第219話 称賛とご褒美

 迎えた合宿初日。


 森の家に到着するなり、友人達との手合わせを提案したメーテ。

 聞く話によると、どれだけ実力をつけたかを確かめる。という意図があるらしいのだが……



「どうしたダンテ? その程度で終いか?

遠慮はいらないから本気で掛かって来ていいぞ?」


「――ッ! こちとらとっくに本気でやってるっすよ!!」


「それは失礼したな。だったら殺す気で掛かって来い」


「くッ! だったらぶっ殺してやるっすよッ!!

俺だってこの一年で成長したんだ! 後悔しても遅いっすからね!!」



 現在、手合わせにしては随分と物騒な言葉が飛び交っている。



「後悔? させられるようなら頭を撫でてやろうじゃないか。

それと、せっかく四人同時に相手してやってるんだ。もっと頭を使って連携を取ったらどうだ?」


「れ、連携を取る前に潰してるのはメーテさんじゃないですか!?」


「んにゃ! 訳の分からない動きで撹乱しないで欲しいにゃ!」


「そりゃあ、連携を取ろうとしたら潰すのが当たり前だろうが?

だから、連携を潰されないように頭を使えと言ってるんだ」


「それはそうですけど……って!? きゃっ!?」


「ほらほら、呆けてる場合かソフィア?

思考を止めるな。足を使え。何が最善であるかを常に考えて行動しろ」



 更には、四人同時に相手取り、完璧な立ち回りをみせるメーテ。 

 余力の窺える動きで友人達を翻弄し、助言を口にする余裕すらみせている。


 そして、手合わせの様子を少し離れた場所から眺めていた僕とウルフ。

 その隣で一緒に眺めていたマリベルさんとミエルさんの反応はというと。



「……実力を確かめる為に手合わせをしているのは分かるんだけど……これってどうなの?」


「これって?」


「いや、こうまで子供扱いされると、自信とかやる気を失っちゃうんじゃないかと思って……」


「……メーテもその辺の匙加減は分かってると思うわよ?

まあ、ちょっとだけ楽しくなっちゃってるみたいだから不安だけど……」



 メーテの遠慮のない動きを見て、若干の呆れ顔を浮かべる僕とウルフ。 



「はえ〜。やっぱりメーテっちって凄いわよね〜。

四人相手になると、流石の私でもああは立ち回れないわよ」


「私も無理でしょうね……当然負けるつもりはありませんが……

それでも四人相手となれば、良くて辛勝。最悪の場合は敗北の可能性もあるでしょうね」


「へぇ、随分と弱気じゃない?」


「別に弱気ではありませんよ? 的確に彼等の実力を評価したまでです」


「成程ね〜。でも、それはあくまで手合わせの話でしょ?」


「……ええ。あくまで手合わせの話です」


「命の奪い合いだったら?」


「私の勝利は揺るがないでしょうね」



 どうやら、こちらの二人は随分と物騒な考察をしているようだ。



「はぁ……なんか胃が痛くなってきた気がする……」



 手合わせの状況や、物騒な会話が聞こえる所為で、僕の胃はキリキリと根を上げ始めてしまう。



「……だけど、喜ぶべきなのかな?」



 しかし、胃に痛みを憶える一方で嬉しくも感じていた。


 それもそうだろう。

 物騒な会話こそ聞こえてくるものの、その大半は友人達を認める内容なのだから嬉しくもなる。

 それに加え、【命の奪い合い】などという物騒な言葉なのだが、これも相手を認めているからこそ出た言葉に違いない。


 何故なら、実力差がある相手に対して命の危機を感じる者は少ない筈だ。

 圧倒的な実力差があれば軽くあしらえば済む話で、そもそもに【命の奪い合い】という発想にまで至らない。

 要は、最悪の場合相手の剣が己に届き得る。

 そういった可能性を感じているから、マリベルさん達は物騒な考察を行っているのだと思う。


 まあ、これはあくまで僕の推測でしかなく、間違っていたら恥ずかしいのだが……


 ともあれ。友人達に対する評価を嬉しく感じている間にも手合わせは続いており、手合わせが開始されてから間もなく30分が経過しようとしていた。


 もう充分に実力は確認出来ただろうし、これ以上続けては友人達の自信とやる気を奪いかねない。


『そろそろ頃合いかな?』


 僕はそのように判断すると。



「そろそろ手合わせは――」


 

 実際に声を掛けることで手合わせを切り上げて貰おうとするのだが――丁度その時だった。



「そこッ!!」


「――ほう」



 ソフィアの剣先が真横へと振られ、メーテの前髪を数本ほど斬り飛ばす。



「あっ!? ま、前髪が!? メ、メーテさんごめんなさい!」



 ソフィア自身、前髪を斬り飛ばせるとは思ってもみなかったのだろう。

 ソフィアは驚きの表情を浮かべると追撃の手を止めてしまい、慌てた様子で謝罪の言葉を口にした。


 そして、前髪を斬られることになった当のメーテはというと。



「阿呆が! それしきのことで追撃の手を止めるヤツがいるか!」



 前髪を斬られたことなど気にもせず、追撃の手を止めた事を叱り付けた。


 その事により、場に緊張感が生まれしまい、無言の時間が生まれてしまう。

 結果的にはそれが手合わせ終了の合図となったようで、メーテが構えを解くと友人達も戦闘の構えを解くことになった。 



「す、すみませんでした……追撃の手を止めてしまって……」


「……まったく。良い一撃だっただけに、繋げる技にも期待してたんだがな?」


「ほ、本当にすみません……あっ、前髪は大丈夫ですか?」



 ソフィアに尋ねられると、斬られた部分を摘み、くりくりと捩じったメーテ。

 そのまま横へと流すと、表情を緩めた後に優しげな微笑みを浮かべた。



「髪なんぞ幾らでも伸びてくるから心配するな。

それにソフィアが謝る必要はないぞ? 本気でやれといったのは私の方だしな。

むしろ、加減してやったとはいえ、私の身体に剣を届かせたことを誇るべきだ」


「誇るべき……なんでしょうか?」 


「ああ、誇るべきだ。

それにしても……些か驚かされたな。

たかが前髪の数本とはいえ、ひょっこだったお前達の剣が私に届く日が来ようとは」


「そ、それって褒められてるんでしょうか?」


「素直な称賛の言葉だが? 何か不服か?」


「い、いえ、不服では無いんですけど……四人がかりで前髪を数本程度でしたから……」


「ほう、ソフィアはもっと戦えた筈だと考えていたようだな?」


「い、いえ……そ、そういう訳では無いんですけど……」


「別に隠すこともないだろうに?

自信も過ぎれば慢心となるが、適度な自信を持ち合せるのは必要なことだからな。

……というかだな。お前達ももっと胸を張ったらどうだ?

結果的に私の前髪を斬ったのはソフィアだが、それはお前達の連携があったからだぞ?」



 先程の手合わせを振り返り、素直に称賛の言葉を口にするメーテ。

 しかし、友人達からすると四人がかりで前髪を斬っただけ。という状況に引っ掛かりを憶えているようで、素直に喜んでいいのか分からない。といった複雑な表情を浮かべていた。


 そしてメーテは、そんな友人達の姿を見兼ねてしまったのだろう。



「お前達も難儀な性格だな?

もう一度言うぞ。前髪とはいえ私に剣を届かせたことを誇るべきだ。

出会った頃のお前達なら、どれだけ私が手を抜いたとしても成しえなかった事なんだからな。

なぁ? アルもそう思うだろ?」



 メーテは再び称賛の言葉を送ると、僕に話を振る。

 振るのだが……



「……そ、そうだね」



 僕は少しばかり素っ気ない返事を返してしまう。



「おやおや? どうしたアル? そんな素っ気ない返事をして?」


「……分かってて聞いてるでしょ?」


「はてさて、なんのことやら?」



 メーテが再度尋ねるものの、やはり素っ気ない返事を返してしまう。

 何故なら――



「アルは前髪斬るどころか、ちゃんとした攻撃を当てたことすら無いものね〜」



 そう。ウルフが言うように、未だまともな攻撃をメーテに与えたことが無いからだ。

 だというのに、それを分かっている上で話を振るのだから、素っ気ない態度の一つも取りたくもなる。


 そして、その事実を知ることになった友人達。



「へぇ……アルでもまともな攻撃を当てた事が無かったんすね」


「そう言われると……少し嬉しく感じるものがあるな」


「ということは……四人がかりならアルを倒せるって事なのかにゃ?」


「アルが出来なかったことを私達の方が先に……」



 ふつふつと喜びが込み上げて来たようで、次第に笑顔を見せ始める。


 僕は、そんな友人達の笑顔を見ると同時に、先を越されてしまったことを実感してしまい、少しだけ悔しく感じてしまう。

 しかし、悔しく感じるのはそれだけのことを成し遂げたからで、称賛すべき事実であることは確かだ。

 それに加え、この経験が自信とやる気に繋がり、合宿行う上での糧になるのであれば――

 そのように考えると、素直に称賛する気持ちが湧いてきたのだが……



「そっかそっか〜。アル君は一度も当てたことがないのか~」



 煽るような言葉を口にし、ポンポンと僕の肩を叩くダンテ。

 これ見よがしに勝ち誇った表情を向けてくるのだから、実に腹立たしく称賛する気が失せてしまう。



「おらおら! ボッコボコにしてやるから掛かってくるにゃ! シュッシュッにゃ!」



 更には、左腕を前に突き出し、威嚇するように何度か拳を振るうラトラ。

 こちらも挑発するような表情を向けてくるのだから尚更だろう。


 まあ確かに、僕がメーテにまともな攻撃を当てた事が無いのは事実だ。

 しかし、それは数年前の話で、学園都市で暮らし始めてからメーテと本気の手合わせをした記憶は無かった。


 従って、現状であればどのような結果になるか分からないというのが正直なところで、それを材料にすれば反論することも可能ではあったのだが……



「いや~、アルでも当てたこと無いんか~。

つーことはよ? 要は俺達も成長してるってことだよな?」


「んにゃ! 四人がかりだったけど、アルより結果残せたのは嬉しいにゃ!」



 ……わざわざ反論して、折角の気分に水を差してしまうのも野暮だろう。

 僕はそのように考えると、せめてもの仕返しとして、ダンテとラトラの夕食には野菜を多めに盛ることを決意した。


 そして、そのような決意をしていると――



「私が考えているより成長しているようだな。

そうなると……予定した課題に修正を加える必要がありそうだな」


「へ?」


「え?」


「にゃ!?」


「ほえ?」



 メーテの発言によって、一瞬にして表情を曇らせる友人達。

 どうやら、野菜を大目に盛られるより厳しい現実が待っているようなので、普通盛りにしてあげることにした。






 してあげることにしたのだが……

 迎えた合宿二日目。



「おらぁ! お前ら行くぞ!」


「ダ、ダンテ! 引っ張るんじゃない!」


「んにゃー! いっちばーん!」


「ちょっ! 待ってよラトラ!」


「わ、私も参加して良いのでしょうか?」


「良いのよ! ほら! ミエルも飛び込むわよ!」


「わふふっ、皆元気が良いわね〜」



 空を仰げば、目が眩むような快晴。

 足元を見れば、真っ白な砂の粒が敷き詰められている。


 そして、耳に届くザクザクと砂を踏む音。

 その音で視線を正面へと向けてみれば水着を身につけた皆の姿。

 そんな皆を迎え入れるかのように、水平線を望む大海原が広がっている。


 足の裏に感じる焼けた砂の熱。

 陽光を反射し、キラキラと煌めく海面。


 僕は、そのようなものを五感で感じながら呟いた。



「あ、あれ? 課題は?」


「ん? 課題に修正を加えると言ったろ?

まあ、昨日の手合わせで私の思う基準に達していなかった場合、課題を用意してやるつもりだったが……

どうやら基準に達していたようだからな。最後の年くらいは褒美をくれてやろうと思った訳だ」



 正直、この展開は予想外である。


 やっぱり、野菜は多めにしておくんだった。

 そう思う僕は、きっと心が狭いのだろう。 

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