第235話 観戦席とダンテの試合

 以前、このような会話を耳にしたことがある。



『どうやったら、ソフィアさんとお付き合いできると思う?』


『は? そんなの無理に決まってんだろ?

相手は低学年で席位持ちになるような天才なんだぞ? 毎年、予選敗退してるお前なんかを相手にする訳ないだろ?』


『まあ、そうだよなぁ~……にしても、ソフィアさんって本当に可愛いよな~』


『それには同意するよ。近寄り難い雰囲気はあるけど、そこがまた魅力的というか』


『ああ~分かる分かる。何ていうの? 同世代の女子とは格が違うって感じがするよな~』



 それは、昼食後に生徒たちが交わす他愛もない日常会話だった。

 恐らく他の人からすれば、数日もあれば忘れてしまうような、そんな他愛もない日常会話だ。

 

 しかし、僕はそんな他愛もない日常会話を忘れられずにいた。

 一年以上経過した現在も、頭の片隅に記憶として残り続けていた。


 では何故、忘れることができなかったのかというと――生徒達の会話が正しくもあり、大きく間違ってもいたからだ。


 実際、ソフィア=フェルマーという人物は普通の女の子だ。

 並外れた実力や、素直とはいえない性格の所為で勘違いされがちだが、同世代の女の子となんら違いなどない。


 違いがあるのだとしたら、天才と評されるほどの努力を重ねることができるということ。

 それ以外は本当に普通の女の子――いや、普通の女の子以上に女の子で、人の気持ちに寄り添い、接することができる優しい女の子なのだ。

 


「ひうっ……うぐっ……」



 ――それに、案外なきむしで。


 だから、僕は自分が最低なヤツだと思う。

 そんな普通の女子であるソフィアに、僕は嫌な役目を背負わせてしまった。

 優しい女の子であるソフィアに声を荒げる原因を与え、涙を流す理由を与えてしまったのだから……

 

 だというのに――



「ソフィアありがとう。本当にありがとう」



 今の僕は、悔しさや情けなさといった感情をあまり覚えていない。

 いや――覚えていないというのは流石に語弊があるが、そう思えてしまうほどの感情が、僕の胸を満たしていた。


 では、その感情とは、僕の胸を満たしている感情とは何か?

 それは――愛おしさだ。

 僕の為に怒り、僕の為に泣いてくれるソフィアに対して、形容し難いほどの愛おしさを覚えてしまっているのだ。

 

 今すぐ、柑橘の香油が香る頭髪に頬を寄せてしまいたい。

 赤く艶やかな髪を撫でるこの手で、強く、強く抱きしめてしまいたい。

 そのような衝動に駆られてしまうほどに。



「……ソフィア」



 僕は、空いていた右手をソフィアの腰へ回そうとする。

 だが、僕は寸前のとことで手を止め、右手を元の位置へと戻した。


 何故なら、愛おしさを感じているのは確かだが、そこに不純物がまじっているように思えたからだ。


 その証拠に――

 涙で濡れた薄手のシャツは、ペタリと肌に貼りつき、肌との境界線を曖昧にしている。

 そこに、ソフィアの柔らかな頬を感じる度に、温かな吐息を感じる度に、今まで感じたことのない多幸感が、僕の脳内をグルグルと掻きまわしていた。


 恐らく……これは欲情と呼ばれる感情なのだろう。

 ソフィアは僕の為に怒り、泣いてくれているというのに、そんなソフィアに対して、僕は欲情を覚えてしまっているのだ。


 だから、僕は右手を元の位置へと戻した。

 そのような不純物が混じっている状況で抱きしめてしまっては、余りにも不誠実だと思えたからだ。


 従って、僕は心を落ち着けるようにして静かに息を吐くと、子供をあやすような手つきでソフィアの頭を撫で始める。


 撫で始めるのだが……



「傍から見ているだけで、アルの考えていることが手に取るように分かるわよね~」


「ああ、抱きしめるのを躊躇った右手が雄弁に物語っていたな。

アルのことだから、「抱きしめたいけど、欲情も含まれているから抱きしめてはいけない」などと考えているんだろうな。

まったく、アルは奥手というか、妙に潔癖な部分があるからな」


「そ、それは悪いことではないのでは?」


「馬鹿ね~。アナタも二人の関係はなんとなく理解してるでしょ?

理解しているなら、欲情という感情が切り離せないといことも分かるでしょ?」


「そ、そういうものなのか?」

 

「ああ~……アナタもそういう感じの人だったわね……

でも知ってる? しっかりと関係を気付いたうえで行動を起こせない人をこう言うのよ? メーテさんとウルフさんは勿論分かりますよね?」

 

「ええ」「ああ」


「……な、なんて言うんだい?」


「それはね――」


「「「意気地なし」」」



 僕達の様子を見た大人達は、土足でズカズカと僕の心に踏み入る。

 いや――踏み入るどころか踊るような始末だ。

 そして、そんな大人達の会話をソフィアは聞いていたのだろう。



「……アルは私に欲情したの?」



 何とも答え辛い質問を口にする。



「えっと……いや、それはだね……」



 僕は思わず口ごもるが、誤魔化してしまう方がより不誠実なのだろう。

 そのように考えた僕は―― 


 

「……ごめん。……正直、否定はできません」



 謝罪の言葉を伝えると、抱いていた本心を正直に伝えることにした。

 僕の為に泣いてくれたソフィアに対して、浅ましい感情があったことを伝えてしまったのだ。きっと幻滅させてしまったに違いない。

 僕は伝えてしまったことを後悔すると共に、自分の至らなさを反省するのだが……



「ふ、ふーん……そうなんだ?

人が泣いてるっていうのに、アルはそんなこと考えてたんだ?

あ~あ、幻滅しちゃうな~、最低だなぁ~……うへへ」



 何故か頬を緩ませるソフィア。 

 「最低だな」と口にしながらも、緩んだ頬を僕の肩口にグリグリと押し付けるのであった。







 その後、僕は昨晩の出来事や、会話の内容をソフィアに伝えた。

 初めは渋々といった様子で耳を傾けていたソフィアであったが、説明を続けていくうちに、シャルファさん達にも深い事情があったことを理解してくれたのだろう。

 


「な、何も知らないで、勝手なことを言ってすみませんでした!」



 ソフィアは謝罪の言葉を述べると、深々と頭を下げた。

 対して、謝罪の言葉を向けられたシャリファさんとグレイスさん。



「いや、ソフィアちゃんが謝罪する必要はないよ。

ソフィアちゃんの話は実にご尤もな話だったからね。むしろ、謝罪が必要なのは私達の方さ」


「ええ、だから謝罪させて貰えないかしら。

ソフィアちゃんの大切な友人に――アルに酷いことをしてしまって本当にごめんなさい」


 二人も、謝罪の言葉を述べると共に、揃って深々と頭を下げる。

 

 僕はそんな三人の姿を見て、

 

『これで一件落着、とは言わないまでも一先ずのわだかまりは解消できたかな?』


 などと、考えるのだが……

 解消したからといって、関係が劇的に改善される訳ではないのだろう。

 三人はバツの悪そうな表情を浮かべると、それに伴い、何処か気まずげな空気を漂わせ始めてしまう。



「え、えっと……そ、そうだ!

試合までもう少し時間があるみたいだし、紅茶でも飲んで一息いれようよ!」



 そんな気まずげな空気をどうにかしようと、僕は普段よりも少しだけ声を張って提案をする。

 


「美味しい紅茶を淹れるから少しだけ待っててね」



 更にそう続けると、ティーポットの置かれた棚へと視線を送るのだが――


 コン……コンッコンッ


 その瞬間、扉が不規則な音を立てたことによって、僕の視線は扉へと流れることになった。



「どうやら注文の品が届いたようだな――入って構わないぞ」


「注文の品?」



 メーテは来訪者に心当たりがあるようで、扉の向こうに居るであろう人物に声を掛ける。



「あ、あの……扉を空けて頂いても宜しいでしょうか?」   


「ああ、すまんすまん。今開けるからちょっと待ってくれ」



 しかし、扉の向こうの人物――声から察するに恐らくミエルさんなのだが、どうやら一人では扉を空けられない状況にあるようだ。

 そんなミエルさんの代わりに、扉へと歩み寄ったメーテがドアノブを押し下げた。

 


「も、申し訳ありません」


「いやいや、私の方こそ気が利かなくてすまなかったな。

それにしても……相当買い込んだようだな? あの混雑下では相当苦労したんじゃないか?」


「い、いえいえ! あの空間から抜け出す口実を頂けたのですから、むしろ感謝したいくらいです」


「あの空間?」



 間仕切りを挟んで、メーテとミエルさんはそのような会話を交わす。

 そんなミエルさんに視線を向けてみれば、両腕が布袋で塞がっており、手首にも布袋が提げられていることが分かる。



「ともあれ、立ち話もなんだし、中に入ったらどうだ?」


「よ、よろしいのでしょうか?」


「ああ、テオドールにも時間の融通はつけて貰っているんだろ?」


「は、はい。『ミエルもここに居たら息が詰まるじゃろ? 儂のことは気にせんでいいから、メーテ様の用件を済ませたらゆっくりしてくると良い』と、言って下さいましたので」


「そうか、だったらゆっくりしていくと良い」



 そう言うと、ミエルさんが抱えていた布袋を半分ほど請け負ったメーテ。

 そして、二人がテーブルの上に布袋を置くと、食欲をそそる匂いが鼻孔をくすぐった。



「この袋の中身って屋台の料理? もしかして、ミエルさんに買い出しをお願いしてたの?」

 

「ああ、昼食時になれば買い出しに行く必要があるだろ?

今も通りは混雑しているが、昼食時となれば更なる混雑が予想されるからな。

だったら、今の内に買い出しを済ませておこうと考えていたところでミエルに出くわし、買い出しをお願いしたという訳だな」


「そうだったんだ。でも、ミエルさんは仕事中だったんじゃ?

だとしたらミエルさんに悪いし、言ってくれれば僕が買い出しに行ったのに」


「い、いえいえ。お気になさらないで下さい。

実際、仕事中であったことは確かなのですが、少しだけ憂鬱といいますか……

恐らくではありますが、そんな憂鬱そうな私を見たメーテ様は、気分転換が必要であると判断して、買い出しを申しつけて下さったのでしょう。

ですので、先程もお伝えしましたが、仕事から抜け出す口実を頂けたことに感謝しておりますので、本当にお気になさらないで下さい」


「な、なんか、メーテを過大評価しているような気がするけど……

それでメーテ……実際はどうなの?」


「……ミ、ミエルの言ったことに相違無いが?」



 メーテの返答を聞いた僕は、相違有りだと確信する。

 まあ、メーテのことだ。恐らくは軽い気持ちで買い出しを頼み、断られたら断られたで、自分で買い出しに行くくらいの心積もりでいたのだろう。


 などと考えていると――



「さ、さて! そろそろ試合も始まることだし、屋台の料理でもつまみながら、試合観戦と洒落込もうではないか!

ウ、ウルフ! 上等な果実水はちゃんと持ってきたか?」


「ええ、頼まれたやつでしょ? ちゃんと家から持って来たわよ」



 メーテは、吐いた嘘を誤魔化すように話題を切り替えた。



「ほ、ほら! 何をぼさっとしてるんだ?

アルとソフィアは試合観戦しやすい位置にテーブルと椅子を移動しろ!

シャリファとグレイスはグラスなどの食器類の準備!

フィデルとノアは移動したテーブルに料理を運ぶんだ!」



 続けて、手のひらを鳴らしながら指示を出し始めるメーテ。

 皆も指示に従い、準備に取り掛かり始めるのだが……僕はなんとなく気付き始めてしまう。


 恐らく、メーテは気まずげな空気が流れることを見越していたのだろう。

 だからこそ買い出しを頼み、皆で食事を囲める場を作ろうとしていた。

 食事を囲みながら、会話を交わせるような空間をこの場に作ろうとしていたのだ。


 そして、そんな僕の想像はどうやら間違いではなかったようで――



「まあ、各々様々な想いを抱えているとは思うが――

皆で食事を囲む。まずはそこから始めようじゃないか?」



 メーテの言葉を聞いた僕は、嬉しいような、少し悔しいような気持ちにさせられるのであった。

 

 


 


 

 それから、一時間以上が経過しただろうか?

 僕達は、ミエルさんが買ってきてくれた屋台料理に舌鼓を打ち、ウルフが持参した果実水で喉を潤しながら試合を観戦していた。 


 そんななか、僕達が目にしたのは手に汗握る白熱した試合。

 加えて届いていたのは、観客席から上がる大きな歓声。


 それらの要素は否応なしに気持ちを高ぶらせ、場の空気に当てられた僕達は、自然と会話を交わすようになっていた。


 交わすようになっていたのだが……



「わ、わたひの名前はミエルと申しまふ!

アル君ろお父様とお母様! 至らぬ娘ではありまふが!

今後とも、末永くよろひくお願いいたしまふ!」


「アル兄しゃん! 僕もソフィア先輩みたいに頭を撫でて欲しいれす!」


「ずるい~! わたひも、わたひも! 撫でて貰うのぉ~」



 何故こうなる?

 

 いや、理由は分かっている。

 ウルフが持ってきた果実水の中に、癖の少ない果実酒が混ざっていたのが原因だ。

 それに気付いた瞬間、まずいと思って回収を始めたのだが、回収を始めた頃にはグラスの半分ほどを開けてしまったようで、お酒に弱いミエルさんと、同じくお酒に弱いのであろうフィデルとノアが酔っぱらってしまったという訳である。


 

「す、末永くというのは……どういうことなのかな?」


「ア、アナタ……さっきメーテさんがアルはモテるって言ってたでしょ?

恐らくだけど、このミエルさんって女性もお嫁さん候補の一人なのよ」


「あ、ああ……成程な……」



 まったく成程ではない。初耳である。



「ちょっ、ちょっとミエルさん? いったい何を言ってるんですか?

ほ、ほら、お水でも飲んで落ち着きましょうよ?」



 僕は、ミエルさんが酔っているから妙なことを口走っているのだと判断し、酔い覚ましの水でグラスを満たすとソファから立ち上がる。



「どうぞ、溢さないようにして下さ――」


「どういうことなのか? れすか? それはれすね――」



 しかし、その瞬間――


 

「ふぐっ!? んんっ!?」



 僕の唇は、ミエルさんの唇で塞がれることになった。



「はあっ――つまりはこういうことれす」


「はっ? へっ!?」



 僕は、驚きのあまり呆けた声を漏らす。

 続けて、思考を整理する為に視線を宙に泳がすのだが、あまりにも衝撃的な出来事だった為に思考の整理が追い付かない。


 その為、極度の混乱に陥ってしまった僕は――



「うん……この芋の揚げ物はやっぱりおいしいよね」



 ひたすら芋を頬張るという、謎の行動を取り始めてしまう。

 そうしていると――



「なななな、何やってんのよ!?

今チューした!? 今チューしたでしょ!? 

はぁ!? はぁ!? なんですけど!?

さっきは私に欲情したとか言った癖にそういうことしちゃうんだぁ!?」


「ご、誤解だって! み、見てたでしょ!?

僕はミエルさんに水を渡そうとしただけで!! ミ、ミエルさんも何か言って下さいよ!?」



 ソフィアが恐ろしい剣幕で、僕との間合いを詰めに掛かる。

 僕はこのままでは命の危機に瀕すると判断し、ミエルさんに助けを求めるのだが……



「ね、寝てらっしゃる……」



 実に満足気な笑みを浮かべながら、寝息を立て始めていた。


 そして、そんな僕達の様子を見ていた大人達はというと――



「は、はは……アルはこれから苦労しそうだな」


「そ、そうね……が、頑張るのよアル?」


「ウルフ……お前が間違って酒を持ってきた所為だからな?

後でアルに謝っておけよ?」


「ええ……そうすることにするわ」 

 

 

 誰も救いの手を差し伸べることは無く、傍観の視線を送るのだった。






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






「……あいつら何やってんだ?」



 目を細めながらそう言ったのはダンテ。

 そんなダンテの目には、観覧席で走りまわるアルとソフィアらしき人物が映っていた。



「また、痴話喧嘩でもしてんのか?」



 ダンテは「いつものヤツか」という結論を出すと、呆れるような表情を浮かべる。

 次いで頭を掻くと、「はあ」と大きな溜息を吐いたのだが……それが良くなかったのだろう。



「流石席位持ちは余裕だな? 試合前に溜息とは恐れ入るよ」



 対戦相手である、オーラン=リドンはそれが自分に向けられたものだと勘違いしてしまう。



「悪い悪い、ちょっと友人が馬鹿やってる姿が見えてよ。

それに対しての溜息だから、別にお前に向けて溜息を吐いた訳じゃねぇんだよ」



 が、これも良くなかった。



「成程ね……溜息を向けるまでもない、まったく眼中にないって訳か」


「何でそうなるかねぇ……だから――」



 さらに勘違いを深めたオーランは、敵意のこもった視線をダンテに送る。

 そんな視線を受けて、ダンテは誤解を解こうとするのだが。



「――ったく、もうそれで良いわ」



 誤解を解くのも面倒だと考えたようで、投げやりな言葉を返した。

 そうしている間にも、試合の準備は整ったようで、審判員が声を上げる。



『それでは! これより第三試合! ダンテ=マクファー選手対オーラン=リドン選手の試合を開始します!

二人とも準備は良いね?』


「準備は万端っす」


「ええ、こちらもコイツをぶっ飛ばす準備は万端です!」 



 二人の返答を聞き、数歩ほど後ろに下がった審判員。

 右手を空に掲げると――



『それでは! 試合開始!』



 右腕を振り下ろすと共に、試合の始まりを告げた。



「【風よ! 草木を潜り 対を弾けッ!!】」



 瞬間、オーランは【風球】を発動させる。

 


「まだだっ!! 【風よ! 草木を潜り 対を弾けッ!!】」



 加えて、もう一度詠唱を行うと、八つの【風球】が中空に展開する。

 


「ぶっ飛べッ!!」



 それに指示を出すようにして、正面を指差したオーラン。

 先手を取ったことを確信し、ニヤリとした笑みを浮かべるのだが――



「ほっ、はっ、よっと! つーか一発一発が軽すぎやしねぇか?」


「へ?」



 ダンテが避けることもなく、全ての【風球】を素手で叩き落としたことによって、オーランは顔面を引き攣らせることになった。

 

 が、すぐさま意識を切り替えることに成功したのだろう。

 オーランはもう一度詠唱を口にしようとする。


「【風よ――】」


「おせぇよ」


「【草木を、をひいっ!?」



 しかし、何故か背後から声が届いたことにより、小さく悲鳴を漏らす羽目になる。更には――



「な、なんで背後に?」



 試合中だというのに、そんな間の抜けた質問を口にしてしまう。



「何でって、普通に身体強化を使用して背後に回っただけだ。

つーか見えなかったのか?」


「へ? そ、それだけ? な、何かしらの魔法を使ったんじゃないのか?」


「……まじで言ってんのか? それ?」



 オーランの言葉を聞き、苦笑いを浮かべるダンテ。

 だが、そんなダンテの反応は、ある意味当然の反応ともいえるのだろう。


 何故なら、ダンテは二年前の席位争奪戦を経験していた。

 その経験があるからこそ、席位争奪戦に出場する者は、相応の実力者であるという印象を抱いていた。


 しかし、様子見と考え、魔法を展開するまで待ってみれば、詠唱からの発動までは遅いし、ようやく展開したかと思えば並み以下の威力だ。

 では、体術の方が得意なのか、と思って間合いを詰めてみれば、間合いを詰めるどころ背後に回り込めてしまう始末。


 挙句の果てには、「何か魔法を使ったのか?」という的外れな質問をされてしまったのだから、ダンテも苦笑いを浮かべてしまうというものだ。



「で、どうする? まだ試合を続けるか?」



 ゆえに、ダンテはこれ以上試合を続けても時間の無駄であると判断する。

 実際、手刀の一発で試合を終わらすことも可能だったのだが、そうしなかったのは、降参するのであれば痛い思いをせずに済むだろう。というダンテの優しさゆえだ。


 だが、その優しさはオーランには届かない。



「試合は! 試合は始まったばかりだろうがッ!!」



 オーランは振り返ると同時に、木製の杖を薙ごうとする。



「いや、終わってるよ」


「――ッ?」



 が、振り向きざまに当てられたダンテの拳――顎を捕らえた拳によって、振り返る勢いのまま、オーランは地面に倒れ込むことになった。



『し、勝者は! ダンテ=マクファー選手です!』



 その瞬間、審判員が勝者の名前を告げ、観客席から地鳴りのような歓声が上がる。


 ダンテは、拳を掲げることで歓声に応えると――



「友達が化け物ばかりで実感わかねぇけど……

同年代を圧倒出来るくらいには強くなった――ってことで良いんだよな?」



 そう呟き、僅かに頬を緩ませるのだった。






==========

二ヶ月もお待たせしてしまい、誠に申し訳ございませんでした。

投稿ペースを上げられるように精進しますので、今後もお付き合いいただけたなら幸いです。


それとお知らせになるのですが、「異世界と化したこの世界で」という新作の投稿を始めました。

こちらの更新をお待ち頂いている間に、目を通して頂けたら嬉しいです。


2019.09.02 クボタロウ

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