第191話 メーテからの課題
合宿三日目の朝。
メーテに連れられ、森の奥にある開けた場所へと辿り着いたベルト、コーデリア、ミエルの三人。
その三人は額に汗を浮かべながらメーテの出した課題に取り組んでいた。
「ベルト? 調子はどうだ?」
「……正直、まったく攻略出来そうにないのですが……」
「まぁ、そうなるように細工したからな。簡単に攻略されては困る。
だが、それを攻略出来た際には、初級魔法なら同時に十五――いや、二十は発動出来るようになるかも知れんな」
「に、二十ですか!? 十二が限界の僕には難しいような気がするのですが……」
「それはベルトの思い込みだ。
去年と比べれば随分と魔力量が上がっているし、発動できるだけの魔力は備わっている。
今よりも、精密な魔力操作をする事が出来たのなら、二十近くは発動できる事だろう。
その為の課題であり、コレはそれを身につける為の魔道具だ」
「コレがですか……」
そのようなやり取りをする二人の視線の先にあるのは長方形の箱――小型の迷路が押し込まれたような箱がベルトの前に置かれていた。
そして、この長方形の箱。
見た目通りの代物で、箱作りの迷路そのものなのだが……
言ってしまえば古い時代の魔道具であり、更に言ってしまえば、子供向けに作られた教育用の玩具でもあった。
では何故? メーテがこの玩具をベルトに与えたかというと、その理由はこの迷路の遊び方にあった。
この迷路の遊び方というのは酷く単純なもので、開始位置にある人形に魔力を流す事で操作し、迷路の出口まで運ぶというものであった。
だがしかし、遊び方こそ単純ではあるものの、実際はそれほど単純な物では無い。
人形を操作するのにもそれなりの魔力が必要とされ、複雑な迷路内を抜けるのには相応の魔力操作が要求されるからだ。
当然、メーテはその事を理解しており。
ベルトの長所である魔法発動までの速さや、手数の多さといった点を伸ばす為にはどうするべきかと考えた結果。
今よりも精密な魔力操作がベルトには必要だという答えを出し。
魔力操作の錬度を上げる為にはどうするべきかと考えた結果。この迷路の攻略をベルトの課題とした訳であった。
まぁ、それでも所詮は子供向けに作られた教育用の玩具だ。
今のベルトであれば、容易に攻略することが可能にも思えるのだが……
「ああッ!? また振り出しだに戻されたッ!」
中々に難航しているようで、ベルトは苛立たしげに頭を掻く。
それもその筈。この迷路自体は子供向けに作られた教育用の玩具ではあるのだが……
メーテによる細工が加えられた事によって、攻略する者の神経を蝕む凶悪な玩具へと変貌を遂げていたのだから容易な筈がない。
そして、その内容はというと――
人形が壁に触れた時点で開始位置へと戻される。
一定の速度を維持しないと開始位置へと戻される。
二分以内に出口に到達しないと開始位置へと戻されるというもので、実に意地の悪い仕様になっていた。
要するに、人形と壁との隙間が数ミリしかない状況で一定の速度を保ち、制限時間内に出口まで到達しなければいけないのだから、ベルトが苛立ってしまうのも理解出来るというものだ。
「ああッ!? くそッ! まただッ!!」
どうやら、再び振り出しに戻されてしまったようで、苛立ちの声をあげるベルト。
メーテはそんなベルトの頭にポンと手を置くと、優しい手つきでクシャリと髪を揉む。
「攻略のコツは、如何に平静で居られるかだ。精神を乱しているようでは攻略は遠いぞ?」
「うぐっ……が、頑張ります……」
そして、そのような助言を口にすると、コーデリアの元へと向かうのであった。
「さて、コーデリア。調子はどうだ?」
「ううぅ……少しは落ち着きましたけど……頭が痛いし、吐きそうですわ……」
「まぁ、魔力枯渇に慣れない内はそうなるだろうな。
だが、魔力量の底上げや、魔素に干渉しやすい身体に変える為だ。辛いだろうが我慢してくれ」
「が、頑張りますわぁ……」
魔力枯渇状態にある所為で、辛そうな表情で項垂れているコーデリア。
メーテは、そんなコーデリアの背中を擦ると話の話題を変える。
「それで、話題は変わるんだが……魔剣を見せて貰っても構わないか?」
「魔剣ですの? それは構いませんが……」
コーデリアはダルそうにしながらもベルトから二本の魔剣を外し、鞘ごとメーテに手渡す。
「抜いても構わないか?」
「え、ええ。どうぞ」
メーテは鞘から魔剣を抜くと感嘆するように「ほう」と息を吐いた。
「まるでガラス細工を思わせる見た目だが……発する存在感は紛れも無く魔剣のソレだな。
ふむ、繊細さと力強さを兼ね備えた、素晴らしい魔剣だと言えるだろう。
それでだが……コーデリアは何処まで解放することが出来るんだ?」
「へ? 普通に解放は出来ますけど……何処まで……とは?」
「ん? 起動詠唱での第一解放。魔力解錠による第二解放。解放詠唱による最終解放だろうが?」
「……ほぇ?」
コーデリアの呆けたような反応を見て、メーテは思わず掌で目を覆う。
「……まさか知らないとはな」
「い、いったい、どういう事なのでしょうか?」
「ふむ……口で説明するよりも実演を交えて説明した方が早そうだな」
そう言ったメーテは右手に赤の魔剣を握り。
左手に青の魔剣を握ると、起動詠唱を口にする。
「確か……『紺碧へと落とせ――魔剣マルカイト』
『恋慕が如く焦がせ――魔剣ボウファス』だったかな?」
すると、青の魔剣を纏うように水が渦巻き、赤の魔剣を纏うように炎が舞う。
魔剣の起動を確認したメーテは、その性能を確かめるように軽く素振りをした後に、会話を再開させた。
「これが、コーデリアも使用している起動詠唱による第一解放というヤツだな――次に第二解放」
メーテが魔剣に魔力を流すと、魔剣は淡く点滅する。
「ふむ、やはり相当な業物のようだな……一筋縄では解錠させてくれないようだ。
だが――私を舐めて貰っては困るな? 私の技術を持って鳴かせてやろうじゃないか」
僅かに笑みを浮かべ、魔剣を挑発するかのような言葉を口にするメーテ。
その言葉に呼応――というよりかは、反抗するかのように魔剣は激しく点滅するのだが……
「――さぁ、鳴け」
どうやら軍配はメーテに上がったようで、魔剣は己の敗北を認めるかのように、キィインという甲高い音を周囲に響かせた。
「こ、これは?」
「これが第二解放というヤツだ」
そう言った二人の視線の先にあるのは二本の魔剣なのだが、先程とはまるで様相が違う。
魔剣を軸に渦巻いていた水や炎が収束を見せ、ガラス細工を思わせる剣身の中でゆらゆらと泳いでいた。
「これが第二解放……綺麗ですわ……」
「うむ。確かに綺麗だな。
まぁ、それはさて置き――魔剣の外部で起きている現象。それを収束させ、魔剣の内に閉じ込めてやるのが第二解放という訳だ。
どうだコーデリア? 魔剣の質や存在感が増したように感じないか?」
「か、感じますわ……で、ですが、そうなると……
わたくしは魔剣の力の一端しか使いこなせていなかったのですね……」
コーデリアには『魔剣を使いこなせている』という自信があった。
しかし、それは間違いであったと気付かされるだけの光景が、コーデリの目には映っており。
『魔剣を使いこなせている』というのが驕りであった事と、愛剣について何も知らなかった事に気付かされたコーデリアは、ガックリと肩を落とした。
「そんなに落ち込むな。先程は魔剣の解放を知らない事に驚いてしまったが……
そもそも、第二、第三解放というのは古い時代の魔剣や、名工と呼ばれる魔剣鍛冶師が打った魔剣くらいにしか備えられていない珍しいものだ。
多くの魔剣が第一解放しか備えられていない事を考えれば、コーデリアが解放について知らなかった事にも頷ける。
それにだ。解放については魔剣鍛冶師達が意図して流布していない節もあるからな。尚更なんだろう」
「そ、そうなんですの? ……ですが、魔剣鍛冶師達は何故隠すような真似を?」
「まぁ、これは憶測でしかないんだが……
遊び心。或いは『私が打った魔剣を使いこなしてみろ』といった魔剣鍛冶師からの挑戦状なのかも知れないな」
「挑戦状?」
「ああ、第二解放に至るには正しい手順で魔力を通す必要があるんだが、これが中々に難しい。
それ故に魔力解錠などと呼ばれているんだろうが……その手順というのは魔剣の製作者によって異なっていてな。
正統といえるような手順を踏ませる魔剣もあれば、謎解きのような手順を踏ませる魔剣。
ひっかけ問題を並べた様な、意地の悪い魔剣なんかもある訳だ」
「何となくですが……製作者の性格が窺えるような気がしますわね?」
「うむ。そういった製作者の性格が窺えるからだろうな。
第二解放というのは製作者の遊び心や『使いこなしてみろ』といった挑戦状であるように感じられる訳だ」
「な、成程」
メーテは「話が少し逸れてしまったな」というと、話を切り替える為の合図としてパンと手を打った。
「それでだ――製作者からの挑戦状に対して答えを出すことで、二つの報酬を得ることが出来る。
それは、第二解放そのものと、解錠した際に知ることが出来る解放詠唱だ。
魔力解錠というのは正しい手順で行われると、一つの文章を形作る。
その文章が最終解放に至る為の解放詠唱となる訳なんだが――折角だからこれも見せておくことにしよう」
メーテは魔剣を構えると、コーデリアに聞こえないくらいの小さな声で解放詠唱を紡ぐ。
すると次の瞬間――再度、キィインという甲高い音が周囲に鳴り響く。
「ほう、これは予想外だが……中々に面白いな」
「こ、これはいったい!?」
メーテとコーデリアの目に映ったのは、中空に浮かぶ赤と青の魔法陣。
それを見たメーテは面白そうに笑うと、魔法陣に指示を出す様に剣を振った。
その指示に従うように、メーテの周囲を旋回する二つの魔法陣。
メーテは更に指示を出す様に魔剣を振ると、二つの魔法陣は立木目掛けて中空を走った。
「――ほう。これくらいは容易いという訳か」
立木目掛けて中空を走った魔法陣。
その結果と言えば立木をやすやすと切り割くという結果で、メーテは満足そうに頷く。
更に目を凝らしてみれば、立木の切断面は燃えおり。
もう一つの立木の切断面を見てみれば、まるで鉋を掛けたかのような綺麗な切断面が確認出来た。
「赤の方は燃焼効果が付与されていて、青の方は切断に特化しているという訳か。
コーデリア。一つ頼みたいことがある、何でもいいから私に向けて魔法を放ってくれないか?」
「ま、魔法ですか? わ、分かりましたわ」
コーデリアはメーテの指示に従い『火球』を放つ。
すると、二つの魔法陣は中空を移動し、メーテの身体に『火球』が届く前に飛散させて見せる。
「攻撃にも使用出来るようだが……どちらかといえば防御に使用した方が有用か?」
「わ、わたくしには何が何だか……」
「あ、ああ、すまない。珍しかったもので夢中になってしまったよ」
一人納得する様子を見せるメーテに対し、状況が飲み込めていないコーデリア。
そんなコーデリアに対して謝罪の言葉を口にすると、メーテは説明を再開させた。
「要するにコレが最終解放というヤツだ。魔剣によって最終解放の形はそれぞれだが……
この魔剣の場合は、半自動の攻防兼用の魔法陣の召喚といった所だろうな。
これは中々に面白いぞ? 応用次第では色々な用途に使えるだろうし、戦略の幅も広がる筈だ。
改めて素晴らしい魔剣だと言っておこう。大切に扱ってやるが良い」
メーテは手に握っていた魔剣をコーデリアに返すのだが、その瞬間、中空に浮かんでいた魔法陣が消える。
「き、消えてしまいましたわ!」
「ん? そりゃあそうだろう。
今の魔法陣は私が魔剣を解放したから出現したものなんだ。私からの魔力が切断されれば消えるのは当然の事だ」
「か、考えてみればそうですわよね……」
正直に言うのであれば、魔法陣を扱ってみたいというのが本音だったのだろう。
魔剣を渡された瞬間に魔法陣が消えたのを見て、コーデリアは少しだけ残念そうな表情を浮かべた。
そして、そんなコーデリアの表情を見たメーテは、少しだけ意地の悪い提案をする。
「最終解放を試してみたいか? だったら解錠の手順と解放詠唱を教えても構わないが?」
実際、メーテに教えるつもりは無かった。
何故なら、それではコーデリアの為にならない事に加え、付け焼刃の解放では魔剣を扱いきることが出来ないと知っていたからだ。
それなのに意地の悪い質問をしたのは、コーデリアという人物との付き合いが未だ短く、どういった人物であるかを把握していなかったからで。
更に付け加えるのであれば、どれ程の気概を持ってこの合宿に臨んでいるのかを確かめたかったからなのだが――
「そ、それには及びませんわ!
これは魔剣鍛冶師からの挑戦状ですのよね? だったら私自信が答えなければ意味がありませんわ!
それに……人から教えて貰うような真似をしたら、この子達に認めて貰えるような気がしませんもの!」
コーデリアはメーテの提案を跳ねのけ、決意の言葉を口にする。
そして、そんなコーデリアの決意を聞くことになったメーテ。
「――そうか、良い決意だ」
満足そうに頷くと、優しげに頬を緩め――
「それでは、魔剣を扱いこなせるようになるのがコーデリアの課題だな。
コーデリアの素養とも相性の良い魔剣だ。扱いこなせれば、きっと心強い相棒になってくれるだろう」
「相棒……この子達に認めて貰う為にも、情けないところは見せられませんわね」
「不安か? だが、そんなに気負うな。
この合宿が終わるまでには、第二解放くらいまでなら扱いこなせるようにしてやるから安心して励むが良い」
「第二解放……が、頑張りますわ!」
そのようなやり取りを交わした後、この場を離れ、ミエルの元へと向かうのだった。
向かうのだが……
「あ、あの……私に与えられた課題は、魔力枯渇による魔素干渉の向上。
加えて、魔法発動時間の短縮だったような気がするのですが?」
「ん? まぁ、始めはそのつもりだったんだが……
テオドールの弟子であれば、強制的に魔力枯渇を繰り返すことなどとっくにやっているだろう事に気付いてな」
「い、いえ……魔力枯渇をするようには教えられましたが……強制で繰り返すのは流石に……」
「そうなのか? まぁ、それは良いとして、そろそろ手合わせを始めるとしようか」
「そ、その手合わせというのは……じ、実戦形式なんですよね?」
「うむ。ミエルの場合はテオドールの弟子ということもあってほぼ完成されているからな。
実戦形式の手合わせ――要するに、下手に教えるよりも、緊張感を持った手合わせの方がミエルの為になると気付いた訳だ」
「さ、左様ですか……」
「さて、時間が勿体無い。さっさと始める事にするか。
ちなみにだが――それなりに本気でやるから死んでくれるなよ?」
「……ふっ……ふふふっ……」
どうやら、ミエルに課されたのは実戦形式の手合わせのようで、それを知らされたミエルは盛大に顔を引き攣らせ、渇いた笑いを零す。
「な〜に、半分ほど死んだとしても、どうにかしてやるから安心するが良い」
メーテはそんな渇いた笑いを受け流すと手招きをし――
「テオドール様……私、生きて帰れないかもしれません」
ミエルは泣きそうな表情で、そんな言葉を口にするのであった。
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