第243話 ソフィア対ダンテ

 本戦三日目。

 本日の試合によって決勝進出者が決まるということもあってか、試合会場は満員御礼といった状況だ。

 まあ、この目で確認した訳ではないので断言はできないのだが、控室に居る僕のところまで割れんばかりの歓声が届いているのだから恐らく間違ってはいないのだろう。


 ともあれ、そのような歓声を控室で耳にしながら、僕は昨日の出来事をダンテに報告していた。



「それ、まじで言ってんのか?

Sランク冒険者が――クウラ=セドリックが俺のことを二年間も監視するって言うのかよ?」


「監視っていうか、二年間面倒を見てくれるって言った方が正しい感じかも?」


「……面倒を見る? それを信じろって言うのか?

相手はSランク冒険者様だぞ? Sランク冒険者様が俺なんかの面倒を見る訳ねぇだろ」



 ……報告していたのだが、ダンテからすればにわかに信じられない話のようで、疑うような視線を僕へと向けてくる。

 


「とは言っても、本当のことだから信じてもらうしかないんだけど……」


「まあ、本当の話だったら凄ぇ嬉しいんだけどよ……

アルが言うには【女帝】と【三点欠損】と【獣王】と【剣聖】が俺達の面倒を見てくれるって話なんだろ? 流石に信じられねぇし、冗談だとしても出来が悪すぎんだろ?」



 そう付け加えると、肩を竦めながら鼻をスンと鳴らしたダンテ。

 実際、ダンテが言うようにSランク冒険者が二年間も面倒を見てくれるというのは信じ難い話だし、いち学生に対する対応としては好待遇が過ぎるのだろう。

 僕自身、そのように理解していたからこそ、疑ってしまうダンテの気持ちを充分に理解することができた訳なのだが……



「おっ、ここがアルの控室か。良い部屋用意してもらってるね~」


「コフー……最近の学生は生意気」



 事実は事実であり、幾ら疑ったところで覆りはしない。

 それを証明するかのように、二名のSランク冒険者が控室の扉を開いて姿を見せた。



「く、黒鉄の義手に義足……そ、それに髑髏面の全身甲冑……

ア、アル……この人達ってもしかして……もしかしたりする?」



 ドサリとソファに腰を降ろしたロゼリアさんとクウラさんを見て、額に薄っすらと汗を浮かべるダンテ。



「う、うん。もしかしたらもしかするかも……というか、自由ですね? それ僕の紅茶だと思うんですけど?」


「ん? 細かいこと気にするなって」


「コフー……果実水がない……仕方が無いから紅茶で我慢してあげる」


「……い、今用意しますね」



 僕は僕で、自由奔放なSランク冒険者達に対して思わず苦笑いを浮かべてしまう。



「キミがダンテ? ふんふん、近くで見ると良い筋肉の付き方をしてるのが分かるね~。それに魔力の総量も相当なもんだ。

どうクウラ? これならアンタも退屈しなくて済むんじゃない?」


「コフー……私はセドリック八器の為に仕方なく、渋々了承しただけ。

でも、ロゼリアが言うように、この子なら退屈だけはしなくて済むかも」


「だよね? はしゃぎ過ぎて死なせたりするなよ?」


「コフー……八器を貰えなくなるから死なせるようなヘマはしない……死にそうな思いならすると思うけど」



 ダンテに視線を送りながら、物騒な会話を交わすロゼリアさんとクウラさん。

 紅茶を淹れながら二人の会話を聞いていた僕は、苦笑いを一層深くすると同時に、額に汗を浮かべながら口をあんぐりと開いているダンテが気掛かりに思えてしまう。



「ダンテ? ねぇダンテ? 聞こえてる?」


「……」



 その為、ダンテに声を掛けてみるのだが、ダンテは返事どころか瞬きひとつすら反応を返さない。



「ダ、ダンテ? 大丈夫?」



 まさか、立ったまま気絶しているのではないだろうか?

 そんな馬鹿げた考えが過り、僕は手にしていたティーポットを置いてダンテの元へと歩み寄ろうとする。

 


「ほ、ほほほほ本物の【三点欠損】と【千本髑髏】だ!」



 が、歩み寄ろうとした瞬間。

 ダンテはギュッと瞬きをした後に大きな震え声を上げる。

 どうやら気絶はしていなかったようで僕はホッと胸を撫で下ろすのだが、そんな僕の心境など知る筈もないダンテは、更に声を震わせながら右手を差し出した。



「あ、あああああくす! じゃ、じゃなくて握手して下さい!」


「握手? はは~ん、今夜は手を洗わずにお楽しみに使おうとか考えてるんでしょ?」


「コフー……お楽しみ? ロゼリア、それってどういう意味?」


「どういう意味って……分からないの?」


「コフー……ムッ、分からないから聞いている」


「まじで言ってんの? コレだよコレ」


「コレ? コレって何?」


「本当に知らないみたいだね……男の子達は当然分かるよね? ねぇアル?」



 こちらに話を振るのはやめて頂けないだろうか?

 実際、僕も一応は男なので、ロゼリアさんの手の動きを見れば察することなど容易だ。

 

 だが、察することができるからこそ答えられない。

 或いは答えたくないという結論に辿り着くこともある。

 だからこそ、僕は無言を貫くことを決めた訳なのだが……



「ねぇ? なんで顔が赤いの? それって知ってる人の反応だよね?

知ってるならクウラに教えてあげなよ? 知ってるのに教えてあげないのは意地悪だと思うよ?」


「コフー……コレについて知ってるなら教えろ」


「ほら、クウラも知りたがってるよ~。コレについて教えてあげなよ?」



 ロゼリアさんは思いやりという概念を持ち合わせていないのだろうか?

 ロゼリアさんはニヤニヤとした笑みを浮かべながら。クウラさんは髑髏面越しに圧を放ちながら、右手を上下させつつ僕へと詰め寄ってくる。


 

「ダ、ダンテ……た、助けて!」



 僕は、そんな二人の圧に耐えながらダンテに助けを求める。

 元はと言えばダンテが握手を求めたのが切っ掛け――いや、握手という行為から話を飛躍させたロゼリアさんが諸悪の根源であることは確かなのだが、その切っ掛けを作ったダンテであれば、多少なりの責任を感じて助け船を出してくれるのではないかと考えたからだ。



「そ、そろそろ俺の試合始まるわ! ま、またなアル!」


「ダ、ダンテ!? し、試合までもう少し時間あるでしょ!?」


「……気のせいじゃね? つーことで行くわ!」


「ダ、ダンテぇ!?」


 

 が、現実は無慈悲である。

 ダンテは、僕と目を合わせないようにしながらそそくさと控室を後にし――



「コフー……最低……」


「は、はははっ……」



 逃げ場がなくなった僕は説明を強いられてしまい、「コレ」の意味を理解したクウラさんに温度の低い声を投げつけられる羽目になってしまった。

 ちなみにだが……



「くっくっくっ! あぁ~お腹痛~い! いっひっひっ」



 僕とクウラさんのやり取りを聞いていたロゼリアさんは終始笑い転げていた。

 昨日のズボンの件も相俟って、少しだけ殺意が湧いたのは内緒である。






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






 試合会場には多くの歓声が飛び交っている。

 


「ソフィアお姉さま! 頑張って下さい!」

「ソフィアさん! 前期組の方が強いってことを証明してやって下さい!」

「ダンテ! 後期組の強さを見せつけてやれ!」

「おおおおおおッ! ソフィアちゃん頑張れー!」

「きゃあああああッ! ソフィアさん素敵! 前期組の誇りです!」



 飛び交っているのは私とダンテに対する声援――と、いうのも勿論あると思うけど、聞こえてくる声援の多くに「前期組」や「後期組」という言葉が含まれていた所為で、「前期組」や「後期組」という括りに対して送られた声援のように感じてしまう。



「まあ、前期組で残っているのは私だけだしね……

声援に力が入っちゃうのも当然と言えば当然か……」



 正直なところ、私にとってその「括り」に大きな意味などない。

 だってそうでしょ?

 前期、後期っていうものは入学した時期でしかなく、入学してからどのようにして学業に取り組むかの方が重要だからだ。


 その証拠に、前期入学でも怠けていた人は成績が悪いし、後期入学でも頑張っていた人はしっかりとした成績を残している。

 加えて、今勝ち残っているのは私以外は後期組ばかり――……まあ、アルやダンテ、ラトラやベルトはちょっと例外だから判断に困るところだけど、事実だけを切り取って見れば「前期組」や「後期組」という括りに拘るのが如何に馬鹿らしことであるか分かると思う。

 

 とはいえ――



「私も前期組だし、みんなの期待を背負うっていうのは燃える状況よね?」



 入学以来、苦楽を共にしてきた学友の声援であることに変わりはない。

 私は「ふう」と息を吐いて気合いを入れ直すと、目の前に居る対戦相手に視線を送った。



「ははっ、気合十分って感じだな?

試合前にSランク冒険者の件について話そうと思ったけど……気合が抜けちまうのもアレだしな。その話は試合の後にでもするとすっか」


「Sランク冒険者の件ね……確かにその件で話したいことはあるけど……

うん、そうね。その話は試合が終わった後にでもしましょうか」


「あいよ。つーことで早速始めるか?」



 そう言うと、対戦相手であるダンテは審判員へと視線を送る。

 対して、視線を向けられた審判員は、試合開始を急かされているのだと理解したのだろう。



『そ、それでは準決勝第一試合! ソフィア=フェルマー対ダンテ=マクファーの試合を行います!』



 審判員は、声を拡散させる魔道具を使用して私達の名前を観客席に響かせる。

 そして―― 



『試合始めッ!!』



 決勝を賭けた試合の始まりを告げた。



「悪りぃけど、始めっから全力で行かせて貰うぜッ!!」



 瞬間、ダンテの眼球――その色が反転する。



「はっ!? いきなり魔人化!? 決勝戦は捨てたって訳!?」


「どうだろうなッ!!」


「くっ!? があっ!?」



 繰り出された二発の剣戟。

 下からの斬り上げはどうにか剣で受け止めたものの、斬り下げらた剣は防ぎきることができずに肩口がミシリと音を鳴らしてしまう。



「痛ったぁ……折れて――は、いないみたいね」


「ホッとしてる暇なんてねぇぞ?」


「つッ!? 速っ――かはっ!?」



 蹴り抜かれた腹部がぎゅるぎゅると悲鳴を上げる。

 同時に、内臓が上の方へと持ち上がって行くような感覚と、それに伴って胃の内容物までもが持ち上がって行くような感覚を覚えてしまうのだが――



「んぐッ!! ざけんなッ!!」



 それをどうにか押さえこんだ私は、思いっきり踏み込んで刃引きされた剣を薙いだ。



「つッ!? 退がらねぇのかよ!」


「距離を取ろうとしても、今のダンテなら余裕で詰めてくるでしょうしね!」


「正解だ! 流石ソフィアだな!」


「ありがとねッ! ていうか、魔人化っていう切り札を使っちゃって良かったの!?」


「切り札!? これは切り札なんかじゃねぇよ!」


「は!? だって魔人化を使用したら数日は動けない筈じゃ……」


「くっくっ、何年前の話してんだよ!」


「何年前って……この間手合わせした時も、魔人化を使用したら反動があるからって話を――」



 剣戟による火花が散る中、そこまで口にした私はハッと気付く。



「……ああ、それが嘘だったって話ね」


「そういうことだ!」


「あがっ!?」



 ダンテの薙いだ剣が私の脇腹をミシリと鳴らし、この痛みに覚えがあった私は、折れていないとしても罅が入ったであろうと確信してしまう。



「ぐっ……反動があるから魔人化は使用しないって決めつけていたけど……そう決めつけていた私が馬鹿だったみたいね」



 同時に、確信してしまったのは自分の浅はかさ。

 魔人化は使用できないと決めつけていた所為で、対応の幅を自ら狭めていたことに今更ながら気付いてしまう。


 だからこそ「魔人化」という想定外に混乱してしまい、対応が遅れた結果、手痛い一撃を何度ももらってしまった訳なんだけど……


 

「ダンテもそうだし、ラトラやベルトのそういう部分――私は好きだな」


「は?」



 私の浅はかさは兎も角として、ダンテや友人達に通っている「芯」――友人だからこそ遠慮をしないという姿勢に思わず笑みを浮かべてしまう。


 友人だからこそ遠慮はしない。

 友人だからこそ負けたくない。

 友人だからこそ肩を並べていたい。

 

 それは幼い頃に私が抱いた想い――アルの横に並んでも恥ずかしくない自分で居たい。と、いう思いと似通った感情であり、その為の努力や策略を怠らない友人達の姿勢が本当に大好きだったからだ。

 


「ふぅ……【火天渦巻き剣を纏えッ】!」



 だからこそ、私だって遠慮はしない。

 全力をぶつけて勝利し、その上で友人であることをダンテに認めてもらおうと考えるのだけど……



「好きってお前……そういうのは俺たちじゃなくアルに言えよ?」


「ふ、ふぇっ!?」



 不意に発せられたアルという言葉に、私は気の抜けた音を返してしまう。



「な、なんでアルが出てくるのよ!?」


「なんでって……ソフィアがアルのこと好きなのはバレバレだかんな?

つーかよ、見ているこっちがもどかしいんだわ」


「ななななな、なんのことかしらぁ!?」



 私は剣を振るうことでダンテの言葉を止めようとする。

 けど、動揺した剣では魔人化したダンテに届く筈もなく、簡単に避けられてしまう。



「なぁ、いい加減言っちまったらどうだ? アイツは鈍感っていうか、わざと鈍感を演じているような節があるからよ。ソフィアが言わないとずっとこのままだぞ?」


「へ、へぇ~。そ、そうなんだ?」



 振るった剣がダンテの剣を捕らえ、ガチンと火花を散らす。



「誤魔化すなって……一番アルのことを見てきたソフィアなら分かるだろ?

それともなんだ? ソフィアはアルのことが好きじゃねぇのか? 俺が勘違いしてるだけか? なぁ、どうなんだよ?」


「そ、そんなの――……」



 私はギュッと剣の柄を握り込む。

 そして唇を噛み、剣を上段に構えると――



「好きよ! 好きに決まってるじゃない!」



 渾身の力を込め、振り下ろすと同時に本音をぶちまけた。



「ならよ。伝えちまえよ」


「そんなの! そんなの自分でも分かってるわよ! でも――」



 剣戟は、私の感情を表すかのように激しさを増していく。



「でも、ソレじゃ意味がないのよ!」


「意味とか……そういうものじゃねぇだろ?」


「だって! だって! 私知ってるもの!

アルは優しいから、私が好きだって伝えたら、きっと困った顔をして私の気持ちに答えてくれる! 優しい表情で笑い掛けてくれるんだ!」


「……それじゃあ駄目なのかよ?」

 

「駄目に決まってるじゃない! 私だってアルがわざと鈍感を演じてるような気はしてたわよ!

でも、それって何か理由がある筈でしょ!? だったらその理由に縛られるのが馬鹿らしく思えるほど!

アルが抱えている悩みがくだらなく思えるほど! 私に夢中にさせなきゃアルの為にもならないじゃない!」


「はぁ……本当に、本当に面倒くせぇ奴らだな……」



 ダンテはそう言うと私の剣を肩口で受け止め、使用していた魔人化を解いてしまう。



「ちょっ!? な、なんで魔人化を?」


「あがっ!? くっそ痛ぇなおいッ! 降参! 降参す! 俺の負けっす!」



 困惑する私を他所に、肩を押さえながら降参を宣言するダンテ。

 続けて、両の手のひらを私に見せるともう一度「降参だ」と口にする。



「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!」



 こんな手抜きのような決着は私も――私以上にダンテが納得しない筈だ。

 そう考えた私はダンテが手から落とした剣を拾うと、試合を再開させる為に剣を手渡そうとする。



「降参だって言ってんだろ?」



 けど、ダンテは剣を受け取ろうともせずに、背中を向けて舞台の端へと歩いていく。

 そして、舞台に備え付けられた階段に差し掛かったその間際――



「ああ~……なんつーか、お前らは深く考えすぎなんだよ。

お互いを思いやる気持ちは立派だけどよ、やっぱり言葉で伝えようとしなきゃ伝わらないことってあると思うだわ。

まあ、面と向かって言うのは難しいかもしれないけど……試合中のノリならさっきみたいに本音を言えるかもしれないだろ? だから決勝戦は譲ってやる。だから「好き」って伝えてみろよ」


「……ダンテ?」


「あっ、アルが負ける可能性もあるのか……そうなると俺が負けた意味が無くなっちまうな……けどまあ、それはそれで仕方がねぇか」



 ダンテは照れくさそうに後頭部を掻きながらそう言い残し――



「好きって伝える……か」



 私はダンテの残した言葉を反芻するのだった。

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