第240話 交渉と報酬
「ねぇ? す、少し離れて貰えないかしら?」
「はッ! 御意にッ!」
「よ、横に一歩だけって……も、もう少しだけ離れて貰っても良い?」
「これ以上はご容赦をッ!
ヴェルフ様に剣を向ける不届者が居るやもしれませぬ故ッ!」
「い、居るのかしら?」
「居るかもしれませぬ故ッツ!」
ソファに腰を下ろし、困惑の表情を浮かべるウルフ。
対して、ウルフの傍に控えるレオンさんの表情は、実に満足気であり実に誇らしげだ。
では何故?
このような状況になっているかといえば、ウルフの正体が王族であり、レオンさんの祖父が王族――というよりかはウルフ個人に対して忠誠を誓っている。と、いった背景があるようなのだが……
「ぬっ!? この焼き菓子に毒が入っているかも知れませぬッ!
私が毒見役を引き受けますので、確認後にお召し上がり下さいませッ!」
「普通に喰いさしとか嫌なんだけど?」
「むぐむぐ……うむッ!
ヴェルフ様ッ! この焼き菓子に毒は入っておりませぬッ! どうぞお召し上がりくださいッ!」
「ねぇ、聞いてた? 普通に嫌だって言ったわよね?
はぁ、焼き菓子は要らないわよ……まったく――」
「なりませぬッ! その紅茶にも毒が入っている可能性がッ!!
んがふがふっ! うぬっ! この紅茶にも毒は入っておりませんでしたッ!
さあさあヴェルフ様! どうぞお飲み下さいッ!」
「ねぇ、アルゥ~……この子どうにかしてぇ~……」
うん。中々の忠誠心である。
まあ、奔放なウルフからすれば重く感じる忠誠心だろうし、傍から見てもやり過ぎに思える部分があるのも確かなのだが……
ともあれ、それほどの忠誠心を持つゆえに「卒業したラトラの面倒を見てあげて?」と、いった無茶なお願いを了承し、快諾してくれたのであろうから、その忠誠心を無碍にする訳にもいかないだろう。
それをウルフも理解しているからこそ、文句を言いつつも、ぞんざいに扱うような真似はしていないのだと思うのが……などと考えていると――
「はぁ……おっかさんにレオン? それ本気で言ってるの?」
鉄製の左腕――黒鉄の義手をガチャリと鳴らし、ロゼリアさんが疑問を口にする。
「ああ、本気さね」
「うぬ。本気だ」
「本気って……まあ、【孤児院】に関してはクリスも居るし、カナリアやブレンダだって居るから、おっかさんが抜けたとしてもどうにかなるだろうさ。
だけど、レオンのとこ――【金色の鬣】としての活動はどうするつもりなのさ?」
「どうするも何も、そもそもロゼリアは知っているだろ?
【金色の鬣】が俺の手から離れ、後任者である息子が長として上手くやっていることを」
「それは知ってるけどさ……だけど二年だよ?
了承したからには、二年ものあいだ面倒見なきゃいけないって分かってるの?」
「分かってるさね」
「うぬ、承知の上だ」
二人が疑問に答えると、ロゼリアさんは如何にもな呆れ顔を浮かべる。
「はぁ……で、ヒューマとクウラはどうする――」
続けて、黒鉄の指先でテーブルをコツコツと鳴らしたロゼリアさん。
呆れ顔を張りつけたままに疑問を投げかけようとしたのだが――
「面倒を見ろとは言ったものの……二年も面倒を見て貰うのであれば報酬は用意するべきだろうな」
「――報酬を用意?」
メーテの独り言がロゼリアさんの耳にも届いたのだろう。
投げ掛けた疑問に上書きをすると、ソファに座るメーテへと視線を送った。
「へぇ、報酬を用意するつもりなんだ?」
「ああ、流石に無報酬というのは厚顔無恥が過ぎるからな。
面倒を見てくれるという者には、相応の報酬を用意するつもりだ」
「相応の報酬ね……それって分かった上で言ってるの?」
「分かった上で?」
「……分かっていないみたいね。
そもそも私達はSランク冒険者なんだよ? 数日の依頼でも金貨が動くし、二年ものあいだ拘束するとなると――どれだけの金額が必要になると思う?」
「ふむ、豪邸を余裕で買えるだけの額が動くだろうな」
「そうだね。
Sランク冒険者一人雇うのにもそれだけの額が動くっていうのに、それを五人分。それだけの額をあなたに用意できるの?」
「まあ、蔵書などを売れば――」
「無理だよね?」
「い、いや、それくらいであれば――」
メーテが反論し掛けるも、それを遮るようにしてロゼリアさんは言葉を続ける。
「それと、理解して貰えるように分かりやすいお金の例を出したけど……
実際のところ、Sランク冒険者ともなれば、金銭はそれなりに潤ってるからね。
だからSランク冒険者っていうのは金銭以外の物――世に出回らない一点物や情報なんかを報酬として求める人も少なくは無いんだよね。
そんな物品や情報をあなたは持ってるの?」
「い、一点物なら倉庫を探れば――」
「持ってないよね?
持ってないなら報酬なんて言葉を軽々しく口にするべきじゃない。
まあ、あなたなりに感謝の気持ちを露わした結果なのかもしれないけど、払えない以上は上辺の感謝でしかなく、あなたにとっての自己満足でしか無いんだよ。
そしてその自己満足っていうのは、無報酬で快諾してくれたおっかさんとレオンを馬鹿にするような行為だ――って事をしっかりと理解しておくべきだ」
そう話を締めくくると、紅茶を口へと運ぶロゼリアさん。
そんなロゼリアさんの話を聞いていた僕は、僅かな刺々しさは感じたものの、言っていることは正論であると受け止めていた。
要するに、ロゼリアさんは誠実さの話をしているのだ。
僕も冒険者として依頼を受けているから分かるのだが、冒険者と依頼人というものは、「報酬」だけの繋がりが殆であるといえる。
しかし今回の場合は、メーテが「報酬」を口にする前から、エイミーさんとレオンさんは友人達の面倒を見てくれることを約束してくれており、「報酬」以外の部分で繋がりを持つことができていたのだ。
だというのに、メーテは「報酬」という言葉を持ちだしてしまった。
本当に極端な言い方をしてしまえば、二人の厚意を無碍にしてしまったのだ。
だからこそ、ロゼリアさんは刺々しい口調になってしまったのだろう。
二人の厚意に対して、払う能力もないのに見栄を張ろうとする姿勢が気にくわない――或いは、払えないものを払うと口にするのは誠実じゃない、と。
僕はそのように理解したからこそ、ロゼリアさんの話を正論として受け止めることができた訳なのだが……
……しかしまあ、残念なことにソレは普通の人に対する正論であり、メーテには当て嵌まらない。
メーテは払えると確信しているから「報酬」と口にし、純粋な感謝の気持ちとして報酬を払おうと考えていたのだろう。
それでは何故、僕がそのように思うのかというと――僕は知っているからだ。
幼い頃は知りもしなかったが、メーテの書斎で無造作に転がっていた本に対し、恐ろしいほどの価値が付いていることを。
雑に農具を突っ込んでいた倉庫に、美術的、歴史的観点から見ても貴重な品々が眠っていることを。
そして勿論、持ち主であるメーテがそれらの事実を知らない筈がないし、払えるものを払えない――嫌な言い方をすれば「嘘吐き」扱いされたことに腹を立ててしまったのだろう。
メーテは片方の頬を盛大に引き攣らせると――
「いいだろう、いいだろう……物でも情報でもくれてやろうじゃないか!
が、しかし! お前達の望む報酬を用意できた場合、問答無用で従わせてやるからな!!」
どこぞの魔王かのようにのたまった。
「まずはエイミー! お前の求める報酬を言ってみろ!」
「いや、既に了承しちまったし、今更報酬をねだるような真似はしたくないさねぇ……
でもまあ、それを言ったところで話は進まないし、メーテも納得しないんだろ?」
「うむ、良く分かっているじゃないか!」
「はぁ……それじゃあ、ソフィアが何処で暮らすの分からないけど、暮らす場所での平均的な給料をお願いするさね」
「そ、それだけで良いのか?」
「ああ、今更報酬ねだりたくないあたしと、どうしても報酬を渡したいメーテの折衷案ということで納得してくれるとありがたいんだがね?」
「そうか……すまないなエイミー」
「構わないさね」
エイミーさんは快活に歯を見せると、「次はレオンの番さね?」と言って話を促す。
「ああ、それでレオンはどうする?」
「我は報酬など望まぬッ!
何故ならばッ! ヴェルフ様から命を頂けることが何よりの報酬であり、至高の誉れであるからだッ!!」
「うむうむ、そうかそうか、まさにソレだな。
何だかちょっと面倒くさそうだから、レオンのことはウルフに任せることにしよう」
「ちょっ!? ちょっとメーテ!?」
「すまんなウルフ。報酬についてはそちらで話し合ってくれ」
「はぁ? ねぇメーテ! メーテってば!」
実に強引で、実に雑な対応を披露したメーテ。
メーテはウルフの呼びかけすらも強引に無視すると、次はヒューマさんへと声を掛けた。
「で、ヒューマとか言ったな?
先程ソフィアのことを弟子だとか言っていたが、お前がソフィアに【魔法剣】を教えたのか?」
「ああ、城塞都市を拠点にしていた時期に少しだけね」
「そうか、ならば礼を言わなければならないな」
「礼を? 何故?」
「何故かと問われれば、【魔法剣】を身に着けたという事実が、ソフィアの自信に繋がり、支えになっているからだな」
「自信と支え……ああ、そうか、ソフィアはああ見えて普通の女子だからな」
「そうだな。
気の強いところはあるが、ソフィアは普通の女の子だ。
もし【魔法剣】を身に着けたという支えが無かった場合、ここまで頑張ることは出来なかったかもしれない。
まあ、私が礼というのも変な話ではあるんだが……特別な支えを作ってくれたヒューマには感謝しているよ」
「……そうか、素直に受け取っておくよ」
そのような会話を交わすと、優しく微笑み合うメーテとヒューマさん。
二人の会話を聞いた僕は、胸にズキリとした痛みを覚えてしまうが、そんな僕を他所に二人は会話を続ける。
「それで話を戻させて貰うが、ヒューマは報酬として何を求める?」
「報酬か、特にこれといったものは無いんだけどね……
ちなみに聞くけど、貴女は、俺に誰を担当させようとしてるんだい?」
「そうだな、ヒューマにはベルトを担当して貰おうと考えている」
「ベルトってアルベルトって子だよね?
もう一つ聞くけど、卒業後の二年間をどこで過ごすか知ってるかな?」
「ベルトなら、この学園都市で二年を過ごす予定だな」
メーテがそう言うと、ヒューマさんは口髭など無いのに髭を捩じるような動作を見せる。
そして、僅かばかり逡巡するような素振りを見せた後、ゆっくりと口を開いた。
「そういうことなら……面倒を見てあげても良いかな?
まあ、空いている時間に稽古を付けてあげるくらいしか出来ないけど、それでも構わないのであれば、面倒を見ることを約束するよ。
それと、報酬は要らないけど、どうしてもというのであればエイミーさんと同じように、学園都市での平均的な給料をお願いするよ」
「ああ、それでも構わないが……本当に報酬はそれだけで良いのか?」
「構わないよ。ついでみたいなものだしね」
「ついで?」
「そう、ついでさ」
「はぁ……どいつもこいつも欲が無い……
これでは声を荒げた私が馬鹿みたいではないか……」
ヒューマさんの返答を聞き、メーテは呆れるように溜息を吐く。
加えて、肩透かしを喰らったような感覚を憶えているのだろう。
「で、クウラ=セドリック。
お前にはダンテを任せたいと思っているんだが?」
半ばやる気無く質問を投げかけるのだが――
「コホー……面倒を見る気もないし、お金にも興味ない。
【千本髑髏】を動かせるのは【セドリック八器】の情報だけ」
「ほうほう! 【セドリック八器】の情報か!」
初めて、具体的な報酬を提示されたことにより、メーテの瞳は生き生きと輝き始める。
「して、【八器】のどのような情報を知りたいんだ!」
「コホー……【八器】の情報なら何でも構わない」
「何でもというのは具体性に欠けている気がするが……
要するに、【八器】を手に入れることが目的で、その為に情報が欲しいという認識で間違いないな!」
「コホー……その認識で間違ってない」
瞳を輝かせるメーテとは対照的に、クウラさんは髑髏面の向こうから気だるげな声を漏らす。
「コホー……でも、あなた【八器】の情報を持っていないし、持っていないから従う必要もない。
だからこの話はこれででおしまい」
続けてそう漏らすと、「もう話すことはない」と言わんばかりに腕を組み、視線を切るようにして僅かに俯くのだが……
「【ジャカタの鎌】と【エゾンの短剣】なら家にあるぞ?」
「コホー……コヘ?」
メーテが聞き慣れぬ名前を出したことにより、クウラさんは間の抜けた声を漏らすことになる。
「コホー……あああ、ある訳ない! む、無茶苦茶な嘘を吐くな!」
「いや、普通にあるんだが?」
「コホー……な、なら言ってみるといい!
【ジャカタの大鎌】と【エンゾの短剣】の特徴を!」
「特徴? まあ、鎌の方は名前のとおり大きな鎌だし、短剣の方も名前のとおり――」
「コホー……ち、違う! 【エンゾの短剣】というのは――」
「最後まで話を聞いたらどうだ?
短剣の方も名前のとおり短剣――だと思われがちだが、それは巨人族から見た時の大きさにしか過ぎない。そう続けようとしていたんだ。
実際、【エンゾの短剣】という物は、子供が背後に隠れられる程の大剣であり、決して短剣と呼べるような代物ではないからな。
どうだ? 合ってるだろ?」
「くっ、合ってる……」
「それで、特徴だったな?
私としては【八器】の特徴――昔の言い方で言うと【セドリック八魔兇器】の能力まで話しても構わないんだが、それをしてしまうと困るのはクウラ――クウラ=【セドリック】の方なのではないのか?」
「そ、そこまで知っているのか?
くっ……わ、分かった! 信じるからそれ以上喋るな!」
「信じて貰えて良かったよ。それでダンテの面倒を見るという件なんだが……」
「……ひ、引き受ける! 引き受けるから!
だだだ、だから! 二年間面倒を見たら、その二つを報酬として受け取りたい!」
「二つ? いいやひとつだ」
「そ、そんな!?」
「そんなと言われてもな……実際、セドリックの者であれば【八器】の価値を誰よりも理解している筈だろ?
【八器】ひとつでもSランク冒険者を四年は拘束できる程の価値があるのだから、流石に二つというのは強欲が過ぎると思うぞ?」
「じじじ、じゃあ、ひとつは見るだけで! 見るだけでも良い!」
「まあ、見るだけでいいのであれば……」
「うん! 見るだけで良い! うは! やったやった!」
髑髏面の人物が、身体をくねらせピョンピョンと弾んでいる光景。
そんな光景を目の当たりにした僕は、見た目のおどろおどろしさと、可愛らしい動きのギャップに何とも言えない違和感を覚えてしまう。
髑髏面を被っている所為で、声が籠ってしまい、声で性別を判断することは適わないが、もしかしたら中の人物は女性なのではないだろうか?
などと考え、クウラさんの異様な動きを眺めていると――
「最後にロゼリアだったな?
お前にはアルを任せようと考えているんだが――どうだ? 引き受けてくれるか?」
メーテは質問を投げかけ――
「情報次第では面倒を見てやっても良いけど、その前に――あたしと一発やらない?」
ロゼリアさんは挑発的な笑みを浮かべ、黒鉄の義手をカチャリと鳴らすのであった。
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