第225話 季節変わりと共に

 場所は学園の食堂。

 我先にと食事にありつこうとする学生達の姿や、それを捌く為に忙しなく動き回る給仕達の姿。

 更には、威勢の良いおばちゃんの声が厨房から響き、驚くほどの賑わいをみせている。


 そんな中、テラス席を確保することに成功した僕達。



「午後の授業は何やるんだっけか?」


「確か……午後は体術の授業があった筈だ」


「体術の授業か……じゃあ、食べ過ぎて動けなくなっても困るしデザートは控えておこうかな?」



 昼食に舌鼓を打ちながら、他愛も無い会話を交わしていた。



「デザートって、お前は女子かよ……

逆に体力を使うからがっつり食べるんだろうが? むしろそれで足りんのか?」


「ん? 食べようとすれば食べられるけど、これでも充分足りるよ」


「そんな魚のフライとパンだけでか?

つーか、あれだけ美味い魚を食った後で、よくこっちの魚を食う気になれるよな?」


「確かに合宿で食べた魚は美味しかったけど、こっちで出る魚は主に川魚だからね。

また違う味わいがあって美味しいよ?」


「そうか? 俺は断然、合宿で食った魚の方が美味いと思うけどな」



 しかし、そのような雑談を交わしていると。



「まじで魚も美味かったし……海も綺麗だったよな~……」


「そうだな……今年の合宿では随分と息抜きをさせて貰ったよ」



 楽しかった合宿を思い出してしまったのだろう。

 そう言ったダンテとベルトの表情は、何処か気の抜けたものだった。



「合宿を楽しんで貰えたのは嬉しいけど……大丈夫かな?」



 僕はそんな二人の姿を見ると、少しだけ心配になってしまう。

 何故なら、合宿を終えてからひと月あまりの時間が経過しているにも拘らず、度々合宿を思い返しては、こうして気の抜けた表情を浮かべていたからだ。


 加えて、最近では山間から吹きつける風が冷気を帯び始めている。

 つまりは、季節の訪れと共に席位争奪戦も迫って来ているという事で……



「本戦までに調子が戻ると良いんだけど……」



 気の抜けた二人を見た僕は、少しだけ心配してしまった訳だ。

 そして、そのように考え独りごちていると。


 

「お腹すいたぁ……」


「んにゃ……腹ペコだにゃ……」



 食事の乗ったトレイを手に持ち、ソフィアとラトラが合流する。

 余程お腹をすかせていたのか、席に着くなり湯気の立つスープを口へと運んだ。



「はぁ……お腹に染みるわね」


「んにゃ……生き返るにゃ」



 二人はそう言うと、小さな口を大きく開けてパンにかぶりつく。

 更に一口、もう一口かぶりつくと、多少はお腹も満たされ、会話をする余裕も生まれたのだろう。



「はぁ……熊先生の授業は面白いんだけど、終業のベルで終わらないのが難点よね……」


「んにゃ……今回は特に酷かったにゃ……」



 サラダをつつきながら、溜息混じりの愚痴を溢した。

 どうやら二人が遅れて来た理由は、授業が長引いたことにあるようだ。



「熊先生って……髭もじゃのリカルド先生の事だよね?

僕はリカルド先生の授業を選択してないから分からないけど、毎回そんな感じなの?」


「ええ、毎回延長するのは当たり前だし、今日なんかは15分も延長したのよ?

まあ、教育熱心なのは分かるんだけど、流石に昼食前は遠慮して貰いたいわよね……

お腹が鳴るのを我慢してたから、延長してからの授業は全然頭に入って来なかったわよ……」


「実際に何人かはお腹を鳴らしてたからにゃ〜」


「お腹が鳴るのは恥ずかしいもんね……そう考えると辛いかも……」


「もはや一種の拷問よね……」



 小さく溜息を吐くと、サラダを口へと運んだソフィア。



「ところで、そっちは何の話をしてたの?」



 フォークの先を唇にあてながら、首を傾げて尋ねた。



「えっと。授業の話とか合宿が楽しかったって話かな?」


「合宿? 楽しかったのは事実だけど……そろそろ気持ちを切り替えた方が良いんじゃないの?」


「席位争奪戦も近いし、僕もそう思うんだけど……」



 僕とソフィアは気の抜けたダンテへと視線を向ける。

 すると、ダンテは視線に気付いたようで、頭を掻きながら口を開いた。



「まあ、合宿が楽しかったのは事実だし、多少の余韻を引きずってるのも確かだけどよ……

気持ちを切り替えなきゃいけないってのは俺だって分かってるんだよ……」


「だったら、もう少しシャンとした方が良いんじゃない?」


「そ、そうも思ってるんだけどよ……里帰りした時のことがチラついちまってだな……」



 そこまで話したダンテは、言い辛そうに口ごもる。



「里帰り? ああ……そういうことか」


「ただ単に、合宿の余韻を引きずってる訳じゃなかったのね」



 しかし、僕とソフィアは口ごもった理由を何となく察してしまった。 



「要は、嫌な事を忘れる為に合宿のことを思い出してたのかな?」


「つまりは現実逃避ってヤツよね?」


「ぐぬっ……言い難いことをハッキリ言いやがって……」 



 察した内容を口にすると、ダンテは悔しそうに下唇を噛む。

 加えて、内心を見抜かれたことにより少しばかりヤケになってしまったのだろう。

 開き直るようにして声を荒げた。 



「そうだよ! お前らが言うとおり現実逃避だよ! 

卒業しても最低一年は親父の元で学ばなきゃいけねぇんだぞ!?

現実逃避のひとつもしたくなるだろうが!?」


「で、でも。冒険者を続けること自体は認めてくれたんでしょ?

だったら、そんなに悲観的にならなくても良いと思うんだけど……」


「俺は卒業したら冒険者として生きるつもりだったんだよ!

なのに親父は、『名のある冒険者を目指すのであれば、貴族としての礼儀作法も学べ』とか言うんだぜ!?

そんなの今更だし、拒否した場合は冒険者活動を認めないとか横暴が過ぎるだろうが!?」


「ま、まあ、少し横暴な気もするけど……

名のある冒険者は貴族からも声が掛かるみたいだし、その為に礼儀作法を学んでおけって話だったよね?

だとしたら有名になると信じてるし、応援してくれてるって事なんじゃないかな?」


「そ、それは分かってるんだけどよ……アル! お前まで親父の肩を持つのかよ!?」


「そ、そういう訳しゃないよ! で、でも、お父さんの気持ちも分かるというか……」



 実際、どちらの味方かと問われれば、間違いなくダンテの味方だと答えるだろう。

 しかし、ダンテのお父さんの敵かと問われれば、敵であるとは答えにくい。

 何故なら、多少横暴ではあるものの、言葉の端々にはダンテに対する愛情が含まれているように感じたからだ。

 その為、僕はどちらつかずの反応を返してしまった訳なのだが……



「んだよ……俺はお前と旅するのを楽しみにしてたのによ……」


「ダ、ダンテ……!?」



 ダンテの一言によって、僕の考えは完全に傾いてしまう。



「へ、へぇ……ダ、ダンテはそんな風に思ってたんだ?」


「あ、ああ……つーか、なんでモジモジしてる?」


「し、してるかな? そ、それより! そういうことなら僕がお父さんを説得しようか!?」


「ア、アルが親父を?」


「うん! 僕に任せてよ!」



 ダンテの気持ちを知った僕は、そう言って胸をドンと叩く。



「任せるって……どうするつもりだよ?」


「後期休暇があるから、その時にお父さんを説得しに行くよ!」


「ざ、雑な作戦だな……そもそも、里帰りする為の転移魔法陣は親族じゃないと使用許可が降りねぇぞ?」


「そ、それは……メ、メーテの私物でテオ爺を買収するよ!」


「お、おう……普通に下衆いこと言いだしやがったな……

つーか、親父を説得できるとは到底思えねぇんだけど?」


「が、頑張って説得するよ! それでも駄目だった場合【木星黒球】をチラつかせれば――」


「こ、コイツ俺の親を脅す気かよ……こ、怖っ! お前が俺に向ける情が怖ぇよ!!」



 僕が提案をすると、ダンテは露骨に顔を引き攣らせて、背もたれをギシリと鳴らした。

 そして、そのやり取りを眺めていたのであろう友人達。



「馬鹿な事を言ってるアルはさて置き……私達も他人事じゃないのよね……」  


「んにゃ……里帰りした時に母ちゃんに挑んだけど、ボコボコにされちゃったからにゃ〜……」


「確かラトラは母親に勝たなければ冒険者を続けられないんだったよな?」


「んにゃ。だから今のままじゃ冒険者を続けられそうにないにゃ……」


「私も卒業してすぐに冒険者っていうのは厳しそう。

どうにかしてパパを説得しようとしたんだけど、流石は客商売をしてるだけあって口が達者でさ……

『冒険者を続けるにしろ、一度は違う世界も見ておくべきだ』なんて言葉で丸めこまれちゃって、商人の勉強をする事を約束させられちゃったのよね……」



 家族とのやりとりを思い出してしまったようで、表情を曇らせ始める。

 しかし、各々に問題は抱えているものの、問題に対する答えは既に用意していたのだろう。



「まあ、いつまでも現実逃避してる訳にもいかねぇか。

それに、このままだとアルが物騒な魔法を放ちそうだしな……親孝行だと思って一年だけ我慢するか」


「悩んでいても状況が好転する訳じゃないからね。

約束した以上はやるしかないし、パパに認めて貰えるように頑張るしかないのよね」


「んにゃ! 要は親に認めて貰えるように頑張る! それで冒険者を続けさせて貰うにゃ!」


「単純だけど、つまりはそういう事よね」


「だな。親に認めて貰った上で、胸を張ってコーデリア先輩との約束を果たそうぜ?

つーことでリーダー! 俺達が戻るまで【黒白】は任せたからな?」


「よろしくねリーダー?」


「リーダー! ラトラちゃんが居ないからって泣くにゃよ?」



 友人達はそのような結論を出すと、曇らせた表情に笑顔という晴れ間を差した。


 僕は、そんな友人達の言葉や笑顔を見て、釣られるように笑みを溢す。

 闇属性の素養持ちであるという事実を知って尚、共に冒険者を続けようとしてくれる事。

 加えて、友人達であれば必ず親に認めて貰えるであろう事を確信し、嬉しく感じたからだ。



「――うん。皆が戻って来るまで【黒白】を守り通してみせるよ。

だから、皆も安心して実家での勉強や鍛練に励んで来てね」


「おう、任せておけ!」


「約束の日までにパパを納得させてみせるわ」


「んにゃ! なんにゃら、【黒白】をSランクにしておいてくれても良いぞ?」


「そ、それは流石に無理があるかな?」



 そして、そのようなやり取りを交わすと、僕と友人達は笑い声を上げる。


 しかし、笑い声が上がる中――



「約束……か」



 ベルトだけが、未だ表情を曇らせていた。



「ベルト? どうしたの?」



 僕は、伏し目がちなベルトに対して声を掛ける。



「ア、アルディノ……実はだな……」



 すると、ベルトは顔をゆっくりと上げ、言葉を返そうとするのだが……



「ア、アル先輩! お話があるので、少しだけお時間宜しいでしょうか?」


「はぁはぁ……走らないでって言ったのに……」



 その言葉は、額に汗を浮かべたフィデルとノア――サイオン兄妹の声によって遮られてしまう。



「話? 大丈夫だけどベルトの話を聞いた後でも良いかな?」


「ぜ、全然大丈夫です!

というか……もしかしてお話の邪魔をしてしまいましたか? す、すみませんでした!」


「いや……別に謝る必要はないさ。

アルディノ。僕の話はいいからフィデルの話を聞いてやってくれないか?」


「だけど……良いの?」


「ああ、また別の機会に話させて貰う事にするよ」


「ベルトがそう言うなら……」



 僕はベルトの態度に違和感を覚えながらも、フィデルへと顔を向ける。



「それで、話っていうのは?」


「じ、実はですね! 僕達の両親がアル先輩にお礼をしたいらしいんです!」


「お礼? なんで僕に?」


「な、なんでですかね?」


「それは、お兄ちゃんがパパとママにアル先輩の話ばかりするからでしょ?」


「ノ、ノア!? それは言うなって言っただろ!?」


「という訳で、お兄ちゃんがアル先輩の話ばかりするもんだから『そんなにお世話になってるならお礼をしなきゃな』って言ってたんですけど――ふがっ!? なにふるのおにいひゃん!?」


「ノアは黙ってろ! そ、それでですね!

先日両親から手紙が届いたのですが、今年の席位争奪戦を観戦しに来るという旨が書かれていまして、その際にお礼を兼ねて食事に招待したいとの事らしいんですよ!」


「そ、そうなんだ? でも、お礼をされるような事はしてない気がするんだけど……」


「そ、そんなことありませんよ! アル先輩には十分お世話になってます!」


「そ、そうなのかな?」


「そうです! ですので、アル先輩が大丈夫でしたら是非会って頂きたいと思っているのですが……」


「断るのも……それはそれで失礼だよね?」


「無理強いはしませんが、出来る事なら……」


「――分かったよ。折角のお誘いだし、お呼ばれされようかな?」


「あ、ありがとうございます!」


「おに〜ひゃん……そろそろはなひてよ……」


「お前は余計なこと言うから駄目だ!

それでは、早速両親に手紙を書こうと思いますので、この辺りで失礼させて頂きますね!

あっ! 細かい日時については後日報告に窺いますので!」



 フィデルは頭を下げると、小脇にノアを抱えて慌ただしく去っていく。

 その後ろ姿を見送った僕は、若干呆れながらも思わず頬を緩めてしまった。


 そうして頬を緩めていると。



「フィデルとノアって……少しアルに似てない?」



 ソフィアがそのような疑問を口にする。



「そう? 髪の色や瞳の色が同じだからかな?」


「それもあるけど、何処となく雰囲気が似てる気がするのよね。

それに、目の感じなんかもノアと似てるし」


「目が? 似てるのかな?」


「似てるわよ? 目が丸くて目尻が垂れてるところとかね」



 そう言うと、僕の目尻へと視線を向けるソフィアなのだが……



「どう? 似てる?」


「ア、アルまでこっち見なくていいのよ! て、っていうかマメな両親よね!」



 僕が目を合わせて尋ねると、慌てた様子で視線を逸らし、話題すらも逸らした。



「確かにマメだよね。お礼なんて気にしなくても良いのに……」


「で、でもまあ、お礼と言っても食事のお誘いだけだろうし、深く考えなくてもいいんじゃない?」


「少し気が引ける部分があるけど……そうすることにしようかな?

というか……フィデルの様子を見ると、誇張した話がご両親に伝わってそうで不安なんだけど?」


「ああ~……フィデルなら大袈裟に伝えてそうよね」


「ソフィアもそう思う?

はぁ……席位争奪戦も観戦しに来るみたいだし、格好悪い試合を見せないように頑張らなきゃ……」


「格好悪い試合を? なんでよ?」


「なんでって、格好悪い試合を見せちゃったら……

『あれが、フィデルの言ってたアル先輩か? 聞いてた話と違うな』

とか思われちゃいそうじゃない?」


「そういうことね。

だったら嵌められて敗退。なんて事にならないように気をつけなさいよ?」



 そう言うと、からかうように笑みを浮かべたソフィア。



「アンタ達も気を付けなさいよ?

まあ、気を付けたところで敗退することは変わらないんだけどね?」



 続けて挑発的な言葉を口にすると、勝気な眼差しを友人達へと向けた。



「あ? それはどういう意味だよ?」


「どういう意味って、アンタ達には負けないってことだけど?」


「随分と強気じゃねぇか? 俺だって負けるつもりはさらさらねぇぞ?」


「僕も負けるつもりはないな。

僕達にとって最後の席位争奪戦になるんだ。悔いを残さないよう本気で行かせて貰うよ」


「友達だからって加減しないからにゃ! ボコボコにしてやるにゃ!」



 ソフィアの言葉を切っ掛けにして、睨み合い、牽制し合う友人達。 

 ピリピリと張り詰めた空気の中で、それでも友人達は笑い合っていた。


 そして――











『――これより席位争奪戦を開催いたしますッ!!』



 僅かに時間は流れ、僕達は最後の席位争奪戦を迎えるのだった。






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






 席位争奪戦が開催される前日。

 学園の会議室には六名の姿があった。



「ほっほ、これだけ豪華な面子が集まるのも珍しいのう?」



 たっぷりと蓄えた髭を撫で、愉快そうに笑うのはテオドール。

 学園メルワ―ルの学園長であり、【賢者】の二つ名を持つ人物である。



「確かに珍しいさね。

この面子なら、今まさに【決壊】が起きてもどうにか出来ちまいそうだよ」



 テオドールの言葉に同意を示したのは、エイミー=デオキシル。

 赤茶色の巻き髪に、適度に刻まれた顔の皺。一見すると気の良さそうなおばちゃんという印象を受けるのだが、彼女の一番の特徴はそこには無い。



「っていうか……もっと大きな椅子は無かったのかい? これじゃ窮屈さね」


「一応、学園にある一番大きな椅子を用意したんじゃがのう……」



 彼女の一番の特徴はその体躯。

 優に二メートルを超え、三メートルに迫ろうかという恵まれた体躯にあった。 



「っていうか……またでかくなったんじゃない?」


「はぁ? アンタも同じ女なら、その言葉の重みを知らないとは言わせないよ?」


「う、嘘嘘! 私の気のせいだった! むしろ引きしまった感じがするよ! うん!」



 エイミーに鋭い視線を向けられ、慌てて否定の言葉を並べたのはロゼリア=ジュラ。

 白い頭髪に、顔の半分を覆う布。

 左手に付けられた鉄製の義手と、同じく左足に付けられた鉄製の義足が目立つ女性だった。 



「分かりゃあ良いんだよ?

っていうかロゼリア? 何でアンタは学園都市に来たのさ?」


「ん? 私が【肉屋】を追ってるのは知ってるよね?

その関係で近くまで来てたんだけど、席位争奪戦が近いって話を聞いたからついでに観戦しに来たって感じかな?」


「成程ね。アンタ達もそんな感じかい?」


「ああ。観戦と勧誘が目的といったところだな」



 エイミーの質問に答えたのはレオン=スクラルズ。

 唸るような低い声も特徴的だが、それよりも特徴的なのはその見た目にあった。


 腕を見ればふさふさとした体毛に覆われており、頭部を見れば金色のたてがみが伸びている。

 極めつけはその顔。その顔はまるで――というよりかは獅子そのもので、【先祖帰りの】特徴が色濃く表れている男だった。



「レオンの目的は分かったけど……」


「コオー……コオ―……」


「室内なんだし、兜を外したらどうなんだい?」


「コオー……やだ……コオー……」


「はぁ……そうかい……」



 エイミーは思わず嘆息する。

 対して、全身を甲冑で覆い、髑髏の兜を覆った人物――クウラ=セドリックは動じない。

 実際、表情を窺い知ることができないので断言は出来ないが、動じる素振りは欠片もみせなかった。



「それでアンタは? やっぱり観戦目的かい?」


「観戦といえば観戦だが……卒業する前に弟子の成長を確認しておこうと思ってな」


「弟子? アンタに弟子がいただなんて初耳だね?」


「まあ、弟子と呼べるかどうかは怪しいところだがな。

だが、僅かな時間ではあるものの面倒を見てやった子が居たのは確かだ」



 そう答えたヒューマ=サイフォンは、立派な髭が蓄えられた口元を緩める。

 加えて懐かしい思い出が蘇ったのだろう。切れ長の目を優しげに細めた。



「アンタの弟子ね……その子はなんて名前さね?」


「名前はソフィア。ソフィア=フェルマーだ」


「名前からして女の子だよね? 実力があるようならアタシの所で面倒見てやろうか?」


「【孤児院】でか? 他の者なら泣いて喜ぶかもしれないが……ソフィアの場合はどうだろうな?」


「どうしてだい?」


「あの子は努力家だったが、その努力は一人の為――どこぞの少年に向けられた努力だったからな。

今も幼い頃の気持ちを持ち続けているのであれば、いくら【孤児院】の勧誘だとしても浮気するような真似はしないと思うぞ?」


「一途だねぇ~。そういう子は強くなるし、私は嫌いじゃないよ?」



 エイミーは愉快そうに肩を揺らし、弟子を褒められたヒューマは満更でも無い様子で口ひげを弄る。

 しかし、そのようなやり取りを交わしていると。



「し、失礼します! 食事の準備が整いましたので、お部屋の移動をお願い致します」



 会議室の扉が開かれ、移動するように告げられてしまう。



「御苦労じゃったなミエル。さて各々方、話の続きは食事をとりながらでも構わないかのう?」



 テオドールが尋ねると、頷きと返事で同意を示した五名。


 そして、その姿を確認したミエルは――



「そ、それでは【女帝エイミー=デオキシル】様!

【三点欠損ロゼリア=ジュラ】様!

【獣王レオン=スクラルス】様!

【千本髑髏クウラ=セドリック】様!

【剣聖ヒューマ=サイフォン】様!

わたくしミエルが食堂まで案内させて頂きます!」



 些か緊張した様子で、Sランク冒険者達を案内するのであった。

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