第202話 禁忌経典

 私の目に映るのは、いつもと変わらないアルの姿。

 その笑顔も、声も、ちょっとした仕草さえもアルそのものだというのに――



「それを反対に表記して【Я】――ヤーって呼んでくれないかな?」



 その口から告げられたのは、アルであることを否定する言葉だった。



「ヤー……それがアンタの名前って訳?」


「そうだね。今のボクをアルって呼ぶのも抵抗があるでしょ?

一応は皆に気を遣ってヤーって名乗ることにしてみたんだけど……気にいらなかった?」


「……どっちだっていいわよ」


「連れないなぁ……ねぇダンテ。ダンテはどう思う?」


「……理解が追いついてねぇ。頭の中を整理する時間をくれ……」


「それもそっか。分かったよダンテ」



 ダンテが眉根を揉みながら答えると、ヤーは笑顔を絶やすこと無く返事を返す。



「つーか、なにがどうなってんだよ……邪神像? ヤー?

お前らの話がちっとも理解出来ねぇんだが……」



 私達のやり取りを見て、頭が痛いといった様子で目尻を押さえるオーフレイムさん。

 事の原因となった【邪神像】やその効果を知らないからか、私達以上に状況を飲み込めていないようだ。


 だけど、状況を飲み込めていなくても、何を優先するべきかは分かっているんだと思う。



「アルの様子も気掛かりだが……取り乱されるよりかは幾らかマシか……

まあ、いい。取り敢えずはカルナ達と合流だ。合流したら事情説明。それが済んだら報告をする為にギルドに向かう事にするぞ。

正直、子供たちの亡骸をこのままにしておくのは忍びないが、俺達だけじゃどうすることも出来ないしな……

だから……悪りぃんだけど、人を送るまでもう少しだけ我慢してくれよ?」



 一先ずはアルの問題を先送りにしたようで、これからの予定を説明すると、申し訳なさそうな表情を亡骸へと向けた。






 その後、私達はカルナさん達と合流する。

 地下通路の奥で目撃した惨状を説明すると、カルナさん達は揃って顔を青褪めさせていたんだけど、それと同時に深刻な事態であることも理解したのだと思う。

 即座に屋敷から出ることを決断すると、私達は報告をする為に冒険者ギルドへと向かうことになった。


 そうして廃屋敷を後にすると、急いで冒険者ギルドへと向かうことになった私達。

 その際に、アルの事についても説明しておくことにしたんだけど――



「心配は心配だが……僕達でさえ乗り越えることが出来たんだ。アルディノなら……きっと乗り越えてくれる筈だ」


「んにゃ! 『心配掛けてごめんね~』って感じで、気の抜けた感じで戻ってくる筈だにゃ!」


「そうですわね。確かに気掛かりですが……今は信じて待つのが最善のように思えますわ」



 心配ではあるものの、アルだったら――という気持ちの方が強いようで、私ほど悲観的ではないみたいだ。


 そのような会話を交わしながらも、私達は足を止めることなく靴底で石畳を叩き続ける。

 その甲斐もあってか、一時間ほど掛かった道のりを、随分と短縮する形で冒険者ギルドへと辿り着くことになった。


 冒険者ギルドに辿り着くなり、荒々しく扉を開いて受付へと向かうオーフレイムさん。

 その足取りさえも荒い所為か、ギルド内にあった視線が自然とオーフレイムさんに集まっていく。



「チッ、見世物じゃねぇんだがな」



 周囲の視線を受け、オーフレイムさんは苛立たしげに頭を掻くのだけど。



「いや、どうせ伝えることだからな。こっちの方が手間が無くて済むか。

おい、お前ら! 報告することがあるから耳の穴かっぽじってよく聞いておけよ――」



 かえって好都合と考えたみたいで、ギルド内に響き渡る程の大声で報告を始めるのだった。






 報告を終えると、ギルド内は蜂の巣を突いたような大騒ぎとなった。

 ギルド内には怒声交じりに大声が飛び交い、ギルド職員や冒険者達は忙しなく駆けまわる。



「おい! 南門の警備に向かう事が出来るパーティーは居そうか!?」


「は、はい! Dランク冒険者の【毒蛇】達が向かってる筈です!」


「Dランクか……最低でもCランク程度の実力が欲しいところだが……時間帯が悪かったな」


「そ、そうですね……夕刻頃には他の冒険者達も依頼から戻ってくると思うのですが……」


「無い物ねだりしてても仕方ねぇか……

おい! 聞けお前ら! Dランク冒険者なら最低二組で警備に当たるようにしろ!

それと門の他にも、学園都市外に通じるような地下水路や水門にも警備が必要だ!

手が空いてるパーティーは警備に向かって貰いたい!」



 受付カウンターの前に立ち、ギルド内に響き渡る程に声を張り上げるオーフレイムさん。

 仮面の連中を逃がすまいと考えているのだろう。学園都市外に通じる門や施設の警備に当たるよう指示を出す。



「おいカルナ、廃屋敷には【乱雑なる図書】を向かわせたんだよな?

それと、学園関係者や領主の所にも人を送ったか?」


「ええ、廃屋敷には【乱雑なる図書】と、調査要員として数名の職員を向かわせたわ。

学園や領主に対する報告に関しても問題無しね。召還願いの封書を持たせた職員を送っておいたわ」


「仕事が早くて助かるよ。悪りぃなカルナ」


「当然の事をしてるまでよ。お礼の言葉なら今も頑張ってくれている職員達に掛けてあげて」



 手元の資料に何かを書き込みながら、応答していくカルナさん。

 カルナさんが言うように、調査や報告と、職員達が色々と頑張ってくれていたのだろう。

 それから二時間くらい過ぎた頃だろうか?

 貴族然とした領主関係者と思われる人達や、学園関係者達が次々と冒険者ギルドに集まり始める。


 その中には見慣れた顔も多くあり、副学園長やミエルさん。それにマリベルさんの姿まで見受けられた。

 そして、そんな顔触れの中にはやっぱりメーテさんとウルフさんの姿もあって……


 私は思わず息を飲むと同時に、アルの事をどうやって説明して良いのか頭を悩ませてしまう。

 しかし、そんな私を他所にアル……ではなく、ヤーはというと。



「メーテ、ウルフ。先に伝えておくけど、アルの精神はお休みの最中なんだよね。

だから、ボクのことはヤーって呼んで貰えないかな?」



 二人の元へと歩み寄り、笑顔を浮かべて自己紹介を始める。



「ヤー? なにを言ってるんだアル?」


「アル? どうしたの?」



 ヤーの言葉を受けて、首を傾げるメーテさん達。



「まったく、馬鹿なことを言ってないで――

いや、アルの内にある微弱な反応……どうやら、冗談を言っている訳では無さそうだな」


「微弱? ……本当ね。アルの気配が希薄になっているわ」



 一瞬は怪訝な視線を向けたものの、私では感じ取ることが出来ない何かを感じ取ったようで、僅かに目を見開いた。



「にわかに信じられない状況ではあるが……それを否定したところで始まらないのだろうな。

それでアル――ではなく、今はヤーだったな。何故このような状況になったのかをヤーは説明出来るか?」


「うん。切っ掛けは【邪神像】に触れた事だね。

アレに触れた事が切っ掛けで、ボクという仮初の存在が魂の器に収まっちゃったみたいなんだよ。

メーテならこの意味が分かるでしょ?」


「アルの身体は少々歪だからな……さもありなんといったところか。

ふむ、それは理解する事が出来たが……どうして仮初の存在――ヤーが表に出ることになったんだ?」


「それは後輩達の亡骸……仲が良かった三人の悲惨な姿を見ちゃったからかな……」


「――ッ 欠席者名簿を見た時に嫌な予感はしていたが……

どうやら現実になってしまったようだな……可哀想に……」



 メーテさんは黙祷を捧げるかのように、僅かな時間瞑目する。



「……察するに、後輩の死を目の当たりにした事でアルの精神が異常をきたしてしまい、完全に異常をきたす前にヤーが身体の主導権を奪った。或いはアルが委ねたといったところか。

そして【邪神像】の効果を考えるに、アルが目覚める為には、己に打ち勝つ必要があると……」


「流石メーテだね。そのとおりだよ」


「そうか……一応はありがとうと言っておくべきなのだろうな」


「お礼なんていらないよ。ボクは【僕】を守ろうとしただけだからね」


「……それでもだよ」



 そのような会話を交わすと、僅かに肩を落とすメーテさん。

 そんな二人の会話を傍で聞いていたからだろう。

 マリベルさんとミエルさんの表情は暗く、ウルフさんも気落ちしているようで、気持ちを表すかのように尻尾がしな垂れていた。


 そして、その気持ちを、私は痛いほど理解することが出来た。

 その為、なにか声を掛けてあげるべきだと考えるのだけど……どのような言葉を掛ければいいのか分からず、気持ちとは裏腹に黙りこんでしまう。


 そうして、なにも伝える事が出来ないまま、メーテさん達の姿を眺めてしまっていると――



「お集まり頂き感謝します。

これから、今回の一件について話し合いを行いたいと思いますので、会議室まで移動をお願い致します」



 カルナさんの声が響き、その声に従うようにして召還された人達は移動を始める。



「あなた達は当事者でもあるし、第一発見者でもあるからこれからの会議に参加して貰うわ。

これ以上あなた達に負担を掛けたく無いっていうのが本音なんだけど……ごめんなさいね」



 そして、カルナさんは謝罪の言葉を口にすると、私達を会議室へと案内するのだった。






 そうして案内された部屋は如何にもといった感じの会議室。

 中央を囲う様な形でテーブルや椅子が並べられているだけの飾り気の無い部屋だった。


 そんな会議室に視線を泳がせてみれば、オーフレイムさんを始めとした冒険者ギルドの面々。

 それに加え、豪奢な衣装に身を包んだ領主と思われる人物や、副学園長を始めとした学園関係者が席に着いていることが分かる


 今この場に居るのは、言わば学園都市の顔役ともいえる人物達。

 重鎮とも呼ばれる人物達で、錚々たる面々と同席するという事実に、尻込みしながら席に着く。


 私達が席に着くと、オーフレイムさんは全員が揃っているのを確認するかのように視線を動かし、席の端から端。ぐるりと一周視線を動かしたところで口を開いた。



「ご多忙とは存じますすが、召還に応じて頂き――ってな口上はいらねぇよな?

事態は切迫してる。余計な口上は抜きにして、早速本題に入らせて貰うぜ」



 そう言ったオーフレイムさんの表情は至って真剣なもので、場の空気が張り詰めていく。



「既に状況説明はされていると思うが……本日、学園都市郊外の廃屋敷で子供達の死体が発見された。

まだ身元確認が済んでねぇから、学園側から報告された欠席者だと断定することは出来ねぇが、欠席者絡みだと考えて間違いねぇだろう。

それでだ……調査報告によれば死体の数は18。

学園側から報告されていた欠席者よりは少ないようだが……それでも死者数は18名にも及んでいる。

この事態を重く受け止めた冒険者ギルドは、本格的な捜査の必要性があると判断させて貰った」



 死者数までは聞かされていなかったようで、会議室がざわつき始める。



「捜査の必要性があると判断させて貰った訳なんだが、それに伴い、東西南北すべての門で警備を行おうと考えている。

これは仮面の連中を学園都市外に逃がさない為なんだが――実際のところ、数組の冒険者に指示を出し、既に警備に当たって貰っている。

それに加え、地下水路や学園都市外に通じるすべての設備に関しても警備に当たって貰う予定だ」



 オーフレイムさんがそのような発言をすると、会議室内は再度ざわついていく。

 そんな中、一人の老人が挙手をすると共に口を開いた。



「警備に関しては賛成だ。だが、少々不安に思えるな」



 そう言ったのは、洒落たスーツに身を包んだ長身の老人――グスタフ副学園長その人だった。



「グスタフの爺様よ。どうしてそう思うんだ?

つーか、テオドールの爺様はどうしたんだよ?」


「テオドール様宛てに召還命令が届いたようでな。数日前から王都に出向いておられる。

それはさて置き……聞く話によれば、賊と遭遇したという話じゃないか?

しかも、その賊というのはオーフレイム殿から逃げおおせたとも聞いている。

下手に警備――というよりかは、実力が無い者を警備にあたらせた場合、被害が拡大するのではないか?」


「それはごもっともな意見だ。

仮面の連中――確かウディとジュリエットとか呼び合ってたな。

あいつらの実力は元Aランク冒険者である俺と比べても遜色が無い――っていうのは言い過ぎかもしれないが、それでもAランクに近い実力の持ち主のように感じられた。

それと、もう一人の仮面の男――【落書き】と呼ばせて貰うが、コイツからは嫌な雰囲気を感じた。

実力こそわからないものの、ある意味、一番危険なのはコイツかもしれねぇな。

つーことで、グスタフの爺様が言うように、実力の無い者を当たらせたとしても力づくで突破されちまう可能性があるだろうな」


「それを理解しているのなら良いんだが……だったら如何にして対応するつもりだ?」


「それはだな――」



 オーフレイムさんが言葉を続けようとして、それは遮られる。



「グスタフの爺様、面倒な問答は辞めない?

私がこの場に居る理由が分からないほど耄碌した訳じゃないんでしょ?」


「テオドール様が私に残るよう指示なされたのは、こういった場合を見越してのことかと」



 そう言ったのはマリベルさんとミエルさん。

 マリベルさんに至っては背もたれに身体を預け、呆れ顔を浮かべている。



「【瞬転】とミエルか……【瞬転】殿は、確か荒事から身を遠ざけていると聞いた筈だが?」


「まあ、荒事は嫌いよ。正直死にたくないしね。

でも――相手は糞以下の外道なんでしょ? 学園都市に暮らしている以上は、流石に見過ごせないわよ」


「……成程【瞬転】とミエルが警備に当たってくれるなら心強い。しかし、他の警備はどうするつもりだ?」



 副学園長が尋ねると同時に、二つの声が上がる。



「では、私が受け持とう」


「じゃあ、私が受け持ってあげるわ」



 声を上げたのはメーテさんとウルフさん。

 だけど……そんな二人に対して周囲の反応は、なんともいえない微妙なものだった。



「君達がか? 確か新任教師で、優秀であるとは聞いているが……」


「申し出はありがたいんだが……アンタらの実力は不確かだからな……」



 二人の実力を知らない所為か、副学園長とオーフレイムさんは疑問を口にする。



「ん? つーか、そっちの獣人の姉ちゃんはパン屋で会った姉ちゃんじゃねぇか?」


「あの時はお世話になったわね。ごちそうさま」


「お、おう、それは構わねぇんだが……名乗り出るからには実力の方はあるんだよな?」


「期待に添えるだけの実力はあるつもりよ?」



 どうやらウルフさんと面識があったようで、そんな会話を交わすオーフレイムさんは、少しだけ驚いているようだった。


 それは兎も角。

 私からしたら、そんな二人の質問は愚問でしかなかった。

 私自身、合宿を通して嫌というほどに二人の実力を理解させられていた事に加え、その正体が【始まりの魔法使い】と【幻月】というお伽話で語られるような存在だという事を考えれば、実力を疑う事すらおこがましいといえる。


 だけど……この場に居る人達の大半は、その事実を知る由もないというのが現実で……

 だからだろう。



「おい女。出しゃばってんじゃねぇよ? コイツは遊びじゃねぇんだぞ?」


「ああ、功名心ゆえなら。自重するべきだろうな」



 懸念の声が漏れてしまうのも、ある意味仕方がない事なのかもしれない。

 そして、小馬鹿にされることになってしまったメーテさんとウルフさん。



「絡むな。今の私はちと機嫌が悪い」


「貴方達の言い分は分からなくもないけど……今は面倒な問答をする気にはなれないのよね。

少なくとも、今疑問を口にした二人よりも実力があると言えば認めてくれるのかしら?」



 恐らくだけど……アルの一件で相当気が立っていたのだろう。

 二人はピリピリとした雰囲気を漂わせ、ウルフさんに至っては煽る様な言葉まで口にする。


 すると、その言葉を受けて、会議室にバンという机を叩く音が響く。



「おい? 俺は【暁鼠】のタイラー様だぞ? それを理解して舐めた口聞いてんのか?」


「ほうほう、私の側近であるアンガスよりも実力があると申すか?」



 メーテさん達の言葉が癪に障ったようで、額に青筋を浮かべる【暁鼠】のタイラー。

 学園都市の領主で、確か名前はポルタ=ネイシー伯爵……だったかな?

 ポルタ伯爵は、不機嫌な表情を隠すことも無く、頬杖を突きながら二人を睨みつけていた。


 そして、あからさまな敵対心をぶつけてくる相手に対し、当のメーテさん達はというと……

 ……私が想像していた以上に気が立っていたんだと思う。



「喚くな。囀るな。力量差というものを理解出来ないのなら唯唯黙していろ」


「なんなら、実演して見せましょうか?」



 場の雰囲気が凍ってしまうような、そんな錯覚をしてしまうほどの張り詰めた雰囲気を漂わせる。



「あ? やってみろよ?」


「アンガス。馬鹿な女共に分からせてやれ」


「はッ」



 しかし、そんな雰囲気に当てられて尚、激高の方が勝ったのだろう。

 タイラーとアンガスは、挑発するような視線をメーテさん達に向けた。



「時と場合を考えろ! そんなことしてる場合じゃねぇだろうがッ!」



 その様子を見て、流石に傍観している場合じゃないと考えたのか、オーフレイムさんは怒声を響かせると共に勢いよく立ち上がる。 


 だけど、それを無視してメーテさん達の前へと立つ、タイラーとアンガス。



「すぐ終わる。オーフレイムのおっさんはちょっと黙って見てろって」


「なぁに。女人の躾けなど数瞬で終わりますよ」



 そう言うと、まるで脅しをかけるかのようにバンとテーブルを叩く。



「おい、姉ちゃん達。さっきなんて言ったよ? もう一回聞かせてくれねぇか?」


「私にもお聞かせ願いたいな?」



 高圧的な態度で詰め寄るタイラーとアンガス。

 更にバンバンとテーブルを叩くと、怒鳴り声まで上げる。



「聞こえねぇのか!? よう、さっきの威勢はどうしたんだよ!? なぁ!?」


「よせよせタイラー殿。貴殿のような者がそのような言い方をしては、答えられるものも答えられなくなってしまう。

くくっ、可哀想に。まるで小動物のように震えているではないか?」


「おうおう、プルプルと震えちまってよ! 怯えるくらいなら初めから舐めた口を利くんじゃねぇよ?」


「そう責めてやるなタイラー殿。聞く話によれば、新任教師らしいではないか?

勇ましい姿を見せて評価を得ようとでも考えたのだろう。そう考えれば可愛く思えなくもないではないか?」



 傍から見れば、強者が弱者をいたぶっているかのような光景に映るのだろう。

 だというのに、ウルフさんの言葉が強かった所為だろうか?

 メーテさん達に、同情の視線を向ける人はあまり多くないように感じた。


 そして、そんな空気を察したのだろう。



「どうした? 失礼を働いたら謝るのが礼儀だろ? よぉッ!」


「そうですな。私への謝罪――というよりも我が君主に対して非礼を詫びて貰いたいものですな」



 明らかに調子に乗った要求を突きつけるタイラーとアンガス。


 だけど……私は知っている。

 メーテさんとウルフさんはこの程度で怯えるような人達じゃないことを。


 そして、私と同じようにソレを理解しているだろう。

 マリベルさんやミエルさん。それにラトラ達は揃って顔を青褪めさせていた。



「ちょっ……アンタ達、それ以上はやめときなさいって……」


「そ、そうですね。これ以上はやめた方がよろしいかと……」



 怯えた様子で、制止するよう訴えかけるマリべルさんとミエルさん。



「【瞬転】に【賢者の弟子】か……お優しいね。アレか? 同じ女だから庇ってやろうってか?」


「生憎、男女平等が私の主義でしてね」



 しかし、タイラーとアンガスは、その訴えをに耳を貸そうとしない。



「一応止めたからね? ……私しーらないっと」 


「……マリベル様に同じく」



 匙を投げるかのような言葉を口にするマリベルさんとミエルさん。

 その様子を見た私も、胸の内で同じような言葉を呟く。



「知らないだってよ。庇って貰えないみたいだぜ? かかっ、残念だったな?」


「ええ、庇う価値を見い出せなかったのでしょう。ですが、それが賢明な判断というものです」



 マリベルさん達が席に戻っていく姿を見て、ニヤリと笑みを浮かべるタイラーとアンガス。


 ……だけど、この馬鹿な男達は思い違いをしている。

 マリベルさん達は庇った訳ではない。馬鹿な男達に対して注意勧告を行ったのだ。


 加えて、メーテさん達に対しても思い違いをしている。

 あれは怯えからくる震えでは無く……恐らくだけど【怒り】――怒りからくる震えというヤツなのだろう。

 そんな風に考えると、私は僅かに身じろぎ、椅子の背もたれをギシリと鳴らす。



「おいッタイラー! 手前ェ、いい加減にしろよッ!」



 そして、オーフレイムさんが再度声を荒げた時だった。



「……なぁ、ウルフ? 私はちと機嫌が悪いといったよなぁ?」


「ええ、確かに言ったわね」


「それでも突っかかって来るこいつらはなんなんだ?」


「さぁ? 馬鹿……なのかしらね?」



 怒りを通り越してしまったのだろうか?

 淡々とした口調で交わすメーテさんとウルフさんの会話が耳へと届き、私はゾクリとしたものを感じてしまう。


 だけど、タイラーとアンガスから見れば、只の強がりにしか見えなかったのだろう。



「まだ舐めた口が利けるってか? まぁ、度胸だけは褒めてやるよ」


「しかし、その結末にまで思慮が至らないとは、些か浅慮であるとしか言えませんなぁ」



 下卑た笑みを浮かべ、侮るような言葉を口にするのだけど――



「喚くな、小僧が」


「五月蠅いわよ、坊や」



 そんな言葉と共に蹴りあげられるテーブル。蹴りあげられた勢いのままに天井へと突き刺さる。



「は?」


「へ?」



 その光景を見て、間抜けな声を漏らすタイラーとアンガス。

 加えて、その光景に意識を奪われたことによって隙を作ってしまったのだろう。

 そんなタイラー達の背後には、いつの間にかメーテさん達の姿があり――



「――げひゅッ!?」


「――ぎゃひッ!?」



 後頭部を掴まれたタイラーとアンガスは、自分の顔面で床を砕く羽目になった。


 そして、一瞬の内に出来上がった光景に、思わず言葉を失ってしまったようで、会議室は静まり返り、天井から落ちる木くずだけがパラパラと音を立てている。


 そんな静まり返った会議室で。

 横たわるタイラー達に一瞥もくれることなく。

 メーテさんは口を開いた。



「オーフレイムとやら。要は学園都市の封鎖したいんだろ?」


「あ、ああ……」


「それならば私が【全て】請け負ってやる」


「へ?」



 間の抜けた声を漏らすオーフレイムさん。

 私を含めたこの場に居る全員がオーフレイムさんと同じ気持ちなのだろう。

 揃いも揃って、頭の中に疑問符を浮かべているような表情をしていた。


 しかし、そんな私達を他所にメーテさんはというと――



「【私は憎む 無遠慮な訪問者を 私は妬む 欠けること無い満月を】」



 鈴の音を思わせる声で詠唱を始める。



「【一本 また一本落とそう 訪問者を拒む鉄の杭を】」



 まるで聞いたことない詠唱が紡がれて行く。



【一本 また一本落とそう 幸福を繋ぐ縄の楔を】



 私の喉がゴクリと鳴る。



【私は焦れる ただ其処にある 届かない幸福に――】」



 そして――



「【禁忌経典六章四項――妄執の揺り篭】」



 詠唱を終えたその瞬間。

 ドンという突きあげるような衝撃と共に、窓から光が差し込む。



「な、何が起きたんだ!?」


「わ、分からないわ。仮面の連中が襲撃をかけてきたのかも!?」



 ギルド全体を襲う様な衝撃を受けたことで、慌てた様子で窓辺へと駆け寄るオーフレイムさん。

 窓辺に手を掛け、外に視線を向けると同時に声を上げた。



「な、なんだコイツは……」



 驚嘆が含まれたオーフレイムさんの声。

 何故そのようなものが含まれているのかを知る為に、私も窓辺へと駆け寄り、外に視線を向ける。

 すると、そんな私の目に映ったのは――



「な、なによコレ……」



 学園都市の外壁の向こう。

 そこから学園都市全体を覆うようにして、水面を思わせる膜のようなものが存在していた。



「コ、コイツは……まさか、あんたがやったのか?」



 学園都市に起きた異常事態、それがメーテさんの詠唱と重なっていたからだろう。

 オーフレイムさんはそのような疑問を口にする。


 そして、そんな疑問に対するメーテさんの答えはというと。



「ああ、勝手ながら結界を張らせて貰った」



 外で起きている異常事態――その原因が自分にある事を認める言葉だった。



「結界!? この規模でか!?」


「そうだ」


「そんなまさか……いや、だがしかし……」



 言質は取ったものの、理解が追いついていないのだろう。

 オーフレイムさんは目尻を押さえ、目を泳がせている。



「これで、どう足掻いても学園都市からは逃げられんよ。

さて、仮面の連中とやらに教えてやらねばならんなぁ。なぁ、ウルフ?」


「そうね。教えてあげなきゃいけないわね」



 そして、困惑するオーフレイムさんを他所に、メーテさんはそのような会話を交わすと――



「教えてやろうじゃないか――誰を怒らせ、誰を敵にまわしたのかをな――」



 そう言って、不敵に笑うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る