九章 学園都市 魔石事変
第173話 新任教師
本格的な投稿再開ではありませんが、再開するか不安に思う方も居ると思いますので、一話だけ投稿させて頂きます。
思ったより書き溜めが進んでおらず、申し訳ない気持ちでいっぱいではありますが、執筆に励んでいる最中ですので、もう少しだけお待ち頂けたら嬉しです。
気分転換に書いた「三点欠損のロゼリア」という短編もありますので、再開までの合間に読んで頂けたら嬉しいです。
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「アルー。早く起きないと遅刻するぞー」
そんな声が聞こえた事で、僕はベッドから身体を起こす。
「ふあぁ〜……もう朝か……」
だらしなく大口を開けて欠伸をすれば目頭に涙が溜まり。
それを指先で拭うと、寝癖の付いた頭をポリポリと掻く。
寝起きの働かない頭で部屋をぼうっと見渡してみれば、カーテンの隙間から光が差し込んでおり。
それが陽光だと理解した僕は、布団の誘惑から逃れるようにベットから這い出した。
「まぶしっ……」
陽光の眩しさを覚悟しながらカーテンを開いたは良いが、結局はそんな言葉を漏らしてしまい。
眩しさに堪えながら鍵へと手を伸ばすと、鍵を開け、窓を開け放つ。
すると、温かく柔らかい風が部屋へと流れ込み。
きっとご近所さんが朝食の準備をしていて、その匂いが風に乗って運ばれてきたのだろう。
香ばしく、食欲を誘う匂いまでもが運ばれてくる。
そして、そんな匂いに見事に食欲を誘われてしまった僕。
パンにミルク。それに目玉焼きとカリカリに焼いたベーコンと、朝食の献立を立て始めるのだが――
「アルー。起きてるかー? 朝食がそろそろ出来るから早く起きるんだぞー」
どうやら、献立を立てる必要はなかったようで。
朝食が出来上がる事を伝えられた僕は、慌てて自室の扉へと駆け寄り、その扉を開いた。
「メーテ、ウルフ。おはよう」
「おはよう、アル。もう少しで朝食が出来るから顔でも洗ってきたらどうだ?」
「わっふ!」
扉の先。リビングに居たのはメーテとウルフ。
メーテは挨拶を返すと、片手で器用に卵を割り、熱せられたフライパンの上へと玉子を落とし。
ウルフはと言うと、敷かれたラグの上で丸くなり「くあぁ」と大きな欠伸をして見せる。
そんな一人と一匹の姿に加え、陽光照らされたリビングの温かさや、窓から流れ込む心地よい風。
ジュウと言う玉子が焼ける音に、パンの焼ける香ばしい匂い。
それはとても理想的な朝の風景で、とても穏やかな風景に、思わず頬を緩めてしまう。
「ありがとう。じゃあ、先に顔でも洗って来ようかな」
「そうするといい。ああ、その前にアル。目玉焼きは半熟と堅いの、どっちにする?」
「じゃあ、半熟でお願い」
「半熟だな。じゃあ、私もアルと一緒にするか」
そして、そんな他愛も無いやり取りをし、メーテに従って顔を洗いに行こうとしたのだが……
「……いや、何で居るの?」
今更ながら異変に気付く。
「可笑しくない!? なんでそんな堂々と朝食の準備してるのさ!?」
「……何がだ?」
「何がだ? じゃなくて、どうやって入ったのさ!? 鍵が掛けてあったでしょ!?」
そう。僕が気付いた異変というのは、施錠をした筈の僕の家にメーテとウルフが居るという事。
あまりにも堂々としているので違和感無く受け入れそうになってしまったが、コレは不法侵入というヤツである。
だというのに……
「……鍵? ウルフ、鍵なんか掛けてあったか?」
「……わふん?」
大層な惚けようである。
「鍵を掛けたのを確認してから寝たんだけど……二人とも嘘吐いてないよね?」
「……嘘なんか吐いてないが?」
「……わふっ」
加えて、大層な目の泳ぎ様である。
「……凄く怪しいんだけど?」
「あ、怪しくなんて無い! なぁ、ウルフ? 隠し事なんてしてないよな?」
「わ、わっふ!」
更には、僕の言葉を否定してみせるメーテなのだが。
いかにも挙動不審と言った態度では説得力が無い上。
そもそも、隠し事が無いのであれば、『隠し事が無い』などとは口にしないだろう。
まぁ、この時点でほぼクロである事は確定しているのだが……
「……わっふ」
ウルフはテクテクと歩き、キッチン脇のパントリーの前で丸くなって見せる。
それは、明らかに通せんぼというヤツで、パントリーの中に隠し事があると言っているようなものであった。
「ウルフ、ちょっとそこどいて貰って良い?」
「わふっ!?」
「ア、アル!? ほ、ほら! 目玉焼きが焼けたぞ!
パ、パンも焼けたし、杏子のジャムをたっぷり塗って食べたら美味しいぞ!
いやー、このジャムは実に美味いからな!
ん? ジャムの残りが少ないようだが……も、勿論アルに譲るから安心しろ!
さ、さあさあ、早く朝食にしようじゃないか!」」
いや、本当に隠す気があるのだろうか? 目に見えて狼狽える二人。
パントリーの中に隠し事があるのは間違いなく、中を覗く為の理由を僕は口にする。
「ジャムなら、買い置きがあるから新しいのを出すよ。
メーテも杏子のジャム好きだもんね。という事でウルフ、少しどいて貰ってもいいかな?」
そして、僕がそう言うと二人は観念したのだろう――
「いや、好きじゃないんだが? なぁ、ウルフ? お前も好きじゃ無いよな?」
「わふっ!!」
いや、観念していなかったようで、一瞬にして意見を覆してみせた。
「なんで嘘吐くのさ!? 今、美味しいって言ってたでしょ!?」
「……いや、アルの聞き間違いじゃないのか?」
「わ、わっふ!」
無茶苦茶である。
そんな二人の態度に少々呆れてしまい。
「と、兎に角! 中を確認させて貰うからね!」
このままでは埒が明かないと考えた僕は、強硬手段に移行する事にしたのだが……
「だ、駄目だ! いいからアルは大人しく席につくんだ!」
そう言ったメーテに、羽交い絞めにされてしまい。
その膂力といったら流石としか言いようがなく、見事に身動きが取れなくなってしまう。
だが、未だ二人には敵わないものの、僕だって昔と同じではない。
そう考えた僕は、身体強化に重ね掛けを施し、全力で抵抗して見せる。
「なっ!?」
「わふっ!?」
羽交い絞めされながらも僅かに歩を進める僕の姿に驚きの声をあげる二人。
「くっ!? 中々やるようになったじゃないか!! だが――」
そんな僕を見て、半端な対応では対応できないと判断したのだろう。
より一層メーテの力が増していき、再び身動きが取れなくなってしまう。
「ぐっ、やっぱりメーテは強い……」
「くふっ……ああ、まだまだ負ける訳にはいかないからな!」
パントリーに向かおうとする僕と、それを阻止しようとするメーテ。
傍から見れば、なんとも間抜けな光景であるのだが。
見る人が見れば、奔流する魔力の多さに、きっと驚きの声をあげる事だろう。
そして、それだけ多くの魔力を仕様した力比べは、腕相撲で拮抗している状態にも似ており。
そんな雰囲気に当てられてしまったのだろう。
「わっふ! わっふわっふ!!」
ウルフは楽しそうに吠えると、僕の足元でブンブンと尻尾を振って見せる。
まぁ、楽しそうなのは構わないのだが……
それが、どうにか一歩を踏み出そうとした時なのだから実に間が悪い。
「ちょっ!? ウルフ危ない!!」
踏み出した先には大きく振られたウルフの尻尾。
そして――
「きゃうーーーーーーん!!」
見事に尻尾を踏んでしまい、ウルフが暴れた事で体勢を大きく崩してしまう。
「ちょっ!? アル!!」
思わぬ方向へと加えられた力に対し、メーテも対応する事が出来なかったのだろう。
僕とメーテ、二人して体勢を崩す事になり、僕たちは壁へと倒れ込むことになってしまった。
そして、その結果は?と言えば。
ドガーン? それともドスーン?
そんな不吉な音が聞こえると共に、ガラガラと何かが散らばる様な音が部屋に響く事になる。
「いてててっ……ウルフ? 尻尾大丈夫?」
「……わふん」
そんな言葉を口にしながら顔を上げてみると。
僕の目に映ったのは、木製の家具で統一され、床に積まれた本や、ちょっとした小物が森の家を思い出させる部屋。
要するにメーテとウルフが暮らす部屋である事に気付く。
そして、その事から分かるのは。
「壁が……無い……」
そう。言ってしまえば身体強化を施した上での体当たりだ。
しかも『学園第一席』と『禍事を歌う魔女』の体当たりに、普通の壁が耐えられる道理も無く、見事に崩れ去ってしまった訳である。
「壁が……無い……」
僕同様に崩れた壁を見詰めるメーテ。
この惨状に、きっと顔を青ざめさせるに違いない。そう思っていたのだが……
「くふっ……いやぁ、コレは困ったな!
これじゃあ、行き来が容易じゃないか! 実に由々しき問題だ! ……くふっ」
そう言うと、表情を喜色に染める。
「……なんか、嬉しそうだけど気のせいだよね?」
「ば、馬鹿言うな! ちっとも喜んでなんかない! なぁ、ウルフ? 困惑しかないよな?」
「わっふ♪」
なんだろう……メーテは喜んでるように見えるし、ウルフの語尾には音符すら見える。
だが、「気のせいだろう」そう思い込むと、早い内に補修する事を提案したのだが……
「でも、まぁ……焦って直す必要も無いんじゃないかな? なぁ、ウルフ?」
「わっふ!」
まったく意味が分からない。
そもそも、お互いにプライバシーだってあるだろうし。
もともと、学園に通う目的の一つとして、僕の自立という目的があった筈だ。
それなのに、こんな行き来が容易では自立も何も無いだろう。
まぁ、隣に住んでいてる時点で、随分と破綻しているのも否めないのだが……
だからこそ、なるべく二人のお世話にならないよう心掛けており。
席位争奪戦以降、やたら世話を焼きたがるメーテに対し、敢えて素っ気ない態度を取るようにしていた。
そして、元はと言えば、僕の自立を促したのはメーテだ。
メーテの期待に答える為にも、行き来が容易と言うのは甘える理由になってしまうし、メーテもそれを望んではいない筈だ。
そう考えた僕は、考えた事を口に出し、壁の必要性を解く事にしたのだが……
「そんなのは知らん」
まさかの発言である。
「へ?」
「そんなのは知らんと言ったんだ」
「へ?」
「そもそもだな! 家族と同居していたとしても自立している者は幾らでも居る!
むしろ、家族を養っている者も居る事を考えれば、家が隣とか同居とかは些細な問題でしか無い!
同居していたら甘えてしまうという考え自体が甘いんじゃないか!?」
「ぐっ!?」
一人暮らしを進めた張本人が言う言葉では無いような気もするが、割と正論である為反論する事が出来ない。
「そもそも、敢えて避けていたってなんだ!?
甘えてしまうから避けるなんていうのは、それこそ問題の先送りで、逃げでしか無い!
そういったものを受け入れ、尚且つ、甘えること無いように自制してこその成長であり、自立だろうが!」
「ぐぬぬっ!?」
なんとなく、誤魔化されているような気もしないでも無いが。
一理あるような気がすることに加え、メーテの気迫に押されてしまい反論する事が出来ない。
「それにだ! アルが素っ気ない態度を取る事で私やウルフがどれだけ傷ついたか分かるか?
遊びに行っても『勉強があるから』とか『明日は朝から実技の授業だから早く寝るよ』とか言って、ちっとも構ってくれやしないし、最近では添い寝もさせてくれない!
そんなアルの態度で私達がどれだけ傷ついたか分かるか!? なぁ、ウルフ?」
「わっふ!!」
最近と言うか、添い寝は随分としていないので、ちょっと前まではしてたみたいな風評被害は辞めて頂きたい。
まぁ、それは兎も角。
メーテが言う通り、僕の態度で二人を傷つけてしまったのであれば反省しなければいけないし。
甘えてしまうから避けるというのは人の気持ちを疎かにした、浅はかな行為だったのだろう。
そう思った僕は謝罪の言葉を口にしようとしたのだが……
「だから、私だって良くないとは思ったが、こっそりパントリーに転移魔法陣を設置し、いつでも出入り出来るようにするしか無かったんだ!
アルには分からないだろう! この気持ちが!!」
「……へぇ~」
「……あっ」
どうやら興奮し過ぎたてしまったようで、侵入のからくりを自白してしまうメーテ。
それに気付くと間の抜けた声を漏らした。
「……そ、そう言えば今日は用事があって早く出なければいけなかったんだ……うむ」
そして、あからさまに狼狽えるメーテだったのだが……
「ウルフ! 逃げるぞ!」
「わっふ!!」
そう言い残すと、一人と一匹は恐ろしい速さで部屋から姿を消して見せた。
そして、一人残される事になってしまった僕。
「マリベルさんになんて説明しよう……」
壊れた壁を前にして、そんな言葉を呟く羽目になるのだった。
「――って事があったんだよね……」
「甘いと言うか、なんて言うか、取り敢えず愛されてるのは分かったわ」
「少しばかり偏執的だが……二人らしいと言えば二人らしいんじゃないか?」
場所は学園の講堂。
今日は始業式とい事で、壇上では副学園長が学園生としての心掛けを説いており。
僕は今朝の出来事を、小声でダンテとベルトに報告していた。
「まぁ、アルの話は兎も角として、今日から晴れて後期二年の訳だろ?
俺達も、上級生として席位持ちとして、甘えた態度は取れないよなぁ〜」
「そうだな。模範になるよう心掛けるべきだろうな」
「ああ、そっか〜、年齢で言えば前期組の低学年は後輩になるけど。
本当の意味での後輩とは少し違ったもんね」
「そうそう。なんか微妙な立場の後輩だったし。
そもそも、前期組とはあんまり接点なかったもんな。
純粋な後輩って言うのは初めてだから、なんつーか、普通に楽しみだわ」
「楽しみではあるんだが……知ってるか?
席位争奪戦での不正問題で、生徒や職員が何人か居なくなっただろ?
それを学外にも伝えたようで、今年の新入生は学園に対しても、席位持ちに対しても懐疑的だって噂があるらしいからな。浮かれてばかりは居られないぞ?」
「だったらよ。尚更引き締めて、格好良い所見せないといけないよな?」
「ああ、その通りだな」
ダンテはそう言うと親指を立てニカッと笑い、僕とベルトはその笑顔に頷く。
「ああ、それと。
職員が何人か居なくなったことで、新任の職員が来るようなんだが……
代わりに入ってくる職員は中々に厳しい人だって噂があるみたいだな」
「へぇ、そうなのか?」
「ああ、あくまで噂だけどな」
「厳しいのは耐える自信があるけど、威圧的な厳しさだったらちょっと嫌かもなー」
「どうなんだろうな?
だが、厳しいと言っても、たかが知れてるんじゃないか?
なんせ、僕達はメーテさんとウルフさんの合宿を乗り越えたんだしな」
「ははっ、確かにアレと比べれば、大概の事は乗り越えられそうな気がするわ」
「そうだろ? アレと比べれば……」
「ああ、アレと比べればな……」
自信に満ちたやり取りを交わすとダンテとベルト。
だが、合宿の内容を思い出してしまったのだろう。途端に表情を曇らせ。
そんな二人を見た僕は、何となく申し訳ない気持ちになり、苦笑いを浮かべてしまう。
そうしていると――
「おっ、教師の紹介するみたいだぜ」
立ち直ったダンテが声を上げ。
その言葉で壇上へと視線を向ければ、副学園長が新任の職員を壇上に呼びこむ場面であった。
『それでは、今年からお世話になる新任の職員を紹介したいと思う。
それでは、新任の職員は壇上へ。壇上へ上がったら抱負や一言をお願いしたい』
副学園長がそう言うと、一人の男性が袖から姿を表し、壇上中央へと歩みを進める。
そして、その男性なのだが――
『今年から就任する事になったバルゴ=バイゼンだ!
担当は体術! 実習や実戦を通して、様々な技術を教えたいと思っている!
俺の授業は厳しいが、必ず糧になる事を保証するから、厳しさに耐え、頑張って付いてきて貰いたい!」
厳つい見た目に、口にした言葉。
それに加え、筋骨隆々といった体格に、強者が持つ自信に満ちた雰囲気。
それらの要素が『厳しい教師』であると証明しており。
噂にあった『厳しい教師』がバルゴ先生であると確信させられる。
「おお、厳つい顔してるな……想像以上に厳しい授業になりそうだな」
「ああ、それにあの雰囲気……間違いなく手練れだろうな」
ダンテとベルトも同じように感じたようで、険しい表情で頷きあう。
だがしかし――
『バルゴ先生ありがとう。では次の職員は壇上へ』
『――うむ』
その声を聞いた瞬間。一転して顔を青ざめさせる事になる。
「嘘……だろ?」
「ダンテ……僕も同じ悪夢を見ているようだ……」
その声の主は、ダンテとベルトの悲痛な言葉を他所に、実に堂々とした態度で壇上へと向かう。
そして――
『新任のメーティーだ。皆は気安くメーテと呼んでくれ。
担当は魔法全般だが、体術や剣術など、大抵の事は教えられる。
それと――少しばかり厳しくするつもりだから覚悟しておいてくれよ?』
その言葉により、ダンテにベルトは白目を剥き。
僕は講堂の屋根を仰ぐと、目の前の現実に言葉を失うのであった。
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