第216話 ダラダラの要因

 コーデリア先輩たちが卒業してから三ヶ月が経過した現在。

 最高学年へと進級した僕は、最後の一年であることを噛みしめながら日々の学園生活を過ごしていた。


 まあ、『噛みしめながら』というと少々大袈裟な気もするのだが……


 【ブエマの森】での課外授業や、学期の半ばで行われる小テスト。

 そのような行事を一つ一つ終えていく度に、学園生活も終わりへと向かっているのだと実感させられ、何処か寂しさを感じてしまうのは確かだった。


 そして、それは友人達も同様なのだろう。



「後少しで前期休暇だろ?

それが終わったら席位争奪戦があって……短めの休暇を挟んだらあっという間に卒業だよな?」 


「早いものだな。つい先日入学した様な――そんな気さえするよ」



 場所はすっかり溜まり場と化してしまった僕の家。

 そう言ったのはダンテとベルトで、気の抜けた感じでソファーに身体を預けている。



「んにゃ。早く卒業したいようにゃしたくにゃいような……複雑な感じだにゃ〜」


「あ〜それ分かるかも。なんだかんだいっても学園生活は楽しかったもんね。

それに卒業後の事を考えると……もう少し学生でいられたらな〜。なんて考えちゃうわよね〜」


「そうそう、そんな感じだにゃ。卒業後のことを考えるとにゃ〜……」



 続いてそのような会話を交わすのはラトラとソフィア。

 ラグの上に腰を下ろし、二人揃って膝を抱える体勢を取っているのだが。



「ちょっとラトラ。寄りかかってこないでよ〜」


「んにゃ〜? そんな連れないこと言わにゃいでほしいにゃ〜」



 ラトラが寄りかかったことで、二人は膝を抱えた体勢のまま、コロンとラグの上に転がった。


 そんな友人達の表情を見れば何処か物憂げで、会話の内容からも、学園生活の終わりが近いことを寂しく思っていることが分かる。

 加えて、寂しいという思いや卒業後の進路に対する不安。

 そのような感情が、友人達からやる気を奪ってしまったのだろう。



「もう、寄りかからないでって言ったのに……」


「まあまあ、そう言わにゃいで」



 ラグの上に転がると、やる気なく寝そべり始めてしまうソフィア。

 そんなソフィアのお腹を枕にするようにして、ラトラも寝そべり始めてしまった。 



「つーか今日はどうする?」


「どうするもなにも、ギルドの依頼を受けるから集まったんだろ?

まあ、昨日覗いた時点では目ぼしい依頼は張り出されていなかったみたいだが……」


 

 更には、やはり気の抜けた様子で会話を交わすダンテとベルト。

 口にこそしていないものの、どうやら依頼を受けることに対して乗り気では無いようだ。


 そして、そのような四人の姿を見た僕は頭を悩ませる。

 この様子では依頼を受けたところで良い仕事は出来ないだろうし、下手をすれば怪我に繋がる恐れだってある。

 だとしたら今日は依頼を受けず、別のことをして休日を過ごすべきだとも思うのだが……



「てか……先週もこんな感じでグダグダして終わらなかったか?」


「……言うなダンテ。それは僕も理解している」



 先週、先々週もダラダラと過ごしてしまい、碌に冒険者活動をしていなかったのだから少しばかり問題だ。


 まあ、ここ最近は目ぼしい依頼もなかったので、休日をダラダラ過ごすのも悪い事ではないのだろう。

 しかし、今の友人達の状況は息抜きの為にダラダラしている訳では無く、やる気なくダラダラしてるだけなのだから話は違ってくる。


 現に、最近の友人達はぼうっとしてることが多く、上の空といった様子が多く見受けられた。

 当然、そのような様子では学業にも支障が出てしまうし、危険が伴う依頼などは、到底受けることなど適わない。


 従って、友人としても【黒白】のリーダーとしても看過することができず、心配に思うがゆえにやる気を取り戻して貰いたい。

 などと考えてはいるのだが……それはそれで難しい問題なのだろう。


 何故なら、友人達からやる気を奪うことになっている要因。

 その一番の要因は、やはり卒業後の進路に頭を悩ませているからで、こればかりは僕の力ではどうすることも出来ない。


 正直、力になれるのであれば力になってあげたいというのが本音ではある。

 しかし、進路というものは自分の問題であるのと同時に、今まで支えてくれた家族と共に向き合うべき問題だ。

 僕が口を挟んだところで、逆に迷惑を掛ける結果になってしまうのだろう。


 それにだ。

 そもそも、僕にはそのような資格が無い。


 それもそうだろう。

 僕個人の意見としては、皆には冒険者を続けて貰いたいと考えている。

 だが、未だに闇属性の素養を持ち合せていることや、目指す目的を伝えられていないのだ。


 そのような状況で、共に冒険者を続けて欲しいと願うのは不誠実以外のなにものでもない。

 冒険者を続けて欲しいと願うのであれば、闇属性の素養の事や、素養持ちが忌避されている現状を変えたい。といった目的を伝える必要がある。


 従って、伝えられていない現状では資格がないと考えている訳なのだが……

 流石にそういう訳にいかないことも理解していた。


 実際、友人達がどのような進路を選択するかは分からない。

 しかし、少しでも僕と一緒に冒険者を続けようと考えてくれているのであれば、僕は素養や目的について話さなければいけないだろう。


 何故なら、世間から見れば闇属性の素養持ちというのは忌避の対象なのだ。

 そんな僕と冒険者を続けるのはリスクが高いし、目的が目的だけに賛同して貰えない可能性だって充分にある。

 その事実を隠したまま、冒険者という選択肢を進路の中に入れてもらうのは虫が良すぎる話だし、少しでも冒険者という選択肢がある以上は隠してはいけない事実なのだろう。


 本音を言えば伝えるのは怖い。

 もしかしたら嫌われてしまうかもしれない。


 勿論、友人達であれば――という思いはあるのだが、やはり不安なものは不安だ。

 それでも伝えなければと考えるのは、友人達だから――大切な友人達だからこそ、全てを伝え、恐れられようが嫌われようが、その上で自らの進路を決めて貰いたいと考えているからだ。


 家族と共に進路と向き合う必要がある友人達。

 素性や目的を打ち明けようとしている僕。

 僕達は今、無数に伸びた分岐路の上に立たされているのだろう。


 ――ともあれ、その時期が来るのはのもう少しだけ先。

 どうやら友人達は、今年の前期休暇の前半を恒例の合宿、後半を里帰りにあてるようなので、合宿を行った際に打ち明けることになりそうだ。


 まあ、その話はさて置き。

 兎にも角にも、直近の問題は友人達のやる気のなさ。

 数週間もこの調子では僕の調子も狂ってしまうし、なによりも心配だ。

 どうにかしてやる気を取り戻して貰いたいと考えてはいるのだが……


 正直、僕にできる事は少なく、できる事といえば精々話を聞いてあげるくらいだ。

 だがしかし、相談したことで気持ちが楽になるというのもよく耳にする話で、少しでも気持ちが楽になるのだとしたら……


 それはきっと、友人達より年上である僕が、担うべき役割なのだろう。

 そのように考えた僕は優しく微笑むと。



「進路について悩んでるみたいだね?

今までこういう話はあまりして無かったけど、僕で良ければ話を聞くよ?」



 まずはダンテに声を掛けることにしたのだが……



「いや、アルはなんか頼りにならなそうだからいいわ」



 まさかのお断りである。



「あ、あれ? 僕の聞き間違いかな? も、もう一度言って貰っても良いかな?」



 嘘である。一語一句聞き逃したりはしていない。

 それでも聞き直したのは単純に悪あがきだ。



「いや、アルってそういう面では頼りにならなそうじゃん?

ベルトも『魔法の相談は兎も角、進路の相談となるとな〜』って言ってたしな」


「お、おいダンテ! ぼ、僕を巻き込むんじゃない!」


「あ、ああそっち? そっち系な感じなのね?」



 しかし、突きつけられたのは先程よりも酷な現実。 

 自分でも首を傾げたくなるような『そっち系』などという訳の分からない言葉を口にしてしまう。


 だが、現状はダンテとベルトに相談をお断りされただけだ。

 ソフィアとラトラは僕に相談したいと考えているかもしれない。

 そのように考えた僕は、二人に声を掛けることにしたのだが……



「ソ、ソフィアとラトラは僕に相談したいことが――」


「む、むにゃむにゃ……」


「むにゃむにゃ……ぶふっ」



 ……この二人もダンテと同意見なのだろう。

 話を振るなといわんばかりにベタなタヌキ寝入りを決め込む二人。

 ラトラに至っては、我慢できずに吹き出してしまっている。

 せめてタヌキ寝入りに徹して頂きたい。


 まあ、それは兎も角。

 この事により分かったのは、僕が頼りにされていないということ。

 相談というのは相談に足る相手と、適切な助言が返ってくることを期待するから相談するものだ。

 要するに、僕では相談相手として足りない部分があったという単純な話なのだろう。


 まあ、それなら仕方が無いか。

 僕はそのように考えるとティースプーンを持ち、カップの中を泳がせ始める。


 カチャカチャカチャ。

 カチャカチャカチャ。


 窓の外から聞こえる雑踏に耳を傾けながら、カップの中に渦を作る。


 カチャカチャカチャ。

 カチャカチャカチャ。


 溶け切っていない砂糖のジャリッとした感触が、ティースプーン越しに伝わる。


 カチャカチャカチャ。

 カチャカチャカチャ。


 窓ガラスが曇っているのかな? やけに窓越しの景色が歪んでいる。



「お、おい? あいつ拗ねていないか?」


「ダ、ダンテが素っ気ないことを言うからだぞ……あっ『ぐすっ』って言った……」


「お、俺の所為かよ!? つーかお前ら! いつまで寝たふりしてんだよ!?

起きてんのはバレバレだかんな!」


「ふ、ふぁ〜……ど、どうしたの?」


「今起きましたみたいな真似はいいんだよ!

お前らが寝た振りするからあいつ拗ねちゃったじゃねぇか! しかもちょっと泣いてんぞ!?」


「寝たふり? にゃんのことだか〜」


「ふざけんなよ!? 思いっきり吹き出しておいてそれが通るとおもってんのかよ!?」


「にゃ、にゃにを言ってるのやら〜」



 ふと友人達の会話に耳を傾けるとそのような会話が聞こえてくる。

 実際、相談されなかったことを寂しくなかったといえば嘘になるが、僕は大人なのでそれしきのことで拗ねるような真似はしないし、泣いたりもしない。

 僕からすれば、実に的外れな会話をしてるとしか言いようがなかった。



「お、おいアル? 悪かったって?

だ、だからよ。拗ねてないで機嫌直してくれよ? なぁ?」



 ダンテは何を言っているのだろうか?

 別に拗ねてないのだから機嫌を直す必要など一つもないのだ。

 因って、僕の返した言葉はというと。



「……」



 そう、無言である。

 それもそうだろう。拗ねてないのだから機嫌の直しようが無い。

 従って、返す言葉が見当たらないのも至極当然のことだ。



「お、おいやべぇぞ? これ相当拗ねてるヤツだわ……」


「あ、ああ……これは相当こじらせてるな……」


「ちょ、ちょっとどうするのよアレ」


「ダ、ダンテがなんとかすにゃ!」


「な、なんとかってどうすんだよ!?

ああなったアルは相当面倒臭ぇんだぞ!?」



 再び耳を傾ければ、こじらせているとか面倒臭いった単語が聞こえてくる。

 何を勘違いしているのかは分からないが失礼極まりない話だ。


 などと考えていると。



「ア、アル……じ、実はよ……お前に進路のことで相談があるんだわ」



 そのような事を言いだしたダンテ。

 まあ、僕は全然拗ねていないし、全然機嫌も損ねていない訳なのだが――あくまで、仮に僕の機嫌が悪いのだとしたら、それは流石にあからさま過ぎるし、そんな手のひら返しで機嫌を取れると思っているのであれば、僕のことを馬鹿にしている。


 だがまあ、僕は大人だ。

 それを踏まえたうえで、寛容な対応というものを取るべきなのだろう。



「……相談?」


「お、おう。さっきはちょっと意地悪な言い方しちまったけどよ。

実は進路について相談したいことがあったんだわ」



 実に見えすいた手口だ。

 僕はそんな見え見えの手口で絆されるほど甘くは無い。



「へ、へぇ〜そうなんだ?」


「な? だからよ? 相談に乗って貰えねぇかな?」



 まあ、甘くは無いのだが、話くらいは聞くべきだろう。

 僕は窓から視線を切ると、チラリとダンテに視線を送る。



「ダ、ダンテ食いついたぞ! 頑張るんだ!」


「うわぁ……目に見えてそわそわしてるわね……」


「ちょろいにゃ……」



 ついでにそのような会話が聞こえたが、今は構っている場合では無い。



「……で、でもさ? さっきは頼りないって言ってたよね?」


「あ、アレはだな……そ、そうだ! は、恥ずかしかったんだよ!

俺とアルの仲だろ? 改まって相談ていうの照れみたいのがあったんだよ!」


「な、成程! そう言うことだったんだね!

そ、それなら仕方が無いよね! 僕がダンテの立場だったら確かに相談しにくいと思うもん!」


「そ、そうだろ?」



 僕はダンテの話を聞き、納得するように何度も頷く。



「僕は何を見せられているんだ? 少し気分が悪くなってきた気がするんだが……」


「問い詰める彼女と、必死に良い訳してる彼氏に見えてきたわ……」


「だとしたらちょろすぎる彼女にゃ……」



 またも友人達の会話が耳に届くが、これも無視して構わないだろう。

 そう考えると僕はダンテに問いかける。



「だ、だけど……本当に僕なんかでいいの?」


「あ、ああ! 他ならぬアルに聞いて貰いたんだよ!」


「ほ、本当に?」


「ああ! 本当だ!」


「本当に、本当だよね?」


「ああ! 本当に本当だッ!」



 僕が問いかけると若干声を荒げながらも答えてくれたダンテ。

 僕はその様子を見て、ホッと息を吐く。



「も、もう一回、本当だって約束して貰ってもいい?」



 しかし、『やっぱり嘘でした』なんて言われたら堪ったものではない。

 一応。一応もう一度だけ言質を取って置こうと考え、尋ねるのだが……



「う、うるせぇえええッ! 本当に本当だって言ってんだろうがッ!?

なんだお前はッ!? 彼女か!? お前は俺の彼女なのか!?」


「お、おいダンテ! 腹が立つのは分かる! 僕も気持ちは同じだが今は耐えるんだ!」


「そ、そうよ! 殴ったらさっきまでの苦労が水の泡よ!」


「んにゃ! 上目づかいが凄く腹立ったけど! 殴ったら負けにゃ!」



 ダンテはより一層に声を荒げ、何故か友人達は辛辣な言葉を口にする。

 ともあれ、言質は取れたのだ。これで手のひら返しされる事はないだろう。



「ダ、ダンテ……ダンテの気持ちは分かったよ!

僕が! この僕がダンテの相談を聞くから! どんどん相談してよね!」


「お、おう……と、取り敢えず手を握るのはやめてくれねぇか?」



 どうやら照れているようだ。

 僕が手を握ると心底嫌そうなふりをするダンテ。 


 そして、そんな僕達の会話を聞いていたのであろう友人達は――



「アルが女性だったら……悪い男に騙されていそうだな……」


「分かる。『貴方の為に稼いでくる』とか言いだしそうだもん……」


「行きつく先は娼館って訳かにゃ? 容易に想像出来ちゃったにゃ……」



 やはり、的外れな会話を交わしているのだった。

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