第180話 懐かしい記憶

 昨晩の夕食は約束通り『野兎の香草焼き〜芋虫のクリームソース添え〜』を振舞う事になったのだが……

 何故か分からないが、調理する僕の姿を見て、皆は浮かない表情を浮かべており。

 いざ調理を終え、皆の前へと料理を並べてみても、その表情は変わらなかった。


 そうして、料理を前に揃いも揃って浮かない表情を浮かべていると。


『アルディノ先輩が作ってくれた料理なんだから……食べなきゃ失礼食べなきゃ失礼食べなきゃ失礼』


 まるで自己暗示を掛けるかのようにブツブツと呟き始めるフィデル。

 そんなフィデルが、恐る恐るといった様子で料理を口に運ぶと、それを見た他の皆もフィデルに倣って料理を口へと運び――



『あ、あれ? 悔しいけど……普通に美味い……』


『ち、ちょっと意味分からないレベルで美味しいんだけど……』


『あれ? 俺にも味覚馬鹿が移っちゃったのか?』



 納得がいかないといった様な、なんとも複雑な表情を浮かべて見せた。

 と言うか……凄く馬鹿にされてる気もしないでもないが……きっと気のせいだろう。 


 その後、なんだかんだ言いながらも、匙を止める事なく口へと運ぶ後輩達。

 結局は綺麗に平らげて見せたのだから、料理を振る舞った甲斐があると言うものである。


 ちなみにだが、皆の反応を見て自信を付けた結果。


『な、なんなら、明日の夕食も僕が作ってあげようか?』


 そう伝えてみたところ。


『自分達でどうにかするから何もしないで下さい!!』


 このように頼まれ――と言うよりかは懇願されてしまい、今後は料理に関わるのを禁止されてしまった。

 まったく……責任感が強いと言うか、なんと言うか……自主性が強く、しっかりした子達である。


 まぁ、それは兎も角として――本日は課外授業三日目。



「さて、目標も達成しちゃったし、今日はどうしようか?」


「アル先輩、今日は食料調達を目的とした狩りを行おうと考えているんですけど……

僕達は野生動物の狩り方について詳しくありません。宜しければ色々とご教授願いたいのですが」


「わ、私も教えて欲しいです!」


「てかさ、アル先輩! 食料調達が終わったらまた手合わせしてくれよ!」


「僕は……正直、この前の手合わせでアル先輩との実力の差は理解したので、手合わせよりも、魔法について教えて貰いたいですね」


「あ〜、わたしも魔法を教えて貰う方が嬉しいかな〜」



 僕が今後の予定を訪ねると。

 料理を振舞ってあげた事もあってか? それとも二日間寝食を共にしたからか?

 皆は「アル先輩」などと呼んでくれるようになっており、気安い感じで僕の質問に言葉を返した。


 正直、課外授業初日はいがみ合う様な場面もあったので、色々と不安だったのだが。

 サイオン兄妹と一年生トリオの関係も今では良好のようだし、一年生トリオの僕に対する態度も軟化しているので、ホット一息といったところである。



「じゃあ、要望としては食料調達に、指導ってところかな?

だとしたら……ある程度食料が確保できるまで森を探索して、食料が確保出来たら指導って感じでどうかな?」


「はい! 俺はそれで大丈夫です!」



 僕が今日の予定を提案すると、フィデルがそう言って頷き、他の皆も大きく頷く。



「よし、じゃあ今日の予定はそんな感じで行こうか」


「「「「「はい、アル先輩!」」」」」



 皆の返事を聞いた僕も大きく頷くと、まずは食料調達の為に森の奥へと向かう事にした。






 それから数時間が経過した。


 食料調達の為に森の奥へと進んだ僕達だったのだが。

 なんと言うのだろうか? 皆は食料調達に対して並々ならぬ意気込み――というよりかは妙に必死な様子を見せており。

 僕が野兎の狩り方や野鳥の狩り方、川魚の捕獲方法を教えると、見事な手際で次々と食料を調達していく事になった。


 結果的には、野兎が六羽、キジに似たウヌロ鳥が三羽、マスに似た魚のメルメが八匹。

 その他にも調味料変わりの野草や果実。茸類や山菜などもそれなりの数を揃える事が出来たのだから、まさしく大漁だと言えるだろう。


 そして、そんな大量の食材を前に、皆は嬉しそうに頬を綻ばしているという現状なのだが。

 食料の調達を終え、食料の下処理も終えたという事で、夕食まで暇を持て余しているという現状でもあった。


 だからだろう。



「アル先輩! 朝の約束通り、ご指導お願い致します!」



 朝の約束を思い出したフィデルが僕の元へと駆けより、指導を願い出る。

 

 指導を願い出るのだが……

 正直、誰かを指導するという経験が僕には殆ど無かったので、何をしてあげるのが正解か分からないというのが本音であった。


 まぁ、ダンテ達と手合わせをした際には改善点を伝えたりするのだけれど……

 それとはまた違うのだろう。


 そのように考えた僕は。



「指導か……どうすれば良いかな……」



 そのように呟き、どうするべきかに頭を悩ませてしまう。

 しかし、そうしていると。



「ア、アル先輩! アル先輩はその年齢で精霊魔法や無詠唱魔法が使えるじゃないですか?

何か特別な訓練方法があるんでしょうか!? どうすればアル先輩みたいに魔法を使えるようになるんでしょうか!?」



 フィデルが興奮した様子で身を乗り出し、目を輝かせながら質問を投げかけ、僕はその質問に答える為に考えを巡らせるのだが……

 考えを巡らせれば巡らせるほど、どう伝えれば良いのか悩んでしまい、思わず言葉を詰まらせてしまった。


 それもそうだろう。

 僕が今まで行って来た訓練と言えば、幼い頃からの魔力枯渇から始まり。

 メーテとウルフによって行われる常識から逸脱した授業に、迷宮都市でのダンジョン攻略。

 それに加え、約二年に渡る、野営を基本とした『魔の森』に帰るまでの帰路。

 どの経験も糧になっているのは確かなのだが、どれもこれも訓練と呼ぶには難があり過ぎて、訓練としておすすめする事が出来ない。

 その為、フィデルの質問に即座に答えてあげる事が出来なかった訳なのだが……


 とは言え、このまま質問に答えずに無言のままではフィデルに悪いだろう。

 そう考えた僕は、おすすめ出来ない訓練方法の中から、割とまともな部類の訓練方法を選び、提示する事にした。



「まぁ、僕の訓練というか、経験じゃあまり参考にはならないと思うんだけど……

それでも、おすすめするのであれば……やっぱり、魔力枯渇かな?

実際、基本的には精霊魔法も無詠唱魔法も魔素干渉の延長だからさ。

その感覚を掴む為には魔力枯渇状態が一番だし、基礎魔力を上げる為にも必要な事なんだよね。

魔法を上達させたいんだったら、『魔力枯渇』を――まぁ、継続する必要があるんだけど、やっておいて損は無いと思うよ?」



 僕が提示した訓練方法とは『魔力枯渇』の事で、学園都市で生活する今でも続けている訓練方法であった。


 まぁ、こういった野営をする時は流石に例外ではあるのだが。

 それでも、普段の生活では、寝る前には魔力枯渇状態にするように心掛けており。

 言ってしまえば『魔力枯渇』を続けていたからこそ、魔素干渉に対しての理解を深め、それと同時に、魔力量すら増やす事が出来たと言えるだろうし。

 更に言ってしまえば、『魔力枯渇』を続けていたおかげで精霊魔法を使用出来るようになったと言っても過言では無いと言えるだろう。


 そして、そのように考えていたからこそ、皆にも出来そうな訓練方法でもある『魔力枯渇』の有用性と必要性を伝える事にした訳なのだが……



「魔力枯渇……ですか? 魔力枯渇で魔力が上がるのは迷信だと聞いたような……」


「うえっ、アレ頭痛くなるから嫌なんだよな……」


「ええ~、もっと凄い秘密があるんじゃないんですか~?」



 どうやら、魔力枯渇の有用性を理解していないようで、一年生トリオはあからさまにつまらなそうな表情を浮かべて見せた。

 更には――



「て言うかさ、訓練方法もなんだか地味だし……

まぁ、この前の手合わせは負けを認めるけど、やっぱりアル先輩って強そうに見えないっすよね」


「確かに。強いのは分かるけど、フィデル先輩が言うほど強そうには見えませんよね」


「うんうん。わたし達は席位争奪戦も見てないしね〜。少しぎも〜ん」



 僕の実力に対する疑いが再燃してしまったようで、懐疑的な視線を僕へと向ける。



「は、ははっ……て、手厳しいね」



 そして、そんな一年生トリオの視線を受けた僕は、思わず情けない声を上げてしまうのだが――



「――じゃあさ! こうしようぜ!」



 エイブンは名案を思いついたかのように声を弾ませると、一つの提案を口にするのであった。







 エイブンの提案を渋々了承した僕――もとい僕達は、茶けた地面が剥き出しになっている開けた森の一角へと来ていた。

 周囲を見渡せば、ぐるりと小高い崖に囲まれており、天然の要塞のようにも感じられる場所で、更に周囲を見渡してみれば、乱雑ながら規則的に積まれた木材や、獣のものと思われる白骨のオブジェ。

 実に原始的ではあるが、生活の痕跡を感じる事が出来る場所であった。


 そして、そんな空間の先。

 小高い崖の壁面には、ぽっかりと暗闇が口を開けており。

 洞穴らしき暗闇の前には二匹のオークの姿がある。



「エイブンの提案通り、オーク相手に実力を見せる事にしたのは良いんだけど……

なんかオークの集落を見つけちゃったみたいだね……」



 そう。エイブンが口にした提案。

 その提案というのは、僕の実力を確かめる為、魔物と戦っている姿を見てみたいという随分と無茶な提案で、僕個人としてもあまり乗り気になれなかったのだが……

 結局は一年生トリオに押し切られてしまい、断り切る事が出来なった結果。

『魔力感知』を使用し、オークと思わしき反応があったこの場所まで、渋々といった感じで訪れた訳である。


 訳ではあるのだが……どうやら、オークの集落を引き当ててしまったようで……



「オ、オークの集落……」



 僕の言葉を聞いたフィデルが唾を飲み、ゴクリと言う音を響かせる。



「うん。大雑把に『魔力感知』を展開したから洞穴の中まで感知出来なかったんだけど……今感知してみたら、洞穴の奥に十匹くらいは居そうだね。洞穴の前のもいれたら十二匹かな」



 更に続けた僕の言葉を聞き、今度はフィデル以外の全員がゴクリという音を響かせた。



「ど、どうするんすか!? 職員に相談した方が良くないっすか!?」


「ん? なんで?」


「な、なんでって! オーク十二匹すよ!? 監視している職員に相談して対策をした方が良いっすよ!」


「普通に大丈夫だと思うけど……」


「大丈夫じゃないっすよ!! 相手は十二匹なんすよ!!」


「そ、そうですよ! しかも集落となればハイオークが居る可能性だってあります!」


「そ、そうだよ! わたし達が戦ってる所見たいって言ったけど、コレは流石に無理だよ!」



 一年生トリオは僕が伝えたオークの数に恐怖心を覚えたようで、顔を青ざめさせながら訴えかける。

 それはサイオン兄妹も同様のようで。



「アル先輩なら……という期待感はありますが、流石に危険だと思います!」


「う、うん。せ、先生に相談した方が良いと思いますぅ」



 そう言うと、怯えを含んだ視線を僕へと向ける。


 その様子を見た僕は。


『僕も初めて魔物を見た時はこんな風に怯えて、メーテとウルフを引き止めたな〜』


 なんとなく、初めて魔物を見た時の事を思い出してしまい、場の空気も読まずに少しだけ懐かしい気持ちになってしまう。


 そして、そう思うと同時に、初めてメーテとウルフの戦いを見た時の衝撃や高揚感。

 あの時の戦いを見たからこそ、強さというものに憧れを抱き。

 今の自分の行動指針。その一部になっていた事を改めて思い出す。


 だからだろう。

 もし僕の戦う姿から何かを感じ、皆の中で糧にして貰えるのであれば――

 そのように考えた僕は、森の茂みから一歩二歩と抜け出し、茶けた地面の上へと歩みを進めると。



「では、今より特別授業を行う! 皆! しっかりと見ておくように!」



 幼い頃の記憶を手繰り。懐かしい言葉を口にするのであった。



「――と、とか言ってみたりして」



 ……まぁ、少し照れてしまってメーテのように決めきる事が出来なかった訳なのだが……

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