第175話 コーデリアの事情
二学年へと進級してから初めて迎えた週末の事。
僕達は休日を利用し、学園都市にある冒険者ギルドへと訪れていた。
「なんか良い依頼ありそうか?」
「駄目だな。都市の外れにある森での採取。又はゴブリンの討伐くらいか?」
「まぁ、日帰りとなるとそうなるよな〜」
壁に掛けられた依頼板。
そこに張られた依頼書に一通り目を通していくダンテとベルト。
目ぼしい依頼が見つけられなかったようで、落胆するように小さく溜息を吐く。
「依頼自体は良さそうなのがあるんだけど、日帰りだとちょっとね……」
「じゃあ、今日はゴブリンでも狩りに行くのかにゃ?」
「それが、現実的じゃない? それとも清掃依頼でも受ける?」
「清掃依頼はつまらにゃいからな~……ちなみににゃにがあるんだ?」
「えっと……うっ、これは掃除依頼の中でも最悪の部類のヤツね……」
「どれどれ……うぎゃ! コレは絶対に却下にゃ!!」
そして、そんなやり取りを交わすのはソフィアとラトラ。
依頼書に書かれている『公衆便所の清掃依頼』という文字が目に入ったのだろう。
隠すこと無く嫌悪感を露わにすると、露骨なまでに顔を顰めて見せた。
「僕もトイレ掃除はちょっと嫌かなぁ。
じゃあ、他に目ぼしい依頼もなさそうだし、今日はゴブリン討伐の依頼を受ける感じで良いかな?」
「ああ、そうしようぜ」
「問題無しだ」
「ええ、大丈夫よ」
「今日はゴブリン狩りだにゃ〜」
確認の言葉に対し、同意の声を上げる友人達。
その反応を確認した僕は依頼書を手に取り、依頼を受ける為に受付へと向かおうとするのだが……
「あ、あら。こんな所で奇遇ですわね!」
不意に声を掛けられた事で足を止めてしまい。
ここ最近で聞き慣れてしまった声である事に気付くと、思わず眉根を押さえてしまう。
「……また尾けて来たんですか? コーデリア先輩?」
「ま、またとはなんですの!?
それに、わたくしが尾けて来たかのような言い方は辞めて頂けるかしら!?」
声を掛けて来たのはコーデリア=マルシアス先輩。
学園第二席という肩書や『双極』いう二つ名を与えられる程の実力の持ち主であり。
学内外を問わず、「天才」という言葉で評される人物ではあるのだが――
「でも、途中から尾けて来てましたよね?」
「べ、別に尾けて来た訳ではありませんわ!
偶然、貴方達が通る道で朝食を取っていたら、偶然、貴方達を見かけたので追いかけて来ただけですわ!」
「世間一般では、それを「尾ける」と呼ぶような気がするんですが……」
僕の中では、「残念な子」という印象の方が強くなりつつある人物であった。
「それで、コーデリア先輩……今日はどういった御用件でしょうか?」
「べ、別に用件はありませんわ!
で、ですが――今からゴブリンの討伐依頼を受けるんですのよね?
偶然、暇を持て余していたところですし、な、なんなら同行してあげても宜しくてよ?」
僕が質問をすると、あくまで偶然である事を主張し、渋々といった様子で同行の意志を示すコーデリア先輩。
しかし、そんなコーデリア先輩の姿を注視してみれば……
上等そうな外套に、皮の胸当て。
動きやすそうな短めのパンツに、膝下まで伸びた革製のブーツ。
更には二本の剣を腰に差しており、まるで、これから依頼に出るかのような格好をしているのだから説得力がない。
「ああ、本当に暇ですわー」
更には、そんな言葉と共に、期待のこもった視線をチラチラと向けるコーデリア先輩。
流石にそのような言動を見せられてしまっては、その本心を察してしまうし。
依頼に同行したいという本音を窺い知れてしまう。
僕は小さく溜息を吐くと。
『本当、素直じゃないんだから』
そんな言葉が頭を過り、自然と頬を緩めてしまうのだが。
それと同時に、コーデリア先輩に返事を返していない事に気付くと、慌てて口を開いた。
「あ、結構です」
「ええ、貴方ならそう言うと思ってましたわ。
私が同行するからにはゴブリンの十匹や二十匹、容易に蹴散らし――ほぇ?」
僕の返事を聞き、間の抜けた声を漏らすコーデリア先輩。
「な、何でですの!?」
「な、なんでって!? むしろ、何で諦めてくれないんですか!?
このやり取りも七回目ですよ!? 七回目!」
そう。コーデリア先輩とこのようなやり取りをするのは一度や二度じゃない。
僕達が冒険者ギルドを訪れる度に、こんなやり取りを繰り返し、その都度断っていた。
それなのにだ……まるで諦める様子の無いコーデリア先輩。
偶然という名の尾行を繰り返しては、遠まわしに同行の意志がある事だけを伝えるのだ。
しかも、あの手この手を擁する訳でも無く、何度断っても同じ手法なことに加え。
それが七回目ともなれば、流石に「残念な子」という印象が根付いてしまうし、対応にも困ってしまう。
まぁ、それならば意地悪な事をせず、依頼に同行して貰えば良いかとも思うのだが……
「笑顔で油断させておいて……貴方は意地悪ですわ……」
「うぐっ!?」
不意にしおらしい態度を見せるコーデリア先輩。
その態度を見た僕は、罪悪感を感じていただけに、思わず変な声を漏らしてしまう。
……正直な話。
僕だって、意地悪をしたい訳ではないし、好き好んで冷たい態度を取っている訳でも無い。
僕個人の意見を言うのであれば、コーデリア先輩が依頼に同行する事に対して、むしろ肯定的であった。
何故なら、席争奪戦の舞台で試合を行った相手である為、知らない相手では無いし。
その試合の際に、冒険者に対する憧れを口にしていたのも聞いている。
まぁ、同行させる動機としては些か弱のいかも知れないが。
僕達の依頼に同行する事で、冒険者になる為の切っ掛けや足掛かりになるのであれば、『黒白』を利用してくれて構わないというのが本心であった。
だが、そのような本心であるのも関わらず、敢えてソレをしなかった理由。
それは、意地悪や嫌がらせなどでは無く、ちゃんとした理由があったからで――
『コーデリアが依頼に同行しようとした場合、どうにかして断って欲しいんだ』
オーフレイムさんに、そう頼まれていたからに他ならない。
正直。オーフレイムさんが頼みごとをした事情。その詳しい事情は聞かされていないのだが。
オーフレイムさんの姉――言うなればコーデリア先輩の母親が、コーデリア先輩が冒険者になる事を反対しているという事。
オーフレイムさん自身は味方になってやりたいと考えているものの。
本音の部分では、冒険者という職業は危険な依頼も多い為、やはり心配になってしまうという事。
大雑把ではあるが、それくらいの事情なら聞かされており。
家庭の事情に首を突っ込み、下手にかき回すのも迷惑になってしまうだろうし。
オーフレイムさんには日頃からお世話になっていると言う事で、頼みを了承する事にした訳なのだが……
そんな事情を知る筈も無いコーデリア先輩。
「そ、そうですわ! この辺の地理なら詳しいので案内できますわよ!」
そう言うと、笑顔を向けてくるのだが……その笑顔がグサリと胸に刺さる。
だが、頼まれて了承した以上は、蝙蝠のような態度を取ってはいけないだろう。
そう考えた僕は、「すみません」とだけ伝えようとしたのだが――
「コーデリア……あんまアル達を困らせるなって」
そんな声がした事で、僕は開きかけた口を閉じ、コーデリア先輩は目元を緩める。
「オーフレイム叔父様ぁ」
そして、受付の奥から姿を見せた男性に対して、子供のような甘えた声を漏らした。
「ったく、コーデリア……姉ちゃんにも此処には来ないように言われてるだろ?」
「オーフレイム叔父様、だけど……」
「だけどじゃねぇ。お前が冒険者になりたいのは知ってるし、応援したい気持ちもあるけどよ。
冒険者なんて、収入も不安定で危険な職業なんだ。あんまりお勧めは出来ねぇよ。
それに姉ちゃん――お前の母ちゃんがどうして欲しいのか分かってんだろ?
だったら意志を汲んでやれって?」
「母の意志……それは母として?
……それとも『蒼薔薇の騎士団』団長としての意志ですの?」
「どっちもだ。
それに言ってたぞ? コーデリアなら私を超える団長になれるってよ?
身内に対しても贔屓目の評価をしない姉ちゃんにそこまで言わせたんだ。
騎士団に進めば安定した給料と地位は確約された様なもんだし、わざわざ冒険者をやる必要なんてねぇだろ?」
「……ですが、私の意志は」
そう言うと、ギュッと唇を噛みしめるコーデリア先輩。
その姿がなんとなく寂しそうで、やはり少しだけ胸が痛む。
「悪いとは思ってるんだぜ? お前に冒険者の戦い方を教えたのは俺だしな。
だけどよ。やっぱりお前は可愛い姪っ子だ。
出来る事なら危険な目に会って欲しくないって言うのが本音なんだわ。
だからよ……分かってくれるだろ?」
オーフレイムさんはそんな言葉を並べると。
困ったような、それでいて慈しむような微笑みを浮かべて見せた。
そして、そんなオーフレイムさんの微笑みを見たのであろうコーデリア先輩。
僅かに目尻に涙を溜める。
「オーフレイム叔父様ぁ……」
「どうした、コーデリアた――じゃなくてコーデリア?」
「わたくし、お母様の事は尊敬しています。
ですが―― それよりも! それよりも尊敬しているのはオーフレイム伯父様なんですの!
だから、叔父様が話してくれた冒険譚のように! 叔父様のような冒険者になりたいんですの!」
「おいおい、よせって。
俺が語った冒険譚は、幼かったお前の為に、綺麗な所ばかりを切り取った子供向けのものだ。
実際の冒険者ってのは、糞に塗れる事もありゃ、血に塗れる事もある。
あんな冒険譚は子供だましで、胸躍る冒険譚ばかりじゃないって事は、今のコーデリアなら分かるだろ?」
「ですが! それでもオーフレイム叔父様はわたくしの憧れなんですの!」
「コ、コーデリアた――じゃなくコーデリア。
あまり聞きわけがない事を言って叔父さんを困らせないでくれよ?
な? 稽古くらいならまた今度付き合ってやるからよ」
そのようなやり取りを交わすコーデリア先輩とオーフレイムさん。
そんな二人の会話を聞き、コーデリア先輩の冒険者に対する憧れの根本。
それがオーフレイムさんの存在にある事を知る事になる。
そして、更に会話を続ける二人だったのだが……
「……かぁ」
「ん? なんだって?」
「オーフレイム叔父様の馬鹿ぁぁあ!!」
「ほげぶっ!?」
何故か、鳩尾に一撃を喰らう事になるオーフレイムさん。
「叔父様の馬鹿ぁ! 阿呆ッ! いい歳して独身!」
「ど、独身は関係ないだろうがッ!?」
「関係ありますわ! 女心が分からないから! 姪の事ですら理解出来ないからッ!
だから、何時まで経っても独身ですのよ! 足も臭いし!」
「はぁ!? 足は臭くねぇよ! 臭くねぇよな、アル?」
酷い言われようである。
酷い言われようではあるのだが、足が臭い事は事実なので、オーフレイムさんに同意する事は出来ない。
と言うか、この状況はなんなのだろう?
つい先程まで、真面目な話をしていたと思ったのに、一変して訳の分からない空気になっている。
そして、そんな空気に付いていけない僕と友人達。
「じ、じゃあ、僕達はゴブリン討伐に行こうか?」
「そ、そうね。家庭の事情に首突っ込むのも良くないものね」
この場から逃げ出す為の理由を口にし、退散を決め込もうとするのだが――
「逃がしませんわよ!」
左腕をコーデリア先輩に掴まれてしまう。
「は、離して下さい!」
「コーデリア、離してやれって! アルが困ってるだろ!?」
「嫌ですわ! 千切れたって離しませんわ!」
いや、千切れそうになったら流石に離そ?
と言うか、コーデリア先輩がこんな必死になる意味が分からないし。
そもそも僕を捕まえたところで解決の糸口になる筈も無い。
そう考え、どうにかコーデリア先輩から逃れる為、思考を巡らせ始めたのだが――
「わたくしが冒険者になる為には、貴方の力が不可欠――いえ、貴方達の力が不可欠ですの!」
そんな言葉を聞かされた事で、思考を止め、思わず尋ねてしまう。
「どう言う事です?」
「そ、それは……オ、オーフレイム叔父様ぁ……」
しかし、コーデリア先輩の態度はなにやら歯切れが悪い。
そして、そんなコーデリア先輩を見兼ねたのだろう。
「潤んだ瞳のコーデリアた――んっ、んっ!
し、仕方ねぇ。後は俺が説明してやるか」
オーフレイムさんは仕方無いとばかりに溜息を吐くと、コーデリア先輩が口にした言葉。
『貴方達の力が不可欠』という言葉。その真意を説明し始めるのだった。
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