第210話 異世界に生きる

 

「アル……本当にアルなんだよね?」


「うん僕だよ。ソフィアには辛い思いをさせちゃったね……本当にごめん」


「アルゥ……」



 僕が謝罪の言葉を口にすると、表情をクシャリと歪ませるソフィア。

 既に充血していた瞳を潤ませ始め、目尻に涙を溜めていく。



「い、今は泣いている場合じゃないわよね!

そ、そういえばアル。アルは状況を把握しているの? 説明は必要?」



 しかし、今にも零れ落ちそうな涙を袖で拭ったソフィア。

 少し照れくさそうにしながらも気丈な表情でそう尋ねた。


 そして、そんなソフィアの姿を見た僕は――



「ソフィアには敵わないな……」



 思わず、そんな言葉を漏らしてしまう。


 ソフィアにとっても、後輩達の死というものは受け入れ難い現実だったに違いない。

 それは十四歳の少女が向き合うにはあまりにも残酷で、逃避したい現実だった筈だ。


 しかし、ソフィアは逃避することもなく、僕のように心を閉ざすことも無く現実と向き合った。

 その過程で、目を逸らしたくなる様な光景を目の当たりにしただろうし、きっと辛い決断もしただろう。

 だというのに、ソフィアは気丈に振る舞おうとするのだ。

 そんなソフィアの姿には胸を打たれてしまうし、敬意すら憶えてしまう。


 僕はソフィアの顔を見て、自然と頬を持ち上げる。



「な、なに笑ってるのよ? か、顔に何かついてる?」


「いや、何もついていないよ。ただ、ソフィアは格好良いなーと思ってさ」


「な、何よそれ? むしろ今更気付いたのって感じなんですけど?」


「今更……本当、今更だよね」



 本当に今更だ。

 ソフィアが格好良いことは、学園生活を送る中で充分に理解していた。

 凄い努力家であることも知ってるし、凄く優しい子であることも知っている。


 今更なのは、そんなソフィアから向けられていた好意に、つい先程気付いたということだ。

 心を閉ざしていた僕を呼ぶ声――告白ともとれる言葉を聞いたことでソフィアの好意に気付いたのだから自分の鈍感さ――いや、鈍感では片付けられない自分の至らなさに呆れてしまう。


 更に付け加えるのであれば――


『僕自身もソフィアに惹かれている』


 そのような自分の感情にも、今更ながらに確信が持てたのだから尚更だといえるだろう。


 ……ともあれ、今は自分の鈍感さや不甲斐なさを悔いている場合では無い。



「えっと。状況を把握しているかだったね?

ヤーの記憶っていうのかな? 僕と入れ換わる際に、ここ数日の記憶も引き継ぐことができたから大体の状況は理解できている筈だよ」


「ヤーの? そっか、ヤーの記憶を受け継いだんだ……」


「うん。ヤーには本当に感謝してるよ」


「そっか……」



 僕が大体の状況を把握していることを伝えると、ソフィアは表情に影を落とした。



「ソフィア? どうしたの?」


「え、あっ、うん……

本当ならヤーに感謝しなきゃいけなかったのに、私は冷たい態度を取っちゃったから……」



 確かに、ヤーの記憶の中にあるソフィアの姿は、少しばかり冷たいようにも感じた。

 しかし、それはヤーからすれば意図した反応だったに違いない。

 僕が戻りやすい環境を崩すさない為に、敢えて悪役を演じてくれた結果なのだろう。



「そっか……でも気にしないで大丈夫だと思うよ?

ヤーも敢えて冷たくされるような態度を取っていたみたいだし。それに、ソフィアには悪いことをしたとも言ってたしさ」



 正直、閉じこもっていただけの僕が言うのは凄く気が引けるが、ヤーの意思を汲むのであればソフィアが気にする必要は無いように思えた。

 従って、少しばかりの罪悪感を憶えながらもヤーの言葉を伝えた。



「敢えて冷たくされるような?」



 ヤーの言葉を伝えると、ソフィアはキョトンとした表情を浮かべるのだが……



「ああ~……要するにアルの為に悪役を演じていたって訳ね……

わざわざ泥を被るような真似をしなくたって良かったのに……やっぱり、アイツのこと嫌いだわ」



 すぐさま、ヤーの意思を汲み取ることが出来たのだろう。

 ソフィアは拗ねた様子で「嫌い」とは口にするものの、その表情は何処か優しげでもあった。








「さて、聞きたいことはまだあるけど……そうも言ってられないみたいね」


「うん。まずは現状を打破するのが先決だろうね」



 ソフィアの言うことは尤もであり、僕は現状を整理する為に周囲へと視線を飛ばす。

 すると、伯爵邸の敷地外では、オーフレイムさんや友人達が、十数体からなる【キメラ】を相手に応戦している姿が確認できた。

 続いて敷地内の状況を窺ってみれば、グスタフ学園長が十体程の【キメラ】を相手に、上手いこと立ちまわっている姿が確認できたのだが……

 物量に押され始めている。といった状況であると判断することができた。



「押し切られるのも時間の問題か……まずはグスタフ副学園長の救援に向かうべきだろうね。

ソフィア。少しだけ離れるけど、この場を任せても大丈――」


「この場は、安心して任せてくれていいわ」



 僕が尋ねようとすると、ソフィアは被せる様にして答えを返す。



「本当……ソフィアって格好良いよね?」


「さっきも思ったけど、それって褒めてるの?」


「うん。褒めてるんだよ」


「まあ、女の子相手にはもっと違う言葉があると思うけど……素直に受け取っとくわ」



 そして、そのようなやり取りを交わした僕は、ソフィアの心強い言葉に後押しされるかのようにして石畳を蹴った。



「おっと」



 数日というブランクが、感覚を僅かに狂わせてしまったのだろう。

 石畳を砕くほどに踏み込んでしまい、体勢を崩してしまう。

 しかし、それを無理やりに立て直すと庭を駆け、グスタフ学園長との距離を一歩、また一歩と詰めた。



「加勢させて頂きます」


「漸く加勢が……ふむ、どうやら問題児が到着したようだな」


「は、はは……反論の余地もありません」



 ヤーの記憶を引き継いだ事により、この数日間に置ける僕の態度も把握していた。

 タイラーを相手に【水刃】を放つような真似をし、あまつさえ侮る様な態度を取っていたのだから、グスタフ副学園長が問題児扱いするのも仕方が無いことなのだろう。



「アルディノ君の実力は理解している。して……やれるのか?」



 元より刻まれたいた額の皺を、一層深くしてグスタフ副学園長は尋ねる。

 その言葉の意図しているものは【命を奪えるのか?】ということに他ならない。



「……ええ、やれます」



 そうは口にしたものの、やはり忌避感は拭えないといのが本音だ。

 先程も二体の【キメラ】に止めを刺したのだが、魔物を殺す感覚とはまた違った、なんとも形容し難い胸のつかえを憶えたのも確かだった。


 ――だが、その一方で【覚悟】も決まっていた。


 正直な話、僕はこの世界の価値観というものに未だに馴染めないでいた。

 それは僕自身の性分もあるとは思うが、前世での価値観が根強く息づいているからなのだと思う。


 だからだろう。

 法の適応されない魔物は、害獣であると割り切ることで、命を奪うことにも慣れることができた。

 しかし、人の命となると法に任せたいと思う気持ちが先行してしまい、どうしても二の足を踏んでしまうのだ。


 ……それは、法治国家で育ったことによる美徳とも呼べる価値観なのだろう。

 しかし、その価値観を持ち続けるというのは、この世界で生きる上での弊害なのかもしれない。


 だから、僕は価値観を変えなければならない。

 そんな簡単に変えられるのなら苦労はしないだろうし、変えられるという確証もない。

 それでも、変えなければいけない――変わらなければ僕の代わりに誰かがやることになるのだ。


 それは、ソフィアであったり友人達であったりと現実に証明されている。

 僕が命を奪う事を遠ざけたとしても、結局は誰かに負担を背負わせてしまうことになるのだろう。


 そんな中、僕だけが前世の価値観を言い訳に使っていい筈が無い。

 傍観して良い筈が無いのだ。


 だから僕は――



「すみません。僕は貴方達の命を奪います」



 この異世界の価値観を受け入れる。



「混合魔法――【水刃唐傘】ッ!!」



 瞬間、僕の頭上に浮かんだのは、唐傘の骨組のような形で展開された十数本からなる【水刃】。



「気休めかもしれませんが……出来るだけ痛みを与えないように命を奪わせて頂きます」



 実際、気休めにすらならないのだろうし、自分を慰める行為でしか無いのだろう。

 だけど、そう伝えずには居られなかった。



「【開け】」



 その言葉と同時に展開する【唐傘】。

 開いた傘のような姿を形作ると、まるで子供が遊んでいるかのようにクルクルと傘が回る。



「【穿て】」



 僕がそう指示を出すと、狙いを定め終えたかのようにピタリ動きを止める【唐傘】。

 次の瞬間、水の刃が全方向へと放たれ、【キメラ】へと襲い掛かる。


 それは、寸分も違わず【キメラ】の心臓や眉間へと飛んでいき――



「……ぐぎゃ?」


「……ぎゃ?」


「……ぎゃふ?」



 【キメラ】達から断末魔の悲鳴をあげる猶予を奪うと、命すらも静かに奪うことになった。



「な、なんだ……今の魔法は?」



 事切れた【キメラ】達の姿を見て、驚嘆の声を漏らすグスタフ副学園長。



「さっきの魔法は【水刃唐傘】。混合魔法です」


「混合魔法……それにしても無茶苦茶すぎる……」



 そう言うと、生き残っている【キメラ】を探すかのように視線を彷徨わせるのだが、生き残りを確認できなかったのだろう。



「アルディノ君……君はいったい何者なのだ?」



 手のひらで顔を半分ほど覆いながら尋ねた。


 実際、その質問に対して正直な答えを返すことは出来ない。

 転生者と伝えるのは無理があるし、【始まりの魔法使い】の弟子と伝える訳にもいかない。

 加えて、【禍事を歌う魔女】の弟子などと伝えるのは以ての外だし、【幻月】の弟子である事も伝えられないだろう。

 従って、僕が口に出来ることは限られており――



「少し過保護な家族に育てられた子供……ですかね?」



 精々そのくらいしか伝えられない。



「確か、メーテ殿とウルフ殿が家族という話だったか……

このような子供を育て上げるとは……教育者として少しばかり嫉妬してしまいそうだよ」



 僕の曖昧な答えを聞き、呆れるように溜息を吐いたグスタフ副学園長。



「ともあれ、アルディノ君のおかげで助かったよ」



 そう言うと、やっぱり呆れた様子で笑みを溢した。



「この場は……もう大丈夫そうですかね?」


「そうだな。一先ずの窮地は脱することはできた。

私はもう大丈夫だから、敷地外の救援に向かって貰えないか?」


「ええ、それは構わないのですが、副学園長はどうするおつもりですか?」


「流石にあれだけの【キメラ】を相手にするのは、老骨には厳しいものがあったからな……

それに屋敷内に【キメラ】が潜んでいる可能性も無い訳ではない。

暫しの間、見張りを兼ねて休憩をさせて貰うことにするよ」


「それはお疲れでしたね……

そういう事でしたら、この場はお任せしてもよろしいでしょうか?」


「ああ、私に構わず、皆の救援に向かって貰えたら助かる」


「分かりました。それでは失礼させて頂きますね」


「いらぬ心配かもしれんが、無理はするんじゃないぞ?」


「はい、お気遣いありがとうございます」



 そのようなやり取りを終えると、僕は再び足に力を込め、今度は敷地外の救援へと向かう。


 一歩、また一歩っと踏み込む度に景色は後方へと流れていき、十も地面を蹴らない内に、敷地外へ辿り着く。

 そして、敷地内に出た事で初めに目に入ったのはダンテが【キメラ】と応戦している姿で――



「ダンテにも迷惑かけちゃったね」



 僕はそう言うと、ダンテが応戦していた【キメラ】の心臓を剣で突いた。



「ヤー!? ソフィアに余計なことするなって言われただろうがッ!!

お前なにやってんだ――……いや、お前アルか?」



 一瞬だけ胡乱気な視線を向けたダンテ。

 しかし、すぐにヤーでは無いことに気付いてくれたのだろう。

 ダンテは困惑するように目を見開いた後、徐々に口角を上げていく。



「おっせぇ!! おっせぇんだよ!

馬鹿アル! 阿呆! 心配させんじゃねぇよ!!」


「ご、ごめんダンテ」


「いや、許さないね! この件が落ち着いたらお前には飯奢ってもらうからな!

しかも【サンダルータ】でたらふくだかんな!」


「サ、サンダルータ!?

ちょっと学生には厳しいような気がするんだけど……他の店じゃ駄目かな?」



 僕的にも迷惑を掛けたという自覚はあるので、食事を驕るのはやぶさかではない。

 しかし、ダンテの言う【サンダルータ】というのはランチで銀貨が飛ぶほどにお高い店で、財布に優しくない。

 なので、もう少し財布に優しい店を提案してみることにしたのだが……



「駄目だね! おいお前ら!

この件が片付いたら、アルが【サンダルータ】で驕ってくれるらしいぞ!

だから怪我なんかして、食いっぱぐれないようにしろよ!」



 ダンテはあっさりと提案を却下すると、友人達に伝える様にして大声を上げる。

 そして、そんなダンテの声が友人達にも届いたのだろう。



「は? ダンテは何を言ってるんだ?

いや……なるほど、どうやらアルディノの意識が戻ったようだな」


「んにゃ! 遅いお目覚めだにゃ! お姫様にキスでもされたのかにゃ?

っていうか、【サンダルータ】で驕りってのは本当にゃんだろうにゃ!? だったらラトラちゃん頑張っちゃうにゃ!」


「まったく……本当に遅いお目覚めですわね?

ともあれ、アルが目覚めたのであれば後顧の憂い無し。ってヤツですわね。

オーフレイム叔父様にも格好悪いところは見せられませんし――段階を上げさせて頂きますわ!」



 【キメラ】を相手にしながも何処か軽い口調の友人達。

 暗かった表情にも明かりが差し始めると、それに比例するようにして動きのキレが増していく。



「おっ!? 今【サンダルータ】って言わなかったか!?

俺もあそこの肉料理が好きなんだよ! 悪りぃなアル! ご馳走になるわ!」



 更には、僕にたかるつもり満々のオーフレイムさん。

 一瞬、なんでオーフレイムさんにまで?

 などと疑問に思ってしまったのだが……



「わ、分かりましたよ! 驕ります!

この件が落ち着いたら皆に奢りますので、その時は存分に食べて下さい!」



 迷惑を掛けたのは紛れもない事実だし、下手に断って皆の士気を下げるのもどうかと考えた結果、僕は皆に食事を驕ることを約束する。



「おっし! 流石アル! そうこなくっちゃな!!」


「まあその際は、僕は少し遠慮して魚料理を頼むことにしてやるよ」


「にゃはは! ベルトも意地が悪いにゃ!

こんな内陸じゃ魚の方が高いんじゃないか? それとも川魚を頼むのかにゃ?」


「いや? 海水魚だが?」


「やっぱり意地が悪いにゃ!

でも、こういう時に遠慮は無用だしにゃ! ウチも高い肉料理頼んでやるにゃ!」


「程々にしてあげた方が宜しいのでは?

でも、皆で食事を囲んだり、お酒を飲むのも楽しかったですしね?

……こっそりお酒も頼んじゃいましょうか?」


「こ、コーデリアたん!? お酒なんか飲んだの!?

駄目だよお酒なんか飲んじゃ!! 酔ったコーデリアたんなんて天使以外の何ものでもないんだよ!?

それに、男は狼――いや、年がら年中繁殖期のオークみたいなものなんだから隙を見せちゃ駄目だよ!

っていうか、アルッ!? コーデリアたんに卑猥なことしなかっただろうな!? あぁん!?」



 皆は【キメラ】を相手にしながらも、悲壮感を漂わせること無く会話を交わす。

 まあ、オーフレイムさんには若干自重して欲しい気持ちも無い訳ではないが……


 それはさて置き。

 そんな明るい雰囲気は、状況さえも一転させたのだろう。



「ポルタ伯爵! 悪りぃけど此処までだわ!」


「ふごっ!?」



 先程まで、接戦を繰り広げていたいうのに、それが嘘であったかのように攻勢へと傾いていく。



「これで終わりだッ! 割れろッ!」


「ぶげぶっ!?」



 まるで、空気の層を裂くようにして振るわれたオーフレイムさんの上段切り。

 それは体勢を崩し、前のめりになったポルタ伯爵の上半身を容易に両断した。


 そして、それを皮切りするようにして――



「悪りぃけど、負けてやれねぇんだよ!」


「生まれ故郷を、これ以上荒らさせる訳にはいかないから!」


「ウチにとっても第二の故郷だからにゃ!」


「ええ、ダンテさんが言うように、こちらにも負けられない理由があるんですの!」



 友人達も、【キメラ】達に止めを刺していく。

 その結果、残されたのは数体の【キメラ】で、僕も応戦する為に一歩踏み出すのだが――



「此処は俺達だけでなんとかなりそうだ! だからアルはメーテさん達を追え!」


「ああ、あの二人なら問題は無いと思うが……万が一ということもあるしな」


「んにゃ! アルに戻ったところを見せて、二人を安心させてあげるにゃ!」


「いってらっしゃいな。これは先輩の命令ですわよ?

……こういう時だけ、先輩面するのは少し卑怯かしら?」



 友人達の言葉で足を止めてしまう。

 そんな中。



「だ、だったら私はアルについていく!

いつものアルに戻ったけど……だけど、少し心配だもん」



 心配そうに表情で見つめてくるソフィア。

 そんな友人達の声と、ソフィアの視線を受けた僕は。



「じゃあ……皆が言うように、僕はメーテ達を追わせてもらうことにするよ。

それとソフィア。ソフィアも一緒に来る?」



 メーテとウルフの後を追うことを決め、ソフィアに手を伸ばす。



「う、うん!」



 短い返事を返すと、ソフィアは僕の手を掴んだ。



「じゃあ、行こうか」


「で、でも……私じゃアルに付いていけないかも……」



 僕が声を掛けると、僅かに俯くソフィア。

 実際、ソフィアが言うように、僕が本気を出したらついていくことは出来ないのだと思う。


 それならば、効率など無視して二人並んでメーテとウルフを追うべきなのだろう。

 しかし、二人の後を追うと決めたのであれば、迅速に二人の後を追う必要あるのも確かだ。


 ではどうするべきか?

 そのように考えた結果、僕はソフィアの腰に手を回す。



「にゃわっん!?」


「ソフィア、抱えさせてもらうよ?」



 僕が腰に手をまわしたことで、ラトラのような声を上げるソフィア。



「へっ!? かかか、抱えるってどうするつもりよ!? ままま、まさかお姫様抱っこ!?」



 顔を真っ赤にしながら、そのような言葉を口にするのだが……



「……なにこれ?」



 次の瞬間には、死んだ魚のような目で呟いた。



「へ? か、抱えてるんだけど?」


「抱えるってこういう事!? 普通、お姫様だっことかじゃないの!?」


「いや、それは恥ずかしいというか柄じゃないというか……」



 抱えるといっても小脇に抱えるといった状態で、不満の声を漏らすソフィア。

 そんな僕達のやり取りを、友人達は横目に見ていたのだろう。



「うん……間違いなくコイツはアルだわ」


「ヤーだったら……普通にお姫様抱っこしてただろうな……」


「荷物じゃにゃいんだから……」


「なんと言いますか……ポンコツもいいところですわね?」



 友人達は、やたら辛辣な言葉を口にする。

 まあ実際、僕も馬鹿な事をやっていると自覚はしている。

 しかし、自分の気持ちを確認した現状では、お姫様抱っこというものは難易度が高すぎるのだ。



「はぁ……もういいわよ……好きにしなさいよ」



 小脇に抱えられた状態で、呆れた声を漏らすソフィア。



「ほ、本当にごめんね?」



 そんなソフィアに申し訳なさを感じながらも、メーテとウルフを追う為、僕は足に力を込めるのだった。






 ソフィアを小脇に抱えながら、市街の屋根を駆ける。



「ちょっ!? 吐く! 私吐いちゃうから!」


「ご、ごめん。 ちょっと速度落とすね」



 誰の家かも知らない屋根の上で、僕は足を止める。



「うぷっ……っていうか、メーテさん達がどこに居るのか分かってるの」



 顔を青くさせながら、ソフィアは不安げに尋ねる。



「うん。予想はついてるよ」


「予想? それって何処?」


「恐らくだけど、場所は貧民街。

二人のことだから周囲に被害が及ばないところに仮面の連中を追いこんでいると思うんだ」


「な、成程ね……出鱈目に飛び回って無いと知って安心したわ」



 余程移動方法に不満があったのだろう。

 当てもなく屋根の上を飛び回っている訳では無いことを伝えると、ソフィアは安心するかのように「ほう」と息を吐いた。


 そして、その時だった。



「魔力反応が……消えた?」



 魔力感知を貧民街に向けて展開していた僕は、貧民街で二つの魔力反応が消えた事を確認する。



「そ、それってメーテさん達!?」


「いや、消えたのは二人の魔力反応じゃないよ」



 心配そうに尋ねるソフィア。

 対して、たび重なる魔力感知によって、二人の魔力の形を把握していた僕は即座に否定する。



「……だけど、急ぐ必要は有りそうだね」



 正直、二人が【落書き】に遅れを取るとも思えない。

 だからといって、足を止める理由にはならないだろう。

 そう考えた僕はソフィアを抱え直すと――



「もう少しだけ我慢してね?」


「い、いやぁあああああああああああ」



 ソフィアが悲鳴を轟かせる中、貧民街へと急いで向かった。


 そして――







「そ、そうだ! お前達! 僕の仲間になれ!

そうしたら永遠の命をくれてやるぞ!? この【賢者の石】でな!」



 【落書き】が口にした瞬間。その場に立ちあうことになるのだった。

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