第223話 ざる
「おわっ、なんだこれ!? 身体の自由が気かねぇぞ!?」
「んにゃにゃ! 重りをつけられたみたいだにゃ!」
場所は連日お世話になっている砂浜。
そう言ったのはダンテとラトラで、歯を食いしばりながら砂浜に手を着いている。
「これが【重槌】っていう魔法だね。じゃあ次は――【解放せよ】」
「こ、これは……身体から重さが消えたのか?」
「わわっ!? た、確かに軽くなったみたいだけど、重心がとりにくい感じがするわね?」
【重解】の効果を確かめるようにして、その場で飛び跳ねるベルトとソフィア。
自重が感じられないという状況に困惑しているようで、その動きからはぎこちなさが感じられた。
「これは【重解】って魔法で、対象や一定範囲の重さを軽減する魔法だね。
他にも幾つかの闇属性魔法は使えるけど……他の魔法も見てみる?」
僕は【重解】を解除すると、友人達に尋ねる。
「勿論!」
「闇属性魔法を拝める機会は少ないからな。是非見せて貰いたいところだ」
「確かに。こうやって闇属性魔法を体験する機会って貴重だものね?」
「んにゃ! そういうことだから早く次の魔法を見せてほしいにゃ!」
すると、友人達から返ってきたのは如何にも興味深々といった言葉で、僕は思わず頬を緩めてしまった。
だが、それも仕方無いといえば仕方無いことなのだろう。
何故なら、友人達と出会ってから今日まで、闇属性の素養持ちである事を打ち明けられずにいたのだ。
僕自身、心苦しさや様々な不安を抱えていたし、友人達に対しては後ろめたさを感じていた。
「なぁ! 攻撃魔法とか、格好良い魔法はないのか!?」
「んにゃ! 派手なのがあるならそれを見てみたいにゃ!」
しかし、そのような不安が杞憂であったように、友人達は変わらない態度で接してくれる。
加えて、忌避する素振りなど欠片も見せずに「闇属性魔法を体験したい」と口にし、砂浜へと手を引いてくれたのだから、頬のひとつも緩めたくなるというものだ。
だからだろう。僕はついつい嬉しくなってしまい。
「せ、折角だから、僕が考えた魔法を披露してみようかな?
危ないから岩場から離れててね。じゃあいくよ? ――【木星黒球】!」
調子に乗った僕は、両手からはみ出るくらいの球体を構築すると、岩場へと向かい放つことにした。
すると、真っ直ぐに放たれた【木星黒球】は岩場の岩を抉っていき、一つ二つと、中心に綺麗な穴が開いた岩を増やしていく。
そして、そんな光景を見た友人達の反応はというと。
「うわぁ……あの大きさでこの威力かよ……えっぐいなコレ」
「見事なまでに綺麗な断面だが……逆にそれが恐ろしいな……」
「にゃ、にゃはは……コレを向けられたらと思うとゾッとしないにゃ……」
「て、ていうか……消えるまで殆ど威力が落ちてなかったように見えたんだけど?」
……どうやら、引かせてしまったらしく、僕とは対照的に頬を引き攣らせていた。
だが、闇属性魔法に対する興味を失ったという訳では無かったようで。
「いや~少し驚いちまったけど、初めて見る魔法はやっぱ面白いわ!」
「ああ、そうだな。アルディノが大丈夫なら、他の魔法も見せては貰えないか?」
「他の魔法も良いけど、私はもう一回【重解】を掛けて貰いたいかも?」
「ウチも体験してないから掛けて貰いたいにゃ!
ってことで、どんどんいってみよ~!」
やはり興味深々といった言葉を口にする友人達。
僕はもう一度笑みを溢すと、友人達の期待に応えるべく、魔力が枯渇するまで闇属性魔法を披露することになるのだった。
その後、魔力が枯渇したことによりお披露目はお開きとなる。
気が付けば太陽は沈みつつあり、水平線の向こうから、空と海を橙色に染め上げていた。
「それでは、そろそろ帰るとしようか」
メーテの言葉に頷くと、浜辺の家へと帰宅することになった僕達。
時間も時間ということもあり、家に着いた僕達は夕食の準備へと取り掛かる。
どうやら、今日の料理はメーテとソフィアが担当するようで、他の人達はテーブルの上の片付けや食器を並べ終えると、各々が夕食までの自由な時間を過ごし始める。
そうして自由な時間を過ごしていると、小気味よい包丁の音が耳へと届き、香ってくる匂いに、自然と視線がキッチンへと誘導されてしまう。
恐らくだが、本日の献立は魚の煮込み料理がメインになるのだろう。
キッチンでは、大きめの鍋が火に掛けられており、ぶつ切りにされた白身魚やトマト。斜め切りにされたアスパラや、コロンとした小さなタマネギなどが鍋の中へと消えていく。
加えて、葡萄酒が隠し味として使用されてるのだろうか?
ぐつぐとと鍋が煮立つ音や、食欲をそそる香りと共に、葡萄酒の甘酸っぱい香りがふわりと届くのだが……
「う~ん美味しい! メーテっちの用意してくれたワインは最高よね~!」
ただののんべえが隣に居ただけのようだ。
「今日も飲むんですか? あんまり飲み過ぎないで下さいね?」
僕は、そんなマリベルさんの姿を見て、思わず小言を口にしてしまう。
何故なら、合宿が始まってからというもの、ほぼ毎日のようにお酒を嗜んでいたからだ。
流石に飲み過ぎなような気がするし、お酒を飲む度に絡まれているのだから小言の一つも言いたくなってしまう。
しかし、お小言をいわれた当のマリベルさんはというと。
「まあ、飲み過ぎないようにはするけどさぁ……
それより、今日はアルにとって嬉しい日になったんでしょ?
だったら堅いこと言ってないでアルも飲んじゃいなさいよ? お祝いってことにしてさ」
そう言ってグラスを手渡し、僕のグラスに葡萄酒を満たしていく。
「た、確かに嬉しい日にはなりましたけど、流石に飲酒は……
それに、法律上では十五歳未満の飲酒は禁じられていますし……」
「それは前にも説明したでしょ? 飲酒の法律は領地によって異なるってさ。
そもそもに此処は無人島なんでしょ? 飲酒についての法律なんて無いんじゃないかしら?
ねぇ、メーテっち。そこのところはどうなってるの?」
「ん? まあ、此処は何処の領地にも属さない場所だからな。
当然、法律が存在しない以上は、飲酒に関しての制限も存在しない。
飲酒するもしないも、自分の持つ道徳と照らし合わせ、好きにしたら良いと思うぞ?」
「って、ことらしいわよ?
まあ、無理にとは言わないけど、こういう日くらいは飲んじゃっても罰は当たらないんじゃない?」
マリベルさんはからかうような笑みを僕に向けると、グラスの中で葡萄酒を揺らす。
その態度はまるで人を食ったような態度ではあったものの、いってしまえば普段通りの態度で……
本当に今更ではあるのだが、マリベルさんもまた、変わらない態度で接してくれている事に今更ながらに気付かされた。
そして、それと同時に気付いたのは、友人達の反応ばかりに気を取られてしまい、マリベルさんの優しさに気付けなかった己の至らなさ。
「マ、マリベルさん。先程の話なんですが――」
僕はその事に気付くと、変わらない態度で接してくれているマリベルさんに対して、謝罪とお礼の言葉を口にしようとしたのだが……
「先程の話? 言っとくけど私から言うことなんて何もないわよ?
だから、アンタが何か言う必要もないし、私に対して気を遣う必要も無い。
そんな事よりも、このグラスに注がれた葡萄酒を飲むのか?飲まないのか? そっちの方が重要よ」
マリベルさんは僕の言葉を遮ると、グラスの縁を指でコツコツと叩いた。
続けて「さあ、どうする?」と、笑みを浮かべながら尋ねるマリベルさん。
そのように尋ねられてしまったら、僕としては断れる道理がある筈もなく……
「なんだか嬉しいような悔しいような……
感謝の気持ちとして今日はお付き合いさせて頂きますね……」
「あら、素直になったじゃない?
まあ、酔い潰れない程度にしてあげるから安心しなさいな?」
僕は、マリベルさんに付き合ってお酒を交わすことになるのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
テーブルの上には大きめの鍋が置かれており、鍋の中ではぶつ切りにされた白身魚と、色とりどりの野菜が煮込まれている。
そんな鍋の隣へと視線を移してみれば――余程お気にめしたのだろう。
置かれた大皿の上には、薄切りにされたルヴィザルルールが、円を描くようにして綺麗に並べられている。
更に視線を移してみれば、皆で取り分けても余るくらいに、こんもりと盛られたサラダ。
とろとろに溶けたチーズがかけられた、蒸かした芋が並べられている。
その他にも、オリーブや瓜の酢漬け。
蔦で編まれた籠の中には、食べやすい大きさに切られたバゲットなどが盛られていた。
そして、そんな料理を前にした私達の手には、お酒で満たされたグラスが握られており――
「マリベルとアルが飲むようだし、折角だから私達も酒を頂くことにしようじゃないか。
それに、今日はアルにとっても、そして私にとっても嬉しい日となったからな。
祝宴というのも少し違う気はするが、今日ばかりは少しくらい羽目を外しても問題はないだろう。
……まあ、長話もなんだし、グダグダと話していても料理が冷めるだけだからな。
兎にも角にもこの時間を楽しむことにするとしようか? それでは――乾杯」
「「「乾杯!」」」
メーテさんの音頭を切っ掛けに、夕食――もとい、酒盛りが始められることになった。
そうして始まった酒盛りなんだけど……
「にゃはは! やっぱりお酒を飲むとフワフワして気持ちいにゃ~」
「確かに独特の高揚感はあるな。悪くない気分だ」
お酒に強い訳でも無く、弱い訳でもないラトラとベルトは上機嫌だし。
「らからぁ~。コップ一杯れ酔う訳ないらろぉ~」
「アル君が三人居まふ……これは贅沢れすね……ふ、ふふふっ」
お酒に強くないダンテとミエルさんは、グラス一杯と少しでこの始末だ。
そして、お酒に強い――または酒豪に分類されるのであろう他の四人。
「やっぱり、皆で飲むのは楽しいわね」
「うんうん。しっとり飲むのも良いけど、こうやって飲むのもまた違う良さがあるわよね~」
ウルフさんとマリベルさんも多少は酔っているんだと思う。
そんな会話を交わす二人の顔は、少しだけ朱を帯びている。
「嬉しいことがあったからだろうな。どうしても酒が進んでしまう」
「分かるかも。なんか、前飲んだ時よりもお酒がスッと入ってくる感じがするよ」
先程メーテさんが口にした、「嬉しい日」という言葉は本心だったのだろう。
メーテさんとアルは、楽しそうにお酒を飲み進めており、少しだけトロンとした表情を浮かべていた。
しかし、そんな中。
「ふぐぅ……全然酔えないんだけど……」
そのような愚痴を漏らす者もいた。
では、それは誰かというと――それはソフィア=フェルマー。
そう。私である。
皆がお酒に酔って楽しく会話を交わす中、どういう訳か、私だけがお酒に酔えずにいた。
「なんで!? 何で私だけ酔えないの!?」
別にちびちびと飲んでいた訳ではない。
以前飲んだ時もまったく酔えなかったので、今回こそは酔うという感覚を知る為に、酒豪と呼ばれる人達と同じようなペースで飲んでいたのだ。
だというのに、頬が火照るような感覚も無いし、フワフワするような感覚など微塵も感じられない。
なんなら、本当にお酒を飲んでいるのか疑問に思ってしまうほどだ。
そうして疑問に思っていると。
「やべぇ……俺、酒に強くなったかも」
ダンテが、グラスを空にしてそのような事をのたまうのだが……
それはただの水なのだから当然だ。
流石に、グラス一杯で酔う人に対してお酒を飲ませ続ける訳にはいかない。
だけど、多くお酒を飲めることが格好良いとでも思っているようで、お酒に対して妙な執着をみせていた。
そんなダンテを見兼ねた私は、グラス一杯と少しを飲み干したところで、お酒と称して水を注いであげることにしたのだけど……
「この喉が焼けるような感覚……へへっ、堪んねぇな」
水を飲んでいるだけだというのに、順調に酔いを加速させるダンテが腹立たしくも羨ましい。
だからだろう。
「メ、メーテさん。もっと強いお酒ってあったりします?」
私は酔うという感覚をどうしても体験してみたくて、メーテさんに我儘を言ってしまう。
メーテさんは、そんな私の我儘を聞くと、困ったように頬を掻くのだけど。
「ソフィアも結構飲んでるだろうに? 酔ってはいないのか?」
「全然なんです……これっぽっちも酔えないんです……」
「そんなまさか……だとしたら相当なざるだぞ?
だがしかし……頬も赤くなってないし、目が据わっている訳でも無いな……」
「ならないんですよ……だから、それを体験してみたくて」
「ほ、本当に酔ってなさそうだな……
あまり酒精の強い酒は飲ませたくは無いんが……まあ、一人だけ素面というのも可哀想な話か?」
メーテさんは私の表情を見ると、本当に酔っていないと判断したのだろう。
棚から一本の酒瓶を取り出すと、私の前にトンと置いた。
「一応、これが家にある一番強い酒だ。
ドワーフ愛用の禁制の酒だから、随分と酒精が強く癖も強い。
だが……本当に飲むのか?」
「ぜ、是非お願いします!」
「そこまで言うのであれば……だが、決して無理はするなよ?
口に合わない、キツイと思ったら飲み込まずに吐き出すようにするんだぞ?」
「わ、分かりました!」
私がそう答えると、メーテさんは瓶の蓋をポンと抜く。
すると、強い酒精が鼻をツンとつき、私は確信する。
これなら絶対に酔えると。
トクトクと音を立て、ドワーフ愛用の禁制の酒がグラスに注がれる。
一度に多くは良くないと考えたようで、グラスの四分の一ほどで止められてしまったけど、それでも我儘を聞いてくれたことに感謝しながらグラスを口元へと運んだ。
その瞬間、強い酒精が鼻の奥を焼くような感覚を憶える。
加えて、まだ口元へと運んだだけだというのに、喉の奥までも焼かれるような感覚を憶えた。
その為、私は改めて確信する。
このお酒ならば確実に酔えると。
そして、そのような確信を得た私は、喉の奥へとお酒を流し込む。
それと同時に私を襲ったのは、先程感じた焼けるような感覚を何倍にも濃くしたような熱さ。
まるで胃の奥までも焼けていくような感覚は、私の確信をより確かなものにした。
したのだが……しただけだった。
それから数分が経過しても、数十分が経過しても変化が訪れる事は無かった。
その間もメーテさん達は心配そうな視線を送ったりしてくれていたのだけど、私は酔うことが適わなかった。
私は大きく項垂れる。
恐らくだけど、私には酒精を無効にしてしまうような耐性があるのだろう。
「ふぐぅ……」
ゆえに私は泣いた。何故なら。
『わたし酔っちゃったかも?』
とか
『え? 顔が赤くなってる? 恥ずかしいからあんまり見ないでよ~』
などという女の子らしいやり取りが、私には関係ないものであると知ったからだ。
そうして泣いていると、そんな私の姿を見兼ねたのだろう。
「ま、まあ……アレだ!
もしかしたら酔えるかもしれないし、この酒をもう少し飲んでみたらどうだ?」
メーテさんは励ましの言葉を掛けると、トクトクとグラスにお酒を注ぐ。
だけど、内心では酔わない体質であると理解しているんだと思う。
なみなみと注がれたお酒は、これだけ飲んでも酔わないであろという信頼の表れであり、「これでも酔えないなら諦めろ」と言っているかのようだった。
「んぐっんぐっ!」
「ソ、ソフィア!? な、何をしてるんだ!?」
だから私は一気に飲んだ。
お酒を一気に飲むことは危険だと分かっている。
だけど、こうでもしない限り、私は酔えないのでは無いかと思ったからだ。
しかし、その結果はというと……
「一気に飲んだら、大人でも意識が混濁するというのに……
……こ、この酒はソフィアにやるから好きに飲むといい」
半分以上残っている酒瓶を、メーテさんがそっと差し出す結果に終わってしまった。
そして、酒瓶を渡された私が一人で落ち込んでいると――
「つーかアル~。アルが闇属性の素養持ちで、差別を無くひたいって思ってるのは分かったけろよ~。
そもそも、どうしてそう思ったんら? やっぱり居心地が悪いからか?」
水で泥酔しているダンテが、無遠慮な質問をする。
そんな質問をされたアルは、少し困ったような表情を浮かべるのだけど、お酒が口を軽くさせたのだろう。
「居心地が悪いうのは少し違うような気がするけど……
やっぱり、素養の事を伝えられないのは皆を騙しているようで少し気が引けるかな?
それで、何で差別を無くしたいかだっけ?
まあ、色々な思いはあるけど、一番の理由をあげるとしたら――僕は幸せな結末が見たいんだ」
アルは、お酒で染まった頬を、更に赤く染めながら独白を始めた。
「皆も【禍事を歌う魔女】のお話は知ってるよね?
あのお話では恐ろしい魔女として描かれてるけど、僕は、本当は優しい魔女だと思ってるんだ。
正直、荒唐無稽な話だろうし、何を言ってるんだって思われるかもしれないけど……
もしかしたら王都を襲った爆発は【禍事を歌う魔女】が起こしたものじゃないのかもしれない。
住民を襲ったって話だけど、爆発から逃がす為に敢えて悪役を演じたのかもしれない。
だとしたら、酷く悲しい物語だし、寂しい結末でしょ?
だから僕は、そんな寂しい結末を変えたいんだ。
【禍事を歌う魔女】という女性の物語に、ハッピーエンドという文字を綴れるようにね」
アルは酔っているのだろうか?
目はトロンとしているし、確実に酔っているんだと思う。
だけど……だとしても、おとぎ話の結末を変えたいなんて話は荒唐無稽だ。
実際、みんなもそう思っているのだろう。
「アル酔ってんのか? 俺を見習って酒に強くならないと駄目らぞ?」
「おとぎ話の結末を変えるか……
まあ、アルディノらしいといえばアルディノらしいのか?」
「にゃはは! アルが酔っぱらって変なこと言ってるにゃ!」
皆はそのような言葉を口にすると、呆れるような笑みをアルへと向ける。
だけど……
「ふふっ、そう思われちゃうのも仕方ないのかな?
でも、僕は本気だよ? まあ、どうすれば良いのかは今だ模索中だけどね……」
そう言ったアルの表情は、お酒も相俟ってか、酷く優しげな表情で……
まるで、知っている誰かの幸せを心から願っているかのような――そんな優しい表情だった。
そして、その表情を見た私は「まさか」という疑念を抱き、メーテさんに視線を向ける。
「いや……流石に無いわよね?」
しかし、そう呟くとすぐさま疑念を霧散させた。
だってそうだろう。
物語で語られる【禍事を歌う魔女】は恐ろしい存在であり、恐怖の象徴だ。
対してメーテさんは、確かに得体の知れない部分は多々あるけど、暖かみのある優しい人で【禍事を歌う魔女】という存在と、どう足掻いても結びつけることができない。
従って、私は抱いた疑念を霧散させることにするのだけれど……
「ア、アルゥ……」
何故か涙目になるメーテさん。
「本当、優しい子に育ったわね」
ウルフさんもそう呟くと何故か目尻に涙を貯める。
そして、そんな二人の様子を見た私は察してしまう。
恐らくではあるが、メーテさんが【禍事を歌う魔女】であるという事実を。
要するに、アルは憶測であるように話していたけど、アルが話した事は事実なのだろう。
だから、間違った形で語られているおとぎ話の結末を、アルは変えたいと考えているのだと思う。
そして、それが【禍事を歌う魔女】――
いや、他でも無いメーテさんの為だとしたら……
そう考えると、アルの【願い】の動機や言葉の意味が繋がってしまい、私の中でメーテさんが【禍事を歌う魔女】であるという事実が、より確かなものになってしまう。
それと同時に……
「なんだか、頭が痛くなって来たわ……」
酔っている訳でもないのに頭が痛くなってしまう。
「っていうか……私だけしか気付いてない感じよね?」
更には、酔っている所為か、誰ひとり気付いていないという状況を知り――
「はぁ……要は私が黙ってれば問題無いって訳ね……」
気付いてしまった真実を、そっと胸にしまうのだった。
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