第200話 眼球にとまる蝿

 

「おう、お前ら。準備は出来たか?」


「「「はい!」」」



 オーフレイムさんの言葉に、僕達は大きく返事を返す。

 本日は話を聞く為に冒険者ギルドへと訪れたのだが、駄目だった場合は依頼を受けようと考えていた。

 従って、依頼を受けられるだけの準備は整っていた訳だ。



「ったく……俺だって暇じゃないんだがな……」


「す、すみません。オーフレイムさん」


「まぁ、構わねぇよ。お前達を放って置くほうが心配だからな。

けどよ……あくまでお前達は付き添いだからな? そこんとこ履き違えるなよ?」


「分かってるっすよ! 足を引っ張るような真似はしないっす!」


「んにゃ! 任せておくにゃ!」 


「本当に分かってるのかねぇ……」



 ダンテとラトラが弾んだ口調で答えると、呆れ気味に嘆息するオーフレイムさん。

 そうしている間にもギルド側の準備が整ったのだろう。女性職員から声が掛かる。



「オ―フ。こっちの準備は整ったわよ」


「悪りぃなカルナ。で、同行しようって奇特なヤツは何処のどいつだ?」


「……私だけね」


「はぁ? どう言うこった?」


「こう言い方は良くないんだろうけど……子供のお守みたいなものだからね。

それに、学園の依頼自体が割の良い仕事とは言えないでしょ? だから冒険者たちの反応が悪いのよね。

まぁ、それでも手伝ってくれる冒険者も居るし、積極的に動いてくれたりもするけど……

生憎、今日この場には奇特な冒険者は居なかったってことかしらね」


「成程ね……それで、同行するのは俺とカルナだけって訳か?」


「同行するのはオ―フと私だけね。

まぁ、先遣隊としてCランクパーティーの【五本剣】が向かっているみたいだけど……」


「【五本剣】……全員が前衛とかいうバランスの悪いあいつらかよ……」


「でも、良い子たちよ?」


「それは否定しねぇけどよ……」



 親しげな様子で会話を交わす女性職員はカルナさん。

 オーフレイムさんの秘書であり、冒険者時代からの長い付き合いがあるらしい。

 勿論、実力も確かなようで、元はBランク冒険者『鈎杖のカルナ』として名を馳せていたようだ。



「まぁ、無い物を強請っても仕方ねぇか……うし、取り敢えずは出発するか!

口を酸っぱくして言うけどよ、俺とカルナの付き添いだって事を忘れんじゃねぇぞ?」


「「「はい!」」」


「ったく……返事だけは良いんだよな……」



 オーフレイムさんは再度確認をすると、呆れ顔で頭を掻き――



「んじゃ、行くとすっか」



 自らの得物である身の丈ほどの大剣を背負うと、冒険者ギルドの扉をくぐるのであった。






 時間にして一時間くらいだろうか?

 徒歩で郊外まで向かうとなるとそれなりの距離があり、思った以上の時間を要してしまった。


 そうして辿り着いたのは郊外にある廃屋敷。

 通称『幽霊屋敷』と呼ばれている場所で、その名に恥じることの無い異様な存在感を放っていた。



「け、結構雰囲気がある場所だな?」


「そ、そうだね。想像してた以上に不気味かも」



 僕の目に映るのは壁の塗装が剥がれ、割れた窓から暗闇が覗く、如何にもといった廃屋敷。

 屋敷に這う蔦は、まるで地面に引き摺り込もうとしているかのようで、そら恐ろしく感じてしまう。



「てか、先遣隊の【五本剣】は何処に居るんだ?」


「そういえば見掛けないわね? 先に屋敷に入ったのかしら?」


「だが、鉄門は閉まったまんまだぜ?」


「報告によれば、入り口として使用できる場所があるって話だから、そっちから侵入したのかもね?」


「かぁ〜。礼儀正しいね〜。

若いもんは妙に聞き訳が良いっていうか、変に真面目だから困るわ。

こういう場合はちょっとくらい無茶したって良いんだよ! こんな風になッ!」


「ま、待ちなさいオーフ!」



 制止するよう呼び掛けるも、背中の剣を担ぐと鉄門へと向かって振り下ろすオーフレイムさん。

 すると、鉄門と大剣の接触だというのに、ベルの音にも似た、澄んだ金属音が鳴り響いた。



「うしっ! 行くぞお前ら」



 先導するオーフレイムさんの目の前には、錆びてはいるが頑丈そうな鉄門が有る筈だった。

 しかし、今僕の目に映るのは、真っ二つに裂かれた鉄門で、鈍い音と共に生い茂る雑草の中へと沈んでいく。



「つ、つーか、なにアレ……殆ど見えなかったんだけど?」


「あ、ああ、大剣をあんな速度で振るなんて……ただの姪馬鹿では無かったんだな……」



 オーフレイムさんの剣筋を見て驚嘆の言葉を口にするダンテとベルト。

 ベルトが若干酷いことを言っているような気がするのだが……事実なので否定は出来ない。


 まぁ、オーフレイムさんが姪馬鹿なのはさて置き。

 二人が言うようにオーフレイムさんの剣筋は確かに凄まじいものがあった。

 流石に目で追えないという事はなかったのだが、僕の体格ではあの剣を振ることは出来ないだろうし、当然あのような速度で振るう事なんて出来る筈も無い。


 その為、見事までに隆起した背筋を眺めながら。


『僕が想像している以上にオーフレイムさんは凄い人なんじゃないだろうか?』


 などと考えていると――



「流石はオーフ……『暴風のオーフレイム』は未だ健在のようね」



 まるで自分の事かのように、誇らしげな笑みを浮かべるカルナさん。

 その表情は火照っているかのように朱を帯びており、慈しみを帯びた瞳を向けている。


 そんなカルナさんの表情を見た僕は、あれ?もしかしてそういう事?などと考えるのだが……



「さ、流石オーフレイム叔父様ですわ! 最近の言動は気持ちわるっ――じゃなくて、アレでしたけど、やっぱり剣を振る姿は素敵ですわ!」


「コココッ!? コーデリアたん!? 素敵って言った!? 今、素敵って言ったよね!?」



 オーフレイムさんは、カルナさんの表情に気付いていないようで、ニワトリの真似を披露する。

 そんな中、やはりカルナさんは、好意を持った異性に対する視線を向けており、僕はそんな様子を見て――



「オーフレイムさんも鈍感だよね? 皆もそう思わない?」 



 少しばかり呆れてしまい、思わず苦笑いを浮かべしまったのだが……



「お前が言うな」


「アルディノが言うな」


「コイツ馬鹿にゃのか?」


「ねぇ? それわざとなの? それとも皮肉?」



 何故かそのような言葉を返されてしまい、責められる羽目になってしまった。






 その後、伸びに伸びきった雑草を掻き分け、玄関へと辿り着いた僕達。



「お邪魔します――っと!」


「ちょっ!? オーフレイムさん!?」



 玄関へと辿り着くなり、扉に向けて蹴りを放つオーフレイムさん。

 扉を繋ぐ為の蝶番は、その役目を果たすこと無く、扉に引っ張られるようにして玄関ホールへと転がる。



「お〜い【五本剣】何処に居んだ〜?」



 その言葉に対して返ってくるのは、転がった扉の残響のみで、返事は返って来ない。



「本当、あいつら何処に居んだよ?」


「あっ、でしたら魔力感知してみましょうか?」


「おう、頼むわアル」



 下手に動き回るよりかは、魔力感知をした方が早いだろう。

 そのように考えた僕は魔力感知を展開し、屋敷内の様子を探る。



「二階は……反応がありませんね……じゃあ一階は――」


「ア、アルディノ君!? 二階って……まさか屋敷全体を魔力感知をしてるの?」


「そ、そうですけど?」


「そうですけどって……魔力感知をその規模で出来るってどれだけなのよ……」


「コイツはちょっと頭がおかしいからな。

この歳でオークキングを討伐してるのも異常だし、それに加えて学園第一席だ。

コイツがやることに一々驚いてたらキリがねぇよ」


「優秀なのは聞いてるけど……はぁ、ちょっとだけ自信無くしちゃうわね」



 魔力感知を継続する横で、そんなやり取りを交わすオーフレイムさんとカルナさん。

 頭がおかしい人に、頭がおかしい扱いされるのは心底不満ではあったのだが、それでも魔力感知を継続し、程なくして一階部分の感知を終える。

 そして、その結果といえば。


「一階部分の感知を終えたんですけど……人の反応が有りませんね」


「反応が無いのか? ったく【五本剣】は何処に行っちまったんだよ」


「それは分かりません……ですが、扉などの遮蔽物があると部屋の中までは感知出来ませんので、もしかしたら部屋の中に居るのかもしれませんね」


「こんな廃屋敷で、いちいち扉を閉めて部屋を探索してるっていうのか?

それは流石に有り得ねぇし、もしそうだとしたら余程礼儀が正しい――いや、只の馬鹿だぞ?」



 人の反応が無いことを伝えると、露骨な呆れ顔を作るオーフレイムさん。

 しかし、すぐさまそれを崩すと、思案するかのような表情で顎髭を捩じりだす。



「つーか、本当に来てんのか?」


「えっ?」


「屋敷としては立派なんだろうけどよ、別に別館が有る訳でも無いんだよな」


「外から見る限りでは別館などは見受けられませんでしたね」


「そうだろ? そんで本館の大きさも二階と合わせて三十部屋あるかどうかだ。

これくらいの大きさなら、扉を蹴破った音に気付くだろうし、本当にアイツらが来てるなら駆けつけると思わねぇか?」


「そう言われてみれば……そうですね」



 扉を蹴破った際に、大きな音が鳴り響いたのは確かだった。

 これが都市の中心地であったのなら雑踏に埋もれてしまい、気に留めなかった可能性もある。

 しかし、今僕達が居るのは雑踏とは縁遠い郊外であり廃屋敷だ。

 あれだけ大きな音なら聞き逃す筈も無いだろうし、気に留めないというのも無理がある。 



「という事は【五本剣】の方々は来ていないって事なんですかね?」


「そう考えるのが無難なんだが……まぁ、取り敢えずはもう少し状況を確認してみる事にするか」



 そう言うと、剣呑な表情を覗かせるオーフレイムさんなのだが……

 それも一瞬の出来事で、すぐに表情を戻すと探索をする為に歩きだし、僕達はその後を追う事になった。






 そうして二階部分を調べ終え、一階部分も半分以上調べ終えた頃――



「やっぱり居ねぇな……しかも、手掛かりになりそうな物もありゃしねぇ」


「そうですね……」



 【五本剣】の姿も見当たらず、生徒に関する手掛かりも見つけられていない現状に、僕達は肩を落としていた。



「カルナ。例の幽霊屋敷って本当にここで合ってるんか?」


「そ、その筈だけど」


「だとしたら……ガセネタを掴まされたって事か……」



 状況を考えれば、オーフレイムさんの言葉にも説得力があり、半ば諦めの雰囲気が漂い始める。


 しかし、廊下の突き当たりへと辿り着いたその時であった。



「なんだこりゃ……」



 オーフレイムさんはそう言うと膝をつき、視線を落とす。

 薄暗い所為で、何に対して反応を示したのかは確認できなかったのだが、オーフレイムさんは足元を指でなぞる様な仕草をした。



「鉄臭ぇ……コイツは血か……」


「ち、血ですか……?」



 オ―フレイムさんの足元を注視してみれば、コップ一杯を溢したくらいの液体――血溜まりが出来ている事に気付く。



「……しかも渇いてねぇときたもんだ」



 オーフレイムさんは忌々しそうに呟くと、何かを追うようにして血溜まりから視線を外す。



「引き摺った跡か……一気にキナ臭くなっちまったな」



 そして、そう口にした瞬間――



「―――――――――――――――ッ」



 僅かだが、悲鳴のようなものが耳へと届いた。



「今のは悲鳴か? 何処からだ?」


「わ、分かりませんが……右手の部屋の方から聞こえて来たような気がします」


「ここか……お前ら、少し下がってろ」



 この場所では大剣より、腰の短剣の方が取り回しが利くと考えたのだろう。

 オーフレイムさんは右手に短剣を構えると、左手でゆっくりと扉を押し開く。



「人……いや、只の甲冑か」



 部屋の四隅には古めかしい甲冑が置かれており、人と見間違えた事でビクリとしてしまう。

 しかし、すぐさま只の置物である事に気付くと、甲冑から意識を切った。



「誰も居ませんね……確かに、この部屋の方から聞こえた気がするんですが……」


「いや、恐らく正解だ。お前ら足元を見てみろ」



 オーフレイムさんの指先を辿って床に視線を落とすと、先程の血溜まりから引き摺って来たような形で血痕が残っている事に気付く。

 更に血痕を辿ってみれば、部屋の隅へと続いており、不自然な形で血痕が途切れていることが分かった。



「この不自然な途切れ方。こりゃあ地下に繋がる扉があるって事だろうな……

さて、どうすっかな……」



 眉間に皺を寄せながら、僕達に視線を向けるオーフレイムさん。

 恐らくだが僕達が身を案じてくれており、進むべきか、それとも帰還するべきかで悩んでいるのだろう。


 しかし、その時。



「――――――――――――――ッ」


「ああッ! クソっがッ!」



 再び、悲鳴のようなものが届き、オーフレイムさんは声を荒げる。



「本当は連れて行きたくねぇが……こうなっちまった以上はお前らだけで帰すのも不安だ!

だが、この悲鳴の正体が【五本剣】である可能性がある以上は放っておく事が出来ない!

本当に不味いと判断した場合は即座に引き返すし、お前達は俺が絶対に守ってみせる!

だから、悪いけどこっちの事情に付き合って貰うぞ!」


「「「は、はい!」」」



 本音を言えば同行させたくないのだろう。オーフレイムさんは苦渋の表情を浮かべた。

 だが、すぐさまやるべき事を見据えたのだろう。



「反省は後だ! つーか取っ手は?」 



 不自然に血痕が途切れた場所を探り始め――



「――ああッ面倒くせぇッ! おらッ!」



 隠し扉が有ると思われる場所に大剣を深く突き立てると、梃子の原理を用いて、扉とその周りの床ごとひっぺがした。



「カルナ。カンテラ――いや【光明】を頼む」


「わ、分かったわ――【夜を照らす雷光よ 今は優しく撫で 隣人を照らし給え】」



 カルナさんは詠唱を口にすると、雷属性魔法の【光明】を四つ程浮かせる。

 そして、先行させるように【光明】を飛ばすと、僕達は地下に続く階段を降りて行くことになった。


 そうして、階段を降りた先にあったのはダンジョンを思わせるような岩肌に囲まれた地下通路。

 湿度を多く含んだじめじめとした空気は否応なしに僕の気持ちを重くした。

 それは、友人達も同様だったようで。



「ちょっと覚悟がたらなかったのかも知れねぇな……」


「ああ……力になれればとは思ったが……まさか、こんな状況になるとは……」


「んにゃ。考えが足らなかったにゃ……」


「そうかも知れないわね……でも、こうなった以上はやれることをやりましょうよ?」


「そうですわね……せめてオーフレイム叔父様達の邪魔にならないように努力しますわ」



 友人達の口調はどことなく暗いものだった。


 そんな重苦しさを感じる空気の中、僕達は歩みを進め、数分程歩いた頃だろうか?



「誰かぁあああああああああああッ! 誰か助けてくれぇええええええええッ!!」



 今度はハッキリとした叫び声が耳へと届く。

 そして、それとほぼ同時に。


 コツコツコツコツ――


 こちらに向かって、足音が近づいている事に気付く。



「【五本剣】か? ……いや、違うな」



 誰かの喉がゴクリとなる。その瞬間、【光明】が足音の主を照らし出した。



「ジュリエット、今日は来訪者が多いと思わないか?」


「そうねウディ。しかも役に立たない大きな鼠ばかり。

でも――後ろの方には使えそうな鼠ちゃんが居るみたいね」



 そう言ったのは一組の男女……だろうか?

 白塗りの仮面をしているので不確かだが、声の感じからするに一組の男女なのだろう。



「……誰だ、手前ぇら?」


「今の会話で名前は伝わっただろ?」


「伝わったわよね?」


「惚けんじゃねぇッ! お前らが何者かを聞いてんだよッ!」



 オーフレイムさんは怒声を上げる共に、腕を動かすことで後ろに下がるように指示を出す。



「何者? 哲学的な意味か?」


「違うんじゃないかしら? 如何にも学がなさそうな顔をしてるじゃない? そのままの意味だと思うわよ」


「そうか。だが、まぁ……教える必要も無いな」


「そうね。必要も無いわ」 



 男女はそう言うと剣を抜き、オーフレイムさんへと向ける。

 それは明らかな敵対行動だった。



「まぁ、状況的に考えて好意的な訳が無いのは分かってたけどよ――

馬鹿がッ! おいカルナ! こいつらふん縛るぞッ!」


「了解よオ―フ!」



 そう声を上げる共に、背中の大剣を構えるオーフレイムさん。

 カルナさんはその後方で、十手に似た、鈎の付いた銀色の杖を構える。



「愚物が」


「愚物ね」



 そして、お互いが臨戦態勢に入ったのを皮切りに攻防が始まった。



「誰が愚物だボケカスがあぁッ!!」



 鉄門を両断した時と遜色ない動きで大剣を振り下ろすオーフレイムさん。

 咆哮と気迫が相俟って、後方に控えている僕までもが怖気付きそうになる。


 しかし、そんな気迫をものともしない仮面の男、冷静に剣の腹で受け流して軌道を変える。



「チッ! 素人じゃねぇなッ!」



 剣を受け流されたことで僅かに身体を泳がせるオーフレイムさん。

 仮面の女は、その隙を見計らうようにして男の背後から飛び出すと、飛び出した勢いを載せたままに高速の突きを放つ。



「隙だらけよ?」



 突きが決まると思ったのだろう。

 確信に満ちた言葉を口にする仮面の女だったのだが――



「あんたがねッ!」



 オーフレイムさんの後方で詠唱を始めていたカルナさんが、仮面の女の軌道に合わせて【雷閃】を放つ。


 しかし――



「やはり愚物ね」


「なっ!?」



 身体を捻る事で――まるで蛇を思わせる動きで【雷閃】を避ける仮面の女。

 僅かに勢いは落ちたものの、問題無いといわんばかりに、剣を握った腕を伸ばし切った。



「甘めぇんだよッ!」


「がふッ!?」



 だが、その刺突はオーフレイムさんに届かない。

 オーフレイムさんは、大剣で受けていたのでは間に合わないと判断したのだろう。

 瞬時に大剣を手放すと、左手の手甲で刺突を滑らし、右の拳を仮面へと叩き込む。



「得物から手を離すとは愚か」



 大剣を手離した隙を逃すまいと、仮面の男は最短の距離で剣を走らせる。



「馬鹿がッ! 引っ掛かってんじゃねぇよッ!」



 しかし、オーフレイムさんからすれば想定通りの出来事だったようで、柄を握ると腕で振るのではなく、大剣の腹を蹴りあげることで『振る』を再現した。


 ガキィン――


 剣と剣が衝突する、硬質な金属音が地下通路に響く。



「な? 隙なんて無かっただろ?」


「お前……何者だ?」


「手前ェみたいなヤツに名乗りたくはねぇが、オーフレイム叔父様だよ」


「オーフレイム……『暴風のオーフレイム』。ギルドマスターか」


「ご存じのようで嬉しいねぇ。んじゃ、お前達が何者かも教えて貰おうかッ! 力づくでだけどなッ!」


「ぐっ!?」



 オーフレイムさんは獰猛な笑みを浮かべると、まるで重さを感じさせない動きで大剣を振る。

 その速度は徐々に増していき、両者の織り成す剣戟によって、薄暗い地下道に幾つもの火花が散る。



「おい! ねぇちゃんは掛かって来ないのか!?」


「くっ……愚物がッ!」



 仮面の女は未だ殴られた顔面が痛むようで、顔を押さえながらも切り掛ろうとする。



「やらせる訳無いでしょ?」


「ぐ、愚物がぁッ!!」



 だが、カルナさんがソレを許す筈も無く、放たれた【雷閃】によって強制的に距離を取らされることになった。 



「兄ちゃんも威勢だけかよッ!」


「……野蛮人めが」


「愚物から評価が上がったってか? 嬉しいねぇッ!」



 オーフレイムさんは更に剣速を上げて行き、それと共に鋭さも増していく。



「ば、化け物め……」



 仮面の男が評するのも仕方の無い話なのだろう。

 今のオーフレイムさんにとっては、壁や天井など有って無いようなものだ。

 そんなもの関係無いといわんばかりに、大剣が触れた瞬間には切り裂かれていく。


 さながら、その様相は嵐――全てを巻き込んで荒れ狂う姿はまさしく【暴風】で、オーフレイムさんの二つ名の意味を理解した瞬間であった。



「す、凄い……」



 僕は思わず感嘆の言葉を漏らす。

 形勢はオーフレイムさんへと傾いており、決着は遠い未来ではないように思えた。


 しかし、その時だった。



「押されているみたいですね? 助けに来ましたよ」



 仮面の男女の後方から、そのような声が届く。



「チッ、また増え――てめぇ……ソレは何のつもりだよ?」



 そして、その男の姿が【光明】で照らされた瞬間、オーフレイムさんの表情がギリリと歪んだ。



「先程五名程の来訪者があったのですが、その内の一人です」



 それは男の声で、仮面の男女同様に白塗りの仮面を被っていたのだが……

 その白塗りの仮面には、まるで子供が描いたような人の顔が描かれており、その拙さが相俟ってか異様な不気味さを演出していた。


 それだけでも、その男の異常性が窺えるというのに……



「フゴオオオオッ!! フゴオッオオオオオッ!!」



 目隠しと猿ぐつわをされた人を連れているのだから尚更だろう。



「オ―フ……アイツが連れてるのは【五本剣】のタンパよ……」


「ああ、癖のある髪質してるからすぐにタンパだって分かっちまったよ。

――で、どういう了見だ? まぁ、碌な了見じゃないってのは予想出来るが……」


「説明するのも面倒ですからね。物分かりが良いのはこちらとしても助かりますよ」


「うるせぇよ。要するに人質って事だろ?

要求はなんだ? タンパを解放するから逃がしてくれってか?」


「まぁ、そういうことですね」



 仮面の男――【落書き】とでも呼べばいいのだろか?飄々とした口調でのたまう。



「逃がすと思ってんのかよ?」


「駄目ですか? でも、逃がさないとなると、この方は死んじゃいますよ?」


「……タンパも冒険者だ。人質になるくらいなら死を選ぶだろうよ」


「ですって。タンパさんには人質としての価値が無いみたいですよ?」


「フゴッ!? フゴオオオオオオオオッ!?」


「あはっ、ギルドマスターって事はこの人は部下みたいなもんですよね?

まったく部下をなんだと思ってるんでしょうかね〜? あっ、捨て駒と考えているならソレも仕方ありませんね。まぁ、どちらにせよ酷い話ですよ」   


「糞野郎が……」


「糞とは心外ですね……まぁ、でも、嘘は良くないですよ?

敢えて突き放すような事を言って人質として価値が無いことをアピールしたかったんでしょうけど……

こう見えて人を見る目は有るんですよ。だから断言しますが、貴方は仲間を見捨てられるような人じゃない。

――こんな事をされたら尚更だ」



 【落書き】はそう言うと同時に、タンパさんの太ももにナイフを突き立てる。



「フゴッオオオオオオオオオオッ!?」


「て、手前ぇッ!!」


「ほぉら、動揺した。貴方は見捨てられませんよ。優しい優しいギルドマスタァ」



 愉快そうな声をあげる【落書き】。

 その姿があまりにも醜悪で、フツフツと怒りが込み上げてくる。

 そして、怒りが込み上げると同時に、無詠唱魔法であれば【落書き】の虚を突けるのではないかと考えるのだが……



「我慢して……人質がタンパだけとは限らないわ」



 僕の内心を見透かすように、カルナさんから制止の声が掛かる。



「で、ですが……」


「もどかしいのは分かるわ……今は、オーフの判断に委ねましょう」


「わ、分かりました……」



 怒りをどうにか押さえこむと、【落書き】へ視線を向ける。



「さて、そろそろお暇させて頂きますね」


「それが通用すると思ってんのかよ?」


「通用しますよ? だって、僕達を追いかけてる暇なんて無いでしょうからね」


「はっ? それはどういう意味だ?」


「こういう意味ですよ」



 【落書き】はタンパさんの胸に手を当て、なにやらボソボソと呟く。

 更には猿ぐつわを外し、後ろ手に組む形で拘束していた縄を切ると、僕達の方へと蹴り寄こした。



「おいタンパ、大丈夫か!?」



 床に叩きつけられる寸前の所で、タンパさんを抱きかかえることに成功する。



「ああ、それと。地下道の奥にはお土産もありますので、お好きにお持ち帰りくださいね」


「人質を解放して逃げられると思ってんのかよッ! 寝ぼけたかッ!」



 タンパさんが解放されたのだから憂いは無い。

 オーフレイムさんは眼つきを鋭いものにすると、地下通路の奥へと走り去ろうとする三人を睨みつける。


 睨みつけるのだが……



「がぁああッ!? タ、タンパ!? 手前ぇ、何しやがる!?」



 不意に苦痛の声を上げるオーフレイムさん。二の腕を赤く染まっていく。



「おいタンパ! どうしちまったんだ!?」



 タンパさんはそれに答えない。それどころか――



「ぎゃっぎゃっぎゃああああああッ」



 不快感を憶える声を上げ、ニヤリと口角を上げる。

 その口元に注視してみれば、赤く濡れており、オーフレイムさんの二の腕が赤く染まった理由が、タンパさんに噛みつかれたからだと分かった。



「何やってんだよタンパ!? おかしくなっちまったのか!?」


「ぐぎゃあああっ! ぎゃっぎゃっ!」



 それでもタンパさんは答えない。

 代わりに奇声を返すと、身を屈め、飛びかかるようにしてオーフレイムさんへと襲い掛かった。



「止めろタンパ! こんな事してる場合じゃねぇんだよッ!」


「ぐぎゃるるるるっ」



 オーフレイムさんは手四つのような形を取る中で、必死に説得を試みる。

 だが、タンパさんは理性を失っているような――まるで、魔物を思わせる妖しい光を瞳に宿し、ガチガチと歯を打ち鳴らすばかりであった。



「ちっ! すまねぇタンパ!」



 そんなタンパさんの姿を見て、埒が明かないと判断したのだろう。

 オーフレイムさんは、タンパさんの足をすくって地面へと転がす。



「カルナ縄だ! タンパを縛りあげろッ!」


「わ、分かったわオ―フ」



 カルナさんはバックパックから縄を取り出すと、タンパさんを縛で拘束していく。

 程なくして、両手足を拘束することに成功したカルナさん。安堵するかのように息を吐いた。



「ったく、どうなってんだよ……つーか……こりゃあ逃がしちまったな……」


「す、すみません……何のお役にも立てず……」


「いや、気にすんな。これは俺の判断ミスだ。

お前らを守ろうとか、人質を助けようとか、余計なことを考えすぎて判断が鈍っちまった結果だな」



 地下道の奥――仮面の三人が消えた先を見つめながらオーフレイムさんは嘆息し、僕は何も出来なかった事に大きな無力感を憶える。



「でもまぁ……事件の取っ掛かりは掴めた。

これを切っ掛けにギルドや学園が連携を取れば、事の真相が明らかになる日も近いかもな。

今までは事件性があるかも不確かだったんだ。そう考えれば……一応は前進だろ」


「確かに……そうかも知れませんね」


「それはさて置き。取り敢えずは【五本剣】だな。

まぁ、タンパの様子も気掛かりだが……他の【五本剣】も見つかって無いことだし、もう少しだけ調べておいた方が良いかもしれねぇな」


「でしたら、魔力感知で周囲を探ってみますね」


「おう、任せるわ」



 そうして魔力感知で周囲を探ってみると、少し進んだあたりで四つの反応を感知する事が出来た。



「反応がありました! 少し進んだ先、右手側に四つの反応があります」


「四つか、残りの【五本剣】で間違いなさそうだな」


「はい! 反応があるという事は生きているという事ですし……少しだけ安心しました」


「ああ、そうだな。そんじゃ、早速行ってみるか」



 僕達は魔力反があった場所へ向かう事を決めると人員を二つに分けることにした。

 タンパさんの様子が気掛かりという事で、カルナさんとベルト、ラトラとコーデリア先輩がこの場に残り、【五本剣】が怪我をしている可能性を考慮して、残りの四人で反応のある場所へと向かう事にしたという訳だ。



 ――じめじめとした地下通路に、四人分の足音がコツコツと響く。



「そう言えばお土産がなんとかって言ってましたよね?」


「確かに言ってたな。恐らくだが【五本剣】のことを言ってんだろ?」


「ああ、そういう事ですか……趣味の悪い表現ですね」


「だな。あの落書きみたいな仮面被ってたヤツ……アイツ相当質が悪りぃぞ」



 オーフレイムさんとそのような会話を交わしていると、ダンテとソフィアも会話に参加する。



「本当……なんなんすかね? あの仮面のヤツら……」


「趣味が悪いわよね……というか、あいつらが欠席者に関係してるって事?」


「だとしたら……アイツらが誘拐したってことか?」


「分かんないけど……そういう事になるのかしらね?」



 そして、考察ともいえない考察をしながら歩いていると。



「フガッ! フガガッ!」


「フグッ! ムグッ!」



 何かを噛まされたような声が耳へと届き、その声がする方へと小走りで歩み寄る。

 すると、その先にあったのは洞穴を利用して作ったような牢屋で、四人の男女の姿を発見する。



「間違い無く【五本剣】だな。待ってろよ? 今出してやるからな」


「ぼ、僕も手伝いますね」



 オーフレイムさんは大剣を薙ぐことで牢屋の柵を切断し、そこから牢屋内へと入ると拘束の縄を解いていく。

 僕もオーフレイムさんに倣って縄を解いていき、噛まされた猿ぐつわも順に外していった。



「あああ、ありがとうございますッ! 本当に死ぬかと思いましたッ!」


「ありがとうございますギルドマスター! 君も本当に! 本当にありがとう!」



 投げかけられる感謝の言葉に、助けられたという達成感。

 先程、無力感を憶えたこともあってか、なんとも言えない安堵感に支配されてしまう。 


 ――だから気付かなかったのだろう。



「ん? こっちにも部屋があんのか?」



 四人の魔力反応ばかりに気を取られ、僕の後方に部屋があったことに。 


 ――だから気付かなかったのだろう。



「ひぃっ……な、なによコレ……」


「う……嘘だろ……て、てかアレって……」



 僕の後方で、ソフィアとダンテが声を震えさせていたことに。


 僕は、ソレに気付かないままに振り返る。



「――ダンテ、ソフィア。拘束も解けたし、そろそろ皆のところに戻ろうか?」


「ア、アルッ! 見ちゃ駄目ッ!!」


「アルッ!! こっち見んじゃねぇッ!!」



 だが、遅かった。



「ん? どう……した……の……」



 僕の目に映ったのは……無残にも胸を裂かれ、まるでゴミのように積まれた少年少女達の姿。


 そして――



「あ、あはっ、あははっ……エイブン? ビッケス? シータ? な、何でそんなところに居るのさ?」



 眼球に蝿が止まって尚、瞬きすらしない後輩達の姿がそこにはあった。






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投稿を始めて約一年。節目である200話を迎える事が出来ました。

内容的に、こういった展開は望んで居ないという声もあるとは思うのですが……

これからも「魔女と狼に育てられた子供」というお話にお付き合いして頂き、応援して頂けたら嬉しいです。


ここまで読んで頂いた読者の皆様。本当にありがとうございます。


2018.09.29 クボタロウ

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