第217話 親というもの


「じゃあダンテ。話を聞かせて貰っても良いかな?」



 そう言ったアルに視線を向けて見ると、やけにきっちりとした服を身に着けており、首元にはタイなんかが結ばれている。


 恐らく、頼りにされなかったことが余程悔しかったんだと思う。

 アルが考える大人を演出することで、頼りになる事を主張しているんだとは思うんだけど……

 そういった形から入るようなところが子供っぽく、いまいち頼りなく感じてしまうことを理解して貰いたいところだ。


 しかし、そんな私の思いなど当然知る由もなく――



「どうしたんだいダンテ? 遠慮せずに相談してごらんよ?」



 アルは鼻の上に乗せた黒縁眼鏡を、中指でクイッと持ち上げる。 

 これもアルの考える大人像の一つで、出来る男であることを演出しているのは分かるのだけど……




 ……正直、これやばくない? いや、普通にやばいでしょ?


 だって黒縁眼鏡よ? 童顔のアルが眼鏡をかけることでキリッってなってるのよ?

 その上、フレームが丸くて細めだから、知的さと可愛さを両立してるのよ?

 正直、これだけでパン二斤は余裕でいける自信があるわよ。


 だけど、興奮する私とは対照的に、呆れ顔を浮かべるダンテ。 



「お、お前馬鹿だろ? つーか眼鏡似合わないぞ?」



 余計な言葉を口にすると共に、大きな溜息を吐いた。

 そして、似合わないと言われてしまったアルはというと。



「そ、そう? じ、じゃあ外しておこうかな?」



 ダンテの言葉を間に受けたようで、眼鏡に手を掛けようとする。



「ち、ちよっとアル! め、眼鏡はそのままでも――……」



 だけど、その行為は明らかな愚行だ。

 私がそれを許す筈も無く、阻止する為に訴えかけようとするのだけど……



「それに……なんだよコレ? 本当にお前って訳わかんないことするよな?」


「ダ、ダンテ!? 引っ張らないでよ!?」



 ダンテがアルのタイを引っ張ったことで、続く言葉を飲み込んでしまう。



「相談するって言ったらコレだもんな〜。

お前なりに頼れる男を演出したかったのは分かるけど、こんな格好したって中身は変わらないだろうが?」


「そ、それはそうだけど、頼りになる感じを出した方がダンテも話しやすいかな? と思って……」


「はぁ……本当にお前って馬鹿だよな? いいからこのタイも外せよ」


「わ、分かったよ……ってアレ? 堅く結びすぎちゃったかな?」


「なにやってんだよ? ったく、俺が外してやるからちょっと貸してみろって」


「お、お手数おかけします……ごめんね?」


「謝んな。ほら、外してやるからとっととこっちに来い」


「だ、だから引っ張らないでよ」



 「しょうがないヤツだな」。そう言いながらもアルの世話を焼くダンテ。

 「ちょっと苦しいよ」。嫌そうな顔しながらもダンテに身を委ねるアル。


 ダンテの褐色の指がアルの白い喉に触れる。

 タイが緩み、シャツの隙間からアルの鎖骨が覗く。

 粗っぽい手つきの所為か、ボタンが外れてしまいアルの胸元がはだける。


、目の前で繰り広げられる形容しがたい光景。

 何故だか分からないけど、私はその光景に目を奪われてしまい――



「んにゃ!? よだれよだれ! ソフィアよだれがいっぱい出てるにゃ!」


「へ? あっ!? ハ、ハンカチどこ閉まったっけ!?」



 私は慌てて涎を拭うのだった。


 ……私は正常。私は正常。そう言い聞かせながら。






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆







「まあ、要するにだ。俺が気にくわないのは親父の態度な訳よ。

だってそうだろ? 今まで、三男である俺にはほとんど関心を示さなかったんだぜ?

つーのに、ちょっと良い成績を残したからって『跡取りとして考えてやるから卒業後は家に戻れ』とか言いだすんだから意味が分からねぇよ。

しかも手紙で一方的にだぜ? 普通にむかつかね?」


「僕の両親もそんな感じだ。

跡取りとして見て貰えるのは嬉しくはあるんだが……正直、今更というのもあるし、困惑してしまうというのが本音ではあるな」



 注ぎ足された果実水を流し込むと、眉を顰めながら頬杖をつくダンテ。

 ベルトは同意を示すように頷いた後、紅茶の注がれたカップに砂糖を一欠け落とす。



「そっちはそっちで大変にゃんだな〜。

まあ、ウチの場合は母ちゃんに実力を認めさせることが出来れば自由にさせて貰えるんだけど……

やることが明確で単純なだけに難しいんだよにゃ〜。母ちゃん普通に強いし……」


「皆も大変なのね……だけど、私のパパもたいして変わらないか。

私のパパも出来れば跡を継いで貰いたいみたいで、『卒業したら帰って来なさい』の一点張りだからね。

まあ、パパの気持ちも分からなくは無いんだけど……

それに加えて、大人しく家庭に入って貰いたいって考えが透けて見えるから嫌なのよね……」



 ストローを模した植物の茎を咥え、果実水をブクブクと泡立てるラトラ。

 ソフィアは気だるげな表情を浮かべながら、紅茶とミルクを混ぜ合わせている。


 ダンテの相談を受け始めてから小一時間が経過した現在。 

 始めこそ相談の体を成していたのだが……

 どうやら、話を聞いている内に友人達も不満を吐き出したくなってしまったようで、気が付けば相談――というよりかは愚痴を吐きだす為のお茶会。といった状況になってしまっていた。


 更には――



「つーか、みんな似たようなことで悩んでたんだな」


「そうだな。悩みの種は微妙に違うが、皆も親の提示する進路に振りまわされてるみたいだな」


「んだにゃ〜。好きにさせてくれれば良いにょに」


「そうしてくれれば楽なんだけどね……

でもまあ、皆も同じようなことで悩んでることが分かって少し気持ちが楽になった気がするわ」


「ああ〜確かにな。それに溜まってた愚痴を吐きだしたからか? ちょっとすっきりした気分だわ」



 そのような会話を交わす友人達。


 ダンテが口にしたように、愚痴を吐き出した事で少しは気持ちが楽になったのだろう。

 気の抜けた雰囲気はすっかり霧散しており、友人達の表情はどこか清々しく感じるものであった。


 まあ、僕としては、的確な助言をすることで頼れる部分を印象付けたいところではあったのだが……

 やる気を取り戻して貰う。という当初の目的を考えれば、結果的には良い方向へと話が転がってくれたみたいだ。


 などと考え、一人納得していると。



「外まで賑やかな声が聞こえていたが、何をそんなに盛り上がっているんだ?

というか……この様子だと今週もダラダラとして過ごしてしまったみたいだな」


「若いんだから、家でごろごろしているばかりじゃ駄目よ?」



 メーテとウルフが帰宅したようで、僕達の様子を見ると呆れた口調になる。



「は、ははっ……面目ないっす。

でも、話をしたおかげで随分とすっきりしたんで、来週からは絶対にダラダラ過ごしたりしないっす!」


「そうか、そいつは重畳。

それで何の話をしていたんだ? まあ、話したくない内容であるなら無理に話さなくても構わないが」


「ああ、それなら全然大丈夫っすよ。

盛り上がってたかどうか分かんないっすけど、さっきまで進路の話をしてたんすよ」


「ほう、進路の話か」


「うっす、進路の話っす!

どうして親っていうのは願ってもない進路に進ませようとするのか?

どうして俺達の好きにさせてくれないのか? ってな話を皆としてた感じっすね」


「成程な。大方、両親に対する愚痴で盛り上がっていた――といったところなのだろうな」


「ま、まあ、そんな感じっすね」


「ふむ、そういった息抜きも時には必要だろうな。

だがまあ、あまり愚痴っぽくなり過ぎるのも宜しくはないから程々にしておくんだぞ?

というかウルフ、お前も紅茶飲むか?」


「ええ、私の分もお願い」



 ちょっとした小言を挟んだものの、ダンテの話に理解を示したメーテ。

 戸棚から二つのカップと茶葉を取り出すと、キッチンに立って湯を温め始める。


 そんなメーテの言葉や態度を見て、きっとメーテさんなら共感してくれる。

 そのようにダンテは考えたのだろう。



「でも愚痴っぽくもなるっすよ……

あんな両親なんかより、メーテさんみたいに理解のある両親の元に生まれたかったっす」



 溜息と共に言葉を吐きだすのだが――



「あがっ!? メ、メーテさん! なにすんすか!?」



 メーテは、そう言ったダンテの頭にゴツリと拳骨を落とした。



「あまり馬鹿なことを言うもんじゃない。優しい親じゃないか」


「や、優しいって……な、なんでそんなのが分かるんすか?」


「ん? 私の思い違いか?

ここまで五体満足に育ててくれて、十数枚もの大金貨を払って学園に入学させてくれる。

それだけでも充分に優しい親であると私は思うんだが?」


「うぐっ……そ、それは確かにそうっすけど……」


「そうだろ? それに加えてだ。

実際、世間体や体裁を保つ為だけに学園に入学させる親も多いと聞くが、ダンテの場合はどうだったんだ?」


「お、俺の場合は……お、俺が両親にお願いしたっす……」


「だとしたら、やはり優しい親じゃないか。

子供の願いを聞き届けてくれて、今は進路についても考えてくれている。

まあ、多少強引であったり、打算などがあるのかもしれないが……子供に興味が無ければ、それこそ好き勝手にやらせるだろうしな。

分かり辛いかもしれないし、鬱陶しく感じるかもしれないが、それは親なりの愛情の形というヤツだよ」


「愛情……すか?」


「ああ、愛情だ」



 メーテは「悪かったな」と言うと、拳骨を落とした頭を優しく撫でる。

 ダンテは照れているようで少し顔を赤くしていたが、それでも手を払いのけるような事はしなかった。


 そして、そんなダンテの反応を見て優しく微笑んだメーテ。

 僕や友人達へと視線を向けると、改めて口を開いた。 



「進路というものは、今後の人生を左右する重要な選択だ。

親であり、子供を大切に思ってるからこそ、より良い道に進んで貰いたいと考えるのだろう。

ゆえに、厳しいこともいうし、憎まれるような真似だってする。それが親というものだ。

だが、お前達の気持ちも分からないでもない。

やりたいことを認めて貰えないのは悔しいし、違う道を提示されるのは面白くないことだろう」



 メーテは諭すように語りかける。



「――だからしっかりと話し合え。

その過程で衝突することもあるだろうし、理解して貰えない可能性だってある。

だとしても面倒だとか。どうせ分かって貰えないとか。そのようにして諦めるような真似だけはするな。

親子といっても違う人間なんだ。

相手の胸の内など分かる筈もなく、言葉にしなければ想いというものは伝わらない。

自分のやりたいことや伝えたい想い。それをしっかりと親に伝えるんだ」


「想いを……っすか?」    


「ああ、そうだ。

それに、これは私の勝手な解釈だが――ある意味でこれは親孝行でもある。

お前達は愛情に金銭。親からただ与えられるばかりだっただろ?

そんな存在であったお前達が、自らの意見を口にし、親の元から巣立とうとしているんだ。

それは親からすれば『貴方の子供は立派に成長しましたよ』といった報告となんら変わらない。

だから話し合え。隠すこと無く想いを伝えることが、今まで育ててくれたことに対する感謝の言葉でもあるのだから」



 メーテはそのようにして話を締めくくると――



「それでも理解して貰えなかった場合は私を頼れ。口利きくらいならしてやるさ」



 そんな言葉を付け加え、もう一度、優しい微笑みを僕達へと向けた。


 確かにメーテの言うとおりなのだろう。

 親子だといっても胸の内までは分かる筈も無い。

 お互いをの胸の内を知る為にも話し合いをすることが必要で、お互いの理解を深める為にも想いを伝えることが重要なのだと思う。 


 そして、そのように考えていると。



「まあ、その話はさて置き。

今から夕食の準備を始めるから、お前達も食べて行くといい」



 メーテはパントリーの扉を開き、食材の在庫を確認し始める。



「い、いいんすか?」


「ああ、今年の合宿についても話しておきたいことがあるしな。

夕食の際にでもその話をしようじゃないか」


「す、すみません。お言葉に甘えさせて頂きます」


「あ、ありがとうございます。何かお手伝いしましょうか?」


「ん? じゃあソフィアは――そこの芋を剥いて貰っても良いか?」


「はい、任せて下さい!」


「やるやる! ウチも手伝うにゃ!」 



 僅かに遠慮が感じられたものの、結局は夕食にお呼ばれされることを決めたようで、ダンテとベルトはお茶会で散らかったテーブルの上を片付け始め、フィアとラトラはメーテの調理を手伝うために腕をまくってキッチンへと向かう。


 そして、次第に姦しさを増していくキッチンと、それを眺める男性陣。

 ウルフはいつの間にか狼の姿に戻っていたようで、ブラシを咥えて僕の前でコテンと寝転ぶ。


 僕は受け取ったブラシでウルフの背中を梳きながら、調理の音や匂いを楽しむことにしたのだが――



「なんつーか。メーテさんもアルには甘い感じだし、ウルフさんもこんな調子だし……

アルのところは、進路で衝突することなんてなさそうだよな~」



 なんとも穏やかな雰囲気がダンテの口からそのような言葉を引き出したのだろう。

 ダンテがボソリと溢すと、そんな言葉をメーテとウルフの耳はしっかり拾っていたようで。



「まあ、アルには様々な可能性があるとは思うが……

冒険者を続けることも、迷宮都市に向かうことも以前から聞いていたからな。

今更それをやめろなどとは言えんし、私は応援するだけだよ」


「わっふ!」



 二人は僕へと視線を向けると、穏やかな笑みを浮かべる。


 実際、僕の進路は以前から伝えていたし、了承も得ていた。

 しかし、今しがた『様々な可能性』と口にしたように、本当は別の道に進むことを願っているのかもしれない。


 それでも、メーテは僕の意思を尊重し『応援する』と言ってくれたし、ウルフは……『わっふ!』としか言ってなかったが、声の調子からして応援してくれているように思える。

 それは本当に恵まれたことだし、応援してくれる二人には幾ら感謝しても足りないのだろう。


 僕はそのように考えると、嬉しく思う反面で、巣立ちが近いことを実感してしまい、少しだけしんみりしてしまう。


 ……しんみりしてしまうのだが。



「――だが、ダンテが言うように衝突が無いというのもちと寂しいな。

それに、ダンテ達に偉そうに説いたからには、それなりの対応を取らなければ示しがつかんな……」



 唇に指を添え、何やら思い悩むような素振りを取るメーテ。

 そして――



「ふむ。応援はするが……卒業試験くらいは設けてやる必要があるかもしれんな?」



 なにやら、不穏な言葉を口にするのだった。

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