第239話 アルの将来

 

「えっと……これはどういう状況なんだろう……」



 周囲を見渡せば上質そうなソファやテーブルが置かれており、足元には複雑な刺繍の施された絨毯が敷かれていることが分かる。

 更に周囲を見渡せば、細工の施された額縁に収まる見覚えのある絵画。

 備えつけの棚にもやはり見覚えのある調度品が並べられており、それらを確認した僕は、この場所で一昨年の席位争奪戦を観戦したことを思い出し、此処が貴賓席であることを理解することとなった。


 とはいえ……


 

「ねぇ、喧嘩売ってる? 軽率な発言はやめておいた方が良いと思うよ?」


「喧嘩を売ってる? 売ってきたのはお前達の方だろ?」


「こふー……よく吠えるワンちゃん」


「ねぇメーテ。この髑髏面は私が殺すけど構わないわよね?」



 この場所が貴賓席であることは理解できたが、この状況は理解できない。

 なぜ貴賓席に運ばれたのか?

 なぜ素養がばれているのか?

 なぜこんなにも空気が張り詰めているのか?

 そのような疑問はあるものの、場の空気に怯んでしまい、尋ねることもできずに只々狼狽えてしまう。


 しかし、そうして狼狽えていると――



「メ、メーテ殿にウルフ殿! い、一旦落ち着いて貰えないかのう?

それにロゼリアとクウラも落ち着くんじゃ! 争い事は無しじゃと伝えた筈じゃろ?」



 テオ爺が四人の間に割って入り、諭すような口調で話し掛ける。



「じゃから、四人とも席について貰えんかのう? このとおりじゃ」



 続けてテオ爺が頭を下げると、四人は溜飲を下げた――とはいかないまでも席に着くくらいなら、と考えたのだろう。



「……はあ、頭を頭をあげろテオドール。

お前に免じて席には着いてやる――まあ、話の内容によっては席を蹴るかもしれんがな」


「ったく……テオドールの爺様に頭下げられたんじゃ、席につかない訳にはいかないじゃん。

てか、アンタ……【賢者】に対して馴れ馴れしすぎやしないか?」


「そこの髑髏面、命拾いしたわね? お爺ちゃんに感謝しなさいよ?」


「こふー、それはワンちゃんの方」



 四人はピリピリとした空気を漂わせながらも、渋々といった様子で席に着き始める。

 そして、僕を含めた全員が席に着いたことをテオ爺は確認すると――



「それでは始めるとするかのう。

今後の――アルの将来についての話し合いを」


「へ?」



 本日の「議題」を告げるのであった。






 そうして話し合いは始められた訳なのだが……

 どのような経緯で僕の「将来」について話し合いをすることになったのか理解できていない者が数名いる。


 その一人は勿論僕なのだが、メーテとウルフも詳細までは聞かされていないのだろう。



「で、どうしてこのような状況になったんだ?」



 メーテは、全員の顔をぐるりと見渡した後に説明を促した。 



「どうしてこうなったかと言いますと……此処に居る全員がアルの素養を見抜けるだけの実力を持ち合せている。

というのが、このような状況をつくった理由になりますかのう……」


「まあ、一見して相応の実力者であることは把握できていたからな。

アルの素養が見抜かれてしまったが故に、この場を設けることになったことはなんとなく理解していたさ。

だが、私が聞きたいのはそこではない。

何故アルの「将来」について話し合うことになったのかを聞きたいんだ」


「そ、それは……ですのう……」



 メーテが僅かに目つきを鋭くすると、テオ爺は言い難いようで言葉を詰まらせる。

 すると、そんなテオ爺を見て助け船が必要だと考えたのだろう。



「そんなのはアンタだって分かってるだろ?

その子が他ならぬ【闇属性の素養】を持ってるからさ。

だからこの子と、保護者であるアンタ達と話し合いをする場を設けることになった。という訳さね」



 確かエイミーさんと言っただろうか?

 三メートル程の体躯を持つ、気の良さそうな赤毛のおばちゃんが声を掛けた。

 


「で、それが人の家庭に口を出す理由になるのか?」


「は? り、理由になるに決まってるさね!

そのアルって子は、【闇属性の素養】を持ってる上に、その歳で【禁忌魔法】を扱って見せたんだよ!?

言っちゃあ悪いけど、規格外の化け物であり兵器さね!

アタシは断言するよ! これは「人の家庭」で済ませて良い問題じゃないってね!」



 エイミーさんは立った勢いで椅子を転がし、声を荒げてメーテに詰め寄る。

 が、三メートルもある女性に詰め寄られてもメーテは身動ぎもしない。

 それどころか……



「は? 誰が化け物だ?」


「ぐッ!?」

 

 

 射殺すような視線を向けることで、エイミーさんを三歩ほど後退させた。

 

 そしてその瞬間、誰かが持っていたティーカップがカチカチと小刻みな音を鳴らしだす。

 その音がする方向へと視線を向けてみればロゼリアさん?の姿があり、眼帯で覆われていない部分を青褪めさせていることが分かる。


 一見しただけで感じ取れたロゼリアさんの「怯え」と「動揺」。

 だが、それはロゼリアさんに限ったことではなく――



「こふぅぅ……こふぅぅう……」


「……」


 クウラさんは若干息を荒くしながら甲冑の関節部分をカチャカチャと鳴らし、獅子のようなレオンさんは足の震えを誤魔化すかのように足を揺すっている。

 ヒューマさんは一見すると変化が見られないようにも思えたが、よくよく見ると組んだ腕――その指先は服が破れてしまいそうなほどの皺を作っており、全員が「ナニカ」に対して怯えを感じていることが明白だった。


 では、その「ナニカ」とは一体なにを指すのか?



「なぁ? 誰が化け物なんだ?」



 それが、殺気をだだ漏れにしているメーテであることもまた明白であり――



「ちょ、ちょっとメーテ!」



 椅子から立ち上がろうとするメーテを止める為、僕は背後から抱きつき、腰に腕を回す。

 が、殺気だだ漏れのメーテを止めるには、この程度では足りないだろう。

 そのように考えた僕は、メーテを止める為の方法を模索し始める。



「き、急にどうした? あ、あれか? 甘えたくなったのか?

よ、よし良いぞ! 今度は正面から受け止めてやる! どんとこい!」



 ……が、どうやら存外チョロかったようで、メーテは訳の分からないことをのたまいながら殺気を霧散させていく。

 そのことにより、全員の表情から「怯え」が霧散していき、僕は僕でメーテを止められたことに対して「ほっ」と息を漏らしたのだが……

 


「あの殺気からの変わり様……とんだ親馬鹿――はぁ、面倒な家族さね」



 なんだか微妙な印象を与えてしまったようで、エイミーさんの呆れるような声を耳にすることになった。






 

「まあ、さっきはキツイ言い方をしちまったけど、別に敵対したい訳ではないんさね。

正直なところ、アタシは【闇属性魔法】に対して特に差別意識を持っている訳でもないしね。

それに、テオドールの爺様――あの【賢者】が【素養持ち】と理解した上でこうして囲っているんだ。

その子が問題を起こすような子じゃないってことも充分理解しているさね」


「成程……まあ、私の方も警戒するあまりに敏感になってしまっていたようだな。

不要な殺気を向けてしまって申し訳なかった」


「いいさね。私も警戒しているが故のキツイ口調だったさね。

そこはお互い様ということで、手を打って貰えると助かるよ」


「ああ、了解した」



 先程とは打って変わり、話し合いは穏やかな会話にって再開された。



「それで、議題は「アルの将来」についてだったな?」


「ああ、お互い冷静になった今ならアタシ達が何を懸念しているか分かるだろ?」


「まあな……要はアルの若さを危惧しているのだろう?」


「そうさね。

勿論、【闇属性の素養持ち】っていうのは、境遇ゆえに道を外れやすいというのもあるけど、そんな事実が霞むくらいにアルの力は規格外さね。

そして、そんな「力」を持って世に出るということをアタシ達は危惧しているんさね」


「ふむ、若さゆえに「力」と「暴力」を履き違えるといことを危惧している訳か。

まあ、アルに限ってそれはないと断言できるが、それを伝えたところで話は進まないのだろうな。

では聞くことしよう、お前達はアルをどうしたいんだ?」



 メーテが尋ねると僅かな沈黙が流れる。

 しかし、それも一瞬のことで、沈黙を跳ねかえすようにしてエイミーさんが声をあげた。



「要するに、その子が道を外れないように誰かが面倒を見ようって事さね。

アタシのところの【孤児院】でも良いし、ロゼリアのところはお勧めできないけど【暴食】だって構わない。

物事の分別が着くまで誰かが面倒見てあげるのが、その子の為になるっていう単純な話さね」


「ふむ」



 ロゼリアさんの話を聞いたメーテは、納得はできるものの――と、いった表情で相槌を打つ。

 

 だがしかし――



「まあ、【闇属性の素養持ち】っていう異例だったから保護者同伴って感じになっちまったけど、砕けた感じで言うなら勧誘みたいなものさね。

アルの他にも――ソフィア、ダンテ、アルベルト、ラトラだったさね?

あの子たちも学生の枠から逸脱しているみたいだから声を掛けるつもりさね」


「ほう、その子らにも声を掛けると?」



 エイミーさんが友人達の名前を出した瞬間、メーテは何かを企むような、意地の悪そうな笑みを浮かべた。



「成程! お前達の考えは理解した!

要は、過ぎた「力」を持つ者は誰かの管理下に置いた方が良いというのがお前らの意見なのだろう?」


「い、言い方が悪いさね……でもまあ、そう言うことになるさね……」


「成程成程! それは実に! 実に怠慢であると言わざるを得ない!」


「は? 怠慢?」


「そうだろ? 危惧するのであれば、管理下に置かずとも監視すれば良いではないか?

だが、それでは監視に置く労力が必要になり、手間が掛かる!

だから管理下――手元に置くのが最善だという結論に至ったのだろう?」


「まあ、ある意味そうなんだけどさ……」



 このやり取りはなんだろう?

 水を得た魚かの如く、メーテは生き生きとして言葉を続ける。



「ああ、嘆かわしい! 実に嘆かわしい!

まさか大の大人が、いたいけな少年少女の人生に無粋な形で干渉しようとしているとは!

そうは思わないかテオドール!?」


「は、はわわ? そ、そうですのう!! メーテ様の言うとおりですじゃ!」


「は? メーテ【様】?」

 

「そうだろう! そうだろうテオドール!

真に少年少女の将来を思うのであれば、そんな無粋な真似はできんよな?

本当に少年少女の人生を思うのであれば、自らが寄り添うべきだよな!?」


「はわ! ですじゃ!」



 「はわですじゃ」の意味は分からないが、テオ爺は頷いているので肯定しているのであろう。

 ともあれ、メーテは話を続け――



「ということで、言いだしたお前らがその子らの面倒を直々に見たら良い」


「「「「「は?」」」」」



 決定的な暴論を告げた。

 


「じ、直々に面倒を見たら良いって、アタシらがその子らの元へ出向けっていうのかい?」


「そうだが?」


「そ、そうだが――って、これでもアタシらはS級冒険者だよ!?

一人の子供の為にそんな時間を割ける訳ないさね!?」


「割けないのか?

だとしたら【孤児院】とやらは随分とエイミーに依存した組織のようだな?」


「あ、あんたッ!! ウチの子たちを馬鹿にしてるのかいッ!?」


「しているように思えるのか?

むしろ、馬鹿にしているのは「時間を割けない」と断言し、子達を信用していないエイミーの方だろうが?」


「ぐっ……減らず口を……」



 エイミーさんはメーテを睨みつける。

 が、こうと決めたメーテは止まることを知らないのだろう。



「エイミーが悪いヤツでないことは充分に分かったさ。

だが、私が言っている事と、エイミーが言っていることは変わらないぞ?

言ってしまえば、管理する立場が、管理される立場になっただけのことだ。

自分がやろうとしたことを返されることに何の不服があるんだ?」


「アタシが? Sランク冒険者のアタシが管理される立場? 笑えないね」


「笑えなくて良い。

だが――そろそろ理解しろ【螺旋の】」


「なッ!?」



 メーテは暴論を振りかざすと同時に、【螺旋の】という言葉でエイミーさんを黙らせる。



「……なんでそれを?」


「さぁな。だがそれを知っているということだけが真実だ」


「はっ成程、成程ねぇ……

【様】っていうのはそういう意味で、お互いお伽話に語られる身って訳さね……

そうなると……聞いてた話と随分と印象が違うようさね?」


「それはお互い様だろ? お互い苦労するよな?」


「くっ……はっはっはッ!!

ああ、分かった分かった! アタシは誰の面倒を見れば良いんさね?」


「エイミーにはソフィアを任せようと思っている。

エイミーの知識は、これから迷宮都市に向かうアル達にとって財産になるだろうからな」


「あいよ。仕方ないから任されたよ」



 そのような会話を交わすと、何故か往年の友のような雰囲気を醸し出す

二人。

 しかし、その理由をなんとなく察した僕は兎も角として、まったく理解できな周囲の人は声を荒げる。



「おいおい! おっかさん!

それで良いのかよ!? あんたには【孤児院】があるだろ!?」


「まあ、そうなんだけど……クリス達もSランクに上がった矢先さね。

引退を考えていた身としては、最後の大仕事として有りなんかと思っちまったんさね」


「【女帝】がソフィアをか……

ソフィアの師としては胸が躍る部分があるのも確かだが……」


「弟子を取られて寂しいのかい?」


「そ、そういう訳じゃないが……」


「ほ、本当に面倒を見るつもりなのか? あの【女帝】が?」



 そして、獅子の顔をしたレオンさんが疑問を呈した瞬間――



「というか、あなたってファムザに似てるわね?」


「い、今、なんと?」



 レオンさんは目を見開くと同時に、驚嘆の声を漏らした。



「お、お主は我が祖父のことを知っているのか?」


「ファムザが祖父? ……ああ、そんなに時が経ってしまったのね。

でも……懐かしいわ。小さい頃は良く背中に乗せて遊んであげたもの」


「祖父を……背に?」



 僅かに困惑した様子を見せたレオンさん。

 しかし、そんな他愛もないウルフの言葉がレオンさんの胸に刺さったのだろう。



「ととと、とんだ無礼を! かくなる上は腹を捌いて!」


「ちょっ!? ちょっと大袈裟よ!」



 いや、刺さり過ぎたようで、レオンさんは鎧を脱いで短剣で腹を捌こうとする。



「おおお、大袈裟ではございません!

そ、即座に気付くべきでした! その艶のある黒髪! そして金色の眼!

た、尊び申しあげられる存在であり、巫女様で在られるヴェルフ様と存じ上げます!」


「だ、だとしたらその短剣を置いて貰えるかしら?」


「御意に! 御意に! 御意にぃいいぃいい!

ま、まさか祖父の大願が! 「ヴェルフ様を信じ、忠誠を誓え」という大願を私の代で果たせることになるとは!!

わたくし【獣王レオン=スクラルス】! この日! この場で! 不変なる忠誠を誓い申し上げます!」


「え、ええ~……」



 普段動じないウルフが、レオンさんの対応を目の当たりにして困惑の声を漏らす。

 そして、そんな二人のやり取りを見ていたのであろう周囲の人達は――


 

「わ、私の聞き違いかな?

レオンの祖父って王族の騎士団長だった気がするんだけど?」


「ああ、確かその筈だ……」


「コフー……その祖父とレオンが忠誠を誓う相手なとなると……」


「勘弁しておくれよ……獣人の歴史上、王族で巫女なんて人物は【幻月】しかいないさね……」 



 二人の会話から、ウルフが何者であるのか察したのだろう。

 ウルフ同様に、困惑の声を漏らす羽目になるのであった。

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