第186話 出発とサイオン家の一幕
前期休暇が始まってから約二週間が経過した。
前期休暇が始まってからというもの、僕達は時間が合う時は出来るだけ冒険者ギルドに顔を出す様にしており、良さそうな依頼があった際には積極的に依頼を受けるようにしていた。
まぁ、積極的に受けるといっても、冒険者を生業にしている人達の飯の種を奪う訳にもいかないので、本当に良さそうな依頼は敢えて受けないようにしていた訳なのだが。
それでも、ゴブリンやオークの討伐依頼などは受けることが出来ていたので、経験を積むには充分だといえたし、調度良い小遣い稼ぎくらいにはなっていた。
そうして冒険者ギルドの依頼をこなしていた僕達なのだが。
やはり、どうしても首を傾げてしまうような依頼しか残らない日もある。
しかし、そういった日は早々に依頼を受けるのを諦めると商店街へ繰り出し。
皆で商店街を散策しながら、新しく出来た雑貨店を覗いてみたり、女性に人気がある喫茶店に立ちよって、名物の焼き菓子に舌鼓を打ちながら雑談に興じたりと。
むしろ、依頼を受けるよりも学生らしい一日を過ごす事が出来ていた。
その他にも、依頼を受けなかった日などは、僕の家に集まってダラダラと読書をするような日もあったし。
僕の趣味に付き合って貰うという形ではあったが、弁当を持参して、郊外に絵を描きに出掛けたりする日などもあったりした。
ちなみに、絵を描きに出掛けた際には……
『え? コレはサイロよね? それでコレは牛舎だっていうのは分かるんだけど……
なにコレ? なんでゴブリンの群れが描かれてるの?』
『いや、これはゴブリンじゃなくて……皆がお茶してるところを描いたつもりなんだけど……』
『へ? 私達? そ、そう言われてみれば、お茶してる所にしか見えないわね!
で、でも、この角があるのはダンテよね? ダンテは上手くかけてるじゃない!』
『……いや、それは牛だね……』
『……に、二足歩行してるように見えるけど言われてみれば牛に見えるわね! ……うん』
ソフィアに気を遣わせてしまった上に、僕に絵心が無いことを再確認させられるという場面もあったのだが……
……まぁ、そんな空しくなる思い出はさて置き。
僕達は、前期休暇が始まってからというもの、目ぼしい依頼がある日は冒険者として活動し。
目ぼしい依頼が無い日は学生らしく――と言ったら語弊があるかも知れないが、のんびりとした楽しい前期休暇を送らせて貰っている訳であった。
……あったのだが、どうやら楽しい休暇はここまでのようで……
「……ああ、ついにこの日が来ちまった……」
「ダンテ……お互い、覚悟を決めようじゃないか……」
「……んにゃ〜。鳥ににゃれたら、大空へ羽ばたいて逃げることが出来るのににゃ〜」
「ラトラ? 現実逃避したい気持ちは分かるけど……観念しましょ?」
「皆さん元気がありませんですわね! そ、それともわたくしが浮かれ過ぎなだけなのかしら?
だ、だとしたら恥ずかしいですわね……昨日の夜も楽しみで中々寝付けませんでしたし」
場所は僕の住む借家の中庭、見上げれば雲ひとつない青空が窺えるのだが。
そんな空模様とは裏腹に、友人達の表情はどんよりとした曇り空だ。
まぁ、一人だけ晴々としてした表情の人も居るが、近い未来、きっと曇る事になるのだろう。
などと考えていると。
「初参加のコーデリアも居るようだし、これで全員揃ったようだな。
それでは、そろそろ出発する事にするか」
全員が揃った事を確認したメーテが出発を告げるのだが……
「……なんで、ミエルさんも居るんでしょうか?」
メーテの後方で控えていた三人の女性。
ウルフとマリベルさんの他に、ミエルさんの姿を見付けてしまった僕は、思わず疑問を口にしてしまう。
「私も詳しいことは聞かされていないのですが……
メーテ様の開く合宿に同行して来るよう、テオドール様に命じられたからでしょうか?」
「まぁ、そういうことだな。
『合宿をするのでしたら、ウチのミエルも鍛えてやって頂けないでしょうか?』などと頭を下げられては断る訳にもいかんしな。折角だから面倒を見てやることにした訳だ」
「そのような経緯があったのですね……テオドール様は尋ねても『これも試練じゃ……』としか答えてくれませんでしたので……」
「ふむ? おかしなことを言うヤツだな」
僕の質問に対して、フワッとした答えを返すミエルさんだったのだが。
どうやら、ミエルさん自身もどういった状況なのか理解できていなかったようで、メーテが経緯を説明をすると納得するように頷いて見せた。
というか、テオ爺とメーテの間柄やその口振りから察するに、テオ爺は合宿の厳しさを知っていて、敢えてミエルさんに伝えなかったようにも思えるのだが……
……うん。きっとコレも愛情の形なのだろう……
そんな事を考えている間にも準備は進んでいたようで。
「皆、荷物は持ったか? それでは出発するぞ」
メーテはそういうと自室にある転移魔法陣を利用する為に階段を上がり、僕達はその後をついていく。
しかし、その様子を見たコーデリア先輩とミエルさんはというと。
「へ? 何処に向かうのかしら? 忘れ物でもしたのでしょうか?」
「皆さん? どちらへ向かうつもりですか?」
転移魔法陣がある事を知らないからだろう。
狼狽えた様子を見せると、その姿を見た友人達はいたずら気な笑顔を見せる。
そして、そんな友人達の笑顔に怪訝そうな表情を浮かべる二人だったのだが。
そうこうしてる間にメーテ達の部屋へと辿り着き、転移魔法陣のある部屋の前へと辿り着く。
「さて、コーデリアとミエルは知らないだろうが此処から先の部屋には秘密がある。
そして、その秘密なんだが他言無用でお願いしたい」
「ひ、秘密ですの? よ、良く分かりませんが他言しないと誓いますわ!」
「秘密……ですか? どういった秘密かは分かりませんが『賢者の弟子』その誇りに賭け、他言しない事を誓います」
二人の言葉を聞いたメーテは満足げに頷くと。
「それじゃあ、行くとしようか」
そういって扉を開いた。
「こ、これは!? て、転移魔法陣……?」
「ま、まさか……長距離転移の魔法陣……ですか? いや、しかし……」
コーデリア先輩とミエル先輩は、扉の向こうにある転移魔法陣を見て驚嘆の声を漏らす。
「ほう、流石に分かるか。流石テオドールの弟子に第二席だな」
二人の様子を見たメーテは満足げな表情を浮かべ。
皆もドッキリが成功した時のような少し意地の悪い笑みを浮かべて見せる。
だがしかし……
「……メーテ様? これは長距離転移の魔法陣ですよね?」
「うむ、そうだが!」
「もしかして知らなかったりします?」
「なにがだ?」
「個人で長距離転移の魔法陣を運用するのは……国家的戦略の観点から危険だと判断されていて、この国では……極刑案件ですよ?」
「……ん?」
「で、ですから、もし憲兵などにバレたとしたら問答無用で捕縛の上、ほぼ間違いなく極刑なんですよ!?
それなのに、転移魔法陣がある事をおいそれとばらしてしまっても宜しいのですか!?」
「……そ、そうなのか?」
「え、ええ。というかですよ!?
転移魔法のエキスパートであるマリベル様が居るのに何故知らないんですか!?」
「マ、マリベル? そうなのか?」
「そ、そうなの? は、初めて知ったんだけど?」
「し、知らないって……」
「だ、だって、私は感覚的な部分が多いじゃない?
転移魔法陣について勉強しても法律まで勉強しようとは思わなったのよね……てへ」
「感覚で転移とか……これだから化け物の類は……」
ミエルさんはメーテとマリベルさんの言葉を聞き、頭が痛いといった感じで眉根を押さえるのだが。
僕もそのような法律があるという事実を知らなかったので、勉強不足を恥なければいけないだろう。
しかも、極刑となる恐れがあるのだから尚更だ。
そして、ミエルさんに教えて貰ったことで、メーテは事の重大さに気付いたようで。
「まぁ、もしバレたとしても毛頭捕まるつもりはないんだが……
ちなみに、私が転移魔法陣を運用できる事を知っていて、黙っていた場合はどうなるんだ?」
「それは……一応共犯扱いになりますね……禁固刑は堅い筈です」
「成程……知らなかったとはいえ、巻き込んでしまった形になってしまった訳か……」
皆を巻き込んでしまった事を悔いているようで、珍しく落ち込んだ様子を見せる。
そんなメーテの姿を見た友人達。
「き、気にしないで下さいよ! それに、俺達は絶対に言いませんから安心して下さい!」
「そ、そうですよ! 知らなかったんですからしょうがないですよ!」
「んにゃ! メーテさん、ウチらなら気にしてないから元気出にゃ!」
「そ、そうですよメーテさん! 済んでしまった事ですし前向きにいきましょうよ!」
自分達にも危害が及ぶかも知れにというのに、落ち込むメーテを励ます為にそんな言葉を並べ。
その言葉を聞いた僕は、友人達の暖かさを感じ、思わず目頭が熱くなってしまう。
しかし、結果的にはその優しさが裏目に出てしまったのだろう……
「お、お前達……そ、そうだな、済んでしまった事を悔いるよりも今後どうするべきか考えるべきだろうな!
よし! もしバレたとしても私がお前達のことは絶対に守ってやるからな!
それと、万が一のことも考えて、お前達にも力技で乗り切れるだけの力を身につけさせてやる!
それが私なりの……そうしてやるのが不器用な私なりの責任と覚悟だ!
だから……今回の合宿は前回以上に厳しくするつもりだが、お前達ならきっと着いて来てくれると信じてるぞ!!」
感極まるといった感じで盛り上がりを見せるメーテなのだが、皆からすれば悲報以外の何ものでも無い。
そして、悲報を聞かされた友人達はというと……
まるで、極刑を宣告されたかのように、悲痛な叫び声を上げることになるのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
時は少しだけ遡る。
場所は、王都オルヴェルンより北に存在するグルセルの街。
その街にあるひと際大きな屋敷。
グルセルの領主であるシャリファ=サイオンの邸宅にサイオン兄妹は訪れ――もとい帰省していた。
「父上! 母上! ただいま帰りました!」
「パパ! ママ! ただいま!
「二人とも、よく帰って来たね」
「あら、少し見ない間に少し背が伸びたんじゃないかしら?」
シャリファはそう言うと二人を抱きしめ。
その妻であり、サイオン兄妹の母であるグレイス=サイオンは慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。
「父上! 聞いて下さい! 実はですね――」
「ママ聞いて聞いて! 実はね――」
「お、おいおい、少し落ち着いたらどうだ?
パパもママも聞きたい話は沢山あるが、まずはいったん落ち着いて、疲れをお湯で流し、食事でもしながらゆっくり話をしようじゃないか?」
「わ、分かりました!」
「うん! お兄ちゃん! 早くお風呂はいっちゃお!」
「そ、そうだな……って、一緒にか!?」
「そうだよ! 別々に入ってる時間が勿体無いもん!」
「ちょっ!? ま、待てって!」
普段はおとなしいノアではあるのだが、久しぶりに両親と会えたことや、話したいことが沢山あるということで、普段は見せない積極性でフィデルの手を引っ張って風呂場へと向かう。
そんな二人の姿をみたシャリファとグレイスは呆れた様な。
それでいて嬉しそうな表情を浮かべると、二人がお風呂から上がったらすぐに食事を始められるように、メイド達に夕食の準備を頼むことにした。
それから程なくしてお風呂から上がったフィデルとノア。
風呂からあがると既に食事の準備が整っていたようで、十人以上で囲めそうなテーブルには意匠の凝らされた食器や細かな刺繍が入ったナプキン、銀色に輝くカトラリーが並べられていた。
そうして席についたサイオン家族の前には前菜から順に料理が並べられていき、サイオン家専属のシェフが作った料理に舌鼓を打つのだが……
「それでですね! アルディノ先輩が十二匹のオークを一瞬で倒してしまったんですよ!
あれは本当に凄かったよな! なぁノア!」
「うん! 凄かったぁ! それに、その時アルディノ先輩に教えて貰った『泥沼』って魔法があるんだけど、最近使えるようになったんだよぉ〜。
パパとママにも後で見せてあげるね!」
「……くっ、俺はまだ『簡易魔法剣』は使えないけど……ノアには負けないからな!」
「私だって負けないよぉ!」
どうやら、食事よりも話に夢中なようで、食事の手がはあまり進んでいない。
「分かった分かった。でも、食事の手が止まってるぞ?」
「そうよ? ほら、ロウエンさんが悲しそうな目で見てるわよ?」
そう言われたことで、フィデルとノアは視線を動かすと、その先に居たのはコック帽をかぶった中年男性。
「ご、ごめんロウエン! お、美味しいよ! 実家の味って感じで落ち着くよ!」
「う、うんうん! ロウエンさんの料理とっても美味しいよ!」
「奥さま? 悲しそうな顔なんかしてましたか? むしろ、久しぶりにお会いできたお坊ちゃまとお嬢様の姿に頬を緩ませていた筈なのですが?」
「うふふ、だってこの子達、さっきから全然手が進んでないのよ? それはロウエンにも失礼でしょ?」
「私は別に大丈夫なんですが……」
「うふふ、駄目よ? お話も料理もちゃんと楽しまなきゃ」
「は、はい! お母様!」
「そ、そうだよねママ!」
グレイスの優しげな眼差しの奥に、ゾクリとしたものを感じたフィデルとノアは止めていた手を動かし始める。
「……まったく、君を本気で怒らせたらと思うとゾッとするよ」
「あら? 何か怒らせるような事でも?」
「そ、そんな事は絶対にない! 神に誓ってだ!」
「うふふ、そんなに取り乱すと逆に疑わしく感じてしまますよ? やましいことが無ければドンと構えていませんと」
「は、ははっ……本当、君には敵いそうにないよ」
その後、食事と会話を楽しんだサイオン一家。
食事を終えた後も、フィデルとノアの話は続き、気が付けば随分と夜が更けていた。
そして、それだけの間喋り続けていれば、流石に疲れが出て来たようで、ノアがこっくりこっくりと船を漕ぎ始める。
「ノア? 眠いのか?」
「……ん、ちょっと眠い」
「ったく、しょうがないな」
「ははっ、喋りつかれたんだろうな、前期休暇は長いんだし、今日はこのぐらいにしておこうか」
「そうよ? お休みは長いんだから」
「そ、そうですね。今日の所はノアを部屋に運んで寝ることにします」
フィデルはそう言うと席を立ち、ノアの前にしゃがみこむ。
「ほら、乗れよ」
「ん。ありがとうお兄ちゃん」
「おいしょっと。それじゃあ、ノアを部屋に運んだら僕も寝ることにしますね」
「ああ、ゆっくりお休み」
「フィデル、ノア。お休みなさい」
フィデルはノアを背負うと「おやすみなさい」と挨拶を返し、部屋を後にする事になった。
そうして、シャリファとグレイスの二人だけになり、静かになってしまったリビング。
シャリファはグラスの氷をカランと鳴らすと、少し薄くなった蒸留酒を喉の奥へと流し込んだ。
「ふぅ……二人の話を聞く限りでは楽しく学園生活を遅れているようだな」
「そうね。アル先輩……アルディノ先輩に凄くお世話になってるようね」
「ああ……アルディノ……先輩か……」
なんとも言えない沈黙が流れ、溶けた氷がカランという音を部屋に響かせる。
「ね、ねぇ貴方? もしかしたらアルディノ先輩って……」
「グレイス……君も見ただろ? あの場に残されていた獣の足跡と黒い体毛を……」
「そ、そうよね……そんな筈……無いわよね」
再び沈黙が流れ、静寂に包まれる。
そんな中――
「アル……」
噛みしめるように呟いたグレイスの声が、静まり返った部屋に妙に響くのであった。
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