第189話 マリベルの過去

 マリベルさんは、紅茶をコクリと一口飲んだ後に尋ねる。 



「アルは、私が元冒険者だって事は知ってるわよね?」


「は、はい。聞く話によればSランク確実って言われていたとか……」


「まぁ、そうね。自慢じゃないけど私が居たパーティーにはそれだけの実力が有ったわ。

現に『災害級』と呼ばれるような魔物や魔獣を何体も討伐してきたし、幾つもの危険な依頼をこなしてきた。

胸を張ってAランク冒険者だって言えるだけの実績は残してきたつもりよ」


「す、凄かったんですね……今のマリベルさんの姿からは想像できないというか、なんというか……」


「し、失礼なヤツね……今でも最高にクールでかっちょいいでしょうが?!」


「か、かちょいいって……」


「なによ? 文句あるの!?」



 言葉選びが古いことに対して若干の戸惑いを憶える僕を他所に、マリベルさんは話を続ける。



「まぁ、要するに順風満帆。Aランク――しかもSランク間近ともなれば、ギルドからも重宝されるし、貴族なんかから指名の依頼も入るようになってからは結構稼がせて貰ったわね。

それに、周囲の視線っていうの? Aランク冒険者ともなれば向けられる視線には憧れとか羨望とかが含まれててさ。

同業者や街の住人。子供たちなんかがキラキラして目で私達の事を見るようになってくるの。

それが心地よくってさ。まるで物語の英雄になったような気分だったわ」


「英雄……ですか? だったら何故、冒険者を引退てしまったんですか?」


「何でだと思う?」



 質問を返されたことで一瞬言葉が詰まってしまうが、すぐさま思考を巡らせ答えを探す。

 しかし、マリベルさんが自身が順風満帆だと言っているように、引退する理由が見当たらない。


 だが、冒険者を引退するからにはそれなりの理由があるのだろう。

 そう考えた僕は、それらしい答えを口に出してみることにした。



「えっと……解散してしまったとか?」


「そうね。それが正解。

でも、それは結果であって過程の部分が抜けてるわよね?

それより重要なのはどうして解散する事になったのかなんだけど……アルには分かるかしら?」


「解散の原因……ですか? 仲間同士の不仲……とか?」


「そういう場合もあるわね。だけど不正解」


「そうなると、個人の都合や怪我ですかね? 後は…………あっ」


「あら、気付いたみたいね? 言ってみなさいよ?」


「仲間を……亡くしてしまった……ということでしょうか……」



 僕の答えを聞いたマリベルさんは何処か遠い目をし、少し寂しげに笑った。



「そう。要するに仲間を亡くしてしまったの。

それが解散の原因で、私が冒険者を引退することになった理由」


「す、すみませんでした! 興味本位でそんな辛い思い出を話させてしまって……」



 僕は迂闊な事を聞いてしまったと反省し、慌てて謝罪の言葉を口にする。



「ん? まぁ、当時は確かに辛かった記憶があるけど、それも結構昔の話だしね。

とっくに心の折り合いはついてるから、気にしなくていいわよ」


「で、でも……」


「まったく。気遣ってくれてるのはありがたいんだけど……そんなんだと若くして禿げるわよ?

まぁ、それは兎も角。こういう話をする機会もそうそう無いしね。ついでにアルに伝えたいこともあるからシッカリ聞いておきなさいよ?」


「は、はい。分かりました」



 僕が謝罪の言葉を伝えると、「気にしなくていい」と言って面倒臭そうに手を振ったマリベルさん。

 マリベルさんかからすれば折り合いをつけた過去のようで、普段と変わらない様子で話を続けた。



「それで、さっきの続きだけど、仲間を失ってしまった事が解散。ひいては冒険者を引退した理由。

呆気ないものよね? Sランク間近まで登りつめたのに、たった一度の失敗で仲間を失い、解散する事になっちゃったんだから。

まぁ、それでも死んでしまったのは五人居る仲間の内の一人。

冷たい言い方かも知れないけど、その人は回復師よりの後衛で、正直に言って換えが利く役割だったの。

だから……仲間を失ったのは大きな痛手だったけど、冒険者としての道が断たれた訳ではないし、新たな仲間を募集して冒険者を続けるという選択肢もあったわ」



 マリベルさんは「ふぅ」と息を吐く。



「だけど……私はその選択肢を選ばなかった。

勿論、周囲の反対は多かったわ。仮にもAランクという戦力がギルドから消えるのは痛手だからね。

でも、それでも私は冒険者を続ける気にはなれなかったの。

何故なら、さっきは冷たい言い方をしちゃったけど……失った仲間っていうのは冒険者になってから苦楽を共にした大切な仲間であり友人だったからね。

仲間を募集して彼の代わりに……っていうのがどうしても受け入れられなかったのよね。


まぁ、それでも少しの間は四人で活動していたわ。

仲間の一人に熱い人がいてさ、『死んだ仲間の為にも冒険者を続けようぜ』なんて説得されたら無碍にも出来ないでしょ?

だから、私の中で引退することは決まっていたけど、少しの間だけ付き合うことにしたの。

だけど……本音を言えば皆も辛かったんでしょうね。

死んだ仲間の為にも――って奮起したのは良いけど……それはいつの間にか『責任感』っていう重りになって皆の精神を徐々にすり減らしていったの。

それで、それを隠す様に無理して笑ったり、変におどけてみたりしてね。

その内、一緒に居ると何となく息苦しく感じるようになっちゃってさ……笑い合うどころか、顔を合わす機会すらも減っていったわ。

それで自然消滅っていうのかしら? 気が付けば解散……仲間とも疎遠になっちゃったって訳。 


「そうだったんですね……それに、大切な仲間とも疎遠に……」



 普段は明るく、自由奔放といった様子のマリベルさん。

 そんなマリベルさんから聞かされた過去の話は、僕が想像した以上に悲しいもので、思わずしんみりとしてしまう。


 しかし、マリベルさんからすれば望んでいない雰囲気だったのだろう。



「な、なによ? そんな辛気臭い顔しちゃって! まぁ、私の話し方が悪かったのかもしれないけど……

でも、さっきも言ったでしょ? これは折り合いを付けた過去なんだから、そう言う顔されても逆に困るんだってば!」



 マリベルさんは僕の肩を掴み、しんみりとした雰囲気を霧散させるようにグワングワンと激しく揺った。



「それに、なんか勘違いしてるみたいだけど、疎遠になったっていうのは当時の話なんだからね?

まぁ、また皆で集まってお酒を飲んだりするまでには何年か掛かったのは事実だけど……

今では数年に一度は皆で集まるし、個人でならもう少し短い間隔で会ったりもするんだから」


「じ、じゃあ、仲間の方とは疎遠になってないんですね?」


「そういうこと。結局は冒険者から離れられなくて故郷のギルドに就職したヤツに、未だにソロで冒険者をしているヤツ。

私以外にも女性が居たんだけど、その子は家庭に入って、三人の子供に囲まれながら幸せに暮らしてるわよ。まぁ、何はともあれ、全員元気にやっているわ」


「元気にやってるんですね……良かったぁ」



 仲間を失った上に、疎遠になってしまうなんて悲し過ぎる。

 しかし、マリベルさん達はそうならなかったようで、その事を聞かされた僕はホッと胸を撫で下ろす。



「なんであんたが安心した顔すんのよ……でも、まぁ……ありがとうって言っておくわ」



 マリベルさんは呆れたような表情で頬杖をつきながらも、少しだけ頬を緩めた。



「まぁ、そんな感じで冒険者を引退した訳なんだけど……ひとつ問題を出しましょうか?

実際、私の仲間が今でも冒険者を続けてるように、私も冒険者を続けるという選択肢もあったわ。

だけど、私はその選択を選ばず、おばあちゃんの跡を継いで大家になった。どうしてだと思う?」



 頬杖をついたまま、意地悪そうな笑みを浮かべるマリベルさん。

 僕はその問題に答える為、頭を働かせ始める。



「マリベルさんにとっては当時の仲間……五人揃っていることが冒険者としての条件だったからですか?」


「ぶっぶー。まぁ、それもある意味正解だけどね」


「それじゃあ、仲間を失ったことが……」


「近いけど、それはあくまで切っ掛けって感じかしら?」


「年齢的な衰え……隠居ってヤツですか?」


「は? あんたなに言ってんの? ぶっ飛ばすわよ?」



 どうやら失言だったようで、マリベルさんは鬼の形相で睨んでくる。

 というか、「ぶっ飛ばすわよ?」という疑問形の割には、既に脛をガシガシと蹴られており、もの凄く痛い。


 まぁ、それは兎も角。

 中々答えを出さない僕を見て、このままでは時間が掛かってしまうと判断したのだろう。

 マリベルさんは「はぁ」と溜息を吐くと、答えを口にした。



「色々な要素はあったと思うけど答えは単純――死ぬのが怖いと思ったから。だから引退したの」


「死ぬ……のが……?」


「そう。正直、あの頃の私達は気力も体力も最高の状態だったわ。だけど死んだ。

しかも相手は、樹海に住まう『茨の王』と呼ばれる木竜?

それとも『幻月』と呼ばれる黒き獣? ――いいえ、違うわ。

仲間を失う原因となったのはゴブリンのナイフ。しかも直接切りつけられた訳でも無いのよ?

叩き折ったナイフの切っ先が壁に跳ね返って、仲間の皮膚を僅かに裂いたの。それが死に至った原因」


「そ、そんなことで?」


「そう。わたし達もそう思ったわ。

だから、一応の処置だけはして、後は自然治癒に任せる事になったんだけど……それが間違いだったわ。


ゴブリンていうのは、衛生観念なんてものは持ち合せていないじゃない?

住処なんて腐った食べ残しや糞尿で塗れてるし、武器が錆びたって手入れなんかしない。

そんな劣悪な環境だからでしょうね……錆びたナイフについた獣の血や、自らの糞尿。

そういった物が積み重なって、一種の毒のような物が出来上がってしまったんだと思うわ。


だけど、それに気付いた時はもう遅かった。

何故ならその時は傷を負ってから二週間くらいが経過していて、身体の痙攣や呂律がまわらないという症状が出始めていたの。

もっと早くに気付ければ良かったんだけど……彼自身が少しだるいくらいしか言わなかったし、なにより回復師である彼が楽観していたから大したこと無いと思ってしまったの……

そして、三週間程が経過した頃……治療の甲斐もなく、嚥下する事すらも困難になった彼は……

皆が寝静まった頃に痰を喉に詰まらせてしまったみたいで……朝には冷たくなっていたわ」



 僕はマリベルさんの話を聞き、ゴクリと唾を飲み込んだ。



「言ってしまえば、仲間を殺したのは私たち自身の油断と慢心。ゴブリン如きと侮る心が仲間を殺したのよ。 

そして、それに気付いた時、私は怖くなった。

AランクだSランク間近だと持て囃されても些細な出来事で人は死んでしまう。

だから私は逃げ出したの。冒険者という死の足音が寄り添う場所から。

だから冒険者を辞めたの。仲間が死ぬのを見るのも、自分が死ぬのも嫌だったから」



 マリベルさんは僕が読んでいた本をポンポンと叩く。



「まぁ、要するに我が身が可愛かったの。

だから、この本の作者の情熱。命を懸けてまで何かを成し遂げようとする情熱が少し羨ましく感じちゃってさ……

もし情熱を持って冒険者を続けていたら――なんて考えてたら、少しだけしんみりしちゃった訳ね。

どう? これが、元Aランク冒険者でありながら大家なんてやってる理由よ。面白くもない話だったでしょ?」



 僕はその言葉に対して、首を横に振ることで否定を示す。



「ありがとう。それと……ここからは元冒険者としてのアドバイス。

アル。あんたは強いわ。なんなら私達が成しえなかったSランクに手が届く程に。

だから、あんたが望んでランクを上げようとすれば、きっと遠くない未来にSランク冒険者として名を轟かせるんでしょうね。

でも、憶えておきなさい? あんたは強いけどあんたの仲間達は強くない。

まぁ、強くないといって言うと少し語弊があるけど、今はまだアルと肩を並べる程の実力は無いわ」



 マリベルさんは一呼吸開ける。



「――だから死ぬの。

アルの基準で大丈夫だと判断しても、あの子たちでは乗り越えられない場面。

そんな場面が訪れたら、あの子たちはきっと死ぬ事になるわ。

それに、そんな場面が訪れなかったとしても人っていう生き物は簡単に死ぬの。

間違えて毒茸を食べた時。崖から足を踏み外した時。ちょっとした傷を放置した時。そんな簡単なことでね」



 何時になく真剣な眼差しで、僕の目を覗きこむ。



「アル。これだけは頭に入れておきなさい。

あんた達がこれからも冒険者を続けるのであれば、死というものは傍らでそっとその機会を狙っている。

そんな時は覚悟を決めなさい。

自分の為? 仲間の為? それとも待っている家族の為? 理由? 言い訳? なんだっていいわ。

自分の中で譲れない順位を決めて、それを守るために手を汚す覚悟を」



 これはマリベルさんからの警告であり助言なのだろう。

 冒険者という職業を選び、自ら『死』というものに近づき、寄り添おうとする僕に対しての。 


 そして、問われてるのだろう。

 守るだけでは無く、他者の命を――もしもの時、人間の命を奪う覚悟が僕に有るのかという事を……


 正直、その答えは分からない。

 迷宮都市で出会ったドモンの死を通じて、僕なりの覚悟は決めているつもりではある。

 しかし、実際に自分の手で――となると、その場面が来なければ分からないのだろう。


 そして、マリベルさんはその事を案じているのだ。

 その場面が訪れなければ――追い込まれなければ動けないのであろう僕の甘さを……


 僕は改めて『死』や『命』というものに対して考えを巡らせる。

 しかし、そうしたことでマリベルさんの言葉に答えを返す事が出来ず、暫しの静寂が二人の間に流れる事になってしまった。


 そして、そんな僕の様子を見て、マリベルさんは真剣な表情を崩すと――



「まったく。適当に「はい」とでも返しておけばいいのに……

真面目というか融通が利かないというか……あんた本当に近い内に禿げるんじゃない?」



 そんな言葉を口にし、いつもと変わらない笑顔を浮かべて見せた。



「まぁ、しっかりと悩みなさいな。その時間もあんたの糧になる筈だからさ。

――あぁ、んもぅ! 柄にもないことを喋っちゃたじゃない! こんなの全然マリベルちゃんぽくない!

というか、昼食を取ったら読書を再開しようと思ってたのに、もうこんな時間じゃない……」



 その言葉で窓から外を眺めてみれば、僅かに茜がかっていることに気付く。

 もう少ししたら完全に陽が落ち、そうなる前には皆が帰って来るのだろう。


 そのように考えた僕は、頬を叩いて気持ちを切り替えると――



「それじゃあ、そろそろ夕食の準備に取り掛かる事にしましょうか。

疲れて帰って来たのに、晩御飯が無いのは可哀想ですしね」



 そう言って椅子から腰を上げ、夕食の準備を始める為に腕まくりをする。



「晩御飯が無かった時の、皆の顔も見てみたい気もするけど……」


「そんな事したら大変なことになりますよ?」


「ぐっ、冒険者を引退したのに、そんな理由で死にたくは無いわね……まぁ、夕食の準備さえすればいい話か」



 そのような会話を交わすと、マリベルさんも椅子から腰を持ち上げようとするのだが。



「マリベルさんは本でも読んでいて下さい」



 僕は、立ち上がろうとするマリベルさんを制止すると、手早く紅茶のお代りをカップに注ぐ。



「な、なによ? 気味が悪いわね?」


「まぁ……なんていうか、お話を聞かせて頂いたお礼です。

今日のところは夕食が出来るまでゆっくりしていて下さい」


「ああ、そう言う事なのね。

やっぱり真面目いうか、融通が利かないというか……そんな気の利かせ方してたんじゃ疲れない? あんた絶対禿げるわね」


「は、禿げませんよ! そ、それは兎も角。マリベルさんはゆっくり読書でも楽しんでて下さい」


「まったく……まぁ、そう言うんならゆっくりさせて貰うけど」



 マリベルさんは僕だけに夕食の準備をさせることに抵抗が有ったのだろう。

 少しだけ居心地が悪そうにしていたのだが、いざ本を読み始めるとそんな感情は霧散してしまたようで、読書に夢中になってしまう。


 そんなマリベルさんの様子を見た僕は――



『死と覚悟……か』



 改めてマリベルさんの言葉を反芻すると、夕食の準備に取り掛かるのであった。






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆





 合宿二日目を終えた女性陣。

 アルの部屋に割り当てられたソフィア、コーデリア、ミエルの三人は満身創痍といった感じで布団の上に転がっていた。



「今年はウルフさんが担当してくれることになったけど、こっちはこっちで地獄ね……」


「な、なんなんですの!? あの拷問は!?

魔力枯渇するまで魔法使わされて、それを回復薬で無理やり回復させてからまた魔力枯渇!

ううぅ……もっと楽しい合宿かと思ってましたのに……」


「テオドール様の訓練も厳しい方だと思っていましたが……

これはまた別次元ですね……テオドール様の訓練が温く感じてしまいます……

というか、こうなることが分かっていたから『コレも試練じゃ……』としか言わなかったのですね……」



 そして、各々が合宿に対しての愚痴を口にしていると――



「これは、やる気を注入しなければいけませんね……」



 ミエルがもぞもぞと動きだし、ベッドの上に置かれた枕。

 言ってしまえばアルが使用していた枕に顔を埋め出すのだが……



「はぁ……アル君の匂いがします」



 これにはドン引きである。


 現にソフィアとコーデリアも顔を引き攣らせてその様子を見ていた。

 しかし、そんな二人の視線など気にしないといった様子のミエル。



「実に甘露」



 まるで、危ない薬をやっているかのような恍惚とした表情を見せるのだから尚更だ。



「ちょっ! ミエル様! 何やってるんですか!?」


「そ、そうですわ! いつも凛々しいミエルお姉さまがそんな真似をするなんて!」



 しかし、流石にこの奇行を見過ごせなかったようで、ソフィアとコーデリアから待ったが掛かる。


 だが、当のミエルはというと?



「貴方達もやります?」



 まるで、上司が「一杯やってくか?」というようなノリで枕を勧める。



「そ、そんなものは必要ありませんわ!」


「……そんなもの?」


「ひうっ!?」



 「そんな物」という枕を軽んじるような発言に眼つきを鋭くするミエル。

 コーデリアはその鋭い眼光に射抜かれ、上擦った声を上げる。



「ソフィアさんはどうです?」



 コーデリでは話にならないと判断したのか、今度はソフィアに枕を進めるミエル。


 その様子を見ていたコーデリア。


『そんな物を勧められても困るだけですわ』


 などと考えるのだが……



「い、良いんですか?」



 ……どうやら、「そんな物」を喜ぶ人も居るようだ。



「どうぞどうぞ。まぁ、私の物ではないのでこういうのも違うとは思うんですが……

それはさて置き、ソフィアさん。グッといっちゃって下さい」



 再び、呑みの席での上司のような言い方をするミエル。



「うへぇ……じゃ、じゃあ行っちゃいますね!」



 ソフィアもソフィアで大概である。



「あっ、なにコレ凄い」



 なにが凄いのかさっぱり分からないが、ソフィアは凄いとのたまう。

 その様子を何故か満足げに見つめるミエル。



「凄いですよね? 匂いが鼻孔を抜け、脳を直接揺さぶるんですよ」


「わ、分かります。なんと言うか多幸感に包まれて、頭の中が真っ白になる感じです」



 本当に枕についての会話なのだろうか?

 怪しげな薬を服用しているかのような感想にしか聞こえない。


 そして、そんな様子をかなり引いた位置で眺めていたコーデリアだったのだが。

 ふと手に何かが当たり、そちらに視線を移してみれば洗濯籠がある事に気付いた。



「はぁ……女の子と同室になれたのは嬉しいのですが、この様子ではキャキャした展開は望めませんわね……

暇ですし、洗濯物でも分けておきましょう……」



 コーデリアは洗濯籠から衣服を取り出すと、持ち主ごとに分けて行く。



「あら、この猫の刺繍が入ってる下着は……ラトラさんのかしら?

こちらの部屋の洗濯物に混ざってしまったようですわね」



 洗濯物の中にあった猫の刺繍が入った下着。

 それを発見したコーデリアはラトラに届けようと考え、立ち上がる。



「それは私のですよ?」



 しかし、ミエルから制止の声が掛かってしまう。



「ほえっ? ミエルお姉さまの下着ですの?」


「そうですけど何か?」


「じゃあこちらの黒い下着は?」


「ちょっ!? なに広げてるんですか!? や、やめて下さいよ!」



 ソフィアが反応した事で、黒の下着がソフィアのものだと理解したコーデリア。


 だがしかし……



「ミエルお姉様が猫の刺繍?」



 本人と下着とのイメージが合致しないのだろう。

 手のなかで下着を捏ねては引っ張ったり、摘んでは伸ばしたりと、訳の分からない行動を繰り返す。


 そうしている間にもソフィアとミエルの意識は枕へと移ってしまったようで。



「それでは半分ずつ使いましょうか?」


「は、はい」



 二人は一つの枕に顔を埋めるという謎の姿勢を取り始めた。


 そして、今の状況と言えば、枕に顔を埋める二人と、下着で遊ぶコーデリアという状況。

 そんな訳の分からない行為に皆は夢中になってしまったのだろう。


 コンコンと言うドアをノックする音を聞き逃してしまう。



「んにゃ? 反応が無いけど居ないのかにゃ? メーテさんから伝言を頼まれたんだけ……ど?」



 反応が無かったことで扉を開き、部屋の中を確認したラトラ。



「んにゃぁ……」



 深い皺が出来る程に眉根を顰めると、関わり合いたくなさそうに扉を閉めるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る