第233話 子供として泣くべきなのだろう
「そ、それは……どのような冗談なのでしょうか?」
「メーティーさんが【禍事を歌う魔女】? し、失礼ですが……酔っていらっしゃいますか?」
メーテが自らの正体を明かすとシャリファさん達は眉を顰める。
加えて、出来の悪い冗談を聞かされた時のように困り顔を浮かべた。
しかし、それは至極当然の反応で仕方がないことなのだろう。
実際の話、お伽話の登場人物であると自己紹介されて、それを信じる者がどれだけいるだろうか?
大抵の者は、あまりに荒唐無稽だと一笑し、あまりに酷い法螺話だと呆れてしまうに違いない。
更にはだ。今のメーテはお酒を嗜んでいる。
素面だったとしても受け入れ難い話だというのに、お酒を嗜んでるとなれば尚更で――
「い、一度お水でも飲まれますか?」
「い、今用意しますので、キッチンをお借りしてもよろしいでしょうか?」
シャリファさん達はメーテが酔っていると判断したらしく、水を用意する為に席から立ち上がろうとするのだが……
「……この姿では説得力が足りないか」
そのような二人の反応を他所に、パチンと指を打ち鳴らすメーテ。
すると、僕と似せるように変化させていた髪と瞳の色が、本来あるべき色を取り戻し始めて行く。
そして、数秒と掛からずに本来あるべき色――
「これで少しは信じて貰えたかな?」
「なっ!? か、髪が銀色に……」
「そ、それにその瞳の色は……」
月明かりを反射しキラキラと光る銀色の髪と、宝石を思わせる紅色の瞳。
それらの色を取り戻したメーテの姿に、シャリファさん達は驚嘆の声を漏らすことになった。
「メ、メーテ……正体を明かしても良かったの?」
僕は、驚嘆する二人から視線を移すと、宝石のような瞳を覗きこんで尋ねる。
失礼を詫びたのは兎も角として、正体まで明かす必要があるとは思えなかったからだ。
「あまり宜しくはないんだが……正体を明かさなければ礼儀を欠くことになってしまうからな」
「礼儀を……欠く?」
そんな僕の疑問に対して、「礼儀」という言葉を返したメーテ。
それと同時に、再度疑問を口にする僕の姿を見て、説明が必要だと判断したのだろう。
「正直に言うと、初めは正体を明かすつもりなんてなかったさ。
なにせ、目の前に居るのはアルの両親であり、アルを捨てた張本人なんだ。
自分達の子供を捨てるような無責任で薄情な奴等に、正体を明かすことなど出来る筈がない」
メーテは説明という形で、胸の内を晒し始める。
「それに、いくら全ての元凶が私にあるとはいえ、親が子を思いやる気持ちというものはまた別のものだ。
闇属性の素養を理由にアルを捨てたのであれば、私は二人を――私に二人を責める資格が無いことは理解しているというのに、それでも許してやる事など出来なかった筈だ」
そこまで話すと、バツが悪そうに苦笑いを浮かべるメーテ。
「ゆえに、話の内容によっては――などと考えてはいたんだが……
二人の話から嘘や偽りは感じられず、二人が無責任で薄情な親などでは無いことを私は知ってしまった。
闇属性の素養を持つアルを愛し、親として必死で守ろうとした事を知ってしまったんだ。
そんな二人に対して、全ての元凶である私が素知らぬ顔など出来る筈がない。
……だから、正体を明かすことにしたんだ。
一つの家族を引き裂いた元凶として、正体を明かし、謝罪をすることがせめてもの償いであり礼儀である――そう思ったんだ」
そして、胸の内を晒し終えたメーテは、僕に向けていた視線をシャリファさん達へと送り――
「【禍事を歌う魔女】として、アルを手離さなければいけない現状を生み出した者として……もう一度謝罪させて欲しい。
シャリファ、グレイス。本当に……本当に申し訳なかった」
先程と同じようにテーブルに手を着くと、深く、深く頭を下げた。
「「……」」
しかし、そんな謝罪の言葉に対して、シャリファさん達は無言という形で反応を返す。
いや、実際には「返した」のではなく、状況を整理しようとした結果、意図せず無言になってしまっただけなのだろう。
二人は口を噤んだまま、考え込むようにしてグラスの一点を見つめ続けるのだが……
「それともう一つ……二人には謝罪しなければならないことがある」
メーテが再び謝罪という言葉を口にし。
「返そうと思えば、二人の元にアルを返すことも可能だったんだ……」
そのような言葉を告げた瞬間――
「そ、それは……どういうことなのでしょうか?」
「お、仰る意味が分からないのですが……」
目を大きく見開き、疑問を漏らすことになった。
「そもそもの話……私達がアルを見つけたことに対して疑問は浮かばなかったのか?」
しかし、メーテはその疑問に答えを返すことは無く、逆に二人へと尋ね返す。
「そ、そういった疑問は確かにありましたが……
こうしてアルが生きている以上は、些細な問題であると判断し、深く考えないようにしていました」
「疑問には思っていたものの、根掘り葉掘り聞くのも失礼かと思いまして……
で、ですが……そのような疑問とアルを返せたという話に、どのような関係があるのでしょうか?」
そして、二人の返答を聞いたメーテは、気持ちを整えるように「ふう」と息を吐いた後に口を開いた。
「まず、前提として伝えておきたいことがある。
それは、私達の住処が【魔の森】にあり、そこで日々を過ごしていたという事実だ」
「あ、あの【魔の森】で……日々を?」
「ああ。この国の者であれば、【禍事を歌う魔女】についての大凡の経緯は知っていると思うんだが……
王家が刺客を放った事や、賞金稼ぎに追われる日常を送っていたのは事実でな。
そんな日常に疲れてしまった私は、世界を隔離するようにして【魔の森】で暮らすことを決め、なるべく人と関わらないように日々を過ごしていたんだ」
「世界を隔離……ですか……」
「まあ、少し格好付けた言い方をしてしまったが、要は隠遁生活というヤツさ。
それでなんだが……それなりの年月を【魔の森】で送らせて貰ったからな。
言うなれば、【魔の森】という場所は私にとっての家で、広大な森は少し広めの庭のようなものなんだ。
加えて、街道を避けるようにして結界を張っているからな。
結界の範囲内であれば、大凡のことは把握することが可能という訳さ」
「アルを見つけた時は結界とか関係なかったんだけどね」
「近場なら兎も角……全てを把握しようとすると、それなりに意識を集中する必要があるからな。
あまり褒めると調子乗りそうで嫌なんだが……アルを見つけたウルフの嗅覚には感謝しているよ」
「あの広大な【魔の森】に結界を? きゅ、嗅覚で?」
「自慢の鼻なのよ? 凄いでしょ?」
驚いた様子のシャリファさん達に対して、自慢するように自分の鼻をつついて見せるウルフ。
メーテはそんなウルフに呆れるような視線を送ると、「はぁ」と溜息を吐いて話を再開させた。
「それで、今の話がアルを返せたことにどう繋がるかというと……要は把握していたんだよ。
アルを拾ってからというもの、時折意識を集中させては結界の範囲内を探っていたからな。
【魔の森】に魔物以外の反応がある事は理解していたし、それが人である事も見当が付いていた。
従って、私がその者達と接触さえしていれば、アルを返してやることだって可能だったという訳さ」
「で、では何故? 何故そうなさらなかったのでしょうか……?」
「何故……何故か……」
シャリファさんの質問を受け、メーテは「何故」という言葉を口のなかで転がす。
「何故かと問われれば、闇属性の素養を持つ子供の境遇を嫌というほど知っている所為か……
それとも、素養を持っているから捨てられたという固定観念を持ってしまった所為か……
兎にも角にも、その頃の私は人というものに期待を持つことが出来ず、どうせ接触したところで碌な結果にならないと決めつけていたからかもしれないな」
そしてメーテは、何故という言葉に対してそのような答えを並べ始めるのだが……
「いや――違うな」
自分の言葉を否定すると同時に、自嘲するような笑みを零した。
「それはきっと建前だ……実際には気付いていたんだろうな。
ただ捨てるのであれば、洞に隠すような形で置き去りになどしない。
好んで足を踏み入れるような場所では無いのだから、ただ捨てるのであれば適当な場所に置き去りにすれば良いだけの話だ。
それを理解し、アルのことを迎えに来る可能性があると理解した上で……私は誤魔化したんだ。
最近【魔の森】に足を踏み入れているのは、アルの命を狙う愚か者だと言い聞かせて接触を拒んだんだ。
頭の隅では、アルの両親が探しに来ている可能性があることに気付いていたというのに……」
過去の過ちを。まるで自分を責めるかのようにメーテは言葉を並べ続ける。
「いや――それも違う。
いや、違くはない……違くはないんだが……それさえもきっと建前だ」
しかし、自分を責める言葉さえも否定してみせたメーテ。
「きっと私は……アルを手離したく無かっただけなんだ。
【禍事を歌う魔女】と呼ばれた私を……忌み嫌われた存在である私の指を、その小さな手で握ってくれたことが嬉しかったんだ。
人を不幸にすることしか出来なかった私の腕のなかで、無邪気に笑ってくれたことが幸せだったんだ。
私を恐れもせずに、夜泣きをして困らせてくれたことが愛おしかったんだ。
ただただこの小さな命に満たされていて……誰にもアルを渡したく無かっただけなんだ」
胸の内を吐露すると同時に、今にも泣き出してしまいそうな拙い表情をメーテは浮かべ――
「だから……私は何度でも謝罪するよ。
私がアルと過ごした満たされた時間は、本来であれば二人に与えられた筈の時間なんだ。
私はそんな満たされた時間を二人から奪い去ってしまった……私の過去の行いと利己的な我儘によってな」
「本当にすまなかった」という謝罪の言葉で締め括ると、改めて深々と頭を下げた。
「メーティーさん……」
「……」
対して、話を聞き終えたシャリファさん達は返答を詰まらせる。
恐らくは、話しを聞いたことによって、様々な思いが交錯することになったのだろう。
存在したかもしれない過去を思ってか?
それとも、存在しなかった過去を思ってか?
口を噤んだまま、寂しげな視線をメーテへと向けている。
その為、今日何度目かになる無言の時間が流れ、時が止まったかのような錯覚を起こしてしまうのだが……
「そ、それでも……そうだとしても……
メーティーさんが謝罪する必要はないと私は考えています」
その錯覚した時間は、グレイスさんが口を開いたことによって再び動き出す。
「正直に言いますと、メーティーさんが【禍事を歌う魔女】であるという事実を未だ飲み込むことが出来ていません。
あまりにも荒唐無稽なお話ですし、お伽話の登場人物が目の前に居る――という状況をどう噛み砕いて良いのか分からないからです」
グレイスさんは話を続ける。
「ですが……分からないながらに気付いたこともあります。
それは、例え【禍事を歌う魔女】だったとしても、メーティーさんは優しくて誠実な方だという事です」
「私が……優しい?」
「ええ。私はそのように感じました。
現にメーティーさんは、伝える必要の無い事実まで伝えてくれたではありませんか?
先程はご自分の事を、利己的で我儘であると評していらっしゃいましたが、本当にそういう人間であるならば、自らの正体を打ち明けなかったでしょうし、アルを返す機会があったことも隠し通していた筈です。
なにせ……伝えたところで何の利益もないのですから」
「それは……買被りだよ……」
「いいえ、買被りなどではありません。
そもそも、メーティさんには私達を拒絶する権利だってあった筈なんです。
私達は我が子を捨てた酷い親で、そんな酷い親の話に耳を傾ける必要など欠片もないのですから。
だというのに……メーティーさんは私達を拒絶するような真似はしませんでした。
それどころか自宅へと招いて下さり、真偽すら定かではない話に耳を傾けて下さったのです」
グレイスさんは、喋り疲れた喉を潤すようにして一口だけお酒を含む。
「そして、そんな真偽すら定かではない話をメーティさんは信じて下さいました。
都合の良い話だと一笑に付すどころか、私達の話を信じたうえで、伝える必要のない真実と本心まで打ち明けて下さったのです。
これが……これが優しさと誠実さで無いのであれば、私は何をそう呼んで良いのか分かりません」
「グレイス……」
「何度でも言わせて頂きますが、メーティさんは優しくて誠実な方です。
そんなメーティーさんなのですから、きっと何かの行き違いがあって【禍事を歌う魔女】と呼ばれることになったのでしょう。
そして、そう呼ばれること対して。闇属性の素養持ちが置かれている現状に対して。
一番心を痛めているのは、他ならぬメーティーさんなのではないでしょうか?」
そして、そう続けたグレイスさんはメーテの瞳を見つめると――
「ですから、そんなメーティーさんを責めるような真似をしたくありません。
確かに、アルの成長を身近で見守りたかったという本音はあるのですが……
そもそも、メーティーさん達がアルを見つけてくれなければ、魔物に殺されていた可能性だってあった筈です。
それに……どのような経緯があれ、こうしてアルと再会することが出来たのです。
私はそれだけで充分に満足ですし、アルを逞しく育ててくれたメーティーさんには感謝の言葉しかありません。
ですからメーティーさん。これ以上謝罪の言葉など口になさらないで下さい」
そのような言葉を掛けると共に、優しげな表情で微笑み掛けた。
「だが……私はお前達から満たされた時間を奪ってしまったんだぞ?
今しがた口にしたように、アルの成長を傍で見守りたかった筈だ。
アルをその手で抱きしめたかった筈だ。アルに笑い掛けて貰いたかった筈だ!
それでも! それでも謝罪の必要がないと言うのか!?」
しかし、そんな優しい微笑みと言葉に対して、メーテは声を荒げて返す。
その言葉はまるで、責められることを望んでいるかのような。
わざと嫌われようとしているような。そんな口振りであったのだが……
「それでも謝罪の必要はありません。
メーティーさんは満たされた時間を奪ったのではなく、満たされた時間をアルに与えて下さったのですから」
メーテの言葉を否定するように首を振り、再度謝罪の必要がない事を伝えたグレイスさん。
「それより……」
加えて、短い言葉を発した後に、少しだけ眼つきを鋭くすると――
「もしかして、アルを手放そうなどと考えてはいませんか?」
そのような言葉を続けた。
「――ッ」
そして、その言葉はメーテの核心を突いたものだったのだろう。
メーテは小さく息を漏らすと同時に、ビクリと肩を跳ねさせる。
「その反応から察するに、やはりお考えになっていたようですね。
一つお尋ねしますが……アルを私達の元へと返すことが贖罪になる。そのようにお考えなのでしょうか?」
「……ああ、そのとおりだ」
「だとしたら、その考えは間違いです。
先程もお伝えしましたが、私達はこうしてアルに再会できただけで充分に満足しているんです。
それ以上は望みませんし、メーティーさん達からアルを奪うような真似はしたくはありません」
「だ、だが! それでは!」
「お気になさらないで下さい。
アルに再会できただけで本当に……本当に満足なのですから」
テーブルを挟んだ先のメーテへ、少し寂しげな微笑みを向けるグレイスさん。
それでもメーテは「だが」「しかし」「でも」といった言葉を並べ続けるのだが……
「まるで「子争い」だ……」
そのような状況のなか、僕はボソリと呟く。
何故なら、そんな二人のやり取りを聞いて、前世で聞いた話をなんとなく思い出してしまったからだ。
そしてその話というのは、僕の記憶が間違っていなければ「子争い」という話だったと思う。
どのような話なのか大雑把に説明すると――
母親を主張する二人の女性がおり、偉い人に子供の腕を引き合うよう命じられる。
二人の女は「勝った方が母親である」と伝えられていた為、痛みに泣く子供の腕を引き合う訳なのだが……
「子供の身を案じ、手を離した方が実の母親だ」といった裁きが下され、勝ちを喜ぶ女性ではなく、手を離した女性が実の母親である事を認められる。
といった名裁きが下される有名な話だ。
有名な話なのだが……
正直、何故そのような話を思い出したのかは自分でも分かっていない。
それもその筈だ。
今の状況といえば、お互いがお互いを思うあまりに、腕を引っ張り合うどころか「どうぞ」と手のひらを差しだしているような状況なのだ。
前世で聞いた話とは遠くかけ離れている。
だというのに、この話を思い出してしまったのは……
聞いた話とは遠くかけ離れてはいるものの、似ている部分も確かにあるからなのだろう。
例えば、主張こそ真逆ではあるものの、一人の子供を巡ってという状況。
腕こそ引くことは無いが、二人の女性が争っているという状況と構図は似たようなものだ。
そして、そのような状況のなかに。
聞いた話と似たような状況のなかに、僕達は置かれている訳なのだが……
話どおりに事が進むのであれば、子供が泣くことで手を離す切っ掛けが生まれ、偉い人が裁きを下すことで円満をみることになるのだろう。
だが、この場には裁きを下してくれるような都合の良い人物など存在しない。
名裁きを披露し、この場を治めてくれる人物などいやしないのだ。
それに加えてだ……
話どおりの結末を迎えた場合、一人の女性にしか幸せは訪れない。
だとしたら……一人だけしか幸せになれないのだとしたら……
「二人だけで話を進めるのはやめませんか?」
それは、きっと間違っている結末だ。
だから子供として、間違った結末を迎えない為にも大声で泣くべきなのだろう。
「あっ……す、すまないアル」
「ご、ごめんなさい」
僕がそう伝えると、メーテとグレイスさんは謝罪を口にする。
僕は謝罪が必要ない事を伝えようとするのだが、敢えて言葉を飲み込みメーテへと視線を向けた。
「メーテってさ。少し面倒臭い性格してるよね?」
「……面倒臭い? 私がか?」
「なんていうのかな? 真面目すぎて無駄に抱え込んじゃうような面倒臭い性格してると思うよ?」
「アル……それは私とウルフが、面倒臭い性格だと言ったことに対する当てつけのつもりか?
だとしたら謝るから、その話はまた後にして貰えないか?」
先程口にした言葉をそのまま返されたからだろう。
メーテは怪訝な表情を浮かべると、その表情のままに眉根を揉むのだが――
「でも、面倒臭いと思うのは本当だけど、僕はその面倒臭さが嫌いな訳じゃないよ?
むしろ、メーテの影響を受けたから僕も面倒臭い性格になっちゃったのかな? なんて思えるし。
影響を受けるってことはそれだけ一緒の時間を過ごしたって事で、血の繋がりが無くても家族だってことを実感できるからね」
僕がそう伝えると、ハッとするように大きく目を見開いたメーテ。
「だからそんな悲しいこと言わないでよ?
メーテが過去の行いに責任を感じてるのは分かってるし、責任を感じてるからこそ僕を手離そうと考えているんだと思うんだけど……
僕が帰る場所は【魔の森】の家で、僕にとっての家族はメーテとウルフなんだからさ」
「……アル」
そして、ありのままの想いを伝えると、宝石のような赤い瞳を少しだけ滲ませた。
僕はそんなメーテに微笑み掛けると、続いてシャリファさんとグレイスさんへと視線を向ける。
「先程は伝えたいことを整理することが出来ず、言葉を詰まらせてしまったのですが……
伝えたいことを整理することが出来ましたので、聞いて頂いても宜しいでしょうか?」
「「――ッ」」
僕が尋ねると、僅かに肩を跳ねさせて動揺をみせる二人。
「ああ……聞かせて貰えるかな」
「ええ……聞かせて貰っても良いかしら?」
しかし、どのような話であろうと、受け入れる心の準備は既に出来ていたのだろう。
動揺したのも一瞬で、覚悟を感じさせる表情を浮かべた二人は、真っ直ぐな瞳を僕へと向けた。
「それでは、話させて頂きますね」
僕は、そんな二人の瞳に少しだけ気圧されながらも話を切り出す。
「正直に言いますと……お二人が両親であるということをあまり実感できていないんです」
次いで口にしたのはそのような言葉なのだが、二人の心情を思うのであれば正解ではないのだろう。
しかし、それでも口にしたのは、それが紛れもない本心だったからだ。
実際、グレイスさんに抱きしめられた瞬間に母性を感じたのは確かではある。
それに、二人の話を聞いたことによって、本当の両親である事も充分に理解することが出来た。
だがしかし……理解することと受け入れることは同義ではない。
両親であるという事実を受け入れることに対して、一つの躊躇いもないといえばきっと嘘になってしまう。
それに加えてだ。
僕がシャリファさんとグレイスさんを受け入れてしまっても良いのか?
といった迷いを抱えていたことも、僕を躊躇わせるひとつの要因となっていた。
何故なら、僕は前世の記憶を持ったままこの世界に生を授かっている。
その為、本当ならこの身体には違う意識が収まる筈だったのではないだろうか?
もしそうだとしたら、二人のことを両親と呼ぶ資格が僕にあるのだろうか?
そんな疑問が嫌でも浮かんできてしまい、二人を受け入れることに対して罪悪感を覚えてしまったのだ。
そしてその結果、二人を受け入れるべきではないという結論に辿り着きそうになってしまったのだが……
「実感できていないのですが――そう思う一方で嬉しくも感じているんです」
僕は、辿り着き掛けた結論を否定する。
何故なら、それらの疑問に対して答えを出す意味がないことに気付いてしまったからだ。
結局のところ、僕がいくら悩んだところで答えなど出せる筈もない。
僕がどんなに罪悪感を覚えようが、この身体に生を授かったという現実は変わらないのだ。
「今日一日という短い時間ではありますが、お二人の人柄を少しは理解することが出来ました」
だからこそ、僕は罪悪感すら飲み込んで二人と向き合う。
「シャリファさんは凄く真面目なのに何処か抜けている部分がある人で――」
例え過去の記憶があろうと僕達が親子である事実は変わらない。
血の繋がりで結ばれているという事実は揺るがないからだ。
「グレイスさんはおっとりした感じなのに、実は一本の芯がとおってる人で――」
だからこそ、僕は胸に抱いていたもう一つの想いを伝える。
「それに、自分達の想いを押し殺してまで、僕や家族の幸せを願ってくれるような強さと優しさを持ち合わせている人達で――」
二人が両親だと知った今。
どのように思い、どのように感じ、どのような未来を描くのかを。
「だから僕は――そんな優しい二人とも家族になれたらと願っています」
他の誰でも無い、二人の子供であるアルディノ=サイオンとして。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ふあぁ~……」
大通りを歩いていた僕は、思わず欠伸を漏らしてしまう。
「と、というか……本戦初日だけあって凄く賑わってるね?」
僕は、目頭に溜まった涙を指先で拭うと、そう言って周囲の様子を伺う。
すると、目に映ったのは大通りに立ち並ぶ幾つもの屋台や、活気に満ちた人々の姿。
どうやら、本戦初日であることが影響しているようで、予選の混雑が可愛く思えるほどに人の姿でごった返している事が分かる。
「き、今日も行列が伸びてるみたいだね?
あ、あそこに並ぶ必要が無いんだから、関係者席があって助かったと思わない?」
更に周囲を見渡して見れば、長蛇の列が伸びている事が分かるのだが……
「なぁグレイス? ちとアルに近すぎやしないか?」
「あ、あら、そうでしょうか?」
「そ、そこで串肉を買ってきたんだが……ど、どうだ? ア、アルも食べるか?」
「シャリファ? アルを餌付けしようという魂胆が見え見えだぞ?」
「そ、そういうつもりでは……って、あれ? く、串肉が消えた?」
「くひにくなら、ここにあるわお?」
「ちょっ!? な、なんでヴェルフさんが食べてしまうんですか!?」
正直、この状況はいまいち分かりかねる。
加えてだ……
「ア、アルお兄ちゃん……手繋いでも良いかな?」
「ず、ずるいぞノア! 僕だってアルにい…にい…にい…兄さ――呼べない!
恐れ多くて、僕にはアル兄さんと気さくに呼ぶことなんて出来ない!!」
いや、普通に呼んでることに気付いてる?というツッコミはさて置き。
フィデルとノアまでこんな調子なのだから、何故このような状況になったのか理解が追いつかないというのが本音だ。
だがまあ……
理解こそ追いつかないものの、状況を理解できていない訳ではない。
何故なら、今の状況というのは昨晩の話し合いの結果なのだから、理解できていない方が問題だろう。
要するに今の状況というのは――
「確かに、家族として新たな関係を築いて行くことは約束した。
二人がこっちに居る間は、出来るだけ親子の時間を作ることも約束したが……
そ、そんなにべたべたする必要はないんじゃないか?」
「し、しているでしょうか?」
「しとるわい! さっき仮眠を取った時だってしれっと添い寝とかしてただろうが!?」
「メ、メーテさん落ち着いて下さい」
「お前もだシャリファ! 「背中流そうか?」とか言って上手いことやりおってからに!
私なんて添い寝も! 風呂も! ここ暫くアルと共にしてないんだぞ!?」
……何故か涙目のメーテは兎も角。
要するに今の状況というのは、昨晩の話し合いで、「どちらも家族であって欲しい」と僕が願った結果なのだ。
まあ、今しがたのやり取りを見せられては想像し辛いかもしれないのだが……
実際のところ、僕を含めた五人での話し合いは驚くほど難航した。
大人達が一度決めた覚悟を覆さなければいけないのだから当然といえば当然だ。
しかし、僕はそれでも諦めることなく説得をし続けた。
言葉足らずで上手く想いを伝えられなかったことも自覚してるし、自分で言っていて支離滅裂な部分があったことも充分に自覚している。
だがそれでも、それでも根気強く、余が明けるまで説得を続けた結果――
諦めない僕に呆れてしまったのか?それとも根気負けしてしまったのか?
いや、本当はメーテとウルフも、シャリファさんとグレイスさんも、幸せな結末を心のなかでは望んでいたのだろう。
どちらかが身を引くような悲しい結末を選ぶことは無く。
多少歪ではあるものの、どちらも家族であるという事実を受け入れ、家族としての新たな関係を築いていくことを約束するに至ったという訳だ。
そうして、新たな関係を築いて行くことを決めた訳なのだが、そう決めた以上は、話し合いの結果をフィデルとノアに伝えない訳にはいかない。
正直、フィデルとノアは多感な年頃だし、実の兄だと伝えることで二人を傷つけてしまわないか不安に思っていたのだが……
「アルお兄ちゃん?」
「ど、どうしたのノア?」
「えへへ、呼んでみただけ~」
「ぼ、僕だって! アルにい…にい…にい…兄さ――駄目だ!
やっぱりアル兄さんだなんて、恐れ多くて僕には呼べそうに無い!!」
逞しいというか柔軟というか……
不安に思っていたことが馬鹿らしく思えるほど、実にすんなりと兄であるという事実を受け入れてしまったのだから、杞憂であったとしか言いようがない。
そして、そのようなことを考え、思わず苦笑いを浮かべてしまっていると――
「ア、アル? お母さんも手を繋ぎたいな~」
「ア、アル? お父さんとも手を繋ぎたくはないか?」
「お、お前等……ア、アルは私と手を繋ぎたいよな? なぁ?」
「メーテよりも私と手を繋ぎたいんじゃないかしら?」
昨日は凄く神妙な顔で話し合いをしてましたよね?
順応するのが早すぎやしませんか?
まあ、お互いが気を遣い合い、ピリピリとした雰囲気を漂わせるよりは断然良いとは思うのだが……
――ともあれ。
幾つかの問題は残っているものの、どうにかこうにか円満な結末を迎えることが出来たのだろう。
実際、シャリファさん達は今まで掛かった教育費を払うと言って聞かないし。
メーテはメーテで、僕をサイオン家の戸籍に入れるべきか頭を悩ませているようだけど……
そういった問題は、こうして会話を交わし、共に時間を重ねることで解決して行くに違いない。
「ちっ……これでは埒が明かんな。
では、アルから教わった「じゃんけん」とやらで手を繋ぐ順番を決めようじゃないか!」
「その「じゃんけん」というものは、どういったものなのでしょうか?」
「三つの手の形で勝敗を決める遊戯みたいな感じかしら?」
「ほう……それは単純なようですが、なかなかに奥が深そうな遊戯ですね」
空を見上げれば雲ひとつない快晴――
「なんか盛り上がり始めちゃったし……フィデル? 折角だし手を繋ごうか?」
「は、はい!」
絶好の観戦日和である。
==========
近況ノートでも報告させて頂きましたが、この度、カクヨムWEB小説コンテスト4で特別賞を受賞させて頂きました。
このような大きなコンテストで賞を頂けたのは、ひとえに読者の皆様が応援して下さった結果だと考えております。
応援して下さった読者の皆様、本当にありがとうございます。
本編に関しては、今後も投稿を続けて行く予定ですので、拙い部分も目立つとは思いますが、これからも「魔女と狼に育てられた子供」というお話にお付き合い頂ければ幸いです。
しつこいとは思いますが、最後にもう一度だけお伝えさせて頂きます。
応援して下さった読者の皆様、本当にありがとうございます。
2019.05.30 クボタロウ
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