第194話 幻月

 

「ねぇ? 『幻月』の由来って知ってる?」



 その質問に答えたのはラトラだった。



「獣人国が発祥だから当然知ってるにゃ! 暗闇に光る金色の瞳が、月のように見えたからだって話だにゃ!」


「そうそう、そんな感じだったわね。確か――

『闇夜を跳ねる金色の瞳。それは無数の月が奏でる円舞曲。舞踏会への誘いであった』だったかしら?」



 ラトラの答えを聞き、思い出すようにして言葉を並べるのはマリベルさん。

 恐らく『幻月』について語ってるのだとは思うが、抽象的な表現の所為で今一ピンとこない。

 それはラトラも同様だったようで、眉根に皺を寄せると疑問を口にする。



「んにゃ? それはどういう意味にゃんだ?」


「ん? 本の一節なんだけど……ちょっと分かりにくかったかしら?

噛み砕いて言うと、『幻月』の動きが無茶苦茶速くて、瞳の残像が幾つも見えたって話ね」


「じゃあ、そうやって書けばいいにょに」


「に、にべもない言い方をするわね。

まぁ、私は著者じゃないから何でこんな表現をしたのかは分からないんだけど……

物書きっていうのは顕示欲が強いみたいだし、気取った表現をして差別化を図ろうとでもしたんじゃないかしら?」


「そういうものにゃのか?」


「そういうものなんじゃない?」



 少し話が逸れてしまったようだが、マリベルさんの説明を聞き、納得した様子のラトラ。

 そんな二人のやり取りが終わるタイミングを見計らってたのだろう。



「要するに、暗闇に浮かぶ瞳の残像を見て、月が幾つも浮かんでるような錯覚をしたんでしょうね。

それで何処かの誰かが『幻影の月』とか『幻月』って呼び始めたのが二つ名の由来なんだけど……

二人は知ってたみたいね……ちょっと残念」



 ウルフは、答え合わせをするかのように『幻月』の由来について話すのだが。

 どうやら、答えを当てられてしまったのが悔しかったようで、少しだけ拗ねているようだ。


 そんなウルフの反応を見て、気まずそうな表情を浮かべるラトラとマリベルさん。



「ご、ごめんねウルフっち? で、でも、長く冒険者をやっていれば、嫌でも『幻月』の噂は耳に入って来るんだもの……

曰く、災厄を運ぶ黒き獣。曰く、獣人国に舞い降りた禍津神。

確か、獣人国では畏怖の念。或いは畏敬の念から、崇拝する人も少なくないって話じゃない?」


「ん、んにゃ! 獣人国ではお伽話にもにゃってるし、唄ににゃってるくらい有名にゃ!」



 ウルフの機嫌を取るかのように、身振り手振りを加えながら話し。

 それと同時に、有名な話である事を主張する事で、どうにか納得して貰おうと試みているようであった。


 そして、そんな努力の甲斐もあってか、ウルフも機嫌を直してくれたのだろう。



「……まぁ、まったく知られていないよりはマシって事かしらね?

それと、唄まであるのは知らなかったわ。良かったら聞かせて貰えないかしら?」



 自分を納得させるように呟くと、唄という言葉に反応を示すウルフ。



「い、嫌だにゃ! ひ、人前で歌うのなんて絶対無理だし、そもそも唄は得意じゃにゃいにゃ!」



 しかし、ラトラはあまり唄が得意では無い――というよりかは恥ずかしさの方が勝っているようで、顔を真っ赤にしながらウルフのお願いを断ろうとする。



「あら? 駄目かしら?」


「だ、駄目だにゃ!」



 ウルフが再度お願いするものの、やはり首を縦に振ろうとしないラトラなのだが……


 今のウルフといえば、お酒を嗜んでいることもあってか頬は朱く、僅かに瞳が潤んでおり。

 その端整な顔と相俟って、大人の色香のようなものが感じられる。

 そんなウルフのお願いなのだ。

 大抵の男性であればその色香にやられてしまう事が予想出来た。その上――



「ラトラ、お願い?」



 このように、潤んだ瞳で上目遣いなんかされてしまったら尚更で、断るという選択肢すら浮かんでこないのだろう。


 そして、その色香の効力といったら男性だけに留まらなかったようで…… 



「ん、んにゃぁ!? へ、下手でも笑わにゃいなら……」



 女性さえも魅了し、ラトラの頬を赤く染め上げる結果になったようだ。






 そうして、唄を披露する羽目になってしまったラトラ。



「ほ、本当に笑わにゃいでよ?」


「ええ、約束するわ」



 もう一度念を押すと深く息を吸い、喉を振るわせ始める。



「く、黒き獣は森の巫女――我らを導く月の巫女――

雨を降らせ――木々を実らせ――母なる森の声となる――

皆が讃える――皆が敬う――父なる月の耳となる――」



 そこまで唄ったところで、一つ間を置くラトラ。

 唄を聞いた僕は『幻月』に対して友好的な唄のように感じたのだが……ここで曲調が暗転する。



「黒き獣は厄の巫女――我らを謀る厄の巫女――

森を腐らせ――病魔を運び――母なる森を辱める――

皆が慄く――皆が忌避する――父なる月を貶しめる――

黒き獣――黒き獣――月の幻影――忌避たる子――……」



 どうやら、友好的に思えるのは前半部分だけだったようで、後半の唄からは『幻月』に対する憎しみのようなものが感じられる。


 加えて、唄の内容から読み取れたのは、「何か」が起きた事で『幻月』に対する評価が変わったということなのだが……その「何か」までは読み取る事が出来なかった。


 そのように考えていると。



「……って、感じにゃんだけど、ど、どうだっかにゃ?」



 唄い終えたラトラが、皆の顔色を窺うようにして不安げに尋ねる。



「ラトラ、とっても上手だったわよ。ありがとうね」


「そ、そうかにゃ?」



 ウルフがそう言って拍手を送ると、ウルフに続いて皆も手のひらを打ち鳴らし。

 皆の反応を見たラトラは、安心したように「ほう」と息を吐くと、表情を柔らかいものにした。



「本当に上手だったけど……こうして聞いてみると、なんだかむず痒い感じがするわね」



 ラトラの唄を聞き、改めて感想を述べるウルフ。

 そう言ったウルフの言葉には照れのようなものが含まれており、まるで、自分の事を唄われているかのような反応であった。


 そして、そんなウルフの反応を見た僕なのだが……一つの確信をする。


 そもそも、一つの疑問があった。

 それは、茨の王・巨壁・角折れ・幻月と挙げられた名前の中で、ウルフが『幻月』を選び、その由来を尋ねた事だ。


 まぁ、話の流れを考えれば不自然とも言い切れないのだが……

 メーテとの意味深なやり取りを思い起こすと、何か意味があるように思えてしまい、どうしても疑問に思えてしまった。


 そのような疑問を抱いる中で聞かされたウルフの言葉――まるで、自分の事を唄われているかのような反応。

 そんな反応に加え、僕は人化の術を解いたウルフの姿を知っている。

 その姿は黒い体毛に、金色の瞳をもつ狼。聞かされた『幻月』特徴と幾つかの類似点があり……

 つまりは……そういう事なのだろう。


 そのような結論に至った僕は、ウルフに視線を送り。

 僕の視線を受けたウルフは、僕の内面を見透かす様に優しく微笑む。


 しかし、そんな僕とは違い、ウルフに対する情報の差異がある所為だろう。

 皆は、僕と同じ結論に至っていないようで、ウルフの言葉を聞いて首を傾げている。


 ――いや、首を傾げているものの、薄々は何かを感じ取っているのだろう。



「に、にゃんでむず痒くなるんだにゃ?」


「そ、そうよ? ウルフっちが照れなくてもいいじゃない?」



 そう言ったラトラとマリベルさんの声は、僅かに上擦っている。



「も、もしかしてだけど……私が『幻月』だ。なんて言うつもりなんでしょ?

ウ、ウルフっちの瞳が『幻月』と同じ金色だからって、引っかからないんだからね〜?」



 更にそうつけ加えるマリベルさん。

 冗談めかした口調であった為、皆の間で笑い声があがるのだが……



「ええ、その通りだけど?」



 ウルフの一言によって笑い声がピタリと止まり、僅かな静寂が流れる。



「じ、冗談ですよね?」



 その静寂を破るようにソフィアが尋ねると、ソフィアに続くようにして「冗談か」「冗談ですわよね?」「冗談だろう」といった疑問の声が上がる。


 そして、そんな疑問の声が向けられる先は勿論ウルフで。



「まぁ、見た方が早いわよね?」



 そのような判断をしたウルフは人化の術を解くことにしたようで、淡い光に包まれ始める。

 そして、次の瞬間――



「わっふ!」



 皆の視線の向かう先にあるのは、金色の瞳を持ち、黒い体毛に覆われた狼の姿。

 本来の姿へと戻ったウルフの姿があった。



「「「「「「「へ?」」」」」」」



 皆はウルフの姿を見て、揃いも揃って間の抜けた声を漏らすのだが。

 そんな皆の姿を見て満足したのだろう。



「わっふ! わっふ!」



 ウルフは、着ていた服を身振るいする事で身体から落とすと、「驚いたでしょ?」と言わんばかりに、嬉しそうな様子でブンブンと尻尾を振る。



「ほ、本当にウルフっち……なの?」



 ウルフ本来の姿を見て、信じられないといった様子で目を見開いて尋ねるマリベルさん。



「わっふ!」



 ウルフは「そうよ」と言わんばかりにふんぞり返るのだが……

 返って来るのが鳴き声では、マリベルさんもどう反応して良いのか困っていることだろう。


 その為、会話を交わせるように、もう一度人化の術を使用して貰うべきだろうか?

 などと考えるのだが。



「ウルフ、このままでは会話が進まんから人型になって貰えないか?」


「わっふ……」



 メーテも同じように考えていたようで、僕よりも先にそのような提案をする。

 ウルフは「もうお終い?」といった感じで、つまらなそうにしていたが、メーテの提案も一理あると考えたようで、人化の術を再び使用する事にしたようだ。


 だがしかし……



「ちょっ!? 待てウルフ! 中止しろ!」



 メーテは慌てた様子で人化の術を止めるように言い、その姿を見た僕は疑問に思う。



「ウルフ! 服だ! 服!」



 しかし、その言葉でメーテが慌てた意味を知り、僕も慌てて止めに入るのだが……



「あ、あら? すっかり忘れていたわ……」



 どうやら、間に合わなかったようで、ウルフは肌を晒す事になってしまう。

 ……まぁ、制止の甲斐もあってか、見えてはいけない部分を隠す事には成功してはいるようなのだが、それでも肌を晒している事には変わりなく、かなり刺激が強い格好をしているのは事実だった。


 だからだろう。



「ぬえっ!?」


「ひうっ!?」



 健康な青少年であるダンテとベルトは目を見開き、喉から訳の分からない音を漏らす羽目になってしまい。

 流石にこのままでは教育に悪いだろう。と考えた僕は、ソファーに置いてあったブランケットを手に取ると、ウルフの肩に掛け肌を隠す事にした。


 まぁ、それでも見てしまった光景は早々に消す事は出来なかったようで、二人は顔を真っ赤にしている訳なのだが……

 それを指摘するのは可哀想だと思った僕は、敢えて見なかった振りをすることにした。






 それから、皆が少し落ち着いた所で、洋服に着替えたウルフが口を開く。



「どう? 私が『幻月』だって理解して貰えたかしら?」


「た、確かに、特徴は似ていますけど……」



 ウルフの問いに答えるソフィアなのだが……

 どうやら、ウルフの本来の姿を見ても何処か状況が飲み込めていないようで、半信半疑といった様子だ。

 それは、一部の友人達も同様のようで、ダンテ、ベルト、コーデリア先輩の三人も反応に困っているようだった。


 しかし、そんな中。異常な反応を見せる者も居た。



「いいい、今までの御無礼をお許しくださいにゃ! 」



 それはラトラで、床に頭を擦りつけるような姿勢。所謂、土下座の姿勢を取り、謝罪の言葉を口にする。



「……ラトラ? 私には、女の子に土下座させる趣味なんて無いから頭を上げて欲しいんだけど?」


「おおお、恐れ多いにゃ! まさかウルフ師匠が本当に『幻月』様だったにゃんて」



 先程まで「幻月かかってくるにゃ!」とか言ってたような気がするのだが、打って変わって低頭平身の姿勢をとるラトラ。



「ねぇ、ラトラ?」


「へ、へへ〜」



 ウルフが声を掛けると、ラトラは床に頭が埋まりそうなほどに床に頭を擦りつけるのだが……

 ウルフからすれば、その態度は望んだものでは無かったのだろう。



「んもぅ。ラトラはしょうがない子ね」


「ふにゃ!?」



 ラトラをヒョイと持ち上げると、無理やり椅子に座らせる。



「ううぅ……恐れ多いにゃ……」



 それでも尚、畏まった態度を崩さないラトラ。

 僕からすれば、どうしてそこまで畏まった態度をとるのか分からないというのが本音だった。その為。



「ウルフが『幻月』と呼ばれている事は分かったし、何となく凄いっていうのも分かったけど……

なんで、そんなに畏まった感じなの?」



 疑問に思った事を素直に尋ねてみる。すると。



「にゃ、にゃんでって! さっきの見てにゃかったのか!?

完全な獣化っていうのは、『先祖降ろし』って言って神格化されているんだにゃ!

獣人の中でも巫女しか使うことが出来にゃいんだから畏まるのは当然だにゃ!」



 ラトラは勢いよく言葉を並べたて、更に言葉を続ける。



「そ、それににゃ……ウチの集落では『幻月』様を崇拝してるんだにゃ……

正直、本当に『幻月』様が存在しているにゃんて思ってにゃかったから、さっきは調子に乗って『幻月かかってこい』なんて言っちゃったんだけど……」



 そう言うとラトラはチラチラとウルフに視線を向け、申し訳なさそうに俯き。

 話を聞いた僕は、ラトラが畏まった理由を何となくだが理解する事が出来た。

 まぁ、巫女だとかの話は良く分からないが、偉い人に喧嘩を売ってしまったような感じなのだろう。


 そして、そのような結論を出すと同時に、ラトラの話の中で一つだけ間違いがある事に気付く。



「と言うか、ラトラは勘違いしてるみたいだけど、ウルフは獣化してるんじゃなくて、人化してるんだよ?」



 実際はラトラが言っている事と逆で、人化の術を使って人の姿になっている事を教えるのだが……



「んにゃ? じ、人化? 獣化じゃなくて……人化?」


「ア、アル? それ……本気で言ってるの?」



 ラトラは目を見開き、同様に目を見開いたマリベルさんが疑問を口にする。



「ほ、本当ですけど……」


「って言う事は、ウルフっちは元は魔力を持った獣か魔獣――いや、違うわね。

獣や魔獣だったらウルフっちみたいな知性は宿らない。そうなると……『先祖返り』って事?

だけど、そうなると……そ、そんなまさかね……」



 僕が疑問に答えると、何やらブツブツと呟くマリベルさん。

 ウルフの正体について考察しているようなのだが、答えを出せないでいるようだ。


 そして、そんなマリベルさんの姿を見兼ねたのだろう。



「マリベル『先祖返り』が正解よ」


「ほ、本当に先祖返りなの? でもそうなると……」


「そうなると……つ、つまりは王族って事ににゃるんですけど……」



 ウルフは答えを口にし、その答えを聞いたマリベルさんとラトラは引き攣った笑みを浮かべるのだが……

 獣人国の仕組みに疎い僕や友人達は、話についていく事が出来ず、呆けた表情を浮かべてしまう。

 だからだろう。



「獣人国出身のラトラと、元冒険者で世情に詳しいマリベル。

それに、その反応だとミエルも分かってるみたいだけど……

未成年組はポカーンて感じだし、少し説明をしてあげた方が良いみたいね」



 ウルフはそう言うと、未成年組に向けて説明を始めた。



「獣人っていうのはね。起原を遡ると色々な説があるのよ。

神様が獣に知識を与えた事が始まりだとか、魔素に反応した獣が独自の進化を遂げたとか、獣と人が交わったのきっかけだとかね。

正直、何が正解なのかは分からないんだけど――元々は獣だった。そんな記憶が魂に刻まれているんでしょうね。

獣人達は、獣により近い容姿の者や、獣化に秀でた者を崇拝する傾向にあるの」



 ウルフは話を続ける。



「その中でも特に崇拝の対象となるのが、王族と巫女なんだけど――

獣人国では数十年に一人という確率で、獣化に秀でた子供が生まれるの。

しかも、誰が教える訳でも無く、物心つく前から獣化を扱える上、決まって女の子が生まれるんだから不思議だと思わない?


それで、獣人達も不思議に思った――というよりも神秘的に感じたんでしょうね。

そうして生まれた女の子を神聖なものとして扱うようになり、崇拝するようになった。

それが、森や先祖。声無き者の声を聞く者――『巫女』という存在の始まりという訳ね」



 ウルフは喉を潤す様にグラスを傾けると、更に話を続けた。



「そういった理由で巫女は崇拝の対象になるんだけど、王族はまた少し違うのよね。

さっき、獣に近い容姿の者を崇拝する傾向にあるって言ったでしょ?

基本的に巫女や王家を崇拝する理由はそこにあるんだけど……

王族の場合は獣化に秀でているから崇拝される訳じゃ無く、『先祖返り』が顕著に表れているから崇拝の対象になっているの。


そもそも先祖返りって何? って話だろうから説明させて貰うけど。

先祖返りっていうのは、生まれながらに獣の特徴を色濃く継いだ者のことを言うの。

例えば、ラトラなんかは耳や尻尾がついてるけど、見た目は殆ど人族と変わらないじゃない?

だけど、先祖返りというのは肌を覆う程の体毛だったり、顔の作りが獣だったりするのよね。


じゃあ、何故そんな事が起きるかというと、一説によれば、獣だった頃の記憶や魂が宿るからだとか言われているけど……詳しいことは分かっていないというのが実際のところね。

だけど、分かっていないとしても――いえ、分かっていないから、より神聖なもののように感じるんでしょうね。

先祖返りが顕著に表れている王家というのは、獣人国の象徴であり、崇拝の対象となってる訳ね」



 僕はウルフの話を聞き、成程と頷く。

 先程までは『巫女』や『先祖返り』といった言葉の意味を知らなかったので、ラトラやマリベルさんが驚く理由が分からなかったのだが。

 こうして話を聞いてみると、二人が驚く理由が分かり、それと同時に納得する事が出来た。


 そのように考えていると―― 



「沢山話したから少し疲れちゃったけど……まだ肝心な部分は話して無いわね」



 ウルフは話を再開させるのだが……



「それで、ラトラが『王族ってことになる』って言ってた理由だけど――

王族というのは例外なく身体の五割以上が先祖返りしていて、それは王族にしか現れない特徴なの。

だからラトラは王族なんて言葉を口にしたんでしょうけど、それは間違いじゃないわ」



 次いで告げられた言葉に僕は目を見開く羽目になった。



「へ? っていうことはウルフは王族……王女様ってこと?」


「そうよ? まぁ、むか~しの話だけどね?」


「ウルフが……王女……様?」



 この世界に生を授かってからというもの、ウルフと共に暮らし、長い時間を過ごしてきた。

 だから、『幻月』であると告げられてもあまり驚きは無かったし、『幻月』の悪評を聞いても信頼が揺らぐことは無かった。


 しかし、王女様と告げられるのは驚きの質が違う。

 普段のウルフの姿――だらしなくお腹を晒しながら寝る姿や、口の周りを肉の脂で汚している姿を知っている為、どうしても王女様という言葉と結びつける事が出来なかった。



「アル? なんか失礼なこと考えて無い?」


「そ、そんなことないよ!」



 そして、そんな僕の内心を見透かすウルフなのだが、本格的に喋るのに疲れてきたのだろう。



「アルは勘違いしてるみたいだけど、厳密に言うのであれば私は先祖返りをした獣人なのよね。

王族に生まれた上、完全な先祖返りだったから、王族であり巫女なんてやらされてた訳なんだけど……時期が悪かったんでしょうね。


私が巫女になってからというもの、疫病とか自然災害が続くもんだから疫病神みたいに扱われるようになったの。

だけど、勝手に崇拝されて勝手に落胆されるのって腹立つわよね?

だから、獣人国から逃げ出すことにしたんだけど、私を国に連れ戻そうとする追手がしつこくて……

それを返り打ちにしてる間に、いつの間にか『幻月』って二つ名と悪評が広まっちゃったんだから嫌になっちゃうわよね? そう思わない?」



 重要に思える内容を一気に話し終えると、パンと手のひらを打った。



「はい。私の話はこれでお終い。それに、こんな時間なんだしそろそろ寝た方が良いんじゃない?」



 その言葉で時計に目をやると、日を跨ごうかという時間を針が指していた。


 確かに普段なら寝ている時間で、明日の事を考えれば寝るべきなのだろう。

 しかし、僕を含めた皆の意見としては、もう少し詳しい話を聞きたいという本音があるようで……



「ま、まだ寝むくにゃいにゃから、もう少しだけお話を聞きたいかにゃ〜……にゃんて?」



 皆の本音を代弁するように、ラトラがそんな言葉を口にするのだが……



「まぁ、明日の課題が余裕だっていうのなら、もう少し話してあげても良いんだけどね?

でも……余裕だっていうならもう少し厳しくするべきかしら?」


「うにゃッ!? ね、寝るにゃ! 全然余裕じゃにゃいから寝るにゃ!」



 ウルフの一言によって、勢い良く椅子から立ち上がるラトラ。

 そしてその一言は、課題を出されている者からすれば由々しき問題なのだろう。



「お、お休みなさいっす!」


「お、お話ありがとうございました! お休みなさい!」


「さ、先に寝させて頂きます!」


「お、お休みなさいですわ!」


「も、申し訳ありませんが、お先に失礼させて頂きます」



 勢い良く椅子から立ち上がると就寝の挨拶をし、逃げるようにして寝床へと向かう。


 そんな友人達の姿を見た僕は、抜け駆けして話を聞くのも悪い気がしてしまい、話を聞くことを諦める事にした。


 それと同時に――



「ウルフ。話してくれてありがとう。  

なんか『幻月』には悪評があるみたいだけど僕は気にしないし、今までもこれからも変わらないからね?

まぁ、王女様だったっていうのは驚いたけどさ」



 僕が素性を明かした時に受け入れてくれたウルフ。

 その時のお返し――というと少し違うようなきもするのだが、僕は素直な気持ちをウルフに伝える。


 そうして素直な気持ちを伝えた僕は寝室へ向かおうとしたのだが……



「わふふっ! アルは可愛いこと言うわね!」



 そう言ったウルフに羽交い絞めされると、わしゃわしゃと頭を撫でまわされしまい――



「ず、ずるいぞウルフ! 私もそれやる!」



 何故か、メーテまでがそれに加わる事になる。


 そして、そんな僕達の様子を見ていたマリベルさん。



「……まぁ、大層な二つ名があっても、貴方達は貴方達ってことかしらね?」



 若干呆れた様子で言うと、水滴のついたグラスを傾けるのであった。






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






 皆が寝静まった頃。

 メーテとウルフ、それにマリベルは。未だに酒を嗜んでいた。



「というかウルフ? 最後の方は随分と簡潔に話していたがあれで良かったのか?」



 そう尋ねたのはメーテ。その口調からは気遣が感じられる。



「いいのよ。詳しく話すと血生臭い話になるし、あの場の空気に水を差しちゃうでしょ? だからあれで良かったの」


「そうか……巫女になってからの扱いや、王家の印象操作。

その後の詳しい境遇を話したなら『幻月』に対する悪評くらいは拭えると思ったんだが……」


「ありがとうメーテ。だけど大丈夫よ?

アルもああ言ってくれたし、皆の態度からも忌避感が感じられなかったんだから、それで充分よ。

まぁ、ラトラの態度にはちょっと驚いたけど、あの子の事だから明日にはいつも通りになっているでしょうしね」


「確かに、ウルフが言ったように忌避感みたいなものは感じられなかったな……本当に良い子たちだよ」



 ウルフとメーテはそんな会話を交わすと、優しげな笑みを浮かべるのだが――



「ちょっと……マリベルちゃんはどうなのよ?」



 二人が指す皆の中に、自分が含まれていないように感じたマリベルは声をあげる。



「お、落ち着けマリベル。勿論、マリベルも良いヤツだと思ってるぞ?」


「そうよマリベル? そんなの言うまでも無いじゃない?」


「んもぅ。ちゃんと言葉にして伝えたい時が乙女には在るのよ?」


「……乙女?」


「……乙女?」


「あっ、それ言っちゃう? それを言うんだったら言わせて貰うけどね。

私が乙女じゃ無かったら二人はおばあちゃんって事になるんだからね?」


「マリベルは乙女だな」


「ええ、間違いなく乙女ね」



 そんなやり取りを交わしている内に可笑しくなってきたのだろう。


 月明かりとカンテラの灯が優しく照らす中。

 皆を起こさないよう、三人は静かに笑い声を漏らすのであった。

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