第170話 アル対コーデリア

 

『試合開始!!』



 試合開始の言葉と共に一歩踏み出したコーデリア先輩。



「さぁ、試合を楽しみましょう」



 そう言うと、ゆるりとした動作で魔剣を構えて見せるのだが……


 そのゆるりとした動作の優美さに加え。

 ガラス細工を思わせ、一流の芸術品と見紛う一対の魔剣の存在。

 そんな二つの要素が相俟ってだろう。


 コーデリア先輩の姿から優雅さといったものを感じると。

 まるで、舞踊を見せられているかのような錯覚をしてしまい、僕は思わず息を飲んでしまう。


 だが、それはあくまで錯覚でしかなく。



「まずは、初手を頂きますわ」



 そんな言葉と共にコーデリア先輩は僕の視界から消える。



「頂きましたわ!」



 そして、そんな言葉が耳に届くと同時に、間合いを詰められている事に気付くのだが。

 コーデリア先輩は既に魔剣を振るう動作へと移行しており。

 次の瞬間には青の魔剣が振るわれる事になる。



「危なっ!? ってああッ!?」



 真一文字に振られた青の魔剣。

 その一撃を腰を引く事で回避する事に成功したのは良いものの。

 その際に、胴のあたりの布が切り割かれてしまい、間抜けな声を上げてしまう。


 だが、コーデリア先輩からすれば、そんなことは知った事ではないようで。



「浅い!? なら!」



 コーデリア先輩は左手に握った赤の魔剣で突きを放ち。

 僕は咄嗟に剣を抜くと、魔剣の軌道へと剣を滑り込ませる。


 そして、次の瞬間。

 金属同士を打ちつけたような高く硬質な音がリング上に響き。

 それと同時に痺れるような感覚が手に残るのだが。

 その事により、真剣を持ちいた勝負であると言う事を再確認させられ。

 優雅だ舞踊だといった、そんな惚けた錯覚を強制的に霧散させられる事になった。


 そうして、試合に対する意識を改めて切り替えていると。



「防がれてしまいましたわ……今のは絶対当たると思いましたのに」



 そう言って、口を尖らせて見せるコーデリア先輩。


 正直、惚けた錯覚をしていた所為で反応が遅れてしまったというのはあるのだが。

 コーデリア先輩の間合いを詰める速さは驚嘆に値するもので。

 僕の反応がもう少しだけ遅れていたら、きっと手痛い一撃を貰っていたに違いない。


 そして、そのように考えていたからだろう。



「ええ、間合いを詰める速さも素晴らしかったですし。

反応が少しでも遅れていたら……そう考えると危ないところでした」



 コーデリア先輩に対する素直な称賛と。

 自分に対する戒めとしてそんな言葉を口にしたのだが……



「なんだか余裕が感じられる発言ですわね? ……少し悔しくなってきましたわ」



 どうやら、腑に落ちない部分があったらしく、コーデリア先輩は不機嫌そうな表情を見せ。

 そんなコーデリア先輩の表情を見た僕は、慌てて謝罪の言葉を口にする。



「す、すみません。そう言うつもりでは無かったのですが……」


「謝罪は必要ありませんわ。別に怒っている訳ではありませんし」



 僕の謝罪の言葉に対し、必要ないと口にするコーデリア先輩。


 だがしかし。

 コーデリア先輩の琴線。変なスイッチには触れてしまったようで……



「そう言えば、誰かと戦って悔しいと思うのも久しぶりですわね。

こんな感情も久しぶりとなれば、むしろ――滾ってまいりましたわ!」



 コーデリア先輩はそう言うと、先程と遜色のない動きで間合いを詰め。

 赤と青の魔剣に太陽の光を反射させながら、舞うかのように魔剣を振るう。



「あはッ!! なんだか楽しくなってきましたわッ!!」



 縦に巻かれた金髪を揺らしながら、魔剣を振るうコーデリア先輩。



「早いッ!! それに重い!?」



 回転を加えた魔剣の一撃は遠心力を伴い想像以上に重く。

 青と赤の魔剣による連撃は、こちらに反撃の機会を与えない。


 それに加えてだ――



「くっ!? 行儀が悪いですよ!!」


「あら? これは失礼」



 魔剣の連撃だけでも厄介だと言うのに、蹴りなどの体術まで織り交ぜてくるのだから質が悪い。


 見た目や喋り方だけで判断するのであれば、コーデリア先輩は良い所のお嬢様といった感じで。

 恐らくだが、実際にお嬢様なのだと予想出来るのだが……


 上下左右と規則性なく振るわれる魔剣の軌道。

 それに、体術まで使用するという戦い方は、お嬢様が扱う剣技と言うよりかは冒険者のソレで。

 その剣技からは泥臭ささえ感じられた。


 そして、コーデリア先輩の剣技を受け、避け、時には反撃し。

 そんな応酬が何十手と続き、お互いに薄い切り傷をこしらえ始めた頃。 



「随分と実戦的と言うか……冒険者のような剣技を使用しますね?」



 不意に理由が気になり、思わずそんな言葉を掛けてしまい。



「あら? やっぱり分かるかしら?

親戚に冒険者の方が居るのですが、その方に幼い頃から鍛えられて居るんですのよ。

学園都市のギルド長をやってるオーフレイムと言う方なんですけど、ご存じないかしら?」


「へ? オーフレイムさん!?」



 返ってきた言葉に、思わず間の抜けた声を漏らしてしまう。


 しかし、それと同時にあのオーフレイムさんの親戚であるのなら。

 コーデリア先輩が『真っ向勝負』と言う戦い方を好む理由を何となく理解出来たような気がし。

 そう思うと同時に妙に納得出来てしまった。



「あら? オーフレイム伯父様を御存じですの?」


「え、ええ。一応は」



 僕の返答に、表情を明るくするコーデリア先輩。



「流石オーフレイム伯父様ですわね」



 そう言うと笑みさえ浮かべて見せる。


 そんなコーデリア先輩の様子からは、オーフレイムさんに対する敬意や愛情と言ったものが感じられ。

 お互い、共通の知人が居ると知ったからだろうか?

 試合の最中、しかも真剣の打ち合いをしている最中だというのに、穏やかな空気が流れてしまう。


 そして、そんな空気が僕の口を軽くしてしまったのだろう。



「そうですね、ギルドに登録した際には色々とお世話になりましたからね。

オーフレイムさんには感謝していますよ」    



 なんとなしに、オーフレイムさんに対する感謝の言葉を口にしたのだが――



「……ギルドに登録?」



 そう言うと、コーデリア先輩は途端に表情を変える事になる。



「ギルドに登録? しかも学生と言えば……

もしかして、あなた『黒白』の関係者かしら?」


「あっ、はい。そ、そうです」



 そして、僕の返答を聞き、打ち合っていた剣を止めるコーデリア先輩。

 後方に跳んで距離を取った後に口を開いた。



「アルディノ……何処かで聞いたことがある気がしましたの。

そう、貴方がオーフレイム伯父様を倒したという学園の生徒でしたのね」


「い、いや、倒したというと少し誤解があってですね――」



 まぁ、倒したと言えば倒したと言えるのだろう。


 しかし、あの時は少し主旨がずれてしまい。

 僕の魔法にオーフレイムさんは堪える事が出来るのか?

 といった勝負内容に変わっていたので、倒したかと問われれば首を傾げたくなるのも本音であった。

 その為、誤解である事を説明しようと思い、口を開きかけると。



「言い訳は聞きたくありませんわ! 貴方! ずるいですわ!」


「へ? ず、ずるい!?」



 コーデリア先輩はそんな言葉で遮り、更に言葉を続けてみせたのだが――



「ええ! ずるいですわ!

冒険者になりたいから試験を受けさせて欲しいと、ワタクシが何度お願いしても。

『お前は学生なんだから本業に励まなきゃ駄目だろ? てか姉貴に怒られるわ!』

などと言ってオーフレイム伯父様は断っていましたのに!

貴方は学生でありながら伯父様に認められて冒険者になったんですのよね!?

そんなのずるいですわ!

ずるい!ずるい!ずるい!ずるい! ずるですわーーーーーー!!」



 ……まるで、駄々っ子である。


 いや、普通にコーデリア先輩は良いところのお譲様なんだろうし。

 伯父であるオーフレイムさんだって、自分の姪に危険な目にあって貰いたくないと思う筈だ。

 だから、危険が付きもである冒険者にさせたくないと言う思いもあるのだろうし。

 恐らくではあるが、姉貴とやらにも冒険者になるのを止められているのだろう。


 まぁ、あくまで予想でしか無く、見当違いの可能性は大いにあるのだが……



「ずるですわーーーーー!!」



 コーデリア先輩は、そういったオーフレイムさんの心情に気付いていないようで。

 「ワタクシ心外ですわ!」そう言わんばかりに手をバタバタと暴れさせる。


 しかし、そうして駄々を捏ねていても仕方がない事を察したのだろう。



「そうですわ! 貴方を倒せればきっとオーフレイム伯父様も納得してくれる筈ですわ!」



 ……いや察していなかったようで、訳の分からない事を口走り。



「倒すとか倒さないじゃなくて、親心と言うか伯父心と言うヤツなんじゃないかと……」



 僕は僕で、説得を試みる事にしたのだが。

 どうやら、それも通じなかったようで……



「問答は無用! ここからは本気でいかせて貰いますわ!

『紺碧へと落とせッ! 魔剣マルカイト!』

『恋慕が如く焦がせッ! 魔剣ボウファス!』」



 所謂、魔剣の起動詠唱と言うモノを口にした瞬間。 

 青の魔剣を纏うように水が渦巻き。

 赤の魔剣を纏うように炎が舞う。


 それはまさに『魔法剣』といった様相で。

 『魔力付与』や『魔装』と言った古い技術が、時代の流れに取り残される事になった一端。

 その一端を理解するの充分な存在感を放っており、思わず視線を奪われると意識さえ奪われしまう。


 そして、その一瞬の隙を見逃さなかったコーデリア先輩は瞬時に間合いを詰めて見せる。



「やっぱり速いッ!」



 一瞬で間合いに入られた事で、思わずそんな愚痴が零れてしまうが。

 そんな僕に構うこと無く、魔剣を振るうコーデリア先輩。



「起動した魔剣の力! 説くと味わうが良いですわッ!」



 そして、起動した魔剣を防ぐ為、その軌道へとミスリルの剣を滑り込ませる僕。


 しかし、その結果と言えば――



「嘘!?」



 ガキィンと言う強烈な音がリング上に響き渡り。

 ミスリルの剣を見てみれば、僅かながら欠けている事が分かる。


 実際ミスリルと言う素材にどれ程の強度があるかは分からないが。

 少なくとも、店売りの剣なんかよりは格段上で。

 本来であれば、欠けるどころか、相手の剣を欠けさせるような素材なのだろう。


 だからこそ、欠けたミスリルの剣を見て驚嘆の声を漏らしてしまった訳なのだが。



「このままではジリ貧ですわよッ!!」



 そんな事はお構いなしに、コーデリア先輩は魔剣を振るい。

 その言葉の通り、このままではジリ貧になることは容易に予想することが出来た。


 現に、魔剣を受けた場所から徐々に欠けていっており。

 遠くない未来、ミスリルの剣は悲鳴を上げ、無残な姿を晒す事になるのだろう。


 そして、そうなった場合。

 コーデリア先輩の魔剣に対し、僕は無手で対応しなければいけなくなるのだが……


 そう考えた僕は、握った剣に視線を送ると――



「だったら剣は要りません」


「へっ!?」



 ミスリルの剣を手放して見せ。

 そんな僕を見た、コーデリア先輩は間の抜けた声をあげる。


 そう。遅かれ早かれミスリルの剣は使い物にならなくなるのだ。

 だったら覚悟を決め、剣に頼るのを辞めてしまった方が潔いのだろう。


 そして、その選択をした以上は――

 魔剣を相手にする以上は――長期戦を望むべきではない。


 だから――



「本気で行かせて頂きます」



 そう口にすると身体強化の重ね掛けをし、間合いを詰めるべくリングを蹴る。



「速いッ!! ですがッ!!」



 一瞬で間合いを詰められた事で焦りを見せるコーデリア先輩。

 左手に握っている剣身の短い赤の魔剣を振るうのだが。



「なっ!?」



 柄頭に掌底を撃ち込まれた事により、大きく腕を弾かれる事になる。



「痛ッ! ですが! まだこちらがッ!!」



 今度は右手に握った青の魔剣を振るうコーデリア先輩。



「なぁっ!?」



 しかし、こちらも同様。

 柄頭に掌底を撃ち込まれた事で、大きく腕を弾かれる事になる。


 そして、両腕を弾かれた事により。

 今のコーデリア先輩の状態は漢字の『大』のような状態で。

 言ってしまえばがら明き。もしくは隙だらけといった状態だと言えるのだが……


 正直、この状態のコーデリア先輩に魔法を撃ち込むと言うのは、些か気が引けてしまうと言うのが本音ではある。


 ――だがしかし。


 ふとコーデリア先輩の瞳を見れば、諦めと言った感情は微塵も感じられず。

 それどころか、此処で魔法を受けたとしても絶対に立ちあがって見せる。

 まるで、そう言っているかのような瞳を向けており、強い意志さえ感じる事が出来た。


 そんなコーデリア先輩の瞳を見た僕は。



『中途半端な事はしないって誓ったばかりなのにな……』



 未だ抜け切れていない自分の拙さを実感すると。

 真剣な瞳に対して僕なりの答えを出す事を決意する。



「正直、コーデリア先輩の戦い方や技を見て格好良いなと思ってました。

だから――これは敬意を込めた模倣です」



 そして口にする。



『火天渦巻き拳を纏え! 氷点瞬き拳を纏え!』  



 コーデリア先輩の『双極』から発想を得た、『魔装』を起点として放たれる魔法の名を。



『魔装 相極ッ!!』


  

 そして、次の瞬間。


 赤と青が渦巻き、螺旋を描き始め――



「それは私の――」



 コーデリア先輩の言葉を遮り、両の掌底と共に叩きこまれる事になる。



「かはッ!?」



 腹部に叩きこまれた事で、大きく息を吐きだすコーデリア先輩。

 一度二度とリングに身体を叩きつけるようにしてリングの端まで弾き飛ばされる。


 そして、弾き飛ばされたままに身体を丸めるコーデリア先輩。


 立つのか? それとも立たないのか?

 コーデリア先輩の動向を窺い、考えを巡らせるのだが。


 どうやら、そう考えていたのは僕だけではないようで。

 観客達も固唾を飲んでコーデリア先輩の動向を窺い。

 その所為か、会場は静寂に包まれる。


 それから数秒と言う時間が刻まれ。

 それでも立つ様子を見せないコーデリア先輩の元に審判員が駆け寄るのだが。

 静まり返った会場では、その靴音が妙に響く。


 それから数度靴音を鳴らしたところで、靴音を止めた審判員。


 コーデリア先輩の顔を覗きこむように確認し、顔の前で何度か手を振って見せた後――



『意識が飛んでます! 救護班! 治療を頼みます!』



 救護班をリング上へと呼び込む。


 そして――



『席位争奪戦決勝戦!! 勝者はアルディノ選手です!!』



 僕の名前を会場に響かせると。

 それに呼応するよう、会場は静寂から解放されるのであった。

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