第241話 魘魅呪言


「一発やる? 品のない表現はあまり好きではないな」


「碌な教育を受けてないんでね、多目に見てくれると助かるよ」



 メーテの返答に対して黒鉄の義手をガチャリと鳴らしながら答えるロゼリアさん。



「で、付き合ってくれるんだよね?」



 加えてそう続けるとソファから腰を浮かせる。

 対して、お誘いを受けたメーテは――



「ふむ、付き合ってやらんでもないが――流石に此処では狭すぎる。

観客も捌けたようだし、舞台を使わせて貰うことにするか」



 月光と魔石灯に照らされた舞台を親指で指すと、貴賓席のテラスを飛び越えて見せた。






 日中の賑わいが嘘であるかのように静まり返った席位争奪戦会場。

 割れるような声援も無く、観客もたったの七名だというのに本戦以上の緊張感が漂っている。



「さて、そろそろ始めるとしますか?」


「ああ、始めるとしよう」



 二人が短い会話を交わすとピリピリとした緊張感が一層増していく。

 それは一秒一秒と濃いものへと変わっていき、僕が刺すような痛み――痛みと錯覚してしまう程に高まったその瞬間。



「まずは小手調べだッ!!」



 始まりを告げるようにしてロゼリアさんが舞台を蹴割った。

 


「ほう、流石はSランク冒険者といったところか。

身体能力からして有象無象と乖離しているようだな」


「ありがとねぇッ!!」



 蹴割った舞台の破片と粉塵が舞い散る中、ロゼリアさんはメーテとの間合いを詰める。

 それと同時に突き出し黒鉄の義手と、続けて放たれた初動の掴めない右の拳――それを放ち、交わしながら二人は会話を交わす。



「それじゃあ、コイツはどうだいッ!!」


「ほう、小癪な」



 踏み込んだ際に、撒き上がった粉塵を後ろ手で掴んでいたのだろう。

 ロゼリアさんは右の拳を振るうと同時に粉塵を撒き、粉塵が目に入ったのであろうメーテは目を細めてしまう。



「悪いねッ! まずは先手を頂くよッ!!」



 そしてその隙を――目を瞑った隙を見逃さなかったロゼリアさん。

 一歩踏み込んだ右足を軸とし、遠心力を活かして黒鉄の左足を振るう。



「なっ!? は、離せッ!」


「中々に良いぞ?

限られた状況の中で、何でも利用しようとする姿勢は好感が持てる。

そういう人物であると予想はしていたが――ふむ、尚更欲しくなって来たよ」



 が、恐ろしい速さで振られた義足は、振り抜かれることなくピタリと止まる。

 メーテは目を瞑ったままに義足を掴むと、開いている右手で目頭を拭い、ニヤリとした含みのある笑みを浮かべた。



「余裕かよ……クソがッ!!」



 対して、含みのある笑みを向けられたロゼリアさん。

 僅かに声を荒げると舞台を蹴り、中空で身体を捻ると、回転の力を持ってメーテの指先を振りほどく。



「ほう、随分と身体の扱い方を熟知している。

身体能力の高さだけではなく、それに伴った技術も持ち合わせているということか」



 恐らくは素直に感心しているのだろう。

 メーテは僅かに目を見開くと、今度は満足気な笑みを浮かべて賛辞の言葉を送る。



「――ッ、お褒めの言葉ありがとねぇ……」



 しかし、その賛辞の言葉も、満足気な笑顔も、ロゼリアさんからすれば皮肉にしか聞こえなかったようで――



「まあ、殺す気で放った一撃をこうも簡単に止められたんじゃ、素直に喜べないけどさぁッ!!」



 苦笑いのような、それでいて何処か楽しげな表情を浮かべると、再び舞台を割るほどの踏み込みを見せ――






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 


 名はロゼリア、姓はジュラ。

 ロゼリア=ジュラという人物は田舎で商人を営む家庭に育ち、二歳下の妹を溺愛する、極々普通の一般的な少女であった。 

 

 それでは何故?

 そんな普通の少女が、Sランク冒険者という地位まで登りつめることになったのか?

 それは、とある出来事に起因する。


 その日、ジュラ一家は繁忙期を乗り越え家族旅行に出ていた。

 田舎者ではあったものの商人を生業にしており、それなりに裕福な家庭であった為、庶民の旅先としては贅沢とされていたとある都市まで足を伸ばすことにしたのだ。


 ジュラ一家――ロゼリアと妹であるエイナは目を輝かせていた。

 田舎では見られないような赤レンガの建物や、漆喰の塗られた白い壁。

 田舎臭い茶色の建物では無く、色鮮やかな建築物に心躍らせ、華やかな街を往来する人々の煌びやかさに心を惹かれていた。


 が、それと同時に自分達の身なり――旅行だからと着飾ったというのに何処か田舎臭さが抜けきれおらず、少し野暮ったい身だしなみに対して劣等感に似た恥ずかしさを覚えていた。



「旅行で来た人かな? 折角の旅行なんだからもっとお洒落しなきゃ!

さあさあ、ウチは安くてお洒落な服が揃ってるから寄っていってよ!」



 だからだろう。

 「田舎者だと馬鹿にしてるのか?」「田舎者をカモにしようって魂胆か?」。

 ジュラ家の家長は、そうは警戒しつつも抱いた劣等感を拭いたいが為に、調子の良さそうな男の誘いに乗ってしまう。

 田舎者であることを否定するのもまた田舎者くさい。

 そんな虚勢を張ってしまったのだ。



「あら、素敵なお洋服ね」


「ああ、このタイも縫製が見事だ」


「ママ! 私このお洋服が良いな!」


「おね~ちゃ~ん! 私もおそろいがいい~!」


「皆さんお似合いですよ~。

ふふっ、お嬢ちゃん達も喜んでくれているようですし――うん、少しばかり割引して差し上げましょう」


「え? 宜しいんですか?」


「はい、お客さま方は旅行中なんですよね?

旅行中は色々とお金も掛かるでしょうし、お金を気にしていては存分に楽しめませんからね。

それにです――ウチの服を購入していただき、この街に居る間や、帰ってからも着ていただけることで店の宣伝にもなりますからね。

それを見越しての割引となりますので、どうぞご遠慮なさらないで下さい」


「なるほど、要は打算ありき……と、いうことですか?」


「ふふっ、そのとおりです」


「ははっ、それならば、お言葉に甘えさせて頂くことにしましょう」



 とはいえ、調子の良さそうな男は紳士的だった。

 初めこそ胡散臭さを感じていたものの、割引を提示したことや、それを隠すことなく打算と言い切った男のことをジュラ家の家長は信用し始めてしまう。


 それが、間違った選択であることも知らずに……



「ジュラ家の皆さん、またお会いしましたね!

いやぁ、似合っていますよ! 街に溶け込んでいたので一瞬別の方かと思ってしまいましたよ!」


「ははっ、お上りさんだと馬鹿にされているような気もしますが、素直に褒め言葉だと受け取っておきますよ」


「ば、馬鹿にするだなんてとんでもない!

いやぁ、客商売を生業としているというのに言葉足らずなものでして……

そ、そうだ! お詫びとして昼食をご馳走させていただけませんか?」


「い、いえいえ、お詫びだなんて!

ちょっとした冗談ですので、本当にお気になさらないで下さい!」


「で、ですが……失礼なことを言ってしまったのは事実ですので……

あっ、そ、そうだ! でしたら【友人】として昼食にお誘いすることはできませんか?」


「友人として……ですか?」


「はい、店員とお客様ではなく、旅先で出会った友人としてです。

い、如何でしょうか……?」


「旅先で出会った友人ですか――ははっ、分かりました。

そういうことでしたら昼食のお誘いをお受けいたしましょう」


「あ、ありがとうございます!」



 この昼下がりの出来事を切っ掛けとして、ジュラ家と男は良好な関係を築いていく。

 それはジュラ家の家長だけでなく、全員が「ギャロンさん」と呼び慕うようになる程で――

 


「おや、お目覚めのようですね?」


「ふぐぅうッ!! ふぐううううウウウッ!!」


「ぬうぅうう!?」


「パパ、ママ!?

ギャ、ギャロンさん! パパとママの縄を解いてあげて下さい!」


「ギャ、ギャロンおにいちゃん……ここは、どこ?」



 旅行最終日の前日。

 路地裏の酒場で食事を共にし、目覚めた瞬間にはギャロン以外の手足を拘束されていたというのに、それがギャロンの仕業と欠片も疑わない程であった。



「本当、田舎者は懐柔が楽なんで助かりますねぇ~。

綺麗な服を与えて、少し優しい人物を演じただけでコレですから。

まあ、それは兎も角として、そろそろオークションを始めましょうか?」


「ギャ、ギャロンさん?」



 ロゼリアはギャロンの言葉をうまく飲み込むことができなかった。

 都会の焼き菓子を手土産に、優しく笑い掛けるギャロンの姿がそこになかったからだ。


 「なんで?」「どうして?」「嘘だったの?」「騙したの?」。

 ロゼリアは必死になって状況を整理する。

 だが、十歳に満たないロゼリアでは、どんなに思考を巡らせたところで状況を整理することはできない。

 いや、大人であってもこの状況――劇場の舞台のような場所に立たされ、拘束されているという状況を整理することは適わないのだろう。


 だというのにだ……



「それではオークションを開始します!

まずは家長であるボイド=ジュラから!」


「金貨一枚ッ!!」


「金貨二枚ッ!!」


「金貨二枚と銀貨六枚ッ!!」


「ひっ……ひいぃっ……」



 舞台の幕があがると同時にロゼリアの目に飛び込んで来たのは、百羽からなる蝶の群れ。

 蝶の仮面を身に着けた者達が、ねばついた声を張り上げ始めたのだから、到底整理など出来る筈がない。


 故にロゼリアは、ギャロンに答えを求める。

 


「此処は何処なのよぉ!? 何をしてるのよぉ!?

パパとママの――口に着けてるやつ外してよッ!!」


「お、おねえちゃん怖いよぉ……」


「だ、大丈夫だよエイナ! お、お姉ちゃんがついてるから!」



 守るべき存在である妹を背に隠しながら。

 


「んん~、良い声で鳴いてくれますねぇ?

やはりロゼリアちゃんと、エイナちゃんに猿ぐつわを噛ませなかったのは正解でした」


「せ、正解?」  

 


 だがしかし、ロゼリアの求めるような答えはギャロンから返って来ない。

 それどころか、状況は悪い方に転んでしまったようで――



「これだ! こういうのが堪らないんだよッ!

俺は買うぞッ! 親子まとめて買ってやる!! 金貨十枚!」


「俺もだッ!! 金貨十五枚!」


「ああ、母親と父親ならどっちの絶望が濃いのかしら?

まあ、どっちも買えば良い話よね? では金貨三十枚!」



 蝶の仮面を被った人々は、謎の金額を生き生きと提示し始める。



「な、なんなのよ……これ……」


「お、おねえちゃん……おねえちゃん……」



 薄暗い場内にはためく極彩色の蝶。

 それは燃えると知って篝火に群がる我のような――狂気に満ちたはためきで、その光景を見たロゼリアとエイナは声を震わせ始めてしまう。


 そして、そのはためきから……

 狂気に満ちたはためきから逃れる術などある筈もなく―― 



「ロゼリア=ジュラ! 金貨三十五枚で落札となります!」



 信用していた男の、喜びに満ちた声を聞くことになった。






 その後、ロゼリアを待ち受けていたのは歪んだ欲望であった。



「ごめんなさい……ごめんなさい……もうしないで下さい……」


「駄目駄目、今度はどんな声で鳴いてくれるかな?

はい、次は左手の中指ね? ぎーこーぎーこーぎーこー」


「いぎぃいいいいいッ!! 痛い痛い痛い痛いッ!!」


「あはっ! 痛いねぇ? 苦しいねぇ?

それっ、ぎーこーぎーこーぎーこ」

  

「ひぐううっぅうううううッ!!」



 薄暗く、陽の光さえ届かない部屋。

 血と糞尿、異臭の漂う歪な空間にロゼリアの悲鳴が響く。

 


「パパ、ママ……エイナぁ……みんな何処にいるのぉ……」



 虚ろな瞳で家族の名前を呼ぶロゼリア。

 その左手を見れば親指と人差し指しか残されておらず、本来あった筈の指は汚れた床の上で無造作に転がっている。



「何で……何でこんな酷いことするのよぉ……」

お願いだから……お願いだからパパとママ……エイナに合わせてよぉ……助けてよぉ……」



 激痛に耐えながら必死に懇願するロゼリア。

 


「それは駄目だよ~。

そんな事をしたら僕が楽しくないし、【肉屋】に金貨を三十五枚も払った意味がなくなっちゃうじゃないか」


「楽しく? ……【肉屋】?」



 だが、目の前に立つ男性――黒い革製のマスクと、同色の前掛けを身に着けた男性の心には欠片も届かない。


 それどころか、その男性はのたまう。



「本当はさ、ロゼリアちゃんの妹も購入するつもりだったんだよ。

確かエイナちゃんだっけ? ロゼリアちゃんとエイナちゃんを並べてさ、「ロゼリアちゃんが爪を剥ぐならエイナちゃんの指は切らないであげる」。

みたいなことをやりたかったんだけど、残念なことに競り負けちゃってさ……」



 本当に残念そうに、実に子供じみた声色で。

 


「お前は……人間じゃない……壊れてる……」



 故にロゼリアは理解してしまう。

 目の前にいる人物は人の形をした醜悪なナニカなのだと。

 

 そして、そう理解したのは間違いなどでは無く――


 

「その言葉は僕達――【幸せを運ぶ肉屋】の会員にとっての褒め言葉だよ。

それじゃあロゼリアちゃん? さっきの続きをしよっか?」

 

「いっッ!? ひぎいいいいいいいいぃッ!?」



 ロゼリアの人差し指は鋸で引かれることになった。






 それからは地獄だった。

 

 鋸で指を落とされた。金槌で指を潰された。

 腕を焼かれた、足を煮られた、神経を溶かされた、自分の目玉を喰わされた。


 行われたのは吐き気を催すような所業で、ロゼリアの髪から色素が抜けてしまうほどの無邪気な悪意であった。


 が、そんな地獄は唐突に終わりを迎えることとなる。

 何故ならば――



「【肉屋】の屑どもは誰一人逃がすんじゃないよッ!!

逃げられそうなら構わず殺せッ! 無抵抗なヤツは半殺しで捕まえるさねッ!!」



 【養豚場】と呼ばれる【幸せを運ぶ肉屋】の施設のひとつ――そこにSランク冒険者であるエイミー=デオキシル率いる【孤児院】のメンバーが踏み込んだからだ。



「生存者は――ッ……まさに鬼畜の所業さね……

ねぇ、お嬢ちゃん? 今助けてやるから安心するさね」


「……あ……ああ? うえぇ?」


「壊れちまってる――いや、壊れる寸前じゃないか……あのクソ共がッ!!」



 エイミーは少女を――右目にある筈の眼球が無く、左腕と左足が欠損したロゼリアを、強く、そして優しく抱きしめる。


 実際、エイミーが言ったようにロゼリアの精神は度重なる拷問によって壊れかけていた。

 しかし、久し振りに感じたお陽様のような香りと、包みこむような温かさ。

 それらを感じたことにより、壊れかけた精神が元の形を取り戻したのだろう。



「パパろ……ママ……エイナほ……かじょくをたひゅけへ……」



 拙い発音ながらもハッキリした意志を示す。

 


「お、お嬢ちゃん意識が――……ああ、分かったよ。

約束するよ、お嬢ちゃんの家族はあたしが助けてやるさね!」



 対して、ロゼリアからお願いを託されたエイミー。

 「助ける」と約束したものの、その約束は守れないだろう。という確信を持っていた。

 何故なら、【養豚場】を襲撃してから多くの死体を目撃しており、目撃した生存者はロゼリアのみだったからだ。


 それでも約束を交わしたのは――壊れかけの精神で家族を思いやる少女を安心させたかったからで、強く優しいロゼリアに穏やかな眠りを与えたかったからに他ならない。


 その甲斐もあってか――



「すぅー、すぅー」



 穏やかな寝息を立て始めたロゼリア。

 そんなロゼリアを見たエイミーは――



「憎んでくれても良いし、恨みごとなら幾らでも受け止めてやるさね。

だからお嬢ちゃん――今はゆっくりとお休みよ」



 恨まれる覚悟を決めると、優しく、慈しむようにしてその頭を撫でた。






 それから更に一週間という時間が流れた。

 

 流れたのだが……結果的にエイミーは約束を果たすことができなかった。

 見つけられたのは多くの亡骸のみで、生存者の姿を見つけることができなかったのだ。


 更に最悪だったのは、融通の利かない憲兵の所為で、身元確認が行われたこと。

 四肢のない両親と、全ての歯が抜かれたエイナの亡骸をロゼリアが確認させられたことだった。


 従ってエイミーは覚悟を決める。

 恐らく酷い言葉で罵られるだろう。

 きっと嘘吐きと蔑まされるだろう。

 それでも、約束を違えた償いとして、ロゼリアが自立するまで【孤児院】で預かることを決めたのだが――

 


「エイミーさんが謝る必要はありません。

悪いのは【幸せを運ぶ肉屋】――すべての元凶は【肉屋】という存在なんですから。

だから……だがらエイミーしゃんッ!!

わだじに!! わたじぃにッ!! あいつらを殺す術をおじえでぐだしゃいッ!!」


 

 返ってきた反応は予想外のもので、エイミーは呆気にとられてしまう。

 それと同時に、復讐を目的とする少女に力を貸すべきか頭を悩ませてしまう。



「おねがいじますッ!!」



 しかし、向けられた瞳には一切の淀みがなく、復讐を目的としているというのに、嫌になるほど真っすぐなもので――



「ははっ、この私が気圧されちまうとはねぇ~。

いいさね。ロゼリアの面倒は責任を持ってあたしが見てあげるよ」



 エイミーは呆れ顔で頭を掻くと、今度は約束を違えないように――ロゼリアの小さな手を握るのであった。


  


 こうしてロゼリアは歩き始める。

 Sランク冒険者という道程を――そして、【幸せを運ぶ肉屋】を喰らいつくすという険しい道程を。


 そして現在、Sランク冒険者という地位に登りつめ、点在する【肉屋】の施設を幾つも潰してきた訳なのだが――

 



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




「ちッ!! 規格外にも程があるだろッ!?」


「ははっ、お褒めに預かり光栄だ」



 一手、二手、三手、ロゼリアさんは恐ろしい速さの攻撃を繰り出すものの、メーテはそれらの攻撃を余裕の表情で捌いてみせる。



「ち、ちょっと意味が分からないかな……」



 恐らく、僕の実力ではロゼリアさんに勝つことはできないだろう。

 まあ、闇属性魔法を使用すれば善戦はできるかもしれないが、それも試合形式の話しで、実戦ともなればきっと手も足も出ないに違いない。


 だというのにだ……



「ほら、これを振り抜いていたら有効打だったぞ、ほれ、こいつもだ。

というかだな、そろそろ魔法を使用したらどうだ?

使用しないのであれば、このまま終わらせてしまうぞ?」


「舐めやがって……本当に規格外の存在だなッ!!」



 まるで組み手の型のように、寸前で攻撃を止めて見せるメーテ。

 そのうえ、「魔法を使用しろ」と注文をつけるのだから、改めてメーテの凄さに気付かされてしまう。


 

「メーテって冒険者で例えたら何ランクになるんだろ?

無理やり作るとしたらSSランクとかになるのかな?」


「メーテなら……ランク厄災とかになるんじゃないかしら?」


「も、もはや天災の類なんだ……ちなみにウルフの場合はどうなの?」


「私の場合も災厄――って言いたいところだけど、残念ながら私はその一歩手前って感じかしらね?」


「そ、そっか……それでも大概だとは思うよ?」


 

 そして、メーテの凄さに気付かされながら、ウルフと間の抜けた会話を交わしていると――



「お望みだっていうなら魔法を使ってあげるよッ!

だけど! 後悔するんじゃないよッ!!」


「ふむ、上等だ。遠慮せずに使用すると良い」


「そうかよッ!! なら存分にブチ込んでやるよッ!!」



 ロゼリアさんは右目を覆っていた布を外し――



「【笑え笑え振る振ると笑え――」



 隠されていた赤い瞳を輝かせて詠唱を始めた。



「【笑うは偽り 素顔を隠す偽りの白面】

【笑え笑え奇怪に笑え めくれる仮面 覗かれたら終幕 それでは騙せぬ 私は虚ろッ!!】」



 そして綴り終える。



「【魘魅呪言! 涙黒子の道化師崩れッ!!】」



 僕の知らない魔法を――

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