第185話 学園都市七不思議

 課外授業を終えてからというもの、僕の学園生活は賑やかさを増していた。


 それもそうだろう。

 只でさえ賑やかだったいつものメンバーに加え、最近ではコーデリア先輩も加わるようになっていたし。

 更には、課外授業で仲良くなったサイオン兄妹や一年生トリオも度々顔を見せては、雑談に興じるようになっていたのだから賑やかさも増すというものだ。


 それに加えてだ……

 僕が進級すると同時に教師として赴任して来たメーテに、何時の間にやら体術の教師になっていたウルフ。二人の存在も拍車をかけていた。


 二人が教師として教鞭を振る事になったのは良いのだが、問題はその授業内容だった。

 二人の合宿を体験した友人達が口を揃えて地獄だと言うように、二人の授業は普通から逸脱しており、加減というものを知らない――というのは言い過ぎだが、もの凄く加減が下手だ。


 そしてその結果。

 数多くの生徒達を絶望の縁へと立たせ、阿鼻叫喚の地獄へと叩き落とす事になった訳なのだが。

 どうやら僕と二人の関係が一部の生徒にはばれてしまったようで――



『メーテ先生の授業は面白いけど、問題は実技だ!

この前なんて魔力枯渇を強制されて、クラスの半数が医務室に運ばれる事になったんだぞ!?

お前の姉貴なんだろ!? どうにかしてくれよ!!』


『ウルフさんもアルディノの家族なんだってな!?

てか、あの人も異常だぞ!? 見た目が優しそうだから安心してたけど、注文が無茶苦茶じゃねぇか!?

なんだよ!? 『取り敢えず、身体を縄で縛りましょうか?』って! 取り敢えずの意味が分かんねぇよ!!』



 そのように言い寄られ、毎日のようにクレームを貰う羽目になってしまった。

 正直、僕からすれば、魔力枯渇は魔力の総量を増やす為にも、魔素に干渉する為にも必要な行為だと理解しているし、ウルフが身体を縛ろうとするのも、体内にある魔力の流れを掴む為の行為だと理解することが出来るのだが……

 生徒達からすれば、その有用性よりも逸脱した行為ばかりに目が向いてしまうようで、理解するのはなかなか難しいようだ。


 少し話がずれてしまったが、毎日のように詰め寄られクレームを貰うようになった事も、賑やかさが増したと思う一因になっているのだと思う。

 まぁ正直、賑やかというより騒々しいと表現した方が適切な気がしないでもないが……


 何はともあれ。

 周囲に翻弄されながらも、友人達に囲まれ、賑やかな学園生活を送る事が出来ていたからだろう。

 気が付けばあっという間に時間が流れており、課外授業を終えてから数カ月の月日が流れる事になった。



 そして、数カ月の月日が流れた現在。

 今日は終業式という事で、僕を含めた生徒達は学園内にある講堂に集まっていた。


  

「――で、あるからして、教育というものは全ての者が受けられるものではありません。

世の中には教育を受けたくても受けられない人が沢山居るというのが実状です。

ですので、君達は学園に通い、教育を受けられるという環境を漠然と受け入れるのではなく。

その環境を享受し、様々な事に挑戦し、目的に向かって邁進して貰いたいと私は考えております」


 

 講堂の壇上に立ち、学園生としての在り方を説くのは副学園長。

 僕を含めた学園の生徒達は、そんな副学園長の言葉に耳を傾けていたのだが――


 

「話が長くなってしまいましたね。

最後になりますが、明日から始まる前期休暇。休暇だからといって自堕落に過ごすのでは無く。

学園の生徒であるという事を心掛け、有意義で価値のある休暇にして貰えるよう願っています」 


 

 副学園長の話もそろそろ終わるようで。

 そのような言葉で話を締めくくると一礼をし、壇上の袖へと消えていく。


 そして、副学園長が袖へと消えた所で職員の声が響き。

 終業式がこれで終了になる事を伝えられると、職員の指示に従い生徒達は解散する事になった。






 その後、職員の指示に従って解散する事になった僕――もとい生徒達。


 前期休暇に入る前に、友達との約束事でも取り付けようとしているのか?

 それとも、長い休みという事もあり、暫しの別れを惜しんでいるのだろうか?

 解散を告げられたにも関わらず、学園内には多くの生徒達が残っているようだった。


 まぁ、かくいう僕も例外では無く。

 前期休暇の予定を煮詰める為に、学食のテラス席で友人達を待っている訳なのだが――などと考え、周囲の様子を窺っていると。



「席取りご苦労さん」



 そんな言葉と共にダンテが姿を見せ。



「アルディノは紅茶で良かったんだよな?」



 両手に木製のグラスを三つほど持ったベルトが姿を見せる。

 ちなみにだが、ダンテの手のひらには数種類のナッツが入った木皿が二つ乗せられている。



「紅茶で大丈夫だよ。二人ともありがとうね」


「あいよ」


「と言うか、お金も貰ってるし礼には及ばないだろ」



 僕がお礼を伝えると、そんな言葉を返して席に着く二人。


 二人とは同じクラスなので、一緒へと食堂に来たのだが。

 どうせ話が長引くだろうし、軽く摘めるものと飲み物を用意しておこうという事で、二人が買い出しに向かい、僕が席取りを担当していた訳だ。



「てか、あいつら遅くねーか?」



 ダンテは早速ナッツを口に放り込むと、そんな言葉を口にする。



「遅いかな? 終業式が終わってから20分くらいしか経ってないよ?」


「そんなもんか? つーかよ、待ってるの時間てなにして良いか分かんなくね? 俺苦手なんだよなぁ」


「そうなの? でも、入学する前に時計台で待ち合わせした時は先に着いて待っててくれたよね?」


「おまっ!? 懐かしいことを……って言うかあんまり思い出したくない過去を思い出させやがって」


「ほう、ダンテの恥ずかしい過去ってヤツか? 是非聞いておきたいな」


「か、勘弁してくれよ! ってかアル! 余計なこと言うんじゃねぇよ!」 



 そして、笑い声混じりにそんなやり取りを交わしていると声が掛かった。



「待たせちゃったかしら? ……っていうか随分と楽しそうね?」


「おまたせにゃ〜! んにゃ! 何かおいしそうなの食べてるにゃ!」


「わたし達も飲み物だけじゃなく軽食も用意するべきだったかしら?」



 声を掛けて来たのはソフィアにラトラ。それにコーデリア先輩で、木製のグラスを片手に僕達の席へと腰を下ろす。


 そして、三人が合流した事で、待ち合わせしていたメンバーが全員揃う事になった訳なのだが。

 何故、前期休暇前に僕を含めた六人で集まる事になったかというと――


  

「じゃあ、みんな揃った事だし……合宿について話し合おうか?」



 そう。去年の前期休暇に行われた『魔の森』での合宿。

 言ってしまえば僕の実家で行われる『黒白』のメンバーを対象にした強化合宿なのだが。

 どうやら今年も行われるようで、その予定を煮詰める為に待ち合わせをしていた訳である。



「てかよ……本当に今年もやるのか?」



 きっと、去年の合宿を思い出しているのだろう。

 悲痛な面持ちでダンテが尋ねる。



「残念ながらやるみたいだよ? まぁ、家庭の事情があるだろうし、強制では無いらしいけど……

その代わり、『参加出来なかった者は、参加出来なかった分を補うだけの訓練を用意する予定だ』ってメーテは言ってたかな……」 


「……どう足掻いても地獄じゃねぇか……」


「……いや、ダンテ。メーテさんの言い分では参加しない方が地獄っぽいぞ?」



 メーテの言伝を聞いて、一層悲痛な表情を浮かべるダンテ。

 みんなもダンテと同様の心境なのだろう。揃いも揃って悲痛な面持ちを見せるのだが――



「みなさん。どうしてそんな暗い顔していますの?」



 去年の合宿に参加していないコーデリア先輩だけはキョトンとした表情で尋ねてくる。



「聞く話によれば、メーテ先生にウルフ先生はアルの家族という話ですわよね?

わたくしは先生方の授業を受けた事はありませんが、優秀だというお話はお聞きしますわ。

その先生方が、合宿と称して、わたくし達を鍛えてくれるんですのよね?

喜びさえすれど、そんな暗い顔をする理由が分からないのですけれど……」



 更にはそのような疑問を口にするコーデリア先輩に対して、どう答えていいのか悩んだのだろう。

 皆は困った様な表情を浮かべると、一瞬だけ顔を見合わせた後に口を開いた。 



「あ、ああ、そうだな! 喜ぶべきだよな! コーデリア先輩の言う通りだぜ!」


「そ、そうだな! 最終日には湖で遊ばせて貰えるし旅行気分も味わえるしな!」


「そ、そうね! 訓練は厳しいけど、皆でバーベキューしたりするのは楽しいわよね!」


「んにゃ! 道連れ――じゃにゃくて! 皆で行った方が楽しいにゃ!」 



 ……ラトラさん? 本音が漏れてますよ?


 恐らくではあるが、皆は地獄への道連れは多い方が良いと考え。

 更に言えば、人が多い方が負担が分散するとでも考えたのだろう。

 容赦なくコーデリア先輩を道連れにしようとするのだが……



「バ、バーベキューに湖での水遊び!? わ、わたくし友人達とそのような経験が無いので今から楽しみですわ! そ、そうですわ! み、水着とかも用意した方が宜しいのかしら?」



 こんなにも純粋な反応を見せられてしまっては流石に罪悪感を感じてしまったようで……



「お、おう……そうっすね」


「そ、そうですね……」


「み、水着は持っていった方が良いかも知れませんね……」


「……にゃんだか心が痛いにゃ」



 そう言うと、口ごもり、気まずそうな表情を浮かべて見せた。


 そして、そんな皆の様子を見た僕は。


『皆だって、良い所だけを切り取って伝えるような事はしたくないだろうし、騙す様な事はしたくないんだろうな……』


 などと考えるのだが、それでも真実を伝えない姿を見ると、余程道連れが欲しいのであろう事も察してしまい。


『家族の主催する合宿とはいえ……中々に業の深いイベントだな……』


 少しだけ申し訳ない気持ちになるのであった。






 その後、僕達は今後の予定を煮詰めた。

 と言っても、前回のソフィアやラトラのように親御さんに連絡しないで合宿を決めるような事も無く。

 前回の反省を活かして前期休暇に入る前に手紙を出し、ちゃんと親御さんの許可も取ってあったので、割とすんなり予定は決まる事になった。


 そうして、皆の予定を考慮し、前期休暇の中頃に合宿を行う事を決めた僕達。

 しかし、僕達には冒険者としての予定も決める必要もあったので、そちらの予定も決めておこうと話を切り替える事にしたのだが――



「アル先輩! なにやってんすか〜」



 丁度その時、そんな言葉が耳へと届き。

 その声のする方に視線を向けて見れば、エイブンにビッケス。それにシータを加えた一年生トリオの姿が目に映り、更に後方を見ればサイオン兄妹の姿が目に映る。



「前期休暇に入る前に色々と予定を決めてるところだよ。エイブン達はどうしたの?」


「俺達も同じっすよ。 前期休暇に入る前にビッケスとシータと遊ぶ予定を決めてたんす!」


「そっかそっか。なんだか随分と仲良くなったみたいだね? という事はフィデル達も一緒に遊ぶ感じなのかな?」


「いえ。エイブン達とは偶々そこで会ったただけなので、遊ぶ予定はないですね。

それに、俺達は明日から実家に帰る予定ですので、前期休暇中は学園都市を離れる事になりますからね……」


「おお~そうなんだ。 でも、前期休暇中ともなると、友達も寂しがるんじゃない?」


「そ、そうですね! ですから、実家に帰る前に、友人達に挨拶しておこうと思って学園内を散策してた訳なんですが……まったく! あいつ等何処に行ったんだか!」


「お兄ちゃん? 皆とは挨拶済ませてたよね?

暫くアル先輩に会えなくなるから帰る前に会っ――ふがっ? にゃにするの!? お兄ひゃん!?」


「ノ、ノア!? お前は余計な事を言うんじゃない!!」



 そして、そんなやり取りを交わし。

 サイオン兄妹のわちゃわちゃとしたやり取りをなんとも言えない笑顔を浮かべ眺めていると――



「ところで、アル先輩は学園都市七不思議って知ってるっすか?」



 エイブンがそう尋ねる。



「七不思議? 僕は聞いたこと無いかな……

でも、在学歴の長いコーデリア先輩なら……コーデリア先輩。聞いたことありますか?」


「いえ……そんな話は聞いたことありませんわね」


「ええッ!? 聞いたこと無いんすか!? 本当っすか?」


「この学園に通い始めて六年目になりますけど、そういった噂は……」



 学園歴の長いコーデリア先輩が噂を否定すると、がっくりと項垂れるエイブン。



「でも、真夜中に時計台から落ちる人影とか!

歌い出す貴族の肖像画とか! 郊外の廃墟を彷徨う騎士の亡霊とか!

トイレから聞こえる啜り泣く少女の声とか! そう言う噂は低学年の間じゃ有名っすよ!」



 しかし、それでも諦めきれていないようで、エイブンは七不思議の噂を幾つか上げてみせた。



「ああ、そう言う噂でしたら確かに聞いたこともありますわね。

でも、学園都市七不思議なんて名前は付いていなかったような気がするのですが……」


「そうなんすか? でも、噂はあるんすよね?」


「ええ、噂だけなら聞いたことがありますわ」


「やっぱり! よしッ! 面白くなって来たぜ!」



 今度は噂を肯定して見せるコーデリア先輩。

 その肯定の言葉を聞き、エイブンは嬉しそうに顔を綻ばせるのだが。

 僕個人としては霊的なものがそこまで得意ではないことに加え、エイブンがそこま喜ぶ理由も分からなかったので、疑問に思い尋ねてしまう。



「それで、その七不思議がどうしたの?」


「っそれがっすね! 七不思議を全て目撃した者は凄いお宝を手に入れる事が出来るって噂があるんすよ!」


「お宝?」


「そうっす! 伝説の剣や杖! 使い切れない程の財宝だって噂もあるんすよ!

だから、前期休暇中に俺達が見つけてやろうってことで、ビッケスとシータと予定を立てたんすよ!」


「まぁ、僕は嘘だと思うんですけどね」


「どうせ暇だしね〜しょうがないから付き合ってあげるって感じ〜」



 目を輝かせて力説するエイブンに対し、少しだけ呆れた様子のビッケスとシータ。

 なんだかんだ言いながらも付き合ってあげるようで、その素直じゃない姿に思わず笑みが零れてしまうのだが、それと同時に僕は理解してしまう。


 恐らくだが学園都市七不思議というのは子供が考えたデマであると。


 何故なら、七不思議という子供が思いつきそうな言葉選びもそうだが。

 その報酬が伝説の剣や財宝というのはあまりに脈絡が無く、子供が喜びそうな報酬をとってつけたように感じてしまったからだ。


 正直に言えば、七不思議を全て目撃したら呪われると聞かされた方が断然ピンとくる。


 それにだ。前世で僕が暮らして居た場所と比べたら、そこまで四季がはっきりしている訳ではないのだ

が、この世界にも四季というものがあり、丁度この時期は気温が高くなる時期で、涼を求めたくなる季節でもあった。


 そして、涼を求めるのであれば、冷たい氷菓や川遊びなどが王道だと言えるのだが。

 子供というのは珍しいものや、ちょっとした刺激というものを求めるもので、そのちょっとした刺激として怪談話という題材はうってつけだと言える。


 そうして選ばれる事になった涼を求める為の怪談話。

 大方、低学年の誰かが皆を怖がらせようとして、様々な誇張を加えて吹聴してしまったのだろう。

 人伝に噂が伝わる度に、様々な情報が付け加えられる事になってしまい。その結果。全てを確認した者には財宝が与えられるというチグハグな噂。

 怪談話として一貫性のない『学園都市七不思議』という噂が広まってしまったのであろうと想像する事が出来た。


 僕はそのような考察を終えると、デマである事を伝えようかと僅かに悩む。

 しかし、ソレを伝えてしまってはエイブンをガッカリさせてしまうだろうし、そうするのは少しばかり大人気ないような気がした。


 だからだろう。



「そっか。暑い時期に肝試しって言うのはある意味醍醐味だしね。

あんまり危ない場所には行かないようにして、適度に楽しむんだよ?」



 僕はデマである事を伝えず、注意だけに留める事にした。


 一年生トリオは「は~い」という間延びした返事を返すと、どうやら場所を移す事にしたようで。



「それじゃあ、俺達は作戦会議してくるっす!」


「先輩方、失礼します」


「アル先輩、またね~」


「うん、またね」



 そんな挨拶を交わすと、一年生トリオは大きく手を振り、正門の方へと歩いて行く。

 そうして、一年生トリオの背中を見送っていると、どうやらサイオン兄妹も帰る事にしたようで。



「アル先輩の邪魔をしてはいけませんし、僕達も帰りますね。

前期休暇中はこちらに帰ってくる事はありませんが……後期授業が始まったら、また稽古などを付けて頂いても宜しいでしょうか?」


「わ、私もアル先輩に稽古を付けて貰いたいです!」



 サイオン兄妹は、帰り際にそんな質問を口にした。

 僕がその質問に対して「帰ってきたらまた稽古しようね」と答えると、サイオン兄妹は満足してくれたのだろう。



「約束ですよ!」


「アル先輩! 楽しみにしてますね!」



 サイオン兄妹は嬉しそうな表情を浮かべると、一年生トリオ同様に大きく手を振り、正門の方へと歩いていく。


 そして、皆が帰った事で、少しだけ静かになった僕達の席。



「……ノアちゃんだっけ? 後輩に好かれて嬉しそうね?」


「へ? ま、まぁ悪い気はしないかな? ……不機嫌そうな顔してるけど、どうしたのソフィア?」


「別に不機嫌じゃないわよ! ……アルの馬鹿」



 何故か不機嫌そうなソフィアに怒られてしまい。

 そんな僕達の姿を見た友人達は、何故か呆れたような表情を浮かべるのだった。

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