第220話 あれは駄目なやつです

 こちらに到着してから数時間が経過し、太陽は真上へと差し掛かろうとしている。

 そんな中、波打ち際で遊ぶみんなの姿を横目に、僕とメーテは竈の制作に取り掛かっていた。



「そう言えば、この場所って?」



 僕は竈用の石を置くと、疑問に思っていた事をメーテに尋ねる。



「ん? この場所か?

この場所は私の隠れ家のひとつでな、賞金稼ぎに追われていた頃に見つけた島だ。

まあ、決して大きくは無いし、走れば二十分程で一周出来てしまうような小さな島ではあるが、湧水に野草。果物や魚介類なんかも豊富でな。中々に過ごしやすい場所だぞ?」



 メーテはそう答えると、竈用の石をドンと砂の上に置いた。



「要するに無人島って事かな?

それにしては随分と整備されてるみたいだけど……これはメーテが一人でやったの?」


「ああ、そうだ。隠れ家といっても住みにくいのは嫌だからな。

歩きにくいと思えば道を均すし、水が汲みにくいと思えば水路も引く。

それに、ゆっくり眠りたいと思えば、安心して眠れる家を建てようと思うのは当然のことだろ?」


「当然……なのかな?」



 僕は当然という言葉を受けて、浜辺沿いへと視線を向ける。

 すると、そこにあったのは白い外壁にオレンジ色の屋根がのっている建物。

 如何にも海沿いの家。といった感じの小洒落た一軒家がそこには建っていた。



「隠れ家だったんだよね? ……それにしては派手じゃないかな?」 


「まあ、言われてみれば派手なのかもしれないな。

だが、建築というものは周囲の景観と調和させた方が美しいと私は考えている。

隠れ家だからといって、景観にそぐわない物を建てたくは無かったんだよ」


「その気持ちは理解できなくも無いけど……」



 自分で言葉にしたように、メーテの気持ちは理解できなくはなかった。

 極端な話、この場所に雪山で見るようなロッジが建っていたら、きっと違和感を憶えるのだろう。


 とはいえ、やはり隠れ家と呼ぶにはやはり派手すぎるようにも思える。

 景観との調和が大切なのは理解できるし、浜辺の家や森の家を見れば、建築に対するメーテなりのこだわりがあるというのも理解できるのだが……

 


「でも、これだけ派手だと見つかったりしたんじゃないの?」

 

「賞金稼ぎにか?」


「うん。危ない目に会ったりしなかった?」



 過去の話であり、こうして話をしているのだから杞憂でしか無いことは充分に分かっている。

 分かってはいるものの、当時の状況を考えると、どうしても気掛かりに思ってしまうのだ。

 

 しかし、そんな不安を他所に、ニヤリとした笑みを浮かべるメーテ。


 

「アル。私の名前を呼んでみろ?」


「メーテ……メーティー=メルワール?」


「つまりはそういうことだ」


「へ?」



 僕は一瞬意味が理解できずに間の抜けた声を漏らしてしまうのだが、すぐさま理解する。

 要は、『私を誰だと思っているんだ?』ということなのだろう。


 そう思ってメーテの顔を見れば、自信に満ちているというか……不遜というか……

 そのような表情を僕へと向けており、悔しいことに妙な安心感を憶えてしまう。


 

「今も昔もメーテはメーテっていうことかな……」

 


 僕は「はぁ」と息を吐くと、降参の意味を込めてそんな言葉を呟くのだが……



「馬鹿をいうな? これでも衰えた方なんだぞ?」


「へ? 衰えた?」


「ああ、昔の方がより実践的な日常を過ごしていたんだから当然だろ?

まあ、昔よりは使用できる技も魔法も増えているから一概に衰えたとは言い切れない訳だが」


「は、ははっ……そうなんだ」



 やはり杞憂であったことを再確認させられ、聞かされた話に渇いた笑みを溢すのだった。





 それから僅かな時間が流れ、太陽が真上へと差しかかった頃。


 

「さて、テーブルと椅子はこんなもので構わないだろ」



 そう言ったメーテの足元には縦半分に切断された木が横たわっており、断面を上にしたものが二つ。下にしたものが二つといった感じで並べられている。

 要は、断面が上のものをテーブルとして利用し、下のものを椅子として利用するつもりなのだろう。


 

「火の具合は……ふむ、丁度良さそうだな」



 そんなテーブルの横には石の竈が作られており、その上では大きめの鉄板が熱せられている。


 更に鉄板の上へと視線を向けてみれば、新鮮な魚介類の数々。

 この海は南の方の海なのだろうか?

 少しばかり色の主張の強い魚達が並べられており、あまり美味しそうとは思えなかったのだが……


 ジュウという魚が焼けていく音や、鼻孔へと届く香ばしくも甘い脂の香り。

 そして、程良い焦げ目の下から覗いているプリプリとした肉厚な白身。

 それらに五感と食欲を刺激されてしまい、僕は思わず「くぅ」とお腹を鳴らしてしまうことになった。


 そうしていると――



「海ヤバい! 海すげー楽しい!」


「ダンテははしゃぎ過ぎだ……付き合わされる僕の身にもなってくれ」


「とかいって、岩場までの競争は結構本気だった癖によ〜」


「そ、それは、手を抜くのも悪いと思ってだな……」


「またまた、楽しいなら楽しいって素直に言えよ〜?」


「ぐっ……楽しいのは認めるが、言わされてる感じがなんだか腹立たしいな……」



 香ばしい匂いに釣られたのだろうか?

 海から上がり、なにやらイチャイチャと会話を交わすダンテとベルト。

 


「んにゃ……鼻の奥が塩っ辛いにゃ……」


「馬鹿ね……調子に乗って、高いところから飛び込んだり、宙返りなんかするからよ?」 


「んにゃ……次は鼻を摘んで飛び込むにゃ……」


「また飛び込む気なの? 耳に水が入っても知らないからね?」



 ラトラとソフィアも海から上がったようで、そのような会話を交わしながらこちらへと向かっている。



「久しぶりに海に来たけど、やっぱりこの時期の海は最高よね~。

というか、ミエルにも苦手なものがあることにちょっと驚いてるんだけど?」


「苦手ではありません……ただ単に、私の身体が水中での行動に適していないだけです」


「そ、それを苦手っていうんじゃないの?」


「いえ、苦手ではありません。ただ単に、私の身体が水中に浮かない特殊な構造なのでしょう」


「だ、だから、それを苦手って言うんじゃないの?

っていうかさ……さっき涙目になってたわよね?」


「……なっていませんが?

まあ、先程波に攫われそうになった時は死ぬかと思いましたし、それを見て笑っているマリベル様には多少なり殺意は湧きましたが……涙目にはなっていませんよ?」


「……な、なんかごめん」



 更には、マリベルさん達も海から上がったようなのだが、なんだか険悪な雰囲気を漂わせている。


 そして、そんな皆の姿を眺めていると――



「どうだ? 中々に良い出来だとは思わないか?」


「確かに良い出来だけど……僕としてはちょっと反応に困る部分があるかも?」



 メーテから声が掛かり、僕はなんともいえない苦笑いを浮かべてしまう。

 何故なら、今みんなが着用している水着というのはメーテのお手製ではあるのだが……


「どうしてだ? どれも可愛らしい水着じゃないか?」


「それはそうだけどさ……形にするのを知ってたら無難な水着だけ教えてたよ……」



 僕が教えた情報を元に、形にしているのだから複雑な気分だ。



「無難? じゃあこれも無難では無いのか?」


「えっと……まあ、無難といえば無難かな?」



 そういったメーテの姿を見れば、ホルダーネックの白いビキニを着用しており、腰にはパレオを巻いている。

 ちなみにウルフの水着はこれを黒にしたものなので、二人の水着は無難であるといえるだろう。

 まあ、この世界の基準からしたら疑わしいところではあるが……


 などと考えていると、メーテから声が掛かる。



「では、アル達男性陣は……まあ、いうまでも無く無難か」


「こっちでも似てるものはあるみたいだしね」



 ダンテとベルトに視線を向ければ、サーフパンツを着用している。

 一応、男性用のきわどい水着があることを教えていたので、それを用意されていた場合、断固着用を拒否していただろう。 


 その後も、メーテはアレはどうだ?コレはどうだ?と質問を繰り返す。

 


「ラトラはどうだ?」


「チューブトップにパンツを合わせてる感じだから大丈夫じゃないかな?」


「マリベルは……無難そうだな?」


「そうだね。花をあしらったワンピースタイプの水着だしね」


「ソフィアはどうだ?」


「ソフィアは……赤いオフショルダーのビキニだから、髪色とも合ってて可愛いらしいんじゃないかな?」


「おやおや? ソフィアの感想は随分と饒舌のようだな?」


「へ? い、いや気のせいじゃないかな!」

 


 メーテは僕の反応を見ると、からかうようにくつくつと笑う。

 そして、ひとしきり笑い終えたところで質問へと戻るのだが……



「じゃあミエルは――」


「あれは駄目なやつです」



 ミエルさんの話を振られた瞬間、僕は食い気味で返答を返した。


 何故ならば、ミエルさんが着用している水着というのは学校指定のアレだ。

 しかもご丁寧なことに、ミエルと書かれた布が張り付けてあるのだから、変に腹立たしい。


 まあ、メーテに聞かされた際に、教えてしまった僕が悪いのかもしれないが……

 それにしたって、他にも色々な水着があることを教えたのに、敢えてソレを選択したメーテの神経が分からないし。

 女性陣に関しては各々の趣味を考慮して、形の違う水着を二着ほど用意していたという話なのに、敢えてソレを選んだミエルさんの神経が分からなかった。


 従って――この人狙ってやってるんじゃないだろうか?


 などという邪推をしてしまうのだが……



「ア、アル君……そんなに見られたら少し恥ずかしいです」



 指でクルクルと髪を巻きながら、恥じらうミエルさんの姿をみて。


 ……やっぱり、この人狙ってやってるんじゃないだろうか?

 

 そのように思ってしまうのだった。






 その後、僕達は昼食を取り始める。



「どうだ? 楽しんでいるか?」


「うっふ! ふげー楽ひいっふ!」



 メーテが尋ねると、頬を膨らませながら返事を返すダンテ。

 海水で濡れた髪を撫でつけると、手に持った焼き魚に豪快にかぶりつく。


 

「そいつは良かった。

ほらベルト、これなんてもう焼けてるぞ? 取ってやるから皿を貸してみろ」


「は、はい! ありがとうございます」


「お前達もまだまだ食べられるんだろ?

どんどん焼いてやるから遠慮なく食べるんだぞ?」


「んにゃ! 遠慮なくどんどん食べるにゃ!」


「ラトラは少し遠慮した方が良いんじゃない? もう十匹近く食べてるでしょ?」 


「んにゃ!? ……も、もう食べにゃい方が良いにょか?」


「構わんよ。ウルフの奴が妙に夢中になってるからな……食べて貰わなきゃ逆に困る」



 メーテは友人達の木皿に魚を取り分けていくと、呆れるような表情を岩場へと向ける。

 僕も釣られるようにして岩場へと視線を向けて見れば、そこにはウルフの姿があり――



「メ〜テ〜。お魚さんがいっぱいよ〜」



 紐どおしされた大量の魚を担ぎ、ブンブンと手を振る姿が目に映った。

   


「もう充分だというのに、また阿呆ほど捕まえてきおってからに……」


「だって……いっぱい取れるから楽しかったんだもの。

それよりも見てみて、これも魚の一種なのかしら? 岩場の下に居たから捕まえて来たんだけど」


「ん? また、縁起の悪いものを捕まえてきたもんだな……」 


「縁起が悪い? 食べちゃいけないの?」



 やはり呆れるような表情を浮かべると、「はぁ」と溜息を吐くメーテ。

 ウルフは初耳といった様子で、コテンと首を傾げてしまう。 



「食べられないことは無いんだが……見た目が悪い上に味が良い訳でも無い。

それに加え、ソイツの足に絡め捕られてしまい、溺死してしまうということも多かったようでな。

今では縁起の悪い生き物とされ、食べるどころか網にかかってしまう事さえ漁師は嫌うそうだ。

まあ、要は味も悪く縁起が悪いから食べない。そういった単純な話だという訳だな」


「……美味しくないのね? 味が気になってたからちょっと残念」


「だったら食べてみたらどうだ? 生臭いが食べられなくは無いぞ?」


「生臭いのは嫌ね……まだ息があるようだし海にかえすことにするわ」


「ああ、そうするのが正解だろうな」



 メーテの話を聞き終えると、少しだけ肩を落としたウルフ。

 海にかえすことにしたようで、その生き物を掴むと岩場へと向かおうとするのだが――



「ちょっと待って!」



 僕はそれに待ったを掛けた。



「どうしたのアル?」


「だったら僕が貰っても良いかな?」


「別に良いけど、どうするつもりなの?」


「えっと、調理しようかと思って」


「調理? メーテは美味しくないって言ってたわよ?」


「まあ、ちゃんとした処理をしないと生臭いっていうからね。

取り敢えず、ソレを貰っても良いかな?」



 不思議そうな表情を浮かべながらも、ソレを僕へと手渡したウルフ。

 僕はソレを受け取るとまじまじと見る――いや、まじまじと見るまでも無くソレが何であるのかは分かっていたのだが、改めて手に取ることで確信を持つことが出来た。


 丸みを帯びた頭部に八本の足。その八本の足には幾つもの吸盤が付いている。

 ウルフが捕獲し、メーテが美味しくないと評した生き物。その正体とは――



「やっぱり蛸だ」



 そう。その生き物とは蛸であった。

 


「蛸? そいつはルヴィザルルールだぞ? ……ああ、そういうことか」



 僕が蛸と口にした事を疑問に思ったのだろう。

 メーテは正式な名前を教えてくれるのだが、すぐに前世の記憶にある生き物に似ていることを察してくれたようだ。



「それで、どうしたんだアル? そんなルヴィザールルールを凝視して?」


「えっと、このルルヴィジャルール――」

 

「ルヴィルザルルールだ」


「このルヴィザルール――」


「ルが足らないルヴィザルルールだ」


「……この通称【蛸】なんだけど――」


「……諦めたな?」


「……ち、違いますけど?」



 決して諦めた訳ではない。

 蛸の癖に、少し格好良い名前であることがしっくりこなかっただけだ……うん。


 ともあれ。

 そうこうしていても話は進まない。 

 そう思った僕は、通称という言葉で誤魔化すことにすると、蛸で押し通すことを決める。



「で、この蛸なんだけど、調理させて貰っても良いかな?」


「それは構わないが……先程も言ったように生臭いし美味しくは無いぞ?」


「多分、それはちゃんとした下処理をして無かったからだと思うよ?

ということで、結構な量の塩を使わせてもらうけど大丈夫かな?」


「塩を? 塩は多めに用意したから問題は無いとは思うが……」



 メーテはそう言うと、塩の詰まった布袋をテーブルの上へ置く。

 それを確認した僕は、さっそく蛸の下処理を始めることにした。



「たしか、スジを切って胴体を裏返すんだったったけ?

それで内臓は……確か食べられる筈だけど……今回はやめておこうかな?」



 正直、蛸の締め方など正確には憶えていない。

 しかし、なんとなく衝撃的だった記憶があり、うろ覚え程度には記憶が残っていた。

 そんな記憶を頼りに蛸を締めていき、締め終わったところで、テーブルの上の塩袋を手に取る。



「後は、ヌメリガが取れるまで塩で揉めば良かった筈」



 僕は塩を手に取ると、吸盤の汚れを落とす様にして丁寧に揉んでいく。

 記憶にある限りではこの作業が大変で、塩で揉んでは洗い流すという作業をヌメリが取れるまで繰り返す必要があった筈だ。



「うわっ……思ってたより大変かも……」



 そして、二度目の水洗いを終えところで、思わず弱気な言葉を漏らしてしまう。

 しかし、そうしていると。



「ルヴィザルルールに塩なんか塗ってどうすんだよ? 塩が勿体ねぇよ」


「うわぁ……久しぶりにルヴィザルルール見たけど、相変わらず気持ち悪い姿してるわね……」



 そんな僕の行動に友人達も興味を惹かれたのだろう。

 そう言ったのはダンテとソフィアで、顔を顰めながらも作業に見入っている。

 更にはベルトとラトラ、ミエルさんとマリベルさんも興味を惹かれたようで僕の作業を覗きにくるのだが……



「まさか……ルヴィザルルールを調理する気か?」


「ルヴィザルルール? にゃんだか魔物に居そうな形をしてるにゃ〜」


「ルヴィザルルールは都市の鮮魚店でも扱いませんからね。こうして本物を見れるのは珍しいですよ」


「うえぇ……昔仕方なく食べた事はあるけど、ルヴィザルルールは生臭くて美味しくないのよね……」


 

 ……ルルルルうるさくない?

 

 ちなみに最後のルは巻き舌にするのが正しい発音のようで、それがなんとなく僕を苛立たせた。


 まあ、それはさて置き。

 蛸のヌメリを取る作業を数回に渡って行うと、完全にヌメリが取れたところでお湯の中へとくぐらせる。


 時間にして一、二分だろうか?

 あまり茹で過ぎたく無かったので、普通より短い時間で引き上げることにすると、まな板の上へと置き、斬り落とした足にナイフを斜めに入れていく。


 

「これで完成っと」



 薄切りにしたものを木皿に盛りつけると、蛸は陽光に照らされていっそうに瑞々しさを増す。

 僕は思わず手を伸ばしたくなるのだが、それをグッと堪えるとテーブルの上にトンと置いた。

 


「さぁ。美味しいと思うから皆も食べてみてよ?」


「これを食うのか?」


「見た目は悪くないが……ルヴィザルルールだからな……」



 僕がすすめると、友人達は揃って顔を顰める。

 僕は臭みの無い蛸の味を知っているので抵抗なく口にすることが出来るが、みんなはそうじゃない。

 そもそもに、食べる習慣がないのだから抵抗を憶えるのも当然のことなのだろう。

 そのことに気付いた僕は、僕が食べることで、不味いものでは無いことを伝えることにした。



「――うん! 美味しい!」



 まあ、素人が行った下処理なので若干の粗はあるのだが、それでも蛸の甘みや弾力が伝わり、充分に美味しく感じられる。

 正直、醤油と山葵が欲しいところではあるが、無い物をねだっても仕方が無いだろう。

 僕は久しぶりに食べた蛸の食感をもう一度楽しむ為に、木皿の上へと手を伸ばす。


 すると、そんな僕の様子を見て食べてみようと思ってくれたのだろう。

 友人達は恐る恐るといった感じではあるが、薄切りにされた蛸を摘むと口へと運んだ。



「――あれ? 初めて食ったけどこれって旨くねぇか?」


「食べられたものじゃないと聞いていたんだが……こいつは悪くないな」


「にゃはは! なんかぐにぐにして面白い食感だにゃ〜」


「本当ね。変な食感だけどそれが癖になるというかなんというか」



 どうやら僕が想像していたより好評のようで、友人達は目を丸くしながらも、もう一枚といった感じで手を伸ばしていた。


 そして、大人組の反応はというと。



「ほう、これは驚いたな……まさか、これほど癖も無く食べられるようになるとは」


「そうなの? 私は食べた事がなかったから分からないけど、これは普通に美味しく感じるわよね?」


「これはね。私が以前食べたことあるのはヌルヌルで生臭くて、とても食べられたもんじゃなかったわよ?

っていうか……調理法によるかもしれないけど、お酒にも合いそうな気がするわね……」


「お酒ですか? それでしたら葡萄酒……では無く、エールや蒸留酒が合う感じですかね?」


「ああ〜良いわね〜。砂浜で冷えたエールとか絶対美味しいわよ〜」


「それも合うと思うが、葡萄酒とも合うと思うぞ?

まあ、酢と香草で和えたり、揚げた場合の話ではあるがな」


「それ美味しそう! メーテっち! 作りましょう! 今作りましょう!」



 こちらはお酒のあてとしての価値を見い出したらしく、お酒や調理方法について盛り上がっているようだ。



「でも、お酒なんてある訳ないわよね……」


「そ、そんなに落ち込まないで下さい……

ほ、ほら、普通に調理して食事を楽しめば良いではないですか?」



 しかし、 お酒を用意していないことに気付いたようで、途端に肩を落とすマリベルさん。 

 ミエルさんはそんなマリベルさんを励ますように、優しく肩に手を添えるのだが……



「誰が無いなんて言った?」



 木陰に詰まれた荷物を、親指で差しながらそう言ったメーテ。

 その仕草と言葉の意味をマリベルさんは瞬時に察したのだろう。 

 


「流石メーテっち!! 大好き! 愛してる!」


「マ、マリベル! だ、抱きつくんじゃない! 暑いから離れろ!」



 マリベルさんはメーテに抱きつくと、その胸にゴリゴリと顔を埋める。

 ……まあ、擬音があまりにも悲しい気がすのだが、見たままの事実だから仕方がない。


 それは兎も角として。

 お酒を用意していることからも分かるように、メーテ達も羽を伸ばす予定だったのだろう。



「昼からというのは多少の罪悪感を憶えるが……

まあ、たまにはこういうのも良いだろう。さて、大人達は大人達で楽しむことにするか?」



 メーテの言葉を切っ掛けに、日が出ている内から酒盛りが始まってしまうのだった。

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