第197話 幽霊屋敷
アル一行が合宿を終えようとしていたその頃。
エイブン、ビッケス、シータの一年生トリオは、学園都市郊外へと訪れていた。
「つーか、学園都市七不思議を調べ始めてから結構経つけどよ……がっかりだよな……」
そう言ったのはエイブンなのだが、その言葉からは落胆の色が窺える。
「『時計台から落ちる人影』の正体が、看板の影が時計台に映り込んだだけだったとはね〜……」
「本当だよ……『歌う肖像画』は、肖像画の裏に穴が空いてて、そこから漏れた風の音が正体だったし……
『トイレから聞こえる少女の啜り泣く声』は、配管が老朽化してて、水を流すと啜り泣いてるように聞こえるだけだったからな……」
「はぁ……だから言ったんだ。学園七不思議なんて嘘っぱちだって」
学園七不思議を解明する為に、前期休暇という貴重な時間を割いていた一年生トリオ。
だというのに、突きつけられるのは身も蓋も無い真相ばかりで、碌な成果が挙げられていない現状に思わず溜息を溢してしまう。
「……その割には、なんだかんだ言いながら付いて来てんじゃん?」
「お、お前らだけだと無茶しそうだから仕方無くだ!」
「ビッケスは素直じゃないな〜。このこの〜」
「う、うるさいなっ!」
そして、そのようなやり取りを交わす一年生トリオなのだが、どうして郊外まで足を運んでいるのかというと――
「うしっ! 着いたぞ!」
「ったく……いい加減諦めれば良いのに」
学園七不思議の一つである『廃墟を彷徨う亡霊』の真相を解明する為であった。
「な、なかなか雰囲気があるお屋敷だね〜……」
シータが言うように、郊外の廃墟――通称『幽霊屋敷』はその名に恥じない外観をしていた。
頑丈そうな鉄門は所々が錆びており、鉄門の先にある庭は長年手入れがされていないようで、一年生トリオを覆い隠すほどに雑草が生い茂っている。
更にその先の屋敷に目をやれば、割れた窓に塗装の禿げた外壁。
這うようにして伸びた蔦は血管を連想させ、まるで屋敷が生きているかのような錯覚をさせた。
そんな外観をしているからだからだろう。
「ま、まぁ、お前らが怖いっていうんなら諦めても良いけどな」
エイブンは僅かに躊躇してしまい、二人の発言を撤退の口実にしようとするのだが……
「だ、誰も怖いだなんていってないだろ!」
「そ、そうだよ! むしろエイブンがビビってんじゃないの〜?」
「はぁ!? ビ、ビビってなんかねーよ!」
どうやら裏目に出てしまったようで、エイブンの思惑は無残に散る事になってしまった。
その後、外壁の切れ目を見つけた一年生トリオは庭へと侵入する。
「隙間から入れたのは良いけど雑草が邪魔になりそう――って事もなさそうだな」
鉄門から覗く限りでは、一年生トリオを覆い隠す程に雑草が生い茂っていたのだ。
進行の妨げになるだろうし、玄関に着くまで一苦労しそうだ。とエイブンは考えていたのだが。
いざ庭に侵入してみると、雑草は踏みならされており、玄関までの道を作っている事に気付いた。
「ってか、何で道が出来てんだ? 俺達より前に来たヤツが居るって事か?」
「そりゃあ居るだろ? ユーゴなんかも学園七不思議を解明するって話で盛り上がってたしな」
「ユーゴって如何にもガキ大将って感じだもんね~。こういう探索とか好きそ~」
「ああ、成程な~。要は先を越されたって訳か」
「……まぁ、そういうことだな」
二人の会話を聞いたエイブンは納得するように頷き、その反応を見たビッケスは僅かに呆れてしまう。
ともあれ、いつもの調子で「何で気付かないかな?」などと伝えたしまった場合、口論になってしまい、時間を無駄にしてしまうのは明白だ。
それを理解していたビッケスは敢えて口に出すことはせず、代わりに歩みを進める事にした。
「ほら、行くんだろ?」
「お、おう!」
「う、うん!」
ビッケスを先頭にして玄関へと向かう一年生トリオ。
とはいっても大した距離がある訳では無いので、程なくして玄関へと到着する。
「玄関の鍵は……おっ? 開いてんじゃん」
エイブンが木製の扉を引くと、蝶番が錆びているようでギィイイという不快な音と共に扉が開く。
その扉の隙間から中を覗いてみると、埃の臭いやカビの臭いが鼻をついた。
「思ったよりは……暗くはなさそうだな。これならカンテラは必要ないか?」
屋敷内は薄暗いものの、まだ正午過ぎという事もあってか窓から日が差し込んでいた。
まぁ、場所によってはカンテラが必要になるとは思うが、軽い散策程度であれば必要になる事も無いのだろう。
「っと……足跡……か?」
「ん? ああ、先に来たヤツらの足跡だろうな」
ふと足元に視線をやれば、積もった埃に足跡が残されている事に気付いたエイブン。
その大きさといえば、一年生トリオと同じくらいの大きさのもので、同年代の誰かが既に来訪済みである事を確信する。
「やっぱ先を越されてるか……ん? こっちの足跡はデカイな」
しかし、小さな靴跡の他にも、大きな靴跡――大人のものと思われる靴跡が残っている事にエイブンは首を傾げた。
「別にこういった場所に来るのは子供だけじゃないだろ? 度胸試しをしたい大人が来たりしてたんじゃないか?」
「ああ~。それと仲が良い男女とかも来そうだよね?
きっと、『俺が守ってやるよ!』『あ〜ん怖いよ〜』とか言ってこんな風に抱きついたりするんだよ〜」
「ちょっ、シータ!? 僕に抱きつくな!」
「ぷぷっ、照れてる照れてる」
「成程ね〜……つーか、緊張感ねぇな〜……」
二人の話を聞いたエイブンは、合点がいったようで、納得するように頷く。
それと同時に、気の抜けた二人のやり取りに呆れてしまい、思わず苦笑いを浮かべる羽目になった。
そうして、玄関から屋敷内へと侵入した一年生トリオ。
『幽霊屋敷』に現れるという騎士の亡霊。その正体を確かめる為に屋敷の散策を始める。
始めるのだが……
「おいおい……ま、まさか、これが騎士の亡霊の正体だって言うんじゃねぇだろうな……」
「確か、噂によると……甲冑がひとりでに動くとかいう話だったよな?」
「だとしたら……コレが正体なのかもね〜……」
一時間近く探索をした頃だろうか?
一階の角部屋で錆びた甲冑を発見した一年生トリオは、思わず頬を引き攣らせる。
まぁ、只の甲冑なら問題無いし、一年生トリオの反応も過剰で済む話なのだが……
問題は、その甲冑が部屋を守るかのように四隅に置かれていた事だろう。
「ちょっ、ちょっと外から覗いてみるわ!」
そういったエイブンは窓から外に出ると、少し離れた場所から甲冑の置いてある部屋を覗く。
すると、エイブンから見て右端に甲冑の姿が映り、そのまま移動して角度を変えてみてみれば、今度は左端に甲冑の姿が映る。
「いやいやいや……まさか、これを見て、甲冑が動いたとか言うんじゃねぇだろうな?」
あまりにも拍子抜けで、お粗末な真相であることをエイブンは否定したいようなのだが……
「屋敷だけなら結構な雰囲気があるからな……怖いって気持ちが錯覚をさせたのかも知れないな」
「そうだね〜。夜とかに来てたら視界が悪いだろうし、甲冑が動いたように見えたのかも知れないね〜」
ビッケスとシータは冷静に状況を整理していたようで、お粗末な真相を受け止めているようだった。
「お、お前ら……って事は『幽霊屋敷』も碌な真相じゃ無かったって訳か……はぁ……」
そんな二人の反応を見たエイブンは、渋々ながらに真相を受け入れると、落胆の溜息を吐いた。
そうして数秒程だろうか?
力無く項垂れていたエイブンなのだが、とぼとぼと歩きだすと窓を跨いで屋敷内へと戻り――
「帰るか……」
やはり力無い様子で、帰宅を提案した。
「ま、まぁ……学園七不思議はまだあるだろ? つ、付き合ってやるから元気出せって?」
「う、うん。取り敢えず今日は残念会って事で、果実水で乾杯でもしようよ〜」
力無いエイブンの姿を見て、ビッケスとシータは励ましの言葉を投げかける。
すると、そんな二人の言葉で少しは元気が出たのだろう。
「…そ、そうだな! 落ち込んでたって仕方無いしな! うっし! 元気出すか!」
パンと両の頬を叩いて、気持ちを切り替える事にしたエイブン。
「んじゃ、帰ろうぜ! そうだ! 玄関まで競争してビリだったヤツが一位に果実水奢るってどうよ?」
「まぁ、付き合ってやるか……」
「しょうがないな~」
そのようなやり取りをすると、玄関まで競争を始める。
そして、その結果といえばエイブンが一位で、二位にシータ。
ビリはビッケスという結果になったのだが――エイブンを元気づける為に、ビッケスがワザと手を抜いたという事実は本人しか知りえない事なのだろう。
「うっし! ビッケスの驕りだぜ!」
「分かった分かった。じゃあ、その果実水を飲む為に早く帰るか」
「りょうか~い! あっ、焼き菓子も食べちゃおっかな?」
「シータ、太っても知らないぞ?」
「エイブン? そういうこと言うからガサツだって言われるんだよ~?」
「だ、誰が言ってんだよ!?」
「……クラスの女子の大半? ビスタちゃんも言ってたよ?」
「はあっ!? な、なんでビスタの名前が出てくんだよ!」
「だってね~」
「気があるのはバレバレだしな」
「ぜ、全然だし! そ、それよりも果実水だ! 早く帰ろうぜ!」
エイブンに意中の相手が居るのはバレバレで、からかうような笑みを浮かべる二人。
対して、エイブンは照れてしまったようで、無理やり話題を逸らすと玄関の扉に手を掛ける。
そして、扉を押した次の瞬間――
「あら、可愛らしい子供たちね。そう思わないウディ?」
「そうだな、ジュリエット」
一組の男女と遭遇する。
「おわっ!? び、吃驚した! ……てか何でこんな所に人が?」
このような場所で人に出くわしたのだ。エイブンが驚き、思わず疑問を口にするのも無理の無い話だ。
しかし、屋敷へと侵入する際――
『仲が良い男女も来そうだよね』
シータがそう言っていたのを思い出したエイブン。
「そういうことね。お兄さん、彼女に格好良い所見せなきゃ駄目だぜ?」
成程と言わんばかりに頷くと、ニヤニヤとした表情を浮かべた。
「それでは、頑張って下さいね」
「ふふっ、邪魔者は失礼しますね〜」
エイブンに続くようにして、ませた笑みを浮かべるビッケスとシータ。
そう言い残すと、一年生トリオはこの場から離れようとするのだが……
「ちょっと待って貰って良い?」
「ちょっと待って貰いたい」
何故か、一組の男女に呼び止められてしまう。
「へ? なんすか?」
呼び止められるような理由が思いつかなかった事もあり、間の抜けた声を漏らすエイブン。
そして、そんなエイブンに対して掛けられた言葉は?というと――
「帰られちゃ困るのよね? だって大切な鼠ちゃんですもの」
「ああ、大切な実験体だからな」
支離滅裂な言葉で、思わず眉根に皺を寄せてしまう。
しかし、次の瞬間。
「かはッ!?」
首筋に鈍い衝撃を受けたエイブン達は意識を手放す事になる。
そして、意識を無くし床に転がるエイブン達の姿を眺める一組の男女。
「初めは下らないと思ってたけど、案外上手くいくものね」
「ああ、学園七不思議と言う噂は子供を釣るのに丁度良かったらしいな」
「好奇心はナントカを殺すって言うヤツかしらね? ナントカって何だったかしら?」
「『全知』様がそんな事を言って気がするが……子供とかじゃないか?」
「動物の種類だった気がするけど……ウディが言うなら子供なんでしょうね」
そのような会話を交わすと、エイブン達を担ぎ、屋敷の奥へと消えていくのであった。
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