第187話 合宿の予定
『前回よりも厳しくするつもりだ』
そう伝えられた友人達は必死の抵抗を見せた。
それは梃子でも動かないといった無言の抵抗だったり。
考えを改めて貰う為の説得だったりと、その方法は様々だが、兎にも角にも友人達は必死の抵抗を見せた。
そして、そんな抵抗の甲斐もあってか。
『わ、分かった! 前回の合宿よりもちょっと厳しい程度に留めることにしよう!』
見事、メーテから言質を取ることに成功し、歓喜の声をあげる友人達。
まぁ、結局は前回の合宿より厳しくすると言っている訳なのだが……
どうやら感覚が麻痺してしまっているようで、その部分については気付けていないようだ。
そのようなトラブルがあったものの、無事に転移に成功し、森の家へと辿り着く事になった僕達。
「ほ、本当に転移を成功させてしまいましたわ……」
「……流石はメーテ様……といったところなのでしょうね」
などと言い、驚きに目を丸くしているコーデリア先輩とミエルさんを他所に、地下室の扉を開き、キシキシと軋む階段を上る。
すると、僕の目に映ったのは、年季の入ったダイニングテーブルに少し色褪せたソファー。
見慣れた家具の数々が目に映る。
更に鼻からスンと息を吸えば、清涼感のある薬草の香りや古書独特の匂い。
嗅ぎ慣れた実家の匂いに気持ちが落ち着いて行くのが分かった。その為。
「一年振りの実家だけど、やっぱり落ち着くな」
思わずそんな言葉を零してしまうのだが……
「……ああ、そうだな。アルにとっては実家だし、落ち着く場所なんだろうな」
「……この匂いを嗅いでしまうと、嫌でも去年の合宿を思い出してしまってな……
アルディノには申し訳ないんだが、僕には同意することが出来そうにない……」
「……今回はどれだけ薬草のお世話ににゃるんだろうにゃ〜……」
「私も、どれだけ回復薬を飲まされることになるんだろう……」
友人達にとっては、辛い記憶を呼び起こす為の材料だったようで、遠い目をしながらそんな言葉を呟いていた。
まぁ、中には例外も居るようで。
「薬草の香りや古書の匂い。それに、木を基調とした温かみのある家具の数々。
わたくし、こういった趣のある家は好きでしてよ! あっ、この小物も可愛いですわね!」
「ここが、アル君の育った家……ふふふっ」
合宿初参加組のコーデリア先輩とミエルさんは物珍しそうにキョロキョロと視線を彷徨わせている。
そうして、そんな皆の様子をなんとなしに眺めていると――
「取り敢えずは、我が家へようこそ。
狭っ苦しい場所ではあるが、自分の家のように寛いで貰えたらと思う。
それでは荷物を置いたら、早速合宿を始めることにしよう――と言いたいところだが、先に色々と説明しておいた方が良いかも知れないな」
メーテはパンパンと手を叩き、皆の視線を集めてから今後の予定について説明を始める。
「今回の合宿だが、前回と同様に私とウルフがお前たちの面倒を見ることになる。
それで、今回の組分けなんだが――私が面倒を見るのは、ベルト、ミエル、コーデリアの三人。
ウルフが面倒を見るのは、ソフィア、ダンテ、ラトラの三人となるので、各方針に従って合宿に励んで貰いたい」
メーテは更に説明を続ける。
「次にだ。今回は合宿の総仕上げとして、とある人物と戦って貰おうと考えている。
まぁ、今は明言しないでおくが、相応の実力者を用意するつもりなので、その事を念頭に置いておくように」
ある人物?
僕はメーテの説明を聞き、首を傾げてしまう。
何故なら、相応の実力者だという『とある人物』について心当たりが無かったからだ。
まぁ、無理やり上げるのであれば、テオ爺やオーフレイムさん。
それに、今回の合宿に参加してるマリベルさんなどが上げられるのだが……
テオ爺やオーフレイムさんに限っては立場があり、忙しい身である為、その可能性は低いだろうし。
マリベルさんに限っては我関ぜずといった様子で、呑気に欠伸なんかしている。
『ある人物……本当、誰なんだろう?』
『ある人物』について心当たりが無かった僕は、そのように考えると更に考えを巡らせるのだが……
「それでアルなんだが――」
名前を呼ばれたことで、思考を中断させられてしまう。
「アルとマリベルに関しては、今回もサポートをお願いしようと思う。
私達が皆の面倒を見ている間は、どうしても家事関係が疎かになってしまうからな。
そういった面のサポートと、合い間を見てはマリベルに色々と教えて貰うような感じでお願いしたい。
二人とも頼めるか?」
「うん。僕はそれで大丈夫だよ」
「はいは~い。家事は任せてくれて大丈夫よ。
アルに関しては……私から教えることは殆ど無いけど、それでも手合わせの相手くらいならしてあげられると思うわ。
そ、それとだけど……今回も転移魔法陣とかじっくり調べて良いわよね?
あ、あと、メーテっちの書斎にある転移に関する本とか読んでも良い?」
「そ、それは構わないが……書斎には危険な本などもあるから、目当ての本以外は迂闊に触るなよ?」
「了解! 流石メーテっち! 分かってるー!」
どうやら、今回の合宿も僕とマリベルさんは別行動らしいのだが……
マリベルさんの浮かれ様を見ると、書斎に籠りきりになりそうで、少しだけ不安を感じてしまう。
……まぁ、前回の合宿でも、なんだかんだ言いながらも転移魔法を教えてくれたし。
家事の面でもしっかりサポートをしてくれていたので大丈夫だとは思うのだが……
「合宿というこの好機! 転移魔法陣ちゃん! じっくり調べつくしてあげるわよ~……ぐふっ」
まるで何かを揉むかのように指をワキワキと動かすマリベルさん。
そんな姿を見せられた上に、おやじ臭い笑い声を聞かされれば、やはり不安にもなるというものだ。
……まぁ、そんなマリベルさんはさて置き。
メーテの説明は続くようで、「こほん」と咳払いをすると説明を再開させる。
「それと最後に部屋割を決めておこうと思う。
正直、心苦しい部分はあるんだが、この人数となると部屋が足りなくてな。
男女別にした場合、私の部屋には全員が入りきれないというのが現状だ。
従って、私とウルフが使用してる部屋に四人から五人。アルの部屋に二人か三人。
残りはリビングに布団を敷いて寝て貰う事になるんだが……」
メーテがそう言った事で僕は周囲を見渡す。
この場に居るのは女性が女性が七人に男性が三人。
男性が三人ということは僕の部屋を男性陣で使用するのが良いようにも思えるのだが。
女性陣をリビングで寝かせるというのは少しばかりの抵抗があるというのも本音であった。その為。
『ダンテとベルトはどのように考えているのだろう?』
そのように考えた僕は、二人の意見を知る為に視線を送ってみる事にすると――
「まぁ、どっちにしろ布団はあるみたいだし、俺はリビングで構わないっすよ」
「僕も寝床があるだけで充分ですね。リビングでも全然構わないですよ」
僕と同様の意見かは分からないが、リビングで構わないことを伝えるダンテとベルト。
そして、そんな二人の意見を聞いたメーテ。
「気を遣わせてしまったようだな、厚手の布団を用意しておくから許してくれ」
そう言うと、申し訳なさそうな表情を浮かべて見せた。
だが、これで問題は解決だ。
後は適当に女性陣が組分けをし、メーテの部屋か僕の部屋。どちらで寝るのか決めれば良い。
そのように考えた僕は、この話はこれで終わりだろうと予想したのだが……
「――ということで、適当に部屋割りを決めようと思うんだが……
きゃ、客人を男臭い部屋に寝泊りさせる訳にはいかないしな!
渋々――ほんっとうに渋々だが、私とウルフがアルの部屋で寝ることにしようじゃないか! なぁ、ウルフ?」
「そうねメーテ。お客さんにも失礼だしそれが無難かも知れないわね」
「べ、別に失礼とかじゃないですよ!
ぎゃ、逆に客人だからメーテさん達のベッドを奪う訳にはいかないし、私達の誰かがアルの部屋で寝るべきだと思うんです!
ま、まぁ、私的にはアルの部屋とか全然どうでもいいし?
アルのベッドなんかには一つも興味なんてありませんけど?
で、でも、メーテさん達のことを考えたら仕方無いですよね! うん! これは仕方ないです!」
「ソフィアさんの言う通りですね。
鍛えて頂く上に、家主の寝床を奪うなんて厚顔無恥が過ぎます。
新参である私達がアル君の部屋で寝るべきでしょう。ねぇ、コーデリアさん?」
「ふぇ? ミエル様の言い分では私達がリビングで寝るべきのような気がするのですが……?」
「……コーデリアさん? 空気を読みましょうね?」
「……で、ですわぁ」
何故だか部屋の譲り合いを始める四人の女性達。
その様相はメーテとウルフ対ソフィアとミエルさん。といった様相で、僅かながら不穏な空気を漂わせいる。
「おいおい、これは家主の配慮だぞ? それを無碍にするつもりだというのか?」
「い、いえいえ、無碍だなんて……
むしろ、寝慣れたベッドで寝て頂きたいという私達の配慮ですよ?」
「うふふ、私達が良いって言ってるんだし、素直に私達の部屋で寝るのが良いと思うわよ?」
「私などの若輩者がお二方の寝床を汚すなど……恐れ多いです。
私達に配慮して頂けるのであれば、ここはどうか、新参の私達にアル君の寝室を宛がって頂ければと。
コーデリアさんもそう思いますよね?」
「……で、ですわぁ」
何故か巻き込まれてしまったコーデリア先輩は兎も角。
四人は何故か譲れないといった姿勢を見せ、不穏を通り越し、険悪な雰囲気を漂わせ始める。
そして、視線で火花を散らしだす四人。
正直、何故そんな険悪な雰囲気を漂わせているのかは分からないが。
取り敢えずこのまま放っておくのは不味いと感じた僕は、慌てて一つの提案をする事にした。
「す、少し落ち着こうよ!
じ、じゃあさ! グーパーで平和的に決めようよ! ね? そうしようよ?」
僕が提案したのは前世ではお馴染みのグーパー。
ジャンケンのグーとパーを持ちいて同じ手の形を出した人と組みになるという平和的な解決方法だ。
まぁ、グーパーはこの世界では知られていないようで、皆は揃って首を傾げていたのだが。
ルールを説明すると皆は理解してくれたようで、グーパーで組分けを決めることになった。
「要するに女性陣七人でグーパーとやらをして、四人と三人。
もしくは五人と二人になった時点で、少ない方がアルの部屋で寝るという訳だな」
改めてルールを復唱したメーテは成程と頷き。他の女性陣も了承の意を示す様に頷く。
「よし! ここで揉めていてはいつまでも合宿が始まらん!
さっさとグーパーとやらで決着を付けるぞ! それではいくぞ――」
そして、メーテの掛け声により皆の手が振り下ろされるのだが……
勝負は一瞬で決まることになった。
「ぐ、ぐぬっ!?」
「こ、こんな結果になるなんて……」
皆の手の形を注目してみて見れば、グーが四人にパーが三人。
その内訳はというとパーがソフィア、ミエルさん、コーデリア先輩の三人で。
グーはメーテ、ウルフ、ラトラ、マリベルさんの四人だった。
「うへ……うへへぇ! 勝った! 勝ったわ!」
「ふふふっ……コレが運命……神は私を祝福なされた」
「ううぅ……多数派で良かったですのに……」
グーパーの結果に一喜一憂する女性人達。
ラトラとマリベルさんは心底興味なさそうな表情をしているが……
まぁ、何はともあれ、取り敢えずは部屋割が決まったようで、僕はホッと胸を撫でおろす。
「いやぁ、一時はどうなるかと思ったけど無事決まったみたいだね。
って言うか、部屋割ぐらいで揉めそうになるとか吃驚するよね? 適当で良いのに」
そして、安堵した僕は、そのような言葉を口にするのだが……
「お前、どうして揉めたのか分かってないのか?」
「アルディノ……いや、何も言うまい」
「アルは本当抜けてるにゃ〜。というかワザとかにゃ?」
「ワザとだったとしたら……あんた、その内刺されるわよ?」
友人達を始め、マリベルさんまでもが呆れたような表情を浮かべ。
「……ん? どういうこと?」
僕の言葉を聞き、心底残念そうに溜息を吐くのだった。
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