第188話 読書感想会
合宿二日目の早朝。
僕達は庭へと集まりメーテの話に耳を傾けていた。
「さて、昨日は初日ということでお前達の実力。
この一年間でどれだけ成長したかを見させてもらった訳なんだが――どうやら、合宿を終えてからも個々の鍛錬を怠っていなかったようだな?
前回の合宿と比べたら随分と成長の跡が見られたので、私も嬉しく思うぞ」
メーテがそのような言葉で評価すると、前回の合宿に参加した友人達。
ダンテ、ベルト、ソフィア、ラトラの四人は「ほっ」と息を吐き、安堵の表情を浮かべる。
「次に初参加組のミエルとコーデリアなんだが……
ミエルに関しては、幼少からテオドールの指導を受けていただけに非常に高い水準で纏まっている。
コーデリアに関しても流石は二つ名持ちといったところなのだろう。
私が教鞭を振るようになってから優秀だと思える生徒は何人か居たが、その生徒達と比べても頭二つ三つは飛び抜けた実力を持っているように感じられた」
続いて、初参加組である二人に対し、称賛にも近い言葉を送るメーテなのだが。
「メーテ様にそう評価して頂けるのは嬉しいのですが……あそこまで完封されてしまうと……」
「あそこまで力の差を見せつけられては……素直に喜んで良いのか分からなくなりますわね……」
当の本人達は、褒められて嬉しい様な、それでいて悔しい様な、なんともいえない複雑な表情を浮かべて見せた。
しかし、二人の心境を思えば、それも仕方が無いことのように思える。
何故なら、昨日行われたメーテとの手合わせ。
その内容と言えば、メーテがミエルさんとコーデリア先輩を相手取るという形。
要するに二対一という形で手合わせが行われた訳なのだが……
一つの有効打を与えることも無く、軽くあしらわれるという結果に終わってしまったのだから、称賛の言葉を素直に受け入れられないという気持ちも理解出来るというものだ。
更には、上級魔法や魔剣まで使用しての結果ともなれば尚更なのだろう。
そんな二人の反応を見て、困ったような顔でポリポリと目尻を掻くメーテ。
「手合わせの結果だけ見れば完封されたように見えるかも知れんが、実際には驚かされた場面だって何度かあったんだぞ?
それにだ。お前達は若く、まだまだ発展途上だと言える。
その事を考えれば、鍛練次第では私に追いつき――いや、追い抜く可能性だって充分にあるんだ。
だから、まぁ〜……そう落ち込むな?」
そのような言葉で二人を励ますと、優しく微笑んで見せた。
そして、そんな励ましの言葉を聞いた事で、二人の気持ちも少しは楽になったのだろう。
「そう……ですよね……分かりました。
メーテ様の実力に少しでも近づけるよう、合宿に励みたいと思います」
「わ、わたくしも頑張りますわ! 今年の席位争奪戦ではアルから第一席を奪い返さないといけませんしね!」
力強い表情と口調で、合宿に対する意気込みを語るのだが……
「その意気や良し――といったところだな。
ふむ……その意気込みに答える為にも、二人は少し厳しく接した方が良いかも知れんな」
ボソリと呟いたメーテの言葉に、二人は頬を引き攣らせる羽目になるのであった。
その後、メーテの指示に従って組分けを済ませる友人達。
ベルト、コーデリア先輩、ミエルさんの三人はメーテに。
ダンテ、ソフィア、ラトラの三人はウルフに連れられ、森の奥へと分け入って行く事になった。
「さて、私達はどうしましょうかね?」
皆の背中を見送り、その姿が森の奥へと消えたところでマリベルさんが尋ねる。
「ん〜。夕食時に戻るって言っていたので、昼食の用意はしなくても大丈夫だし……
二日目って事で洗濯物も少ないですもんね……どうしましょうか?」
僕がそう答えると、途端に目を輝かせるマリベルさん。
「じゃあさ、じゃあさ! 夕食の準備を始める時間まで暇ってことよね?
だったらさっさと洗濯を済ませちゃって、読書の時間に充てましょうよ!
昨日の夜に少しだけメーテっちの書斎を見せて貰ったんだけど、面白そうな本が幾つもあったのよね!」
「読書ですか……でも、皆が頑張ってるのに、のんびり読書してても良いんでしょうか?」
「別に良いんじゃない? もし、やるべき事があればメーテっちだって指示出してる筈だしさ」
「そう言われれば、そんな気もしますが……」
「んもぅ、面倒臭いわね! コレもある意味勉強なんだから、そんなに気にする必要ないわよ!
って事で、さっさと洗濯を済ませて読書をするわよ!」
「ちょっ!? マリベルさん!?」
マリベルさんは僕の手を掴むと、強引に引っ張って洗濯場へと向かい。
洗濯場に辿り着いた僕達は手早く洗濯をこなしていく事になった。
洗濯をこなしていく事になったのだが……
「ぷぷっ。この猫の刺繍が入ったのと、無地の下着はソフィアかラトラの下着でしょうね。
それでこっちの黒い下着はミエルのかしら? で、このフリルが多い下着はきっとコーデリアのね。
ふふっ、下着を見ただけで持ち主を推理出来ちゃうとか、流石名探偵マリベルちゃんね!」
女性陣の洗濯物を担当しているマリベルさんの独り言――若干というか、かなり頭の悪そうな独り言が聞こえてしまい、なんとも気まずい思いをする羽目になってしまった。
ちなみにだが、下着関係はちゃんと男女別で干してあるので、僕は確認していないと明言しておく。
……まぁ、そんな事があったものの、程なくして洗濯を終えた僕達はメーテの書斎へと向かう事にした。
「ああん! やっぱりメーテっちの書斎は凄いわね!
王都の図書館や、学園都市でも見られないような本が沢山あるわ!
流石は、始まりの魔法使い様の書斎って感じよね!」
書斎へと立ち入った瞬間。
本棚に並べられた本や、床に乱雑に積まれた本に視線をやり、興奮した様子で身体をくねらせる。
「うはっ! 読みたい本が多くて目移りしちゃうわね!」
更にそう続けると、本の間で視線を彷徨わせるマリベルさん。
どうやら、読みたい本が決まったようで、一冊の本を脇に抱えると、更にもう一冊の本を手に取って見せた。
その様子を見た僕も、面白そうな本を見つける為に背表紙へと目を通し始めるのだが――
「はいアル! アルはこの本を読んでよ!」
マリベルさんが抱えていた二冊の本。その内の一冊を手渡されてしまう。
「へ? 選んでくれたんですか?」
「別にそう言う訳じゃないけど、まだ読む本を決めてないんだったらこの本を読んで貰いたいのよね」
「まだ決めて無かったので別に構わないですけど……コレは……短距離転移についての本ですか?」
表紙に目を通してみれば、『カシオス式短距離転移理論』と書かれていた。
「そうそう。アルにはその本を読んで貰いたいのよね。
んで、私が読むのがこっちの『ルード式短距転移理論』て本なんだけど、どちらも短距離転移について書かれた本らしいのよ」
「そうなんですね。それで、どうしてこの本を僕に?」
「まぁ、なにが言いたいかって言うと、要はお互いに本を読んだ後に意見交換しましょうって話。
当然と言えば当然の事なんだけどさ、作者が違えば、同じ題材を扱ったとしても、細かな解釈が違う訳じゃない?
だからさ。お互いに同じ題材の本を読み終わった後に、そういった解釈の違いを指摘し合ったり。
あーでもない、こーでもない、言いながら意見を交換しましょうって提案な訳なのよ。どう? 興味ない?」
僕はマリベルさんの説明を聞き、成程と頷く。
確かに読書後に感想を言い合うのは単純に楽しいし、作者ごとの解釈の共通点や矛盾点。
そう言った点に注視し、自らの解釈も交えて話し合うのはきっと勉強にもなるに違いない。
そのように考えた僕は。
「面白そうですね。そうしましょうか」
「流石アル! 話が分かるじゃない!」
了承の意味を込めてマリベルさんの手から本を受け取り。
僕が本を受け取ると、マリベルさんは笑顔を浮かべ親指を立てて見せる。
そして、早速といった様子で床に腰を降ろし、表紙をめくり始めるマリベルさん。
僕もマリベルさんに倣って床に腰を下ろす事にすると――
暫しの間。魔石灯の明かりがゆらゆらと影を作る書斎で、本をめくる音だけが響く事になった。
それから数時間が経過した頃。
マリベルさんのお腹が鳴ったことで時間を確認してみれば、正午を周っていたことに気付く。
僕達は昼食を取る為に、読書をいったん中断することに決めた。
昼食に用意したのは、葉物とチーズ、それにトマトと燻製ベーコンを挟んだパンと無糖の紅茶。
そのような昼食を取りながら雑談に興じるのだが、気が付けば話題は先程まで読んでいた本の内容へと移っていき、僕達はパンを片手に意見交換を始めてしまう。
「むぐっ……なに、そのガバガバ理論? そんなんで転移が成功する訳ないじゃん……」
「そうなんですよね……まだ途中までしか読んでないんですけど、結構無茶苦茶でしたよ?
なんていうか、奇人とでもいうんでしょうか? 本を読み進めているとしっかりとした基礎を持ち合せている人物だというのが分かるんですけど、最終的には何故か謎の理論に行きつくんですよね……
しかも、晩年はわざと転移を失敗しているような節もあるようですし」
「わざと? ……要するに、失敗することで何かを掴もうとしてたのかしら?
でも……だとしたら余程の奇人――いや、狂人よ?
転移を失敗して身体の一部を欠損する羽目になるなんて良く聞く話なんだから」
「ですよね……この作者も左肘の先と、右足の太ももから下。
その他にも左足の指が幾つか欠損してたらしいですよ……」
「うわぁ……よくやるわね……生活に支障が出るレベルじゃない……
というか、そこまで身を犠牲にして、なにを掴もうと――そもそも意味なんてあるのかしら?」
「どうなんでしょうね? 無意味な事をするような人物では無さそうなんですけど……謎ですね……」
途中まで読んだ内容を擦り合わせながら、あーだこーだ話し合う僕とマリベルさん。
まぁ、書いてある内容は少しばかり笑えない内容だったのだが、意見の交換自体は楽しいもので、思わず話が弾んでしまう。
そして、そんな話をしていると――
「でも、人から見れば狂人に映るかもしれないけど……それだけの情熱を注いでたってことよね。
少しだけ羨ましいかも……」
不意に声の調子を落とし少しだけ寂しげな表情を浮かべるマリベルさん。
その様子が気になった僕は、思わず疑問を口にしてしまう。
「マリベルさんがそんな表情をするのは……少し珍しいですよね?」
「ん? そう? ……まぁ、ちょっと昔の事を思い出しちゃった所為かもね」
「昔の事?」
「そう。昔の事よ」
そう言ったマリベルさんはやはり寂しげで、あまり話したくないといった雰囲気を僅かに漂わせていた。
そして、そんなマリベルさんの姿を見た僕は、これ以上は踏み込むべきではないように感じてしまう。
だが……今更ながらにマリベルさんという人物。
元はSランク確実と言われていた冒険者で『瞬転』という二つ名まで持つ人物。
そんな人物が、どうして大家という立場に収まっているのか気になってしまった。その為――
「もし良ければマリベルさんの話を聞かせて貰えませんか?
も、勿論、嫌じゃなければですけど……」
話したくないといった雰囲気を漂わせているにも関わらず、好奇心に負けて尋ねてしまう。
「あ、あんたね……空気は読みなさいよ?」
「す、すみません。でも……気になってしまって」
「まったく……まぁ、別に隠してる訳じゃないからいいんだけどさ……
でも、聞いてて面白い話じゃないわよ? それでも良い?」
「は、はい! ありがとうございます!」
マリベルさんは何処か呆れたような表情を浮かべると、自分の過去について話し始めるのであった。
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