第176話 オーフレイムの事情

 

「まぁ、端的に言っちまえば『黒白』への加入。

それが、コーデリアの母親が出した、コーデリアが冒険者になる為の条件って訳だ」



 オーフレイムさんはそう言うと、顎髭をジャリッと鳴らし。

 一通りの経緯を聞かされた僕達は、合点がいったように頷いて見せた。



「そういう事だったんですね。

偶然を装って僕達に接触していたのも『黒白』に入りたかったからで……

でも、その割には随分と遠回しなやり方だったような気がするんですが?」


「ですわ……」


「え?」


「は、恥ずかしかったんですわ!

ま、魔剣を持ち出したというのに貴方に敗北してしまい。

その上、魔剣の使用を承諾してくれた貴方に対し、授与式の場で失礼な態度を取ってしまったのですもの……

す、素直に『黒白』に加入させてくれなんて言える訳ありませんわ!」


「な、なるほど」



 その言葉により、コーデリア先輩の今までの行動。

 その不可解な行動の意味を理解する事になる。


 聞く話によれば、コーデリア先輩が冒険者になる為の条件というのが『黒白』への加入なのだが。

 そのパーティーの中に、自分を負かした相手が居るのでは、素直に「加入させて欲しい」とは伝え難いだろう。

 しかも、その相手がリーダーであり、負い目を感じている相手ともなれば尚更だ。


 だからこそ、コーデリア先輩は偶然を装う事で何度も接触を計り。

 同行する意志がある事を匂わせる事で、僕達から声が掛かるのを待っていたのだろう。


 そのように考えると、コーデリア先輩の今までの行動にも納得し、気持ちも充分に理解する事が出来たのだが……



「と言うか、なんで学園では声を掛けてこなかったんですか?

ギルドで偶然を装うより、よっぽど自然な気がするんですけど?」


「……も、盲点でしたわ」



 そんな、当たり前の事にも気付かないのだから「残念な子」という印象に拍車が掛かってしまう。


 しかし、当の本人はと言うと、僕の内心に気付いた様子も無く口を開く。



「い、今更かも知れませんが、決勝戦での我儘に加え、授与式の非礼……申し訳ありませんでしたわ。

そ、それで、『黒白』への加入の件なのですが……」



 今までの非礼を詫びると、縋るような視線を向けてくるコーデリア先輩。


 僕からしてみれば、あんなもの非礼とも思っていないし、気にする事でもないと思っている。

 だが、コーデリア先輩が気に病んでいる以上は、それが真実で。

 謝罪を受け入れる事で気持ちが楽になるのであれば、謝罪を受けるべきなのだろう。


 そう考えた僕は、謝罪を受け入れるべく口を開くのだが――



「謝罪は受け入れましたので、今後は気にせず、仲良くして頂けたら嬉しいです」


「あ、ありがとう……ですわ。 そ、それでは! 加入の件は!?」


「あ、それは間に合ってます」


「ほぇ!? い、今、仲良くして頂けたら嬉しいって言いましたわよね!?」


「言いましたけど、それとこれとは別なので……」


「んなぁああああああああ! 訳が分かりませんわ! 訳が分かりませんわぁ!」



 結果的に、コーデリア先輩が奇声を発する事になる。


 まぁ、実際の話。

 僕個人としては、コーデリア先輩が加入する事に対して反対では無いし、コーデリア先輩が冒険者になる為の『条件』を知った今、断るのも可哀想だとも感じるし、罪悪感も覚えている。


 だが、オーフレイムさんに頼まれている以上は……

 コーデリア先輩の加入。それを承諾する事はきっと無いのだろう。


 何故なら、冒険者ギルドに登録してからというもの。

 オーフレイムさんにはお世話になっているし、二年に進級する前の後期休暇の際にも、討伐遠征に同行させて貰うなど、かなり面倒を見て貰っている。


 ちなみに、その時の遠征は害獣の駆除が目的であった為、大きな成果を得る事は出来なかったのだが。

 それでも、一週間に渡る遠征を経験できたというのは貴重な体験で、その機会を与えてくれたオーフレイムさんには感謝をしていた。 


 だから。

 オーフレイムさんの頼みであるなら。


 そう言い聞かせると、心を鬼にしてコーデリア先輩の加入を断った訳なのだが……



「もう、どうして良いのか分かりませんわ……」



 そう言って涙ぐむコーデリア先輩の姿を見ると、酷い罪悪感を感じてしまい。

 罪悪感の所為か、思わず視線を伏せてしまう。


 そうしていると――



「て言うか、なんで条件が『黒白』への加入なんすか?」



 ダンテが疑問を口にする。



「ん? ああ、それは俺がコーデリアの母親に喋ったからだろうな。

コイツの母親は王都の『蒼薔薇の騎士団』の団長をやってる所為で、めったにコッチには顔出さないんだけどよ。

お前達で言うところの後期休暇の時に帰って来たんだわ。

で、その時に『黒白』って言う面白いヤツらが居るって喋っちまった訳だ。


そうしたら『黒白』にえらく興味持ったみたいなんだが……

まぁ、全員が席位持ちで、その中の一人は娘を負かしたんだから、当然ちゃ当然だよな」



 ダンテの疑問にそのような言葉を返すオーフレイムさん。更に言葉を続ける。



「それでだ。滅多に帰って来ないといっても母親だし娘の事が心配なんだろうな。

コーデリアが冒険者になりたいという事は知ってるし、騎士団に入って欲しいって本音はあるけど。

コーデリアの事だから目の届かない所で、勝手に冒険者になっている可能性もある。

それだったら、自分が認めるパーティーである『黒白』。

『黒白』に加入するのであれば少しは安心できるし、それを冒険者になる為の条件にしたって訳だな」



 オーフレイムさんの話を聞いた僕は、成程と頷く。

 しかし、疑問もあった為、その事について尋ねてみる事にした。



「何となく経緯は分かりました。でも、なんで『黒白』だったら安心なんでしょうか?

他にもランクが高く、強いパーティーは居ますよね?」


「ああ、それなら簡単だ。

一つは同世代だという事と、もう一つは娘より強いヤツが居るって事だな。

つーかアル? お前はコーデリアをどう評価しているか分からねぇけど。

こんなんでも冒険者で言うならBランク上位かAランク下位の実力があるんだからな? 

まぁ、それも『魔剣』ありきの実力ではあるんだが、それでもBランクの実力は確実にある。

そんなコーデリアを安心して任せられるパーティーなんて多くはねぇよ」


「そうなんですか?」


「そうだよ! しかもお前らの年齢なんて伸びしろの塊じゃねぇか!

更には、全員が全員席位持ちのパーティーなんて、傍から見たら化け物の集まりだぞ?

そこんとこ、ちゃんと理解しとけよ? ったく」



 オーフレイムさんはそう言うと呆れたよう無表情を浮かべると顎髭を掻き――



「つーことで、姉ちゃん――てかコーデリアの母親は『黒白』への加入を条件にした訳だ。

まぁ、仮に加入で来たとしても、学園在籍中に結果を残せなきゃ、すぐ辞めさせるとも言ってたけどな。

だからコーデリア。こいつらが加入を断った以上は……分かってくれるよな?」



 そんな言葉を付け加えた後、コーデリア先輩へと視線を送り、優しく微笑んで見せた。


 だがしかし……



「なんか話に違和感が……」



 話を聞いている内に、辻褄が合ってないような気がしてしまい、思わずそんな言葉を口にしてしまう。



「……どこが?」


「い、いや、コーデリア先輩のお母さんの話を聞く限りでは、コーデリア先輩が冒険者になる事に対して、そこまで反対しているようには思えないような気がするんですけど?」


「……どこが?」


「どこがと言うか、『黒白』に加入出来るのであれば認めると言っているようですし。

加入出来た後の条件まで提示していますよね?

まぁ、『黒白』に加入出来るかは別問題だとしても、それって殆ど冒険者として活動する事を認めてるようなものですよね?」


「……どこが?」



 なんだろう、このおっさん。「どこが」しか言えない機械なのだろうか?

 若干苛々してしまった僕は、少しばかり声を張り、言葉を並べ始める。



「だ、だからですね! 以前――

『俺は応援してるんだけど、コーデリアの母親が反対してるからな~。俺は応援してるんだけどね~』って言ってましたよね?

むしろ、オーフレイムさんが承諾しさえすれば問題は無いんじゃないですか?」


「……叔父様? よ、要するに、どういう事ですの?」


「な、なんでも無いぞコーデリア!

アルはちょっと変だからな! 変な薬とかやってるんだろ! そういう面してるもん」



 やってねーよ。


 と言うか、目に見えて狼狽え始めるオーフレイムさん。

 その様子を見た僕は、今まで聞かされた話が信じられなくなってしまい、確信に触れるべく口を開くのだが……



「そもそもですね! オーフレイムさんに頼ま――ふがっ!?」


「お、おっと、アル。なんか口にソースが付いてるぞぉ〜。俺が拭いてやろう」



 しかし、確信に触れようとしたその瞬間。オーフレイムさんに口を塞がれてしまう。



「ま、まったく、アルはお茶目だなぁ。

もしかして、今日の朝食は角のパン屋の『肉汁たっぷりサンド』か?

俺もよく食べるんだが、口の周りがベタベタになっちゃうんだよなぁ〜。分かる分かる」



 なにその胃もたれしそうな食べ物?

 いや、ウルフなら喜んで食べそうだが……というのは兎も角。


 明らかに話を逸らそうとしているオーフレイムさん。

 その事から分かるのは、僕に喋らせたくない情報があると言う事なのだが……


 それよりも問題なのは、ごしごしと僕の顔を拭く布。

 それが、恐ろしい程に悪臭を放っていると言う事だろう。



「く、臭い!! は、離して下さい!!」


「おいおいアルゥ~、遠慮うするなよぉ?」


「遠慮なんてしてません!! その布を! その不浄の布をしまって下さい!」


「おまっ!? 失礼なヤツだな! コレでもまめに洗ってるんだぞ!?」


「嘘言わないで下さい! まめに洗ってたらこんな悪臭はしません!!」


「嘘じゃねぇ汗とかは拭いてるけどよ――――――――二週間前には洗ったし!」


「……おっふ」



 ……そこで僕の意識は途絶える事になる。 








「あっ、目が覚めたのね?」


「……あ、あれ? 僕はいったい……」


「はは……なんか気絶しちゃってたみたいよ?」



 そう言ったのはソフィアで、その言葉で記憶を探ると強烈な異臭が記憶に蘇る。



「地獄だった……」


「でしょうね……オーフレイムさんの足の臭いとか凄かったものね……」



 遠征に同行した際、僕達のテントに上がり込んで来た時のオーフレイムさんの足の臭い。

 その時の臭いを思い出したのか、ソフィアは僅かに顔を顰めてみせるのだが――何故だろう?

 そんなソフィアの顔は、僕の目には逆さまに映っていた。


 そして、覚醒しきっていない意識のまま。

 逆さまに映ったソフィアの顔をぼうっと眺めていると、徐々にソフィアの頬が赤く染まっていき――



「め、目が覚めたならお終いよ! まったく! 足が痺れちゃったじゃない!」


「いたっ!?」



 そんな言葉と共に、頭の下に合った柔らかな感触が消え。

 それと同時に、ゴツンといった堅い感触が頭を襲うのだが。

 その一連の流れで分かったのは、意識が無くなった僕の事をソフィアが膝枕で介抱してくれていたという事。


 その事に気付いた僕は、慌てて起きあがると感謝と謝罪の言葉をソフィアに伝える。



「あ、ありがとう。迷惑かけちゃったね」


「べ、別に迷惑なんかじゃないし、膝枕ぐらいどうってこと無いんだから感謝の言葉なんていらないわ!


む、むしろ、寝顔が見れて得した――な、なんてこと思ってなんかないし。

別にアルの睫毛って思ったより長い――なんてことも思ってないんだから……うへへぇ」



 会話の途中で、モゴモゴとした喋り方になってしまったソフィア。

 その所為で、しっかり聞きとる事が出来なかったものの、聞き取れた言葉は実にソフィアらしいもので、何となく頬を緩めてしまう。


 しかし、ふと視線を移してみると――



「オーフレイム叔父様? どう言う事ですの?」


「ち、違うんだよコーデリア?」


「何が違うんですの?」


「そ、それはだな……」



 いつの間にか修羅場になっていたようで、コーデリア先輩とオーフレイムさんの間に異様な雰囲気が漂っており。

 僕が意識を失っている間に、どうしてこのような状況になってしまったのか?

 その経緯を知る為に、僕はダンテに尋ねる事にした。



「一体、何が有ったの?」


「ん? ああ、アルが意識を無くす前にオーフレイムさんのことを問い詰めただろ?

それで、コーデリア先輩も不審に思ったらしくてよ。

オーフレイムさんを問い詰める事にしたみたいなんだわ。そうしたらよ――」



 ダンテがそこまで喋ると、後を引き継ぐかのようにオーフレイムさんが声をあげる。



「た、確かに姉ちゃんは『黒白』に加入するのであれば冒険者になる事を認めた!

だが、俺は認めねぇ! 冒険者の中には脛に傷がある様なヤツだっているんだ!

だったら『蒼薔薇の騎士団』に入って貰った方が安心だし、可愛い姪っ子の将来を心配するのは当然の事だろう!?」



 まぁ、若干重いような気もするが、確かにその気持ちは理解出来なくはない。

 要するに可愛い姪っ子を危険な目に合わせたくないと言う叔父心なのだろう。


 そう考えた僕は、オーフレイムさんの言い分が今の状況に繋がるとはとても思えず。

 疑問を浮かべながらダンテに視線を送るのだが――



「まぁ、聞いててみな」



 そう言われた事で、視線を二人に戻す事になる。 



「それは充分に理解出来ましたわ。

ですが――オーフレイム叔父様は嘘をついていましたわよね?」


「……そうだっけ?」


「往生際が悪いですわよ!?

オーフレイム叔父様は私が冒険者になりたいと伝えると、お母様から止められてるからと言って断っていましたわよね!?

冒険者ギルドもお母様が駄目と言っているから来るなとも言っていましたわ!」


「……そうだっけ?」


「そうだっけじゃありませんわ!?

他の職員の方から話を伺ってみれば、お母様はギルドに来る事自体止めていませんし、叔父様さえ認めてくれれば冒険者になっても良いって言ってくれているらしいじゃありませんか!?」


「……そうだっけ?」


「むきぃいいいいいいいい!!」



 おかしいな? なんだか僕もこのおっさんに対して苛々してきた気がする。



「要するにオーフレイム叔父様は嘘をついていたんですのよ!

しかも、冒険者になる事を認めていたお母様を悪役にする嘘を! そこの所はどう考えているんですの!?」



 コーデリア先輩の質問に対し、一呼吸置くオーフレイムさん。

 そして、神妙な表情を作ると口を開くのだが……



「だってしょうがないじゃん!? 俺だけが反対してたらコーデリアたんに嫌われちゃうだろ!?

俺にはそれが耐えられないし、だからと言って冒険者になる事を認めたら、コーデリアたんに悪い虫が付く可能性だってある!?

だったら、悪役を立てるしか無いだろ!? だったら、姉ちゃんに悪役になって貰うしか無いじゃん!?


と言うかアル!? お前なに裏切ってるんだよ!?

お前達に恩を売る為に、わざわざ遠征にも連れていってあげたっていうのに裏切りやがって!!

お前、そう言うんだとアレだからな! 良い依頼回してやんないからな!!」



 清々しい程の屑である。

 それに加え、自分の姪を『たん』付で呼ぶ姿は貴賎なしに気持ち悪い。



「オーフレイム叔父様……」


「どうしたんだい? コーデリアたん?」


「オーフレイム叔父様なんか……」


「なんか?」


「オーフレイム叔父様なんか大っ嫌いですわッ!!」


「……へ? なんで?」



 いや、むしろ何でと聞きかえせる精神が逆に恐ろしい。

 そのように思い、呆れながら二人のやり取りを眺めていると――



『相反する存在よ 我が身を依り代にし 極みへと至れ』



 コーデリア先輩は二つ名の由来となった魔法の詠唱を口にする。



「ちょっ!? コーデリアたん!? それは洒落にならないって!?」



 伯父と言うだけあり、その威力は重々理解しているのだろう。

 オーフレイムさんは目を見開くと、対処する為に構えを取ろうとする。


 ――だが、一度試合をした僕には分かる。今から構えたのでは間に合わないと。



『伯父様なんて大大大、大っ嫌いぃいいいい!!』


「ほんげぇっ!?」



 そして、僕の予想通り、『双極』をまともに喰らう事になったオーフレイムさん。

 なんとも品の無い声を漏らすと、床へと倒れ込むのだが……

 流石は元冒険者と言う事もあり、ギリギリのところで意識は取りとめたようだ。 


 しかし、それも僅かに与えられた猶予だったようで。



「コ、コーデリアたん……強くなったな」



 そう言うと親指を立て、次の瞬間には完全に意識を手放す事になる。


 そんなオーフレイムさんを冷やかな視線で見降ろす僕達と、コーデリア先輩なのだが。

 憧れの叔父に幻滅させらた所為かコーデリア先輩の表情は何処となく暗い。


 その表情を見た僕は、オーフレイムさんの嘘の方棒を担いでしまった罪悪感や。

 過保護な親に振りまわされると言う親近感。そのような感情が湧いて来てしまう。


 だからだろう――



「え、えっと、コーデリア先輩!

まだ冒険者になりたいと思うのでしたら、『黒白』に加入して頂けませんか?」



 そんな言葉と共に手を差し伸べてしまう。



「よ、よろしいんですの?」


「あっ、勢いで言っちゃってけど……皆はどうかな?」



 僕がそう尋ねると、笑みを浮かべコクリと頷く友人達。



「と、言うことらしいです」


「そ、そう言うことでしたら……」



 そして、その次の瞬間。


 少し低めの体温を、手のひらに感じる事になるのだった。

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