第181話 アルの特別授業


「さ、さて! 気を取り直して特別授業を始めようか!」



 メーテの真似をして格好付けてみたのは良いものの。

 結局は恥ずかしさが勝ってしまい、なんとも締まらない姿を見せてしまう羽目に。


『やっぱり慣れない事はするもんじゃないな……』


 そのように反省した僕は、気を取り直して二匹のオークへと視線を向けるのだが……

 どうやら、茂みから飛び出した時点で、僕の存在は認識されていたようで、二匹のオークは既に臨戦態勢に入っており、手には棍棒のような物が握られている。



「ブオォオオオオオオオオオオ!!」



 更には、威嚇の為か? それとも洞穴に居る仲間に対する警告の為なのか?

 敵愾心を含んだ視線を僕へと向けながら、咆哮にも似た鳴き声を上げる二匹のオーク。

 その鳴き声は大気を震わせ、相手を竦みあがらせるには充分なものではあったのだが……



「それじゃあ、始めようか」



 僕はそれを受け流すと、オークとの間合いを詰め、改めて特別授業の開始を告げた。



「まずはエイブン。エイブンは身体強化を施した体術を得意としているようだけど、身体強化をつきつめて行けばこういう事も出来るようになるから覚えておいてね?」



 僕はそう言うとオークとの間合いを更に詰め。

 オークの腹部へと左の手の甲を当てると、その掌へと向けて右の拳を叩きこむ。


 すると、その瞬間。

 オークの腹部にたっぷりとついた脂肪が波打ち――



「フ……フゴッ!? オゴッ……ゴエァ……」



 オークは苦しそうな鳴き声をあげると同時に、大量の血を吐きながら地面へと倒れ込んだ。



「今使ったのは『甲冑通し』。

左右の手に別々の身体強化を掛ける事で、二種類の衝撃を一度に与えて内部へと通す技なんだけど。

オークみたいに脂肪が多い魔物や、体表の厚い魔物相手に丁度良い技だね。

そして、それを極めていくと――」



 僕はもう一匹のオークに狙いを定めると懐へと潜り込み。

 オークの腹部に掌底を叩きこんだ瞬間に段階的な身体強化を行う。



「フゴッ!? フゴォオオオオ!?」



 先程のオークと同様に、腹部を波だたせるもう一匹のオーク。

 その数瞬後には、まるで焼き増しを見せられているかのように、大量の吐血と共に地面へと沈んでいく。



「この技は『共振』って言う技で、『甲冑通し』の応用というか発展形かな?

打撃の瞬間に段階的な身体強化を行う事で出来る技なんだけど……

まぁ、端的に言うと、強弱を付けた四連打を一撃に乗せる事で体内の水分を揺さぶり、内部から破壊する技って感じだね」



 そして、物言わぬ肉塊になったオークを前に特別授業を続けていると。



「ブオォオオオオオオオオオオオオ!!」



 洞穴の外で起きている異常事態。それを、洞穴に居たオーク達は察知したのだろう。

 小高い崖にぽっかりと空いた洞穴から一匹のオークが飛び出すと、続くようにしてオーク達が飛び出し、集落のボスであろう、ハイオークまでもが姿を現す。


 そして、その数は『魔力感知』が示していた通り、きっかり十匹で。

 十匹のオーク達は、同族が地面へと転がり絶命している姿を見て、敵愾心むき出しの鳴き声を上げた。


 上げたのだが……

 それでも僕は動じることなく、特別授業を続ける。



「じゃあ、次にビッケスとシータ。

二人の魔法はその年齢からしたら中々の精度だと思うけど、少し硬過ぎるかな?

もう少し発想を柔軟にした方が色々と魔法の幅が広がると思うんだ。

例えばだけど――『雫よ 空を流れて 対を弾け』」



 僕は無詠唱魔法を使用する事が出来ない二人に合わせ、詠唱を用いて『水球』を放つ。

 しかし――その『水球』はオークの手前へと落ち、地面に水たまりを作るだけの結果となる。


 そのあり様を見たオーク達。

 小馬鹿にした様に口角を上げると、水たまりへと足を踏み込み、僕との間合いを詰めるに掛かるのだが――



『雷よ 大気を伝い 対を弾け』


「ゴッフ!? フガガガガガガガッガ!?」



 僕が地面に向けて『紫電』を放つと、水たまりに『紫電』の電流がつたい。

 水たまりの上に居たオーク達は、バチバチと言う音と黒煙をあげると共に動きを止める事になる。



「コレは友人のベルトが席位争奪戦でも使った技なんだけど。

魔法にはただ当てるだけじゃない使い方もあるって事を覚えておいて欲しいかな?

それと、これも受け売りなんだけど――」



 僕はそう言うと、オークの心臓部分へと狙いを定め、今度は無詠唱で『紫電』を放ち。

 更には呆けるように口を開けているオークの口内に向けて『火球』を放つ。



「もし狙いを定めるのであれば、最小で最大の効果を発揮する場所。

所謂、急所と呼ばれる場所が何処にあるかを理解する事が重要になるから、戦闘中でも的確に当てられるだけの技量を身に付けておこうね」



 僕がそう説明した所で、四匹のオークがドスンという重い音を立て、地面へと沈み込んだ。


 そして、合計六匹のオークが倒れた事で、残りのオークは同じく六匹。

 要するに、半分程のオークを殲滅した事になる訳なのだが……

 半分が壊滅した事によって、オーク達は危機感を覚え始めたのだろう。



「ブオオォォォオオオオオオオオオオオオ!!」



 先程よりも大きな鳴き声を上げると、なりふり構わないといった感じで、五匹同時に僕へと襲い掛かる。



「それじゃあ、次はノアの番だね。

この前の狩りで分かったんだけど、ノアはサポート型って言うのかな?

魔物を引きつけたり、足を止めたりする事が得意みたいだね。

確かに魔法の精度も高かったし、しっかり魔物たちの足止めをする事は出来てたんだけど……

足止めする為の手段が少ないように感じたかな? だからノアには――『泥沼』」



 僕は遅い来るオークの足元に『泥沼』――水属性と土属性の混合魔法であり、文字通り地面を泥沼に変える魔法を放つ。



「ブオッ!?」



 突然、地面が泥沼になった事で、体勢を崩してしまうオーク達。

 どうにか踏ん張る事で転倒を避けたオークも何匹か居たが、二匹ほどは顔から泥沼に突っ込むことになった。



「正直、今のノアでは混合魔法である『泥沼』は使えないと思うんだけど。

ノアだったら数ヶ月も練習すれば、使えるようになると思うんだ。

まぁ……好みがあるから無理して覚えろとは言わないけど、サポートの幅を広げる為にも参考にして貰えたら嬉しいかな。 それと――『氷牢』」



 僕が水属性魔法の上位にあたる、氷雪魔法の『氷牢』を使用して見せると――



「ブゴッ!? ブゴォオオオオオオオオオオ!!」



 パキパキと音を立て、オーク達の足元が凍り始めて行く。

 それは、徐々に徐々にオークの身体を氷つかせていき、その数瞬後には氷の塊が五つ。

 とても芸術的とは言えないような、オークの氷像が五つ程出来上がる事になった。



「まぁ……コレも今のノアには無理かもしれないけど。

足を止めるのにも便利だし、使いこなせるようになれば、今みたいに完全に動きを止まることも可能だから、水属性魔法が得意なノアにはこういう魔法もあるって事を覚えておいて欲しいかな?

そして、最後にフィデルなんだけど――」



 残るはハイオークが一匹。

 僕は、最後に残された集落のボスであるハイオークに視線を向ける。



「フィデルの戦い方は、剣と魔法をバランス良く使い分ける、中、近距離型って感じだよね?

ゴブリンと戦っている姿を見る限りでは、剣と魔法の錬度も高かったし、司令塔として立ちまわる姿には素直に驚かされたよ。

だけど、なんていうのかな? 器用に纏まり過ぎていて、決定打が無いように思えたかな?

だからフィデルには――」



 僕はフィデルの戦い方に倣って腰の剣を抜くと。



『雷よ 大気を伝い 対を弾け』



 紫電の詠唱を口にし、発動した『紫電』目掛けて突きを放つ。


 その瞬間。『紫電』は剣を纏う様な形になり、『紫電』を纏った僕の突きはハイオークの胸部へと突き刺さる事になる。



「ブガッ!? ブガァガアアガガアア!?」



 そして、避ける間もなく、まともに突きを喰らう事になったハイオーク。

 胸部から漏れる血をブクブクと沸騰させると、黒煙を起ち昇らせ。

 更には肉の焼ける臭いを周囲に漂わせせると、口から血の混じった泡を吐き、地面へと沈むことになった。



「よし。これでオークは狩り終えたかな?

ああ、それで今の技なんだけど、端的に言えば『簡易魔法剣』って感じかな?

魔法剣と違って常に魔法を纏っている訳じゃないし、一瞬しか効果は得られない上に、タイミングや纏わせる為にはそれなりのコツが必要になるんだけど。

それでも、魔法剣よりは簡単だし、今のフィデルでも練習すれば使えるようになるから、練習してみたらどうかな? あっ、勿論、コツとかは教えるから安心してね?」



 十二匹からなるオークの集団。

 それを狩り終えた僕は、『簡易魔法剣』の説明をしながら、皆の居る茂みの方へ振り返る。


 すると――



「……いや、段階的な身体強化を一瞬で行うとか、普通に無理じゃね……?」


「僕とシータへの助言はまだまともな方だったけど……あの人、普通に無詠唱魔法を使ってたな……」


「……うん、と言うか、効果的な場所に当てるのは分かるんだけど……

戦闘中に狙った場所に当てること自体、普通に難易度が高いよね……」


「アル先輩ぃ……混合魔法の『泥沼』はどうにか出来そうな気がするんですけど……

氷雪魔法は流石に無理ですよぉ……教師でも使える人は殆どいないんですよぉ……」


「理屈は分かる……理屈は分かるんですけど……

そもそも、あのレベルの突きを放てる自信がまったくないのですが?」 



 皆は泣きそうな表情を浮かべながら、僕へと視線を送っており――



「って言うか、オーク十二匹を瞬殺とか……俺、アル先輩には逆らわないって決めたんだ……」


「……そうだな。この状況を見たら、アル先輩の実力を疑うのが無駄だって分かった」


「……息切れすらしてないとか化け物かな〜?」


「せ、席位争奪戦でアル先輩の試合を見たときから凄い人だとは思ってましたけどぉ……

魔物相手だと、凄さが際立ちますね……」



 そのような言葉を並べると、皆は何かを諦めたような表情を浮かべるのだが……



「お、お前達……よ、漸く、アル先輩の凄さを理解してくれたんだな!

そうなんだよ! アル先輩は凄いんだよ!

まぁ、俺は予選からアル先輩の試合を見てたから、そんな事はとっくに知ってたし?

アル先輩が不正をして失格になったって聞かされた時は、アル先輩の実力があるなら不正なんかする筈も無いって確信してたしな! なぁ? そうだよなノア!?」


「そ、そうだね、お兄ちゃん」



 フィデルだけは、妙なテンションを発揮し、やたら饒舌に喋り続ける。


 そして、そんなフィデルや皆の反応を見た僕は。


『なんか、僕が思っていた反応と違うかも……』


 そのように思うと、メーテの特別授業との差に、少しだけ落ち込むのであった。

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