第198話 欠席者
合宿を終えてからというもの、僕とマリベルさんは転移魔法の研究に勤しんでいた。
では何故、転移魔法の研究をする事になったかというと?
合宿の際に『カシオス式短距離転移理論』という一冊の理論書と出会い、そこに記された内容に興味を持った――というよりかは違和感を感じた事が切っ掛けだったといえるだろう。
――とは言っても、初めは研究をする事に対して否定的な部分もあった。
何故なら、この著者というのが少しばかり変わり者で、研究の為なら失敗も厭わない人物であったからに他ならない。
まぁ、それでも『失敗は功の母』という言葉がある事を考えれば、失敗自体は大きな問題では無いだろうし、むしろ失敗しても折れない心を称賛するべきなのだろう。
だがしかしだ……
その失敗の結果が身体の欠損であり、意図して失敗している節があるとなれば話は違ってくる。
流石に身体の欠損さえ厭わないというのは狂気の沙汰としか思えないし、それでも研究を続けるという姿勢は、頭のネジが外れている一種の狂人のように思えた。
だからこそ、僕とマリベルさんは『カシオス』という人物を深く理解する事に抵抗があり、研究する事に対しても否定的だったのだが……
……結局は、カシオスという人物が内包する狂気に惹かれてしまったのだろう。
学園都市に帰ってからというもの、『カシオス式短距離転移理論』を基礎にして転移魔法の研究に勤しんでいた訳だ。
ちなみにだが……今のところ目に見えた成果は残せておらず、マリベルさんと共に「先は長そうだ」と首を捻っているのが現状である。
まぁ、それはさて置き。
家事や鍛練の合間を見て、転移魔法の研究に勤しんでいた事に加え。
友人達と冒険者ギルドの依頼を受けたり、席位持ちとして還御祭の準備に追われていたからだろう。
気が付けば前期休暇も残り僅かとなっており、あっという間に新学期を迎える事となった。
「そ、それでは……あ、明日からは通常授業になるので……わ、忘れ物をしないように……し、して下さいね?
そ、それでは……き、今日はここまでです……ま、また明日……あ、会いましょう」
そう言ったのは僕達の担任教師であるサーディー先生なのだが、久しぶりの登校という事もあってか三つ編みを忘れており、初対面を彷彿とさせる中々に恐ろしい見た目をしている。
しかし、流石に二年もの付き合いがあればクラスメイト達も見慣れて来たのだろう。
若干驚いてはいるものの、悲鳴を上げる事も無く返事を返していた。
そうして、後期授業に関する連絡事項を終えたサディー先生。
ヒラヒラと手を振りながら教室を後にし、それを見届けたところでダンテが口を開いた。
「はぁ……前期休暇も終わっちまったな、これから勉強漬けの毎日だと思うと気が滅入るぜ……
しかも、座学の授業が増えるとか勘弁してくれよ……」
サーディー先生の話によれば、後期授業では生徒の選択肢を広げる為に、様々な選択授業が用意されるらしいのだが……
ダンテからしたら面白くない話のようで、そう言うと大きな溜息を吐いた。
「休み明けっていうのは確かに気が滅入るけど……でもさ、学園生活も楽しくない?」
「まぁ、楽しいちゃ楽しいんだけどよ……あ〜あ、座学なんて無くして全部体術の授業だったら良いのにな〜」
更には、無茶な要求を口にするダンテ。
「そうなるとウルフさんの授業が必然的に増える訳なんだが? それでも良いのか?」
「うぐっ!? そ、それはそれで辛いものがあるな――って事でさっきの発言は無し! 却下だ!」
しかし、ベルトの正論を聞いた事で、無茶というか穴だらけの要求である事に気付いたのだろう。
ダンテはあからさまに顔を顰めると、慌てた様子で要求を取り下げてみせた。
そうして要求を取り下げたダンテ。今度は教室内に視線を彷徨わせる。
「つーか良いよな。帰省組はまだ休めてよ〜」
「帰省組か……まぁ、僕には縁の無い事だがな」
ダンテに釣られれるようにして周囲を見渡してみれば、帰宅準備を始めるクラスメイト達の姿と幾つかの空席がある事が分かる。
「ったくよ。俺達の休みも帰省組に合わせて長くしてくれりゃー良いのに」
「ダンテはまた無茶を言って……でも、それは無理なんじゃないかな?
帰省組の休みが長いのは事実だけど、どちらかというと猶予みたいなもんでしょ?」
「それは分かってんだけどよ……羨ましいもんは羨ましいだろ?
つーか! 俺が出席してんだから皆も間に合うように帰って来いつーの!」
そう言うと不貞腐れるように「へ」の字に口を曲げるダンテ。
随分と自分本位な言い方にも聞こえるのだが……ダンテが愚痴る気持ちも分からなくは無い。
何故なら、帰省しなかった僕達とは違い、帰省組には一週間ほど長い休みが多く与えられるからだ。
では、どうして帰省組の休みが一週間ほど長いのかというと、それはこの世界の交通事情に関係している。
本来、学生が帰省する際には、学園の転移魔法陣を利用して帰省するというのが基本だ。
しかし、長距離転移の魔法陣ともなると、おいそれと設置することが出来ないようで、学園都市から転移出来る場所は幾つかの大都市に限られている。
それが運良く帰省場所であったのであれば問題は無いのだが……
問題なのは最寄りの都市として転移した場合で、その場合、帰省の為に移動する必要があり、この世界の主な交通手段――馬車に頼らなければいけなくなるというのが更なる問題だ。
そして、その馬車なのだが……
僕が暮らしていた世界の交通手段のように、予定時刻に到着して、予定時刻に出発という訳にはいかない。
馬の体調が悪ければ道程の半分も進まない日があるし、舗装のなされていない街道では、少し天候が崩れただけで通行が困難になり、数日の足止めを喰らう事なども間々ある事だ。
そういった諸々の理由を考慮した結果。帰省組には一週間ばかり長い休暇――正確には猶予が与えられるという訳なのだが……
まぁ、あくまで猶予であり、その猶予さえ超過した場合は成績や評価がガクッと下がるらしいので、そこまで羨む程ではないというのが僕の本音だった。
しかし、ダンテにとってはどうしても羨ましく映るようで。
「ああ〜。来年は俺も帰省しようかな〜……」
机に突っ伏しながら、気だるげに呟くのであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
それに気付いたのは一人の新人教師であった。
「ふむ、随分と出席率が悪いようだな……」
そう言った新人教師――もといメーテは怪訝な表情を浮かべており、手には生徒名簿が握られている。
「そうですか? まぁ、うちのクラスにも帰省から戻って居ない生徒はいますが……ある意味例年どおりだと思うのですが?」
「いや、帰省から戻っていない生徒もそうだが……一般生徒の出席率も悪いようだ」
「一般生徒もですか? ああ〜多分あれですよ。帰省組は一週間ほど休みが長いじゃないですか?
だから俺も休んでやろうって生徒が毎年何人かはいるものなんですよ。
それに、この時期は気温が下がって来る時期ですしね。体調を崩す生徒なんかも結構いるんですよ」
「……46人もか?」
「へっ?」
「新学期が始まって四日ほど経つが、今だ出席していない生徒が46人も居るのは例年どおりなのかと聞いている」
「よんじゅう……ろく?」
「ああ、しかもその大半は低学年だ。これは例年どおりなのか? 早く答えろ」
「ちょっ、ちょっと待って下さい!」
メーテが尋ねると、慌てた様子で卓上の資料を漁り始める先輩教員。
新人のメーテに対して終始敬語なのは、席位争奪戦の一件で再教育を施された結果なのだが……
まぁ、それは栓無き事だ。
「あ、ありました! えっとですね……
去年の前期休暇明けは18人……その前となると16人といったところですね。
更に、それより前になりますと……それでも20人前後といったところでしょうか?」
「要するに、今の状況は異常ということか?」
「え、ええ……改めて資料を拝見させて頂きましたが……正直言ってこれは異常かもしれませんね」
「では、どうするつもりだ?」
「そ、そうですね……まずは事実関係を確かめてから、然るべき対応を――」
「まぁ、それが正規の手順だとは思うんだが……しかし、妙にキナ臭いな」
「キナ臭い?」
「ああ、帰省組にしろ一般生徒にしろ、欠席者はある程度はばらける筈だ。
しかし、さっきも言ったように欠席者の大半は低学年だ。
もしかしたら……もしかしたらだが、なにかしら事件性があるんではないかと思ってな」
「じ、事件!? それは一体!?」
「それは私にも分からない……が、こうも偏っていては事件性があると考えるのは不自然な事ではないだろう?」
「確かにそう言われてみれば……で、では、どうすれば?」
「どうするもこうするも、こういった場合どう対処しているんだ?
お前の方が学園のやり方に関しては詳しい筈だろ?」
「そ、そうでしたね! こういった場合は憲兵に連絡か……或いはギルドに依頼するといったところでしょうか?」
「ふむ、憲兵か……憲兵に連絡となるとちと大事になり過ぎるか?
正直、私の思い過ごしという可能性もあるからな……学園側で調査を進めつつ、冒険者ギルドにも依頼するというのが妥当な案といったところか」
「そ、そうですね! それが妥当だと思われます!
では、私は職員に事実確認をするように通達してまいります! それと冒険者ギルドの方にも連絡を入れておきますね!」
ベテラン職員は机に手を付いて勢いよく立ちあがると、通達をする為に他の職員の元へと向かうのだが……
実際のところ、あくまでメーテの勘でしかなく、事件性があるかも分からない。
それなのにメーテの言葉を疑う事も無く、すぐさま行動に移してみせたのは、余程メーテの再教育が堪えたからに違いない。
まぁ、そんな先輩職員の姿を見たメーテは「少しばかりやり過ぎたか?」などと考えるのだが……
やはり、それも栓無き事なのだろう。
そして、再び生徒名簿へと視線を落とすメーテ。
「確か……アルから聞いた名前だな……ただの杞憂で終われば良いんだが……」
欠席者の中に一年生トリオの名前を見つけると、不安げに呟くのであった。
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