっ、この魔道具ですか? ど、どうぞ」


「ありがとうございます」



 続けて、そのような会話を交わすと、ソフィアは声を拡散する魔道具を審判員から借り受ける。



『ああ~、あ~、うん。問題なさそうね』



 そして、会場に声が響いていることを確認すると――


 

『アル』


「は、はい」


『私は――ソフィア=フェルマーは。

貴方のことが――アルのことが大好きです』



 会場全体に告白を響かせた。






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






 ダンテがこの状況をお膳立てしてくれたからだろうか?

 それとも、前日にミエルさんと話あった所為だろうか? 

 私は変に気持ちを高ぶらせてしまい、「試合中であれば」という、ダンテの助言すら無視して想いの丈を吐き出してしまう。



「……へ? 好き? へ?」



 当然、アルの反応はこんなんだし――



「ソフィアちゃん!? 嘘だと言ってよぉおお!?」


「なんで!? なでだよおおおおおおおお!?」


「きゃああああああああ! ソフィア姉様! 私は応援させていただきますよ!!」


「アルディノォおおおおおおお!! 絶対にぶっ殺すぅうう!!」



 観客たちの反応は雑言の類が大半を占めている。

 まあ、なかには応援の声も混じっているようなのだが……正直、外野が幾ら喚めいたところで、私にとってはさしたる問題にもなりはなしない。

 私にとって何よりも重要なのは告白を受けたアルの反応で――



「で、アルはどう思っているの?」



 私は、答えを知りたいが為にアルの返答を急かしてしまう。



「ぼ、僕は……えっと……」



 だけど、逸る私を他所に目を泳がせて口ごもり始めてしまうアル。

 

 が、それも仕方のないことだ。

 このような状況で、直ぐに返答できる方が異常だし、もしすぐに返答できるのであれば事前に用意されていた信頼のおけない言葉なのだとも思う。

 だからこそ、アルが言葉を詰まらせてしまう気持ちも理解できたし、すぐに返答できないことに対して好感すら持てた訳なのだが――



「し、試合開始の合図をお願いします!」



 ともあれ、この状況のまま返答を待ち続けられるほど私の精神は強靭ではない。

 従って私は――

 


「は、早く合図を下さい!」


『わ、分かりました! こ、これより! 席位争奪戦決勝! ソフィア=フェルマー選手対アルディノ選手の試合を行います!

そ、それでは! 試合開始ッ!!』


「【火天渦巻き剣を纏えッ】!!」



 審判員を急かすと、開始の合図と共に魔法剣を展開させた。






◆ ◆ ◆ ◆ ◆





 僕にとっては予想外の告白だった。

 まさか席位争奪戦の舞台で、大勢の観客が見ている前で、告白をするだなんて微塵も考えていなかったからだ。



「こ、殺す気で斬りかかってるよね?」


「当然でしょ! 殺す気で切り掛かきゃアルには届かないものッ!!」



 加えてだ。

 告白をした直後に致命傷になるような一撃を放つのだから、僕は状況を整理することができず、ちょっとした混乱状態に陥ってしまう。



「ソフィアは……やっぱり凄いな……」



 僕は、混乱する状況のなか、振り下ろされた剣を受けてそう呟く。



「凄い!? 凄いのは余裕で魔法剣を捌いているアルの方でしょ!?」



 すると、称賛の言葉に対して眉を顰めたソフィア。

 


「こうも簡単に捌かれたんじゃ皮肉にしか聞こえないわよ!」



 悔しそうな表情を浮かべながら、魔法剣を右下から斬り上げた。



「つっ!? 速い!」


「速い? 前髪の一本にも触れさせない癖によく言うわね! さっきから皮肉が過ぎるんじゃない!?」



 僕が魔法剣を避けると、ソフィアはより一層悔しさを滲ませる。

 どうやら、僕の言葉を皮肉として受け取ってしまったのが原因のようなのだが……



「皮肉じゃないよ」



 ソフィアは勘違いをしている。

 勿論、実力についても称賛する気持ちはあるのだが、それよりも称賛したいのは――本当に称賛したいのはソフィアが持つ心の強さだ。


 このような舞台で、大勢の観客達が見守るなかでソフィアは告白を行った。

 それは僕には真似できないような行為だし、僕にはソレを行う強さは備わっていない。


 加えてだ。

 ソフィアは告白をして尚、可愛らしい一般的な女性像に収まろうとしない。

 まあ、僕には恋愛経験など皆無なので、恋愛における一般的な女性像を語るのも滑稽な話ではあると思うのだが……

 

 それでも、前世では恋愛を題材にした漫画も読んだことがあるし、この世界でも恋愛小説と呼ばれるものを何冊か読んだ記憶があるので、しおらしく振る舞うのが恋愛における一般的な女性の対応であり、異性の気を引く為に女の子らしくあることが一般的だと考えていた。



「さ け る なッ!!」


「さ、避けなきゃ大怪我するでしょ!?」



 が、ソフィアにはそれらの知識は当て嵌まらない。

 告白し、想いの丈を伝えた上で尚、ソフィア=フェルマーであるという根本を譲らないのだ。



「だから僕は……」


「だから!? だから何よッ!!」



 だから――だからこそ僕は、そんなソフィアに惹かれてしまったのだろう。

 理屈っぽく、周りの顔色を気にする僕に対して、ソフィアは眩しいほどに真っ直ぐだ。

 

 いや、それは正確ではない。

 抱え込み、思い悩んだとしても、それを表に出さないように努力し、真っ直ぐにぶつかろうとするからこそ、僕はソフィア=フェルマーという女性に惹かれてしまったのだ。



「ソフィア……僕は……」


「僕は!? 男ならハッキリ言いなさいよッ!!」



 掠めた剣が制服の裾を焼き、睫毛の先をチリチリと焼くなか僕は思い悩む。



「僕は……」



 コレを伝えてしまっても良いのか?

 伝えてしまったら関係が崩れてしまわないか?

 そう思い悩むのだが――



「僕は何なのよ!! 私は想いを伝えた! 今度はアルの番でしょ!? 

正直怖いけど……どんな返答でも受け止めて見せるわよッ!!」



 そう言って、不安そうな表情を浮かべながらも裂帛の表情で隠したソフィア。

 


「ソフィア……」



 その表情を見た僕は――



「ぼ、僕はさ……ソフィアと同じじゃないんだよ」


「同じじゃない? どういうことよ!? ま、まさか嫌い――」



 僕は、伝えたくなかった事実を伝える覚悟を決める。



「ち、違うんだよ! ぼ、僕は……転生者だから……」


「は?」



 僕がそう伝えると、ソフィアの剣戟が増す。

 


「転生者? ふざけてるの!?」


「ふ、ふざけてないよ!」


「信じられる筈ないでしょ!!」



 一層激しくなる剣戟は、僕の告白に対する答えであり、僕の言葉が戯言――質の悪い冗談であると判断されたという明確な答えであった。


 それでも――



「僕は転生者だから……本当はソフィアと同じ年齢じゃないから……」


「しつこいわよ!! 馬鹿にしてるの!?」



 馬鹿にされていると思われようと、冗談だと思われようと、それが紛れもない真実だ。

 その真実があるからこそ、僕はソフィアから向けられていた想いに対して鈍感な振りを続けるしかなかったのだ。



「だから……ごめん」



 だからこそ僕は……僕は、ソフィアの想いに応える訳にはいかなかった。



「ごめんって……ごめんってどういうことよッ!!」



 僕の返答を聞き、ソフィアの表情が目に見えてクシャリと歪む。



「どうって……そのままの言葉だよ……」


「じゃあなによ!? 私のことが嫌いってことなの!?」


「ち、違うよ!! 違うけど……」


「なら、なんで!!」



 僕も、ソフィアと同様に表情を歪ませる。

 そして僕は――



「転生者っていうのは嘘じゃない……嘘じゃないから「ごめん」としか言えないんだよ……

だって……精神年齢だけでいえば二十代後半だから……

だから……そんな僕が、ソフィアのことを好きだなんて言ったら気持ち悪いでしょ?」



 ソフィアの想いに応えられない理由を告げた。






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






 ああ、そうだったんだと私は思う。

 アルが変に大人びている理由も、なんとなく一歩引いている理由も私は理解してしまう。


 正直、信じられないというのが本音だ。

 だけど、アルの悲痛な表情を見てしまった以上、信じないという選択肢を選ぶ訳にはいかなかった。



「それが!? それが応えられない理由なの!?」



 私は握った剣を――全力で振り降ろしてアルに尋ねる。



「うん……」



 私の剣を受け、か細い声で答えたアル。

  


「だからソフィアには……ソフィアには別の形で幸せになって貰いたいんだよ」



 そして、そう続けた瞬間――



「は? ふざけんな」



 私のなかで、何かが音を立てて切れた。



「勝手に! 勝手に私の幸せを願うなッ!!」



 同時に、悲しさとも、悔しさともいえるような――いや、その二つが入り混じったような涙が私の頬を伝う。



「何時私が言った! 何時私が言ったのよ!? 言ってみろッ!!」


「何時って……」


「私は言ってない! アルのことを気持ち悪いなんて一言も言っていないッ!!」


「でも……」


「でもじゃない! 昔も! 今も!

アルの年齢を知ったこの瞬間もッ!! 私はアルのことを気持ち悪いなんて微塵も思っていないッ!!」


「ソ、ソフィア……」


「勝手に決め付けるな! 勝手に自己完結するな! 勝手に私の幸せを願うなッ!

勝手に! 勝手にッ! 勝手に私の気持ちを推し量るなッ!!」



 私は渾身の力で剣を振るう。

 だけど、力量の差がある所為か、私の剣はアルに届くことはない。



「私は! 努力してきた!

アルに命を救われた時から! 学園都市に通うって約束をした時から!

それは――命を救ってくれたアルに! 大好きなアルの隣に並んでも恥ずかしくない自分で居る為だ!

その想いは――その想いは今もこれからも変わらない!」



 私は想いを吐き出しながら全力で剣を振るう。

 が、それでもアルには届かない。

 振り下ろしても、切り上げても、薙いでも、突いても。

 それでもアルには届かない。


 それは、私の努力や想いが跳ね付けられているようでもあった。

 だからこそ私は――勝手な解釈かも知れないが、この剣がアルに届けば、アルを覆っている殻をぶち壊せると思って何度も何度も、何度も何度も剣を振るう。



「届け!! 届け! 届けぇえええええええッ!!」



 が、それでも私の剣は届かない。



「届いて! 届いて! 届いてよォオオオオおッ!!」



 が、それでも諦めるような真似はしたくなかった。



「ソフィア……」


「慰めるようなッ! 優しい声なんか出すなッ!!」



 でも、それでも届くことがなく、アルが諦めさせるような声を発した瞬間――



『ネエ? イッショニトドケヨ?』



 聞き慣れない声が頭に響いた。






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






「ああ、蛹が羽化する瞬間というものは斯くも美しいものか」


「蛹が羽化? ですかのう?」



 場所は貴賓席。

 試合を観戦していたメーテは、慈しむような表情でそう呟いた。



「なんだテオドール? 老いて耄碌したか?」


「耄碌したつもりはありませぬが……」


「なら、会場を見て見れば分かるだろう? 精霊たちが楽しげに踊っていることを」


「精霊? ……た、確かに、精霊たちが集まっているようですな?」


「……なぁテオドール? 本当に耄碌したのか? それだけではないだろ?」


「も、耄碌も何も、精霊を目視できる方が異常で、多少なりとも目視できていることを褒めて頂きたい所存ではあるのですが……」



 困り顔のテオドールに対して、呆れ顔を返したメーテ。



「まあ、仕方がないから及第点をくれてやろう。

では、精霊たちが集まっている理由くらいは答えることができるよな?」



 続けて、意地悪気な笑みを浮かべながら問題を出題した。


  

「そ、それは……感情の起伏が要因ですかのう?」


「うむ、そうだな。それで?」


「ひ、火の精霊が集まっていることから察するに、熱を持った感情――例を上げるのであれば怒り、或いは恋慕の感情に反応して、精霊たちが寄って来たのだとは思うのですが……」


「うむ、それも正解だ。

要はソフィアの感情にあてられて火の精霊たちが――怒りや愛情を好物とした火の精霊たちが集まって来たという訳だな」



 メーテは人差し指をぴんと立てる。



「では、更に問題だ。

火の精霊が集まったことにより何が起きる?」


「何がと言いますと……同様の素養を持ち合せているのであれば、魔法を使用する際に効率良く使用することができる――或いは、精霊魔法の切っ掛けを掴むことが……はっ!? ま、まさか!? 精霊魔法の切っ掛けをソフィア君が!?」


「正解だ。が不正解でもある」


「と、言いますと?」


「本当に耄碌したか? もう一度舞台を凝視してみたらどうだ?」


「凝視……精霊……それも上位の精霊が集まってる? 感じですかのう?」


「阿呆が……あれは上位ではない。最上位だ」


「最上位? ……と、なりますと……」


「精霊の女王だ」


「「「「……へ?」」」」



 メーテの言葉を聞き、テオドールやその場に居合わせていたSランク冒険者たちが呆けた声をあげる。



「じょ、女王って精霊女王のことを言っているのかい!?」


「ああ」


「ああって……女王さね!?

私も精霊の王たる存在を感じた経験は何度かあるけど……いや、でもまさか」


「そのまさかだよ」


「は、ははっ……本当に育てがいがあるというかなんというかさね……」


「冥利に尽きるだろ? それでは、見届けることにしようではないか――情愛が呼び込んだひとつの奇跡を――女王の顕現をな」






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






「五月蠅いッ!! 勝手に私の頭の中で喚くなッ!!」



 私は頭の中で響いた声に対して啖呵を切る。



「一緒じゃない! 私が! 私の力で届けるんだ!」


『デモ、トドカナイヨ?』


「五月蠅い! 届けるのよッ!!」 


「ソ、ソフィア?」



 恐らく、アルにこの声は届いていないのだろう。

 呆けた表情を浮かべながらも、的確な体捌きで私の剣をかわしていく。



「届かない! なんで届かないのよッ!」



 私は、悔しさのあまりボロボロと涙を流してしまう。



「届いでよぉおおおおお!!」



 きっと、私の顔は涙と鼻水でぐじゃぐしゃだ。

 こんな表情は……こんな汚い表情は大好きな相手に見せるべきではない。



「だって! 好きって言ったんだもん! 好きって言っでくれたんだもん!」



 それでも、アルの口から引き出すことができた想い――その想いを手繰り寄せる為にも、私はぐしゃぐしゃの表情で必死に剣を振るった。



「ソフィア……ごめん……」


「謝るなッ!!」



 だけど届かない。

 私の剣は宙を舞い、クルクルと回って舞台上に転がってしまう。

 要するに試合の決着だ。


 だからだろう。

 私は、頭の中で響いていた声に対して、名前を告げていた怪しげな声に対して、藁をも掴む思いで助けを求めてしまう。



「手を貸してよ……【エントゥトゥ】」



 そしてその瞬間――



『ウン、イッショニトドケヨ?』



 そのような声が響くと共に、私の身体に熱さの感じられない炎が灯る。

 


「こ、これは……」



 同時に感じたのは、今まで覚えたことのないような圧倒的な全能感。



「そう……一撃が限度って訳ね」


「ほ、炎……まさか精霊魔法……いや、その圧を超えている……」



 が、それは一時的なものであり、今の私では十数秒しか維持することができない全能感であることを理解してしまう。


 だからこそ私は――



「アル……もう一度言わせてもらうわね。私は……私はアルのことが好き。

年齢なんて関係ない。私が見て、私が感じてきたアルが全てだから。

だから、勝手に私の想いを決めつけないで? 気持ち悪いなんて一つも思っていない。

例え、アルが自分のことを気持ち悪いと思い続けようと、私はそんなアルでも好きでい続けるから」


「ソフィア……」



 その十数秒でもう一度想いを届ける。

 そして、右の手のひらをギュッと握り込むと――



「力を!! 力を貸してッ!! ――【情妃エントゥトゥ】!!」



 想いを拳にのせて、前方の空間へと突き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る