第222話 打ち明けた秘密

 元より、合宿期間中に打ち明けるつもりではいた。

 しかし、皆が合宿というご褒美を楽しんでいる姿を見る度に――


 打ち明けたら、折角の気分に水を差してしまうんじゃないだろうか?

 だとしたら、合宿終了間際に打ち明けるべきなんじゃないだろうか?


 そのような考えが頭をよぎってしまい、なかなか打ち明けられずにいた。


 ……いや、違う。そうじゃない。

 本当は、ただただ怖かっただけだ。


 素養を打ち明けることで、友人達の態度が変わってしまうかもしれない。

 今まで築いてきた関係が崩れてしまい、僕の元から皆が離れてしまうかもしれない。


 そう思うと怖くて、恐ろしくて……

 都合の良い言葉で、自分に言い訳をしていただけなのだろう。


 その証拠に、僕の手のひらにはぐっしょりと汗が滲み、痛いくらいに心臓が脈打っている。

 加えて、喉の奥に何かが詰まったような閉塞感を憶えており、話を切り出すどころか、言葉を発することさえままならないでいた。


 そうしていると――



「お、おっとすまんな……」



 メーテが手を滑らせたようで、ティースプーンがカランと床に転がる。

 僕は転がったティースプーンへと視線を向けると、それを拾おうとするメーテにも視線を向けるのだが……



「手が……震えてる?」



 メーテの指先を見た僕は、思わずそんな言葉を呟いてしまい。



「ああ、そうか……」



 続けてそう呟くと、メーテの心境を察してしまう。


 僕がこれから打ち明けようとしているのは、闇属性の素養持ちという事実であるのだが、それはメーテにとっても無関係ではない。


 正直、僕からすればメーテには非が無いと思っているし、背負い込むのは間違ってると考えている。

 しかし、メーテはそのように考えてはおらず、闇属性の素養持ちが置かれている現状というのは、自分の行いの結果であり、自分に責任があると考えている事を知っていた。


 従って、僕が闇属性の素養持ちである事実を打ち明け、忌避されてしまったとしたら……

 それは、忌避されてしまう現状を作りだしてしまった自分の責任であり、きっと自分の罪であるとメーテは考えてしまうのだろう。


 加えて、もしそのような状況になってしまった場合。

 罪であると突きつけるのが可愛がってきた子供達となるのだから、心中穏やかでいられる筈も無い。


 ……だからこそ、メーテは恐れ。

 ……だからこそ、メーテの手は震えているのだろう。



「すぅー……はぁー……」



 僕はそんなメーテの心中を察すると、大きく息を吸い、大きく息を吐く。

 すると、痛いくらいに脈打っていた心臓は一定の感覚を取り戻していき、喉の奥に感じていた閉塞感も徐々に解消されていくのが分かる。



「んっんっ。あ〜あ〜」



 僕は咳払いをして喉の調子を確認すると、声に出すことで再確認をするのだが……

 確認をすると共に、自らの不甲斐なさを恥じていた。


 それもそうだろう。

 僕も打ち明けるのが怖いと感じたが、メーテだって怖いと感じていたのだ。

 だというのに、メーテはそれに堪え、間の抜けた会話を交わすことで、僕が打ち明けやすい状況を整えてくれたのだ。

 そんなメーテの気持ちに先程まで気付けなかったのだから恥じたくもなる。


 だから僕は。



「メーテ。気付いてあげられなくてごめんね?

それとウルフにも気を遣わせちゃったみたいだね……二人とも、本当にありがとう」



 自分の不甲斐なさを恥じながらも、謝罪とお礼の言葉を伝えると。



「――皆に、聞いて欲しい話があるんだ」 



 再び高鳴り始める鼓動を抑えつつ、秘密を打ち明ける為に口を開くのだった。







「いきなり核心から話しても良いんだけど……

まずは今後の進路や、僕がこれからどうして行きたいのかを話させて貰おうかな」


「核心? 急にあらたまってどうしたんだよ?

つーか今後の進路? アルは卒業したら迷宮都市を目指しながら冒険者を続けるつもりなんだろ?

そんで向こうに着いてからは、探索者としても活動を始めるんだったか?」


「うん。それは合ってるけど……その目的を話してなかったよね?」


「……そういえば、確かに聞いてねぇかもな?

まあ、アルが冒険者を続けるのは当たり前のことみたいに思ってたけど……

よくよく考えれば、それだけの実力があれば、騎士だろうがなんだろうが引く手数多だろうしな」



 僕が話を始めると、首を傾げながら疑問を口にしたダンテ。



「で、目的ってのは?」



 興味深そうな表情を向けると、そのように尋ねた。



「正直、目的というよりかは目標っていうのかな?

いや、それよりも【願い】と言った方がしっくりくるんだけど、僕は世界の認識を変えたいと考えてるんだ」


「はぁ? 世界の認識?」


「うん。大仰な言い方かもしれないけど、この世界が持っている闇属性の素養持ちに対する認識――差別を無くしたいと考えてるんだよね」


「差別を無くす? それがアルディノの願いなのか?」



 僕がダンテに疑問に答えると、今度はベルトから尋ねられる。



「そうだね。それが僕の目的であり【願い】かな」


「それは大層な願いだな……だが、分かっているのか?

その認識を変えるのには相当な覚悟が必要となるぞ?

現にこの国では、闇属性の素養持ちというのは忌避される存在だ。

それに、そのような境遇にある所為か、道を踏み外す者も多く、一概に差別とも言い切れない部分もある」


「覚悟が必要なことは分かってる。その為に僕は冒険者を続けるんだ」


「いまいち話が繋がらないな……どうして差別を無くす事と、冒険者を続けることが繋がるんだ?」


「正直、僕は要領も良くないし、驚くほど頭が良い訳じゃない。所詮は人並みだ。

そんな僕が、人より自慢できることがあるとすれば、それは幼い頃から鍛えられた魔法や技くらいだからね。

だから、冒険者や探索者を続けることで腕を磨いていき、多くの人達に認めて貰えるような――発言を無視する事ができないような人物になれたらと考えているんだ。

まあ、凄く単純で馬鹿げた話かもしれないけどさ……」


「要は、冒険者として名をあげることで、世間に対する影響力を得るということか……

本当に単純だな……」


「にゃはっ! 単純だけど分かりやすいからウチは好きだにゃ〜。

でも、にゃんで、冒険者にゃんだ? 騎士団とかでもそれは可能なんじゃにゃいか?」



 若干の呆れ顔を浮かべるベルト。ベルトから疑問を引き継ぐ形でラトラが尋ねる。



「確かに騎士団に身を置けば、実力だけは磨かれるんだと思う。

だけど、グレゴ先輩の話によれば、騎士団っていうのは家柄を尊重するみたいで、貴族以外が出世するには難しい場所みたいなんだ。

それだと、僕が出世する可能性も低いし、求める影響力を得られる可能性も低いんじゃないかと思ってさ。

まあ、それも僕の努力次第なのかもしれないけど……僕はこの国の侯爵様に嫌われてるだろうからね……」


「ああ〜……迷宮都市で、ランドルの爺ちゃんと揉めたとか言ってたにゃ〜。

確かに侯爵様に目を付けられたら、出世するのは難しそうだよにゃ〜」


「そういうことだね。だったら冒険者として名をあげる方が可能性は高そうでしょ?」


「にゃるほどにゃ〜」



 騎士団を選ばなかった理由を聞き、納得するように頷くラトラ。

 しかし、そんな会話を交わしていると、そもそもの理由というものに疑問を持ったのだろう。



「つーか、アルの目的は分かったけどよ……アルがそうまでする必要があるのか?

確かに偏見とか差別を無くしたいってのは立派なのかもしれねぇけど、アルがそうする理由が俺にはいまいち分からねぇんだよな?」



 ダンテは眉根に皺を寄せながらそう尋ねた。


 そして、その疑問の答えこそが打ち明けるべき秘密であり、僕が今まで伝えられなかった秘密だ。

 その為、緊張の所為からか喉が渇いてしまい、喉をゴクリと鳴らしてしまう。

 更には、喉を鳴らすと同時に、言葉まで飲み込んでしまいそうになるのだが……



「それは……僕自身が闇属性の素養持ちだからだよ」



 言葉を飲み込みそうになるのをグッと堪えると、僕は秘密を打ち明けた。



「……アルが素養持ち? 闇属性のか?」


「うん……ダンテが言うように、僕には闇属性の素養があるんだ。

だから。素養持ちである僕が多くの人に認められる事で、闇属性の素養持ちに対する偏見や差別を無くせるんじゃないかと考えているんだ。

ダンテ、皆、今まで黙っててごめんね……」


「……」



 ダンテは僕の謝罪の言葉に答えなかった。

 それは友人達も同様のようで、場に沈黙が流れてしまう。


 それは実際には数秒なのかもしれない。

 しかし、今の僕からすれば数分。いや、それ以上に長く感じる沈黙で……


 そして……それが友人達の答えなのだろう。

 要は闇属性の素養持ちというのは忌避される存在で、受け入れて貰うことが出来なかったのだ。

 だから友人達は、無言という形で返事を返した。 

 受け入れることが出来ないという意志を、無言という形で返したのだろう。


 僕はそのように判断すると、嬉しくもなく、楽しくもないのに笑みを浮かべてしまう。



「は、ははっ……ご、ごめんね? 急にこんな話を聞かせたら迷惑だよね?」



 恐らく、僕の表情は驚くほどに引き攣っているのだろう。

 だけど、笑顔でも浮かべていなければ、精神が保てそうに無い。

 だから僕は、引き攣った笑顔を浮かべたまま、友人達に謝罪の言葉を告げた。


 告げたのだが……



「別に迷惑じゃねぇよ……」


「え?」


「別に迷惑じゃねぇって言ってんだよッ!」



 僕はダンテに怒鳴られてしまう。



「あのな! 俺達はお前にいつも驚かされてんだぞ!?

それを今更、闇属性の素養持ちだって聞かされたくらいで驚きやしねぇよ!」



 更に声を荒げると、友人達に視線を配っていくダンテ。



「なぁ? お前達だってそうだろ?」


「まあ、多少は驚かされたが、アルディノに驚かされるのはいつものことだしな」


「んにゃ! むしろ驚きとしては弱い方かにゃ?」


「……まあ、私は知ってたしね」


「は? 何でソフィアが知ってんだよ!?」


「むしろ何で気付かないのよ?

オークキングと戦った時なんて私達を守るために闇属性魔法使ってたじゃない?」


「そ、そうだったのか? お、おいベルトは気付いてたのか?」


「い、いや、知らなかった……ラトラは?」


「ウ、ウチも知らなかったにゃ……」



 友人達とそのような会話を交わすと、再び僕へと視線を向ける。



「ま、まあ、それは兎も角。

あまりにも深刻そうな面してるから、反応を返すのが遅れちまったけどよ。

正直な話、俺からすれば素養を持っていようが持っていまいが興味ない話なんだわ」


「興味が無い……?」


「ああ? だってアルはアルだろ?」



 ダンテがそう言うと、同意を示すようにして友人達が口を開く。



「確かに闇属性の素養持ちは忌避される傾向にあるのは事実だが……

だからといって、アルディノの事を否定し、今までの関係を覆すような愚か者ではないと自負しているつもりだ」


「まあ、それもこの国での風潮みたいなところがあるしにゃ〜。

獣人国出身のウチからすれば、アルがどんな素養を持っていようと気にならないかにゃ〜」


「結局は悪しき風評よね?

忌避される闇属性の素養を持っていてもアルみたいに穏やかな人もいるし、持っていないとしても【落書き】みたいなヤツもいる。

風評に踊らされることなく個人として見る事が大切なのかもね?」



 そして、そんな言葉を口にした友人達。

 ダンテはそんな友人達の言葉を聞き終えると。



「つーわけだ。

まあ、風評が風評なだけに、打ち明けることに対して色々と思う部分があったんだとは思うけどよ……

俺達を信用してくれたから話してくれたんだろ? だったら、迷惑だとか言うんじゃねぇよ?

それに、気持ちわりぃ笑顔を張りつけて俺達のご機嫌を取るような真似もすんじゃねぇ。

俺達がお前を信用しているように、お前は俺達を信用してドンと胸を張ってりゃ良いんだよ」



 拳を作り、僕の胸をトンと叩く。


 僕は、叩かれた胸の痛み。

 内側から湧き上がってくる胸の痛みに耐える事が出来ず――



「僕は……本当に馬鹿だな……」



 そう呟くと、喉や鼻の奥に痛みを感じ始めてしまう。



「は? お前泣いてんのかよ!?」


「泣いて……ふぐぅ……ないし!」


「な、泣いてるじゃないか……」


「にゃはは! おらおら! もっと泣かしてやるから掛かってくるにゃ!」


「ちょっ……やめなさいよラトラ! ……ふぐぅ」


「……何でソフィアまで泣いてんだよ?」


「わ、分がらないわよ! なんがアルの事を見でたら涙が……」



 そして、そのような会話を交わす僕と友人達。


 そんな僕達の横では――



「これが巡り合わせというものなのかもな。

アルとその周りにいる者達には救われてばかりだよ」


「この子達もそうだし、【女王の靴】の皆も、素養の事を知っても変わらずに接してくれたものね?」


「ああ、本当に優しい隣人に恵まれているんだろうな」


「優しい隣人? それって私達も入ってる?」


「勿論だ。ミエルは以前から素養の事は知っていて、変わらずに接してくれているし……

マリベルもそんな事を気にするような女じゃないだろ?」


「分かってるじゃない? まあ、差別はしないけど区別はしたりするけどね?」


「それは必要なことでもあるからな。本当、良い女だよマリベルは」


「でしょ?」



 笑みを浮かべたメーテが、朗らかに会話を交わすのだった。

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