第195話 もう一人の私

 ウルフの正体が明かされたことにより、僕は少しだけ不安を感じていた。

 何故なら、『幻月』だと知った事で、皆のウルフに対する態度が変わってしまう可能性があったからだ。


 実際、僕の考えは杞憂だと思うし、皆なら変わらない態度で接してくれると信じている。

 とはいえ、やはり心配になってしまうのも事実で、少しばかりの不安を感じてしまっていた。


 そして、そのような不安を抱えている所為だろう。

 胃にキリキリしたものを感じながら合宿六日目の朝を迎える事になったのだが……

 結局は僕の取り越し苦労。杞憂でしか無かったようだ。



『まぁ、驚いたのは確かだけど、なんつーかな……』


『メーテさんが始まりの魔法使い様だって知っている所為か、驚きが少ないというか……』



 そう言ったのはダンテとベルト。



『んにゃ。一晩寝たら逆に冷静ににゃったし、気付いたにゃ!

アルと一緒に居て、一々驚いてたらキリがにゃいってにゃ!』


『ラトラの言う通りかもね――それに、どんな過去があろうとウルフさんはウルフさんだもの。

それに……あの姿を見たら今更態度を変える気にもなれいないわよ」



 続いて、そのような言葉を口にしたのはラトラとソフィア。

 その視線の先には、正体を明かした事で気兼ねなく狼の姿を晒すウルフが居たのだが……

 マリベルさんに喉を撫でられ、気の抜けた、だらしない表情を浮かべていた。



『ええ。過去の噂に執着し、色眼鏡で見るのは愚かしいことだと思いますしね』


『ミエルお姉さまの言うとお――……へ? は、始まりの魔法使い? メ、メーテ先生がですの?』



 更には、ソフィアの意見に同意を示すミエルさん。

 まぁ、コーデリア先輩だけは聞かされていなかった事実に目を見開いていたが、前半部分の言葉を聞く限りでは、同意してくれているようだった。


 そして、そんな皆の反応を見て、僕は少しでも不安に思った事を恥じてしまう。

 それと同時に、良い友人達を持った事を嬉しく思うと、巡り合わせというものに感謝する事になった。






 そして現在。そのような経緯がありながらも、迎えることになった合宿最終日。

 本日は、午前中に合宿の成果を確認する為の手合わせ。

 午後からは前年と同様、湖畔でのバーべキューが予定されている。



「さて、今日は合宿最終日という事で、その成果を見せて貰おうと考えているんだが……

合宿初日に「とある人物」と戦ってもらうと言ったのを憶えているか?」



 庭の中央に位置する場所で尋ねるのはメーテ。

 そんなメーテの前で横一列に整列しているのは友人達で、ダンテが答えを返す。



「は、はい。憶えてるっすけど、それって誰なんすか?」



 それは僕も気になっていた。

 この場に居る誰かならボカす必要が無いだろうし、この場に居ない誰かだと考えていたのだが……

 今のところ、そのような人物は見当たらない。


 一体誰なのだろう? そのように考えているとメーテが「とある人物」の名前を口にした。



「それは自分自身だ」


「へ? 自分自身?」



 あまりにも抽象的な答えが返ってきた事に、思わず疑問の声を漏らしてしまう。



「うむ。昔から言うだろ? 敵は己の中に在る。とな」


「確かに言うような気がするけど……合宿の仕上げにしては抽象的な感じがするね?」


「抽象的といえばそうなのかも知れないが……まぁ、それは体験してみれば分かるだろう」



 メーテは意味深なことを言うと、足元にあった木箱から苔の生えた石像を取り出した。



「この石像は?」


「コイツは邪神象というヤツだな」



 その言葉で石像に視線を向けてみれば、猿に似た石像であることが分かる。

 しかし、よくよく見れば牙や角。それに羽なんかも生えており、「確かに邪神象である」そう確信するに足るだけの姿形をしていることが分かった。



「ず、随分と悪趣味な感じの石像だね……」


「確かに悪趣味といえるな。

まぁ、それはさて置き、コイツは呪物というヤツなんだが合宿の仕上げに使おうと考えている」


「呪物?」


「ん? 呪物について教えて無かったか?

まぁ、端的に説明すると、人々の信仰により霊的な力が宿った物体と言ったところだ。

ちなみに、この邪神像なんだが……元より偶像崇拝というのは霊的な力が宿りやすい上に、邪神信仰という血生臭い信仰の受け皿と存在していたからだろうな。

私がコイツを見つけた時は呪物として完成されていたし、中々に強力な呪物だぞ?」


「そ、そんな物騒な物を何でこのタイミングで?」


「それは、さっきも言ったが合宿の仕上げ――自分自身と戦う為だ」



 そう言ったメーテはしたり顔だったが、僕はその言葉の意味を理解する事が出来なかった。

 それは友人達も同様のようで、疑問の含まれた視線をメーテへと送っている。



「勿体つけてしまったようだな。言ってしまえば、コイツは精神の深層へと潜る為の媒介なんだ。

例えば、巫女や祈祷師が神に祈りを捧げる時、深い催眠状態になる事があるんだが、コイツは強制的にその状態を作り出す事が出来る。

要するに、お前達にはこれからコイツに触れて貰い、催眠状態を体験して貰おうという訳なんだが……

催眠状態になると同時に、この呪物の効果によって悪夢を見る羽目になる筈だ」


「あ、悪夢って危なくないの? っていうか触ってて大丈夫なの?」


「ん? 意識を持っていかれないように我慢してるからな。

それと、安全性に関しては身を持って体験済みだから、安心してくれて構わないぞ」


「そ、そっか……でも、なんで悪夢を見る必要があるの?」


「それはだな。その悪夢というのが自分の心――自分の弱い部分と向きあう事になるからだ。

要するにコイツに触れる事で、自分の弱い部分と向きあい、乗り越えて貰うのが今回の合宿の仕上げという訳だな。

だから、自分自身と戦って貰うと表現した訳だ」



 メーテの説明を聞き終えた僕は成程と頷くのだが、やはり抽象的に感じてしまい、合宿の仕上げとして相応しいのか判断しかねてしまう。


 そして、そのように考えていたのが顔に出ていたようで――



「まぁ、心配するな。合宿の仕上げが精神論では味気ないのは確かだしな。

なので、すこ〜しばかり魔道式を組み込んでおいたから、二つの意味で自分と向きあう事になるだろうな」



 メーテはそう言うと、悪戯気な笑みを浮かべるのだった。






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






 メーテさんに言われるがまま、私は石像に手を触れた。

 すると、脱力していくような、それでいて高揚していくような不思議な感覚に包まれた。


 そして次の瞬間。私の目に映ったのは真っ白な空間。

 そこに佇む一つの影だった。



『いらっしゃい。ソフィア』



 そう言ったのは赤髪で緑の瞳を持つ、私によく似た女の子。

 いや、メーテさんの話が本当なら、あれは私自身なのだろう。



「これが、自分と向き合うって事なんだろうけど……なんだか不思議な気分ね。

それで、自分の弱さと向き合うんだっけ? 私は何をすれば良いのかしら?」


『せっかちね? だけど、それでこそ私って事かしら?』



 私自身――影とでも呼べば良いのかしら?

 影はそう言うとクスクスと笑い――



『面倒なことは無しにして、早速始めましょうか?』



 腰の剣を抜くと、胴を狙った一撃が薙がれた。



「ちょっ!? 精神的な弱さを克服するって話じゃ無かったの!?」



 慌てて抜剣した私は、影の一撃を剣身で受ける。



『剣で語り合う方が好みだと思ったんだけど、そっちの方が良かった?』



 不意打じみた一撃を放っておきながら、ぬけぬけとそんな言葉を並べる影。

 反論の一つでもしてやろうと思ったけど、実際その通りだから反論する事が出来ない。



「悔しいけど貴女の言う通りよ。コレを振りまわしてる方が私の性分に合ってるわ」


『流石私ね。そう言ってくれると思ってたわ』



 正直、下手な問答をさせられるより、剣を交える方がずっと分かりやすい。

 私は、剣の柄をギュッと握り込むと、影と間合いを一歩詰めた。



『始めましょうか? 私』


「始めましょう。私」



 相手は私自身だ。恐らく――というよりも確実に同等の実力を擁しているに違いない。

 そして、その予想が正しいのであれば、拮抗した勝負になり、泥仕合になることが予想出来た。


 それなら、私が狙うべきは早期決着。

 一気に勝負を決めるべきだと考えた私は、この合宿で身につけた身体強化の重ね掛けを使用し、ひと足で影との間合いを詰める。


 詰めるのだけど……



「――ッ! か、考えている事も同じって訳ね」


『いったぁい……そりゃあ、私自身だものね?』



 私と同様に、身体強化の重ね掛けを使用し、間合いを詰めにかかった影。

 その所為で間合いの目測を誤り、お互いのおでこをぶつけあう形になってしまった。



「我ながら情けないわね……」


『本当よね』



 自分の不甲斐なさを恥じながらも、左下から斜め上へと剣を振る。

 すると、剣のぶつかりあう音が耳に届き、痺れるような衝撃が手へと伝わった。



「剣を振るタイミングも、角度も同じって訳ね……」


『そうみたいね』



 まるで写し鏡のように剣を振る影。



「だあッ!」


『はッ!』


「そこッ!」


『甘いわよッ! 私!』



 更に剣を振るものの、影は同じ型、同じ癖、同じ速度で私の剣に合わせて見せた。



「鬱陶しいわねッ! じゃあコレはどう!? 火天渦巻き剣を纏えッ!」



 今回の合宿で魔法剣自体の錬度もあがっていた。

 その魔法剣なら――そう考えた私は詠唱を口にすると、炎を纏った剣を振るう。


 しかし、その結果といえば……



『火天渦巻き剣を纏えッ!』


「なっ!?」



 魔法剣さえも完璧に再現した影は、やはり拮抗した力で私の一撃を受け止めて見せた。



「これも通じない……いったい、どうすりゃいいのよ……」



 単純な剣技も、魔法剣すらも通用しないという現実に、思わず弱音が漏れしまう。 



「だけど――」



 だけど、それはお互い様で、幸いなことに勝負自体は拮抗している。

 それに加え、この空間では体力や魔力の消耗が感じられない。

 今は拮抗状態だけど、体力や魔力が消耗しないなら、ジリ貧になることも無い筈だし、いずれは好機が巡って来る筈だ。


 そのように考えた私は長期戦を覚悟したんだけど……

 要は、手詰まりによる時間稼ぎでしか無く、不甲斐なさを感じてしまう。


 そして、私がそう感じているという事は、影もそう感じているという事で……



『私にしては情けない選択をするわね?』



 嫌気がさしたかの様に呟く。



「うっ、うるさいわねッ!」


『なんだか冷めて来ちゃった……そろそろ終わりにしようかな?』



 更には、そんな言葉を口にするんだけど、実力が拮抗してるんだから強気に出られる理由が分からない。



「どういうこと?」


『実力が拮抗してるなら精神を揺さぶってあげようって話よ』


「へ?」



 思わず間の抜けた声を漏らす私を他所に、影は口を開いた。



『私って健気よね?』


「……何よ急に」


『だってそう思わない? アルとの横に並べるような人になろうって事で幼い頃から頑張って来たじゃない?』


「ななな、なんでアルの話が出るのよ!?」



 私の質問には答えず、影は話を続ける。



『骨も何度か折ったし、幾つもの切り傷も作った。

学園に入ってからも努力は怠らなかったし、今では学園第三席って居場所も手に入れた。

そんなに頑張ってる私なのに、なんでアルは振り向いてくれないのかしらね?』


「だ、だから何でアルの話になるのよ!」


『ほら鈍った』


「ぐっッ!?」



 私が声を上げると同時に影は突きを放ち、服とわき腹の肉を僅かに裂いた。



「成程……そういう手で来るって訳ね」


『そうよ。効果的でしょ?』


 

 影はしたり顔をしているけど、そうと分かれば怖くない。

 もしこの場に誰かが居たなら話が違ってくるけど、幸いなことに誰も居ないのだから聞き流してしまえばいいだけの話だ。

 そう覚悟を決めると再び剣を振るった。



『おっと危ない――だけど、本当に私って健気よね?』


「……」



 無視して剣を振るう。



『アルは私の気持ちに気付いていない。でもそれで良いの。変な事を言って関係を崩したくないもの』


「……」



 その言葉も無視して剣を振るう。



『でも……くら〜い、くら〜い部分もあるわよね?

誰!? あのノアとかいう後輩!? 何で!? ミエルさんもアルの事が気になるの!?

邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔ッ!! 私のアルに近寄らないで!』


「そ、そんなこと思っていないッ!」



 聞き流す筈が、思わず反応してしまう。



『思ってるわよ? だって貴女は私、私は貴女だもの。何でも知ってるの』


「ち、違う……」


『違わない。こうも思ってるわよね? 私はアルの幼い頃を知っている。

それにアルの秘密――闇属性の素養の持ち主だって知ってるから、貴方達と違って特別なんだ。ってね」


「そ、そんなことは……」


『寂しい女よね。そんな事でしか特別を感じられないなんて』


「だ、黙りなさいよッ!」



 私は声を荒げる。

 口では否定しても、心の深い場所に、そんな感情がある事に気付いていたからだ。



『変なことを言って関係を崩したくない? それって結局は言い訳よね?

気持ちを伝えるのが怖いだけでしょ? 気持ちを否定されたら、今まで何の為に努力してきたか分からなくなっちゃうものね。だから一歩が踏み出せない。だから強がってみせる。

それに知ってるのよ? 迂闊を装って、アルの気を引こうとしてるわよね? それとも周りに対する牽制かしら?

聞こえるか聞こえないかの声でごにょごにょ言ってさ、本当に情けない女』


「うるさいッ! うるさいッ! うるさいッ!」


『そんな情けない女だからアルも振り向いてくれないんじゃない?

その内、ノアって後輩とか、ミエルさんに取られちゃうかもね。そうしたら今度は悲劇のヒロインでも演じてみる? 優しいアルなら見捨てたりなんかしないと思うわよ?』


「うるさいッ! ッて言ってんのよッ!」



 頭に血が昇ってしまった私は、雑念に塗れた剣を振るってしまう。



『おっと、危ないわね』


「ぐっッ!?」



 しかし、そんな剣じゃ通用しないのも当たり前で、お返しとばかりに太ももを裂かれてしまった。



「わ、私は……そんな事思ってない!

そ、それに、アルが幸せなら別に私じゃなくったって……」


『切り掛った後じゃ説得力が無いわよ?

貴女は私、私は貴女って言ったでしょ。嘘をついた所で意味が無いわ。

というか――頭を撫でて貰いたい。抱きしめられたい。唇を重ねたい。なんならそれ以上も望んでるっていうのによく言うわよね?

それに、射的で取って貰った指輪を薬指に嵌めてニヤニヤしてるのって誰だったかしらね?」


「わ、私は……」


『いい加減理解しなさいよ。否定したところで、これが私達の本音なんだから』



 そうだ。その通りだ。

 幾ら否定したとしても、これが私の本音。


 嫉妬深く、打算的で、意気地が無いのが本当の私だ。

 だから、そんな真実を付けられて胸が苦しくなる。

 結局のところ、私は色恋に現をぬかす小娘で、色恋を原動力にして努力を積み重ねた結果が今の私なのだ。


 そして、それが成就しなかった場合……

 それを想像した瞬間。私は何の為に努力をして来たのか分からなくなってしまった。


 そんな私に止めを刺す様に影は言葉を並べる。



『結局、貴女は色恋に現を抜かすただの小娘なのよ』



 確かにそうなんだと思う。



『そして、色恋という原動力が無くなったら、何の目標も持たないからっぽの小娘って訳』



 否定できない。



『アルに出会わなければ、もっと違う目標に向けて頑張れたかも知れないのにね。

そう考えたら、私って被害者? 私ってば可哀想〜』


「は?」



 それは――それだけは違う。確実に違うと言い切れる。


 そもそも、アルに出会って無ければ、オークに遭遇した夜に死んでいたかも知れない。

 それに、アルに出会わなければ、なんとなく学園に通って、何となく学業を修めて、なんとなくな人生を送っていた可能性だってある。


 まぁ、確かに違う目標を見つけることはあったかも知れないけど……

 それでも、アルに出会わなければ良かっただなんて思っていないし、出会った事で明確な目標――

 アルと並んで恥ずかしくない人になる。という目標が出来たのは確かだ。


 そして、目標があったからこそ私は頑張る事が出来た。

 人が聞いたら笑うかもしれない目標だけど、そんな目標があったからこそ今の私が居るんだ。


 だったら――だったら別に、色恋が原動力でも良いじゃないか。

 その事に気付いた私は、声を上げる。



「そうよ。私は色恋に現を抜かす小娘。それを原動力にしている馬鹿な小娘よ」



 だけど――



「アルに出会えた事を私は後悔していないッ!」



 そうだ。後悔など一つもしていない。



『まだ理解していないみたいね? 幾ら否定したとしても私の言葉は貴女の言葉なのよ?

私が嘘をつく意味なんてないんだからね?』


「意味ならあるでしょ? 私を動揺させるって意味が」


『……なんだ、バレちゃったんだ。でも、全部が全部嘘じゃないわ。それは貴女も分かってるでしょ?』


「分かってるわよ。嫉妬深くて、打算的で、意気地が無い女だって事もね」



 口に出してみると、自分が嫌な女のように感じてしまい、思わず顔を顰めそうになる。



「でもね――それが私なのよッ! 嫌でも付き合っていくしかないでしょうがッ!」


『……』


「だから私は貴女――いえ、私を受け入れる。そして倒して見せるわ」


『それが出来るの? 今の貴女で私を倒せるの?』


「うるさいわねッ! 倒せる倒せないじゃないッ! 倒すのよッ!」



 私は、今回の合宿で身体強化の重ね掛けを身につける事に成功した。

 しかし、身につけたのはそれだけじゃ無い。

 身体強化の重ね掛けを憶える際に、魔力の流れというものを一層深く理解した私は、ある技を身につけることにも成功していた。


 まぁ、雛型ということもあって実戦で使用するレベルには達していないけんだけど……

 それでも、この状況を打開する為には、この技に頼るという選択肢しかなかった。



「可変式魔法剣――穂を落とす大鎌ッ!」



 魔法剣に魔力を注ぐと炎が揺らめき、まるで麦を刈る農耕用の大鎌のような形へと変わって行く。



「いくわよッ! 私ッ!」


『掛かって来なさいッ! 私ッ!」



 その言葉を合図にして、炎の大鎌を脇に構えた私は、渾身の力を込めて横薙ぎに振り払い。

 振るわれた炎の大鎌は真っ白な空間を赤く照らし、その身から陽炎をたち昇らせる。


 そして、決着は一瞬だった。



『……やるじゃない』



 振るわれた炎の大鎌は、私の影をいとも簡単に切り裂き、二つに裂かれた影は驚嘆に似た声を上げた。



「はぁっ……はぁッ……これは再現できなかったみたいね」


『そうね……成長されたら私に勝ち目は無いわ』


「成長?」


『そうよ。騙していたようで悪いけど、私は貴女であり貴女は私じゃないからね……

正確には貴女がこの場に訪れた時点での記憶でしかないの』


「そう……だったの」


『ええ、だから貴女のように成長する事が私には出来ないし、成長された勝ち目が無いって訳。

要するに、貴女はこの短い間に成長し、私を圧倒するだけの力を身につけたということね。おめでとう』



 影はそう言うと笑みを零した。



『……さて、私が倒された事で貴女の意識はじきに現実へと引き戻されるわ』


「そう……」


『ふふっ、何で悲しそうな顔をするの?』


「えっと……なんて言うか、貴女にも自我があるのかなって思ったから」


『さっきも言ったでしょ? 私は貴女の記憶でしかないから悲しむ必要は無いわ』


「そう……なの?」



 影は悪戯気に笑う。



『そうよ。私はこれで消えちゃうけど……

私の本質は、貴女の記憶だし、感情でもあるんだから上手く付きあっていかなくちゃ駄目だからね?』


「うっ……そう言われると、ちょっと不安ね……」


『貴女は自分自身に打ち勝ったんだから大丈夫よ……あら、そろそろ時間のようね』



 そう言った瞬間、私の影は淡い光に包まれ身体の端から粒子となって溶けていく。



『ソフィア。どんなに認めたくない感情でもしっかり向き合ってね。

向きあう時間も、きっと貴女の糧になると思うから。それじゃあ――さようなら私』 


「さようなら? これからも付き合っていくんでしょ?」


『ふふっ、そうだったわね――……』



 私の影は、優しげな笑みを浮かべると粒となって消えた。


 そして、それを見届けた私はというと――






「――はッ!?」



 少しだけ靄がかった意識で周囲を見渡せば、短く狩られた芝に緑に色づいた木々。

 更に周囲を見渡せば、眠るようにしている友人達の姿と、メーテさん達の姿が映った。


 そして、その中には当然アルの姿もあるんだけど……

 さっきまで自分の本音を嫌というほど聞かされていたからだと思う。



「ソフィア、大丈夫だった?」


「べ、別に余裕だったわよ!」



 そう言ったアルの目を見る事が出来ず、恥ずかしさから強がりを口にしてしまう。


 だけどそう言った瞬間、なんだかもう一人の私が、呆れ顔を浮かべているように感じてしまい――



「し、心配してくれてありがと」



 少しだけ頑張って、笑顔を浮かべてみるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る