第177話 四泊五日の課外授業

 空を見上げれば雲ひとつない青空。

 暖かな陽気も相俟って、絶好の外出日和と言えるだろう。


 そして、絶好の外出日和である本日。

 僕は学園都市外へと足を伸ばし、とある目的の為、街道を進んでいる最中なのだが。

 新緑に色づき始めた木々や、風に乗って運ばれてくる若葉の匂い。

 小さな花弁を揺らす花々や、小鳥たちの囀り。

 そういったものに癒されてしまい、なんとも穏やかな気分になってしまう。


 その結果。僕は本来の目的を忘れてしまい。


『ラグを敷いて、ちょっとしたお茶会。いや、まったり絵を描くのも良いかもな〜』


 そんな呑気な計画を立てると、キョロキョロと視線を泳がせ、絵にしたい構図を探し始めてしまう。


 だがしかし、そうして構図を探していると――



「アルディノ先輩! 何キョロキョロしてるんですか!」


「アルディノ先輩、しっかりしろよ〜」


「こうやって見ると全然強そうに見えないよな〜。本当に第一席なのかな?」



 そんな声が耳へと届き、本来の目的を思い出した僕は、慌てて謝罪の言葉を口にする事になった。



「ご、ごめんね。あまりにも良い陽気だったからつい……」


「まったく~、課外授業の最中なんですからしっかりして下さいよ~」


「だ、大丈夫! 目的地に着くまでにはちゃんと気を引き締めておくよ! うん!」


「移動も課外授業の一環だって先生が言ってましたよ?

これから『ブエマの森』に行くって言うのに……なんだか頼りないなぁ〜」



 僕の謝罪を受け、呆れた様な表情を浮かべるのは、あどけなさが残る少年少女。

 前期入学組の一年生から三年生で、所謂、低学年と呼ばれる生徒達であるのだが……

 彼等が言うように、今は課外授業中であり。

 移動も課外授業の一環である以上、僕に反論の余地は無く、ぐうの音すら出ない。



「ほ、本当ごめんね……」



 僕は、もう一度謝罪の言葉を口する事で反省し。

 緩んだ意識を引き締め直すと、低学年の成績優秀者を対象にした課外授業。

 その課外授業に同行した目的を改めて確認する。


 そう。僕が学園都市外へ足を伸ばした目的。

 それはこの課外授業に参加する事という目的があったからなのだが。

 では何故?

 低学年を対象にした課外授業に『僕達』が同行しているかというと――



「アル? アルは第一席なんだからもっと堂々としなさいよ?

今回の課外授業は、低学年に実戦経験を積ませるのが一番の目的かも知れないけど。

席位持ちである私達が、ちゃんと生徒達を引率出来るかどうかも試されてるんだからね?

そんな態度じゃ、引率する生徒達が言う事を聞いてくれないかも知れないし、そうなった場合、苦労するわよ?」


「そうだぜアル。評価によっては席位の降格だってあるらしいじゃん?

しかも、引率する生徒達とは四泊五日も一緒に過ごさなきゃいけないんだからよ。

舐められたままじゃ、これから大変だぜ?」



 ――と、言う訳である。


 丁度良くソフィアとダンテが大まかな説明をしてくれた訳なのだが。

 要するに、この課外授業。

 席位持ちの引率の元、低学年の生徒に実戦的な経験を積ませるのを目的とする一方。

 席位持ちの人格や統率力といったものを、四泊五日の野営を通して見極めるという目的もあり。

 その結果に寄っては席位の降格、又は剥奪される恐れもあるというのだから他人事では無い。


 にも関わらずだ。

 キョロキョロと視線を彷徨わせ、挙句の果てには低学年の生徒達を呆れさせてしまったのだ。



「本当に抜けているというかなんと言うか……」


「んにゃ!第一席がしっかりしにゃいと、下の席位までにゃめられるんだから、しっかりして欲しいにゃ!」



 ベルトとラトラが呆れたよう無表情を浮かべるのも納得できてしまうし。



「ラトラさんの言う通りですわよ? 学園第一席なのですから我々の手本となって頂かないと」


「そうっすよ? 舐められないよう、初めにガツンと言っとくべきっすよ?

成績が優秀って事もあって、下手に自信を持ってる低学年は生意気っすからね~」



 コーデリア先輩とグレゴ先輩に苦言を呈されてしまうのも、至極当然に思えてしまう。



「ご、ごめん……うん! もう舐められるような態度は取らないよ!」



 そして、そんな友人達の忠告を聞いた僕は決意を新たにし。

 「よしっ」と声を出す事で、気を引き締め直そうとするのだが……



「なぁなぁ、誰に引率して貰いたい? 俺は同族って事でダンテ先輩が良いな」


「じゃあ俺はソフィア先輩!」


「わ、私はアルベルト先輩かなぁ〜」


「うわぁ、それ顔で選んだだろ?」


「ち、違うもん! 試合で見た魔法が丁寧で綺麗だったからだし!」


「へぇ、てか魔法で言うならアルディノ先輩じゃないの?

なんてったって精霊魔法が使えるんだぜ?」


「確かに凄い事だけど……逆に凄過ぎて参考にならないだろうし――」


「だろうし?」


「――なんか、ナヨッとしてて頼りにならなそうじゃない?」


「「「ああ〜、分かるかも〜」」」



 そのような会話を聞かされたのでは気を引き締める直せる訳も無く、ガクリと項垂れてしまう。


 そして、そんな僕の姿を見た友人達。

 早くも低迷する僕の評価に対し、なんとも言えない引き攣った笑みを浮かべるのであった。








「――という訳で、引率として一名の席位持ち。そして低学年の生徒五名。

合計六名で一つの班とし、今日から四泊五日を『ブエマの森』で過ごして貰います。


では、これより班分けを開始しますが。

事前に誰に引率して欲しいかを答えて頂きましたよね?

ソレを考慮して班分けをさせて貰いましたが、希望の引率者になるとは限りません。

目当ての引率者ではなかったからと言って、不平不満を溢さないように!」



 職員がそう告げると低学年の生徒達から「ええぇ〜」と言う不満そうな声が上がる。

 しかし、職員は何食わぬ顔で受け流すと班分けを開始していく。 


 そして、その際に周囲を見渡してみると、席位争奪戦で見た顔が幾つも目に移るのだが。

 確か、ミランダ先輩とダッカス先輩だっだろうか?

 その二人が卒業した事で、新たに席位持ちとなった人が居るようで見知らぬ顔を見掛ける。


 更に周囲を見渡してみれば、10数名からなる職員の姿。

 どうやら、危険を考慮し、一つの班に一人の職員が監視として付くらしいのだが。

 職員からは無暗に連絡を取る事も無く、本当に危険と判断した場合のみ職員から接触してくるようだ。


 その事を理解して職員に目を向けてみれば、監視役と思われる職員が暗い色の服を着ている事に気付き、この格好であれば、隠れての監視に丁度良さそうだと一人納得する。


 そうして、一人納得ている間にも、順調に班分けが進んでいるようで。

 班分けが終わった班に視線を向けて見れば、なんとなくだが特色のようなものを窺える事が出来た。


 ダンテの班は魔族の子が居るようで、他の生徒も元気が良く明るい印象を受けるし。

 ベルトの班は何処となく真面目な印象を受ける生徒が多く、妙に姿勢が良かったりする。

 それにソフィアやラトラの班も、引率者に似てると言うか、似たような雰囲気を感じる事が出来た。


 そんな様子を見た僕は。


『事前に誰に引率して欲しいか聞いてたみたいだし、類は友を呼ぶみたいな感じなのだろうか?』


 そんな風に考えると、自分が引率するであろう生徒達を想像する。

 そうしていると――



「次は第一席のアルディノ君の班だな。

じゃあそこの生徒達、君達はアルディノ君の班になるから、指示に従い四泊五日を有意義なものにするように」



 職員が五名の生徒に声を掛け、僕の前へと連れてくる。



「えっと、君達が僕の引率する生徒達かな?」


「そ、そうです!」


「は、はい……」


「おう!」


「宜しくお願いします」


「先輩、よろしく〜」



 そして、五名の生徒達は、僕の問いかけに対して返事を返すのだが……

 なんと言うか纏まりがなく、その纏まりの無さに若干の不安を感じてしまう。


 だが、まぁ、そんな不安はさて置き。

 一応は返事も返してくれた事だし、まずは自己紹介から始めるべきだろう。

 そう思った僕は、簡単ではあるが自己紹介をする事にした。



「知ってるかもしれないけど、僕の名前はアルディノ。

今日からの四泊五日。君達を引率する事になったからよろしくね。

良かったら君達の名前と簡単な自己紹介をお願い出来るかな?」



 その言葉に反応したのは目元がキリッとした、気の強そうな男の子。



「ぜ、前期三年のフィデル=サイオンです! 

得意なのは雷属性魔法で剣もそれなりに得意だと自負してます!

この四泊五日の課外授業。ご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い致します!

ほ、ほら! ノアも挨拶しろって!」


「お、お兄ちゃ〜ん、押さないでよ〜。

え、えっと、前期三年のノア=サイオンです。

水属性魔法と……杖術が少し使えます。よ、宜しくお願いします」


「うん、二人ともよろしくね。 と言うか、もしかして君達は兄妹なのかな?」


「そ、そうです! 俺とノアは双子の兄妹です!」


「そっかそっか、二人とも一緒に頑張ろうね」


「「は、はい」」



 二人は少し緊張していたのだろうか? 返事を返すと小さく息を吐いた。

 そして、次に声を上げたのは如何にも悪戯坊主といった感じの獣人の少年。



「前期一年のエイブンだ!

得意なのは身体強化と体術だ! てか、先輩って本当に強いのか? 後で勝負しようぜ!」


「前期一年のビッケス=シプロスです。

どの属性の魔法もそれなりに使えますが、体術は少し苦手です。

まぁ、僕くらいの魔法の使い手になれば、体術なんて不要なんですけどね」


「前期一年のシータ=ギャルウェイだよ〜。

土属性魔法が得意かな? あとは〜、弓もちょっと使えるかな〜」


「エイブンに、ビッケスに、シータだね。今日からよろしくね」



 獣人のエイブンに続いたのは、少し生意気そうな物言いが特徴的なビッケスに、気安い喋り方が特徴的なシータ。


 そんな三人の自己紹介を聞き終え、自己紹介で得た情報を頭に詰め込むと――


『一年生と言う事は入学したばかりか……

知らない事も多いだろうし、特に気を配る必要があるかもな~』 


 そのように考え、これからの予定を立て始めるのだが……



「てか、おまえ! 体術が不要ってなんだよ!? もしかして俺の体術を舐めてるのか?」


「は? そんな事言ってないだろ?

僕には不要ってだけで、キミを馬鹿にした訳じゃないんだけど? と言うか、自意識過剰なんじゃないか?」


「手前ぇ! やっぱり馬鹿にしてんだろ!? あんま舐めた態度だとぶん殴るぞ!!」


「すぐ暴力に訴えようとする……これだから脳筋は……」


「ああんッ!?」


「喧嘩だ喧嘩だ〜、どっちも負けるな〜やれやれ〜」



 少し目を話した瞬間に問題を起こし始めるエイブンとビッケスに、それを煽るシータ。 


 そんな一年生トリオの姿を見た僕は――


「これからの四泊五日……無事乗り切れる……よね?」


 思わず、そんな言葉を呟いてしまうのだった。

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