第199話 ギルド訪問
場所は学食のテラス席。
昼食を終えたテーブルの上には、人数分の紅茶とお茶請けの焼き菓子が置かれていた。
苦く爽やかな紅茶の香りと、甘く香ばしい焼き菓子の香り。
そんな香りを感じながら、食後の雑談に興じていると――
「つーかよ。ここ最近、学園の雰囲気がおかしくねぇか?」
ティースプーンを回し、カチャカチャと音を鳴らすダンテ。
カップ内に小さな渦を作りながら疑問を口にした。
「ああ、物々しいというかなんというか……少し息苦しさを感じるな」
「それに、にゃ〜んか職員たちの様子も変だしにゃ〜」
「そうそう、妙にピリピリしてる感じだし……加えてあの通達だもんね」
「通達というのは――夜間外出禁止令の事ですわよね?
わたくしも五年以上学園に通っていますが……初めての通達だったので少しばかり驚いていますわ」
ダンテが疑問を口にすると、同意を示す友人達。
学園内に漂う雰囲気――緊迫感を帯びた不穏な雰囲気を感じ取っていたのだろう。
そのような言葉を並べると、少しだけ暗いものへと表情を変えた。
「本当、何が起きてるんだろう……」
「何かが起きてるんだとは思うが……肝心な部分は伝えられていないからな……」
ベルトが言うように肝心な部分――通達があったものの、『何が』起きているかまでは知らされていなかった。
だというのに、新学期が始まってから一週間が経過した現在。正確には新学期が始まって四日目だっただろうか?
その頃から妙に緊迫した雰囲気を漂わせ始めた職員達。
日を追うごとにその雰囲気が濃くなっていき、態度として顕著に表れていたのだから不安に感じてしまう。
それに加えてだ。
翌五日目には臨時全体集会が開かれると共に、登下校に関する注意勧告が行われ。
翌六日目には教員達による通学路の見回りの実施。
翌七日目には夜間外出禁止令が通達される事になったのだから尚更なのだろう。
「つーか、メーテさんから何か聞いてないのか?」
「一応は聞いてみたんだけど……」
当然、職員達が緊迫している理由を尋ねてはいた。
しかし、メーテから返ってくる言葉といえば――
「『今は調査段階で確信が持てていないし、悪戯に不安を煽る様な真似もしたくないんだ。
まぁ、アルであれば無暗に吹聴する事は無いと信じてはいるんだが……それに……
と、兎も角。職員総出で都市の見回りをしてるし、冒険者ギルドにも協力を頼んでいるから、アルは心配せず学業に励んでくれ』――だってさ」
そのような言葉で、やはり肝心な部分は教えては貰えなかった。
「へぇ、アルに甘いメーテさんが教えてくれなかったのか?
アルが聞けば教えてくれそうなもんだけど……珍しい事もあるもんだな?」
「甘いのは認めるけど……まぁ、珍しいのかな?」
メーテから聞かされた話を伝えると、物珍しげな表情を浮かべるダンテ。
まぁ、確かに珍しいといえば珍しいような気がするのだが……
メーテにも職員としての立場があるのだろうし、職員の立場からしたら僕だけ贔屓する訳にはいかないのだろうから仕方がない。
そのように考えていると。
「でも、モヤモヤするわよね」
「本当ですわね。もう少し情報があれば良いのですが……」
ソフィアとコーデリア先輩が、不貞腐れたように口を尖らせる。
「情報があればこのモヤモヤも少しは晴れるとは思うんですけど……
アルが釘を刺されている以上は、職員に聞いて周るっていうのも気が引けますしね……」
「そうですわね……職員から情報を入手出来ないとなると……」
そして、胸の前で腕を組むと片方の手を顎に当て、悩む素振りを見せる二人。
そんな二人のやり取りを聞いてたのであろうダンテは、なにやら思いついたかのようにポンと手を打つと――
「職員が駄目ならよ――」
一つの案を口にするのであった。
その翌日。僕達は冒険者ギルドへと足を運んでいた。
何故、冒険者ギルドへ足を運んでいたかというと、それは昨日のダンテが出した提案。
『職員が駄目ならよ――メーテさんの話によると冒険者ギルドにも依頼してるみたいじゃん?
だったら冒険者ギルドで話を聞けば良いんじゃねぇか?』
そんなダンテの提案を採用することにしたからだろう。
そして、今日は奇しくも休日。足を運ぶには丁度良かったことも採用に至った一因なのだろう。
僕達は冒険者ギルドの扉を押し開くと、その扉をくぐる。
すると、周囲の冒険者の視線が僕達へと集まり、冒険者たちは僅かに眉を顰めた。
そんな冒険者たちの反応に怪訝なものを感じながら僕達は受付へと向かい、受付に辿り着くとコーデリア先輩が代表して口を開いた。
「オーフレイム叔父様はいらっしゃいますか?」
「ギルド長ですか……一応居るには居るんですけど……」
受付の女性職員は対応をしてくれるのだが、他の冒険者と同じように僅かに眉をひそめており、何となくギルド自体に妙な雰囲気が漂っているように感じてしまう。
「なんか……学園の雰囲気と似てるわね」
周囲を見回し、ボソリと溢したソフィア。
それは的を射た発言であり、ギルド内に漂う雰囲気が学園と同様のものである事に気付いた。
そして、そのように感じてる間にもコーデリア先輩は手続きを終えたのだろう。
受付職員は席を立つと奥の部屋へと向かったのだが……
「コココッ!? コーデリアたん!?」
受付職員が部屋の奥に消えたと思った次の瞬間。
ニワトリのような奇声を上げ、奥の部屋から飛び出してきたのはオーフレイムさん。
「お、お久しぶりですわ、オーフレイム叔父様」
「本当だよぉ! コーデリアたんが依頼を受けてたのは知ってたけど……いつも俺が居ない時に来るんだもん!」
冒険者ギルドの依頼は度々受けてはいたのだが、ここ最近、オーフレイムさんと顔を合わせていなかった。
だからだろう。可愛い姪に会えた嬉さのあまり、オーフレイムさんの言語は著しく崩壊している。
「も、申し訳ありませんわオーフレイム叔父様。どうにもタイミングが合わなかったようで……」
「それなら仕方無いけどさ……もう! コーデリアたんに嫌われてるのかと思って、叔父さん胃に穴があきそうだったんだゾ!」
更には、恥も外聞もか関係無く「もう」とか「だゾ」などと言うオーフレイムさん。
正直、中年男性の猫なで声は気持ち悪い以外の何ものでも無く、オーフレイムさんと初めて会った際に感じた威厳というものが、僕の中で跡形も無く瓦解した瞬間でもあった。
ちなみにだが、タイミングが悪くて会えなかったのでは無く……
『今は……嘘を吐くような叔父様には会いたく無いですわ!』
そのようなコーデリア先輩の要望があった為、オーフレイムさんの留守を狙って依頼を受けていたというのが真実である。
それはさて置き。オーフレイムさんからすれば久しぶりに会った可愛い姪だ。
その浮かれっぷりといったら凄まじいものがあり。
「叔父さんに話があるんだってね? 応接室で話を聞くから早速移動しようか!
ああそうだ! おう! コーデリアたんに最高級の紅茶とアドなんちゃらっていう焼き菓子の用意だ!」
「紅茶は兎も角……焼き菓子ってアドングレイの焼き菓子の事ですよね?
流石に常備していないんですが……」
「馬鹿野郎ッ! 無いなら買ってくるしかないだろうが!?」
「えっと……開店は正午過ぎの筈なんですけど……?」
「開けるんだよッ! 開けるのッ! 分かる? 開いて無いんだったら無理やり開けて貰うしか無いでしょうがッ!?」
このおっさん無茶苦茶である。
姪が可愛いのは分かるのだが流石に横暴が過ぎる。
そう思った僕はオーフレイムさんと職員の会話に割って入ることを決めるのだが……
「オ、オーフレイム叔父様? わ、わたくしはオーフレイム叔父様と席を御一緒するだけで只の紅茶が最高級の物のように感じますし、焼き菓子など無くても胸が満たされますわよ?」
「あっ、やべぇコレ。コーデリアたん天使の枠飛び越えちゃったかも」
僕よりも先に話に割って入るコーデリア先輩に、相変わらず頭のイカレた発言をするオーフレイムさん。
コーデリア先輩の頬が信じられないほど引き攣っており、もはやオーフレイムさんに対して拒絶反応すら見せ始めているのだが……どうやらオーフレイムさんは気付いていないようで、恍惚の表情を浮かべていた。
……まぁ、それは兎も角。
コーデリア先輩が話に割って入ったことによって落ち着きを取り戻したオーフレイムさん。
僕達は応接室へと案内され、冒険者ギルドに訪れた本題を話すことに。
「それでコーデリアたん。今日はどういった用件があるんだい?
あっ!? もしかしてだけど……叔父さん会いたかったとか!? そういう感じなの?」
「えっ……は? あっ……あははははっ」
……いや、本題に入らせてくれないようで独自の解釈を展開するオーフレイムさん。
ふとコーデリア先輩に視線を向けてみれば、相変わらず頬を引き攣らせており、死んだ魚のような目をしていた。
その為、少しコーデリア先輩には休んで貰う事を決めると、僕はコーデリア先輩の役目を引き継いで、代わりに用件を伝えることにした。
「えっと、用件はですね――」
「んだよアル? 俺がコーデリアたんと話してる最中でしょうがッ!?」
「す、すみません。で、でも久しぶりに大好きな叔父様に会えたのが嬉しいんでしょうねかね?
コーデリア先輩も言葉に詰まっている様子なので、話は僕が引き継がせて頂きますね」
「ほえっ!?」
「えっ!? そうなの!? そ、それじゃあしょうがないよなぁ〜。
し、仕方ないからアルで我慢してやるよ。で、用件ってのはなんなんだよ?」
コーデリア先輩が『わたくしそんなこと言っていませんわ!』といわんばかりに目を見開いているが、こうでも言わないと話が進まないと判断した僕は、必要な犠牲であると割り切って話を進める。
「それで本題なんですが……学園から依頼が来てますよね?」
「ん? ああ、確かに依頼は来ているけどよ……お前らにまわせる依頼じゃねぇぞ?」
「僕達にはまわせない?」
「そうだ。まぁ、依頼っちゃ依頼なんだけどよ……どちらかっていうと協力要請みたいなもんだからな。
遅い時間に学園の生徒を見掛けたら早く帰るように注意してくれだとか、不審者を見掛けたら連絡をくれっていう依頼だから、お前らにまわせるような依頼じゃねぇんだよ」
「そうだったんですね……というか、自分で聞いておいてなんですが一応は依頼なんですよね?
依頼内容を喋っても構わなかったんですか?」
「協力要請みたいなもんだって言っただろ?
冒険者に通達しなきゃ意味ねぇし、依頼板にも張り出してんだから問題無いわな」
僕は成程と頷き、更に確信へと迫る。
「それで、その依頼なんですが……何故そのような依頼が来たのか教えて貰えたりしませんか?」
「ああ……これは言ってもいいんか?
まぁ、学園側からすれば学生に余計な心配を掛けたくは無いんだろうけどよ……
一応はお前達も冒険者だしな。聞かれたら答えない訳にはいかねぇのかな?」
僕が確信に迫ると逡巡するように頭を掻くオーフレイムさん。
少しの間を置いた後に、渋々といった様子で口を開いた。
「まぁ、あれだ。欠席者が多いらしい」
「欠席者?」
「ああ、新学期が始まって一週間が経過しただろ?
例年通りなら帰省組が間に合わないのも含めて20人前後の欠席者で収まる筈なんだが……
今年に限っては46人。帰省組とか単に体調不良の欠席者も徐々に出席するようになったみたいなんだが、それでも今現在で32人の欠席者が居るみたいなんだわ」
「32人も……ですか? だから職員達はピリピリしてたんですね……」
「そうだ。それはちょっと異常だろ?
だから学園側も事件性がある可能性が高いと判断したみたいで、冒険者ギルドに依頼をしたって訳だな」
「そうだったんですね……でも、32人ですよね?
学園の対応やギルドの対応が少しばかり悠長に思えるんですが……」
「まぁ、そう責めてくれるなよ。
本来だったら今年は欠席者が多いな〜。ってだけで済ませちまう可能性もあったんだ。
それなのに早い段階で学園の職員を動かし、尚且つ冒険者ギルドにまで依頼をするってのは中々出来る事じゃないんだぜ?
何故なら人を動かすのは金が掛かるし、金を掛けた以上は発案者にそれなりの責任が伴う。
むしろ、事実関係が明らかになって居ない状況で決断した行動力は褒められるべきだと思うし、ギルドとしても迅速に動いてる方だとは思うんだがな」
「確かに……そうなのかもしれませんね……すみません」
オーフレイムさんの言葉は正しいのだろう。
人を動かすのも只ではないし、人それぞれに事情もあるだろう。
そして、それが学園や冒険者ギルドという組織であれば、各組織の事情というヤツも絡んでくる。
だというのに深く考えず、思った事をただ口に出してしまった僕は、反省をすると共に謝罪の言葉を口にした。
「大人の世界ってのは複雑だしままならない事もあるからな。まぁ、そんな暗い顔すんなって?
一応は協力要請って話なんだが……テオドールの爺様に貸しを作っておくのも有りだからな。
ギルドはギルドで独自に調査して、手の空いたパーティーに色々と探らせてる所だからよ。
だから、お前達は安心して学業に励めばいいさ。要は大人に任せておけって話な訳だ」
謝罪の言葉を口にしたからだろう。僕に対して励ましの言葉を掛けるオーフレイムさん。
こういう姿を見ると、やはりギルドマスターなんだなと実感させられ、同時に頼もしく感じてしまう。
「だから! コーデリアたんも安心して叔父さんに任せてよね!」
……まぁ、姪の事になるとやはり駄目な部分が目立ってしまうのだが……
ともあれ、聞きたい話を聞くことは出来たし、学園に漂う緊迫した雰囲気の理由も分かった。
本音を言えば、やはり不安に感じる部分も確かにある。
しかし、学園やギルドの大人達が動いてくれている以上は、大人達を信じて朗報を待つのが正解なのだろう。
そのように考え、後は大人達に任せるべきだと納得させていると――
「俺達もなんか捜査を手伝った方が良いんじゃないか?」
「難しいところだな……僕達が動いた所で下手に掻きまわす結果になるかもしれないからな」
「じゃあ、冒険者として動けばいいんじゃにゃいか?」
「それでもよ。学園の生徒だって事実は変わらないんだから下手に動かない方が良いと思うわ」
「そうですわね……学園の生徒が事件に巻き込まれた可能性があるのなら、尽力すべきというのが本音なのですが……」
友人達はいまいち納得――というよりかは力足らずな事を嘆いているようで、複雑な表情を浮かべていた。
そして、タイミング良いのか? それとも悪いのか?
「ギルドマスター失礼します! 近隣の住民から有力な情報が入りました!
なにやら前期休暇中、郊外の廃屋敷付近で数名の生徒を見掛けたという――ら、来客中でしたか!
し、失礼しました」
慌てた様子で応接室に飛び込んできた職員。その言葉を友人達が聞いてしまった結果。
「聞いたか? 郊外の廃屋敷だってよ」
「んにゃ! 有力情報ゲットにゃ!」
捜査することに対して積極的な意見を述べていたダンテとラトラの表情が綻び――
「郊外の廃屋敷ね……コーデリ先輩は知ってます?」
「郊外となると……確か『幽霊屋敷』と呼ばれている場所があった気がしますわ」
「ああ、確かにそう呼ばれている場所がありましたね……幽霊屋敷か」
情報を得た事で、割と否定的だった他の三人の会話に僅かな積極性が含まれる。
そんな友人達の様子を見ていた僕とオーフレイムさん。
「これ……僕が止めても無駄っていうか……間違いなく行くつもりな気がするんですけど?」
「……ああ、俺が止めても聞かない気がするな」
そのような会話を交わすと。
「はぁ……だったら、放っておくより俺が付き添っちまった方がまだ安心だろうな……」
何処か諦めた様子で、オーフレイムさんは呟くのだった。
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