第174話 日常と非日常

 二学年へと進級してから数日が経ち、上級生としての新たな自覚を持ち始めた今日この頃。

 まぁ、「新たな」と言っても、後輩と接する機会も今の時点では殆ど無く。

 クラスメイトや担任が変わった訳でも無いので、ある意味いつもと変わらない学園生活を送っているというのが実情だった。


 ……だがしかし。


 そんな学園生活にも一つの大きな変化があった。

 そして、その大きな変化というのは僕を悩ませるのには充分な変化であり。

 ちょうど今現在も、僕の精神をゴリゴリと削っている最中だった……



「――で、あるからして、魔素に如何に干渉出来るかが重要になり、更に重要なのは如何にして干渉するかなのだが――

では、そこの女子。確か名前はエーミアだったかな? キミに質問だ。

例えば、異性に声を掛けられたとしよう。

その場合、強引に声を掛けられるのと、紳士的に声を掛けられるのではどちらが好ましく思う?」


「えっと……私だったら紳士的な方が良いです」


「なるほど。では、リンシア。キミの場合はどうだ?」


「私は……少し強引な方が好き……かも?」


「うむ、それもまた違った魅力と言えるだろうし、そう考える者も一定数いるのだろう。

まぁ、かく言う私も『添い寝してやろうか?』なんて言われてしまっては、添い寝するのもやぶさかではなかったりもする」


「「「きゃーーーーーメーテ先生大胆!」」」



 今、僕の目に映っているのは、教鞭を振るうメーテの姿と、黄色い声を上げる女子生徒達の姿。

 始業式の際、メーテが教鞭を振るう事になるのは伝えられていたし、それ以降ある程度の覚悟はしていたのだが……



「よせよせ、こんなのは普通の事だろうが?

……だが、まぁ、お前達の年齢を考えれば、少し刺激が強かったかも知れんな?」



 ノリノリで授業をするのはまだ理解する事も出来る。

 だが、相手が学生だと言うのに、無駄に優位に立とうとし、訳の分からない余裕を見せつけるメーテ。

 そんなメーテの姿を見せられてしまっては、家族として流石にキツイものがあり。

 形容しがたい恥ずかしさを感じてしまうと、思わず身を捩りたくなってしまう。 


 ……と言うか、『添い寝してやろうか?』なんて絶対に言う事は無いので、チラチラと期待の視線を向けるのは辞めて頂きたい。



「んっ、少し話が逸れてしまったが、私が言いたいのは魔素も同じ。と言う事だ。

魔素と言うのは目に見えないが確かに存在し、場所に寄っては濃度が違う。

同じように魔法を使ったとしても、濃度によっては通常の効果が得られない事もある訳だな。


では、どうすれば通常の効果が得られるようになるのか?

それが、先程の話に繋がるんだが――私が何を言いたいのか分かるか? どうだ、エーミア?」


「えっと……ちょっと分からないです」


「ふむ、まぁ、それも仕方ないことだ。 では――アルディノは分かるか?」



 何故に僕を指す? 身内なんだから自重して頂きたい。


 だが、まぁ、答えなら分かる。

 他ならぬメーテに、幼い頃から魔法のノウハウを教え込まれたのだから当然だ。


 しかし、だからこそ僕が答えてしまうのは違うような気がしてしまい。

 回答権は他の生徒に譲ろう。そのように考えると「分かりません」と口にする事に決めたのだが……



「おやぁ? もしかして分からないのか?」


「いえ? 全然分かりますけど?

メーテ先生が言いたいのは、魔素の濃度に応じて干渉方法を変えろという事ですよね?

例えば、魔素の薄い場所では強引に魔力を通すのではなく、紳士的な丁寧で繊細な干渉をし。

対して、魔素の濃い所では、少し強引で荒々しく大胆な干渉をしてみせる。

そして、そうする理由は魔法を発動した際に通常。もしくはそれ以上の効果が得られるからです。

メーテ先生は、その事を異性に対する対応に置き変える事で、説明したかったのではないでしょうか?」



 煽られたことによってムキになって答えてしまう。

 そして、そんな僕の答えを聞いたメーテ。



「うむ、その通りだ! アルディノは中々勉強熱心のようだな! ……くふっ」



 実に満足そうに頷いてみせるのだが……


 ふと周囲に目を向けて見れば、ダンテとベルトから視線が向けられている事に気付き。

 その視線が、痛ましいものに向けるような。

 思わず「うわぁ……」と言う声が聞こえて来そうな。そんな表情をしている事にも気付く。


 そして、そんな友人達の反応を見た事で途端に恥ずかしくなってしまい、僕は思わず顔を伏せてしまう。そうして顔を伏せていると。


  

「テオドール様。やはりこちらに居られましたか」


「ミ、ミエル? ち、違うんじゃよ? これはあくまで視察であって――」


「今日は何回目の視察ですか? メーテ先生が授業をする度にあちらへ行ったり、こちらへ行ったり……

はぁ、目を通して頂きたい書類が山ほどあるんですから、程々にして頂かないと……」


「じゃが、メーテ先生の授業なんじゃよ!?」


「それは分かりますが……テオドール様が見ていらしたら、生徒達も授業に集中できないではないですか?」


「んぐぐぅ、それはそうなんじゃが……後、少しだけどうにかならんかのう?」


「どうにかなりません。早く業務に戻りましょう」



 そんなやり取りが耳へと届き。 

 声のする方に視線を向けて見ると、教室の扉の向こうでテオ爺とミエルさんが言い合いをしている姿が目に入る。


 いや、本当、テオ爺は何をしているのだろうか……


 聞こえた話によれば、メーテが授業をする度にそのクラスへと足を運び。

 視察を称してメーテの授業を覗いていたようなのだが、仕事を放り出してまで覗きに来るのは流石に不味いように思えてしまう。


 まぁ、メーテが行う授業。言うなれば『始まりの魔法使い』が行う授業で。

 『始まりの魔法使い』から魔法を教わったテオ爺からすれば特別な意味があるのだろうし、つい授業を覗きに来てしまう気持ちも分からなくも無い。


 しかし、ミエルさんが言ったように、仮にも学園の長が授業を覗いている状況では、生徒達が授業に集中する事が出来ないというのも確かで。

 そう考えた僕は心の中でミエルさんに同意し、テオ爺を業務に連れ戻せるよう応援する事にしたのだが……



「……アルディノ君もおるんじゃよ?」


「……生徒達の集中力を鍛える良い訓練になるかも知れませんね。

仕方ありません。もう少しだけ見学していく事にしましょう」



 見事な掌返しを見せるミエルさん。


 結局、授業終了間際まで教室前に居座り続け、生徒達の集中力を乱すだけ乱して帰っていった二人。

 その奔放さに、思わず苦笑いを零す羽目になってしまった。


 そして、このような事態が起こる理由。

 その元を辿れば、メーテが教員として着任したと言うのが理由の一つであり。

 メーテが教鞭を振るう限りは、僕の精神が休まる暇など殆ど無いように思えてしまう。


 その為、今後の学園生活に不安を感じてしまい、ガックリと大きく肩を落としてしまうのだが――



「まったく、あいつらは何しに来たんだか……まぁ、それはさて置き。

スコット。先程の復習だが、魔素の薄い場所ではどうするべきだったか?」


「えっと、紳士的な丁寧で繊細な干渉――それに、甘い言葉や花束でも添えてみますか?」


「うむ、正解は正解だが――生意気な冗談を言ったから減点だな」


「ええ!? そんな横暴ですよ!?」


「私は横暴だぞ? しっかり覚えておけよ?」


「ははっ、スコットだせぇ~」


「う、うるさいな! 僕の彼女はそれで喜ぶんだよ!」


「彼女が居るのか? それじゃあ減点2だな」


「ええっ!? そんな無茶苦茶な!?」



 生徒達の笑い声の中。

 その中心で、楽しそうに教鞭を振るメーテの姿を眺めていると――



「まぁ、僕が我慢すればいいだけの話か」 



 自然とそんな言葉と笑みが零れてしまうのだった。






 ◆ ◆ ◆






 カツーン ピチャリ カツーン ピチャリ



 薄暗く湿った地下水路に、靴音と水滴の落ちる音が響く。


 靴音に対し、まるで合いの手のように入る水滴の音。

 それを面白く感じた靴音の主――独特の雰囲気を纏った男は、僅かに口角を上げる。


 カンテラの乏しい灯り。

 それを頼りに地下水路を歩くにはあまりにも薄暗く、心許ない。

 だが、男は慣れた足取りで歩みを進めると、暫く歩いた所で扉の前へと辿り着く。



 ギイィィィイ 



 男が扉を押し開くと、建てつけの悪さを露呈するように重い音が鳴り響く。


 男は室内へと入ると羽織っていた外套を脱ぎ、椅子の背もたれに掛ける。

 そして、そのまま椅子へと腰を下ろし、木製の机と向き合うと、机の上に散乱している資料に目を通していった。



「う〜ん、上手く行かないな。やっぱり調合の問題かな〜?」



 男はそう言うと立ち上がり、部屋の棚に置かれた瓶を手に取ってチャプチャプと振って鳴らし――



「ねぇ? 君はどう思う?」 



 友人に話し掛ける時のように、気安い様子で声を掛ける。


 だが、声を掛けられた人物はというと――



「ふぐぅ! ふぐぅ!」



 とても友人と呼べるような扱いを受けてはおらず。

 口には猿ぐつわが噛まされ、両手両足はベルトのようなもので椅子に拘束されていた。


 そして、更に注視してその人物を見てみれば。

 目の隈や肌が薄汚れている所為で正確な年齢は分からないが、十代半ばくらいだろうか?

 そう思える位には幼い顔つきをした少女である事に気付くのだが……


 髪は頭皮の脂でべったりとしており。

 視線を落とせば、首周りは涎の後。足元には垂れ流した排泄物。

 それが渇いてしまっており、なんとも言えぬ悪臭を漂わせている。


 そして、その事から分かるのは、この少女が何日もこの状態で拘束されているという事。


 そんな少女の姿があるだけでも、充分に異質と言える空間なのだが……


 部屋を見渡してみれば一辺が6メートル程の正方形の部屋で。

 広くも狭くも無い部屋には様々な薬品が陳列されており、何に使うか分からないような鉄製の器具が幾つも見受けられる。


 まるで、何かの実験をする為に用意された様な部屋は異質――それどころか異様なもので。

 そんな異様な部屋の主である男は、再度、少女に話し掛けた。



「ああ、これじゃ喋れないよね?

でも、まぁ、僕の質問に答えられる学がある訳でも無いし、別にいいか」


「ふぐぅ! ふぐぅうううう!」


「ん? 何か喋りたいの? でも駄目だよ?

キミは実験体なんだし、今の状況では言葉は不要だからね」



 男はそう言うと笑顔を浮かべた。

 自分のしている事に対し、罪の意識を微塵も感じていないような笑顔。

 爬虫類を思わせるような、怖気のはしる様な笑顔だった。



「ふぐぅううううううううううう!」



 そんな笑顔を見た少女は、只でさえ感じている身の危険。

 それを細胞レベルで感じると、抵抗するように身体を揺すり、言葉にならないながらも助けを求める。


 だが、その行為が男の神経を逆撫でてしまったのだろう――



「うるさいなぁ」



 そんな言葉と共に、冷たい刃の感触が少女の胸元を襲う事になる。



「ふぐぅ!? ふぐぅうううう!?」


「あっ、やっちゃった。

……でもまぁ、どちらにせよ次の段階に移る頃合いだったしね。丁度いいか」



 男は刃を胸元から引き抜くと、懐から透明な石を取り出す。



「抵抗力は奪った。若く魔力も悪くない。うん。今回こそいける筈だ」



 そして、自分に言い聞かせるように呟くと、少女の刺し傷へと透明な石を捻じ込んだ。



「んぐぅうううううううううううう!!」



 酷い痛みの所為で悲痛な叫び声を上げる少女と、少女の反応に目を輝かせる男。


 そして、次の瞬間。

 男は驚嘆の声を上げる事になる。



「来た! 来た来た来た! 癒着した!? 癒着してるよねコレ!?

やっぱり抵抗力が弱まるまで待ったのは正解だったて事!?

それに――やっぱり年齢! 元々の魔力が高く、若い方が良いって事だよね!?」



 そして、一通り考察すると男は歓喜する。



「これだよコレ! コレが僕の求めていた成果だ! やっぱり僕は間違いじゃ無かったんだ!

これなら僕を馬鹿にしていたヤツらだって認めざるを得ない!

なにが悪魔の所業だ! 何が人の道から外れてるだ!!

犠牲なくして進歩なんてありゃしない! 先の大戦だって非人道的な実験が行われただろうが!

何の犠牲に上に立っているかも理解しようとしないで、偽善で僕を批判していたヤツら!

ざまぁみろ!! お前らじゃ此処までたどり着けない! 綺麗事の上で退化して死ねッ!!」



 男は、荒げた息を深呼吸する事で落ち着かせると、少女へと視線を送る。



「ふぅ……ふふっ、ひとまずの成果は得た。

後はどれだけ煮詰められるかだけど……そうするには実験体があまりにも少ない。

どうする? また攫ってくるか?

いや……そもそも、こんな街じゃ魔力が高く若い実験体なんて――」


 男は思考を巡らせ。そして答えを出す。



「――いやいやいや、良い場所があるじゃないか!

魔力が高く若い実験体がいっぱい居る場所が――学園都市という最高の実験場が!」



 男は笑う。

 己の生み出した成果に。

 思い描く展望に。


 これが始まり。

 学園都市史上最悪の事件として、後世まで語られる悲劇の。

 学園都市の住民に多くの犠牲をもたらし『魔石事変』と呼ばれた惨劇の。


 そして、異世界に転生した少年もその渦中へと巻き込まれて行くのだが……


 彼等の邂逅。それは肌寒い風が吹き始める頃――

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