第237話 再戦

 

「――という訳で、今のアルディノは相当面倒くさい感じになってるからラトラも覚悟しておけよ?」


「間が悪いというかにゃんというか……そもそも、ソフィアと話してたのは誰なのかにゃあ?」


「それは分からないが、アルディノが言うには随分と親しい間柄のように見えたらしいぞ」


『えっと……そろそろ、試合を始めたいのですが……』



 場所は、試合会場の中央に設置された正方形の舞台。

 呆れ顔で世間話を交わすベルトとラトラに対し、審判員も呆れ顔を浮かべながら話を切り上げるよう促す。


 そのことにより、二人は気持ちを切り替えることにしたのだろう。



「注意されてしまったことだし――そろそろ始めるとするか」


「んにゃ! 今年こそは勝たせて貰うにゃ!」


「やれるもんならな?」


「やれにゃいとでも思ってるにょか?」



 何処か緩んでいた空気は一瞬の内に霧散し、重く、張り詰めた空気が二人の間に漂い始める。

 そして、そんな二人の空気に当てられてしまったのであろう審判員は――



『そ、それでは! し、試合開始ッ!!』



 試合開始を告げるまでの幾つかの手順を飛ばしてしまい、後ずさするような形で試合開始を告げてしまう。


 本来ある筈の手順を飛ばされ、唐突に試合開始を告げられたのだ。

 ベルトとラトラは、きっと面を喰らったに違いない。

 どちらがより早く現状を飲み込み、行動に移すかで試合展開は大きく変わることになるだろう――と、一部の観客達は考えていた。


 だがしかし――


 

「【獣化――描爪描脚ッ!】


「【滴よ! 対を弾けッ!】



 試合開始の合図と共に、即座に行動を起こしたベルトとラトラ。

 良い意味で期待を裏切られた観客達は、ひと際大きな歓声を上げる。


 一方、舞台上のベルトとラトラはというと――



「今のラトラちゃんに、そんな水遊びが通用すると思うにゃよ!!」


「水遊びとは言ってくれるじゃないか! 【滴よ! 対を弾け!】」


  

 観客達の感性など届いておらず、目の前の相手に対して全ての神経を傾けていた。

 

 そして、今しがたラトラが口にした言葉。

 ベルトの放った【水球】を「水遊び」と揶揄した訳なのだが……

 ベルトの放ったソレは、断じて「水遊び」と揶揄されるようなものではない。


 中空に浮かんでいるのは、水で構成された十八の球体。

 そのひとつひとつに相当な魔力――普通の成人男性であれば、容易く悶絶させられるほどの魔力が込められているのだから、「水遊び」という表現が適切ではないと断言できる。


 だというのにだ……



「にゃはははは! やっぱり水遊びにゃ!」



 襲い来る【水球】をかわし、時には爪で斬り裂き、挙句の果てには身体で受け止めて見せる。

 その姿はまるで【水球】と戯れているかのようで、「水遊び」という言葉がまるで適切な表現であるかのような錯覚を起こしてしまう。



「ちっ! 流石はラトラって訳か……」



 それはベルトも同様のようで、自尊心に小さな罅を入れられたベルトは舌を打ち鳴らすのだが――これは想定していた状況であり、作戦を実行する為の布石でもあった。



「どうやら、一昨年の試合から何も学んでいないようだな? 【雷よ! 弾け!】」


「にゃがッ!?」



 ベルトは、濡れた舞台に【紫電】を放つ。

 前回の席位争奪戦ではこの作戦が上手くはまり、ラトラの動きに制限を掛けることができた結果、ベルトは勝利を掴むことに成功していた。


 つまりは、前回の席位争奪戦の再現。

 ベルトにとってはそれが目的であり、前回と同様にラトラの動きに制限をかけられれば勝利を掴めるだろう、とベルトは考えていた訳だ。



「残念だよ……【唸れ雷音 不遜に天突く大樹に 雷鳴を轟か――】」



 とはいえ、それはベルトの望んでいる勝ち方では無かった。

 お互い成長しているからこそ、前回と同じ状況を覆してくれるに違いない。

 或いは、その状況を作らせないような工夫をしてくるに違いない。

 そのような期待をし、そうなること望んでいたからだ。


 だというのに、ラトラはまともに【紫電】を浴びてしまい、今現在も苦悶の声を漏らし続けている。

 ゆえに、ベルトは落胆の言葉を吐いた後に、上級魔法である【雷轟】の詠唱を綴り始める。

 上級魔法を場外に落とし、「まだ続けるか?」と、尋ねれば試合が決すると判断したからだ。


 しかし――



「残念? じゃあ期待に応えないとにゃ?」


「なっ!? ――がはっ!?」



 ベルトが詠唱に入った瞬間、ラトラは苦悶の声をピタリと止める。

 その代わり、口から吐いて出たのはしたり声で、詠唱の隙を突いて間合いを詰めたラトラは、ベルトの鳩尾に深く拳をめり込ませた。



「学んでにゃかったのどっちか――にゃッ!!

ベルトの方だったみたいだ――にゃッ!」


「があッ!? ぐッ!? かはッ!?」



 好機といわんばかりに容赦なく拳を、蹴りや膝を叩きこむラトラ。

 友人に対して振るうにしては、あまりにも容赦がなく、躊躇すら感じられない。

 それは、暴力と形容しても違わないものであったのだが……



「調子にッ! のるなぁッ!!」


「あっ、あぶにゃ~……」



 ラトラは知っていた。この程度ではベルトが倒れないことを。

 そして、僅かな隙を見せれば、すぐにでも反撃の一手を打ってくることを。

 現に、ベルトは僅かな隙を突いて剣を薙いで見せた。

 要は、この程度の暴力では決して倒れない――そう理解し、信頼しているからこそ、ラトラは容赦なく暴力を振るえたのだ。



「はぁはぁ……何故耐えることができた?」



 ラトラとの距離を確保したベルトは、【紫電】が通用しなかった理由を尋ねる。



「おしえにゃ~い」


「だろうな……馬鹿な質問をしたと自分でも思ってるよ」



 しかし、当然のように一蹴されてしまい、思わず苦笑いを溢したベルトであったが、大凡ではあるものの、そのカラクリの見当はついていた。

 それでも、敢えて疑問を口にしたのは、息を整える為の時間を稼ぎたかったからに他ない。


 

「見えすいた時間稼ぎは良くにゃいぞ? と、いうことで試合再開にゃ!」


「くっ!?」



 そして、そんなベルトの考えは見透かされていたようで、ラトラ間合いを詰めると同時に爪を振り下ろし、ベルトが剣で受け止めると、剣は悲鳴を上げるかのように亀裂音を鳴らす。

 


「にゃはは! 剣も悲鳴をあげてるにゃ! いつまで持つかにゃあ?」


「くそっ……流石に接近戦は分が悪いな……」



 ラトラが爪を振るう度に、ベルトがソレを受ける度に、剣は亀裂を大きくしていく。 

 持ってあと数合。そのような状況だというのにベルトは笑みを浮かべていた。


 何故なら、前回の状況を覆した友人が誇らしくもあり、そんな友人と対等に戦える自分を誇らしく感じていた。

 加えて、先程ラトラが疑問に応えなかったという事実。

 その事実が綻びの切っ掛け――勝利の道筋へと繋がると確信していたからだ。



「なぁ、その服の下も【獣化】してるだろ?」


「にゃ!? にゃ、にゃんのことかにゃ~」



 ゆえに、ベルトは勝利への道筋を辿り始める。

 ラトラは否定してみせるが、如何にもといった素振であった為、ベルトは確信をより確かなものにする。



「やっぱりな。要は、【獣化】という装甲を【紫電】が貫けなかった――と、いう単純な話か」


「バレてるならしょうがにゃいか……でも、単純だから攻略は難しいんじゃにゃいのかにゃ?」



 見事にカラクリ――と、いうほどのものでもないが、服の下に隠された【獣化】を言い当てられてしまったラトラ。

 とはいえ、バレたところで大きな不利益にならないとも考えていた。

 ゆえに、ラトラは僅かに踵を浮かせると、前傾姿勢を取るのだが――



「【雷よ! 対を弾け!】」


「にゃ、にゃん!?」



 【紫電】を放たれたことにより、後方へと飛び退くことになる。



「……【紫電】は通じにゃいぞ?」


「さあ、それはどうだろうな?」



 まるで策を擁しているかのような笑みを浮かべるベルト。

 その笑みを見たラトラは、自然と足元の水溜りを避けてしまい、更にベルトとの距離を空けてしまう。


 が、実際のところ、今のラトラに【紫電】が通用することは決してない。

 まあ、僅かな痺れであれば与えることも可能だが、所詮は僅かなもので、動きを制限できる程のものではない。

 勿論、それはベルトも理解していたし、ラトラも十二分に理解していた。


 だというのに、ラトラが距離をとり警戒を示す理由は――これもまた、ベルトに対して信頼を置いているからなのだろう。

 要は、ベルトであれば、決して無意味なことはしない。そう思い込んでしまっているのだ。


 ゆえに、ラトラは思考を巡らせる。

 この【紫電】には何か意味がある。この【紫電】は布石に違いない。と。

 だとしたら喰らってやる訳にはいかない。一度距離を取るのが正解だ。と。

 

 そのような思考で支配されていた為、ラトラは距離を取るという選択肢を選んでしまった訳なのだが……

 ベルトではなく、自分自身を信頼し続けていれば、また結果は違ったものになったのだろう。


 しかし、ラトラは自分自身ではなく、ベルトを信頼してしまった。

 その結果、舞台の端と端、一瞬では詰められないほどの距離を一時的に与えてしまう。



「少し気が引けるが……ラトラなら無意味なものに意味を持たせてくれると信じていたよ」



 そして、「一瞬で詰められない距離」。

 ベルトはそれを得る為に、「獣化」というカラクリを自ら言い当て、言い当てた上で通用しない筈の【紫電】を使用して見せた。

 要は、思考を誘導し、信頼を逆手にとるという作戦だったという訳だ。



「にゃ!? ――くっそッ!!」



 ラトラはそのことに気付くと、舞台に亀裂を入れるほどの踏み込みを見せる。



「【芽吹け花咲け 枯れた地に 恵み育め 木漏れ日注ぐ大地へと――】」


「やらせにゃいッ!!」



 が、既にベルトは詠唱を綴り始めており――



「【混合魔法――香木の編み籠】」


「にゃわっ!?」



 あと数歩の距離を縮めることが適わなわず、目の前に現れた格子状の柵に顔面を打ちつけてしまう。

 

 

「お、檻!? にゃんだこれ!! だせ! 出すんだにゃ!」


 

 周囲を見渡したラトラは、自分が籠のようなものに捕らえられていることを理解する。

 鼻血を垂らしたままに籠を破壊しようと試みるが、獣化の力を持ってしても破壊することが適わず――



「どうする? 降参するか?」


「んにゃ~……んにゃあああああッ!! また負けたにゃ!! ああ! また負けたにゃ!!」



 ラトラは心底悔しそうな表情を浮かべると、腹いせとばかりに大きく籠を揺するのだった。

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