第171話 決勝戦を終えた裏で

 

「ふざけるなッ!ふざけるなッ!ふざけるなッ!!

この僕にあんな醜態を晒させるなんてッ!!

アルディノォオオオオ!! 絶対に許さないよぉ! 必ず復讐してやるッ!!」



 決勝戦が終了し、少しばかりの時間が経過した頃。

 とある一室で、コールマン=マクガレスは怨嗟の言葉を口にしていた。



「アルディノもそうですが……ダンテ=マクファー!!

あいつ等にはヴィルバーツに立て付いた事を後悔させてやりますよ!」



 そして、そんなコールマンに同意を示したのはランドル=ヴィルバーツ。

 名前を上げた二人に対して余程の怨みがあるのだろう。 

 そう言ったランドルの表情は、憤怒のあまり醜く歪んでいる。



「ですが、コールマンさんにランドルさん。

復讐するのは良いのですが……どのような手段を使うおつもりで?」


「手段もそうですが、今のタイミングとなると……少し様子を見た方が良いのでは?」



 そんなコールマンとランドルに対し。

 同意とも苦言とも言えない言葉を口にするのは不正に加担した数名の職員。


 コールマンが席位争奪戦に優勝する事で受け取る筈だった報酬。

 その報酬は金銭であったり、地位であったりと様々だが。

 コールマンが敗戦すると同時に御破算になってしまった為、少しばかり不機嫌だ。


 まぁ、それでも不正に加担した時点である程度の報酬を受け取っている筈なのだが……


 そんな事はもう忘れたと言わんばかりに振舞う職員達は、余程欲が深いのだろう。



「手段ねぇ……僕と同じ――いや!

それ以上の痴態、もしくは屈辱となると……」



 しかし、そんな職員達の態度の変化に気付かないコールマン。

 そう言うと目頭を揉みながら思案に耽るのだが。

 すぐには名案が浮かばなかったようで「何かいい手はあるかい?」と周囲に案を求める。



「……じゃあ、こう言うのはどうですか?」



 それに反応したのはランドル。

 どうやら名案があるようで、歪な笑顔を浮かべると口を開くのだが――



「あいつ等、消しちゃいましょうよ」


「は? 消す?」



 次いで出た言葉に対し、コールマンは驚きの声を上げてしまう。



「消す……消す……ねぇ」



 しかし、それも一瞬の事で。

 「消す」と言う言葉の意味を即座に理解したコールマンは、顎に手を当てると「消す」という言葉を反芻する。


 そして、そうすること数分。

 どうやら、コールマンの中で答えが出たようで。



「そうだねぇ、それで行こうかぁ」



 ランドルの提案を採用する事に決めると、ランドル同様に歪な笑顔を浮かべて見せる。


 だが、そんな状況について行けないのが不正に加担していた職員達だ。


 職員達は不正に加担した時点で最悪な状況というのを予想しており。

 例えば、加担した事による減給、或いは職員職の解雇。

 更に言えば、告発され捕縛される可能性さえあると予想し、それを覚悟の上で不正に加担していた。


 だがしかし。

 「消す」という言葉の意味――言ってしまえば「殺す」という事で。

 ソレに加担してしまった場合、到底それしきの処分や刑罰で収まる筈もなく。

 良くて奴隷落ち、最悪の場合は極刑が適用される恐れすらあるのだから、求められる覚悟の度合いが違う。


 だからだろう。



「さ、流石にそれは無理です!! 考え直して下さい!」


「そ、そうですよ! また上手いこと嵌めて退学とかの方向にした方が良いのでは!?」



 己の保身もあり、考えを改めて貰えるよう慌てて代案を提示してみせるのだが……



「手伝うのなら大金貨50枚だ」


「なっ!?」



 コールマンの言葉により、職員達は一斉に口を噤む。



「全員分じゃないよぉ? 一人頭、大金貨50枚だよぉ?」


「……」



 そして、更に告げられた情報に職員達はゴクリと唾を飲んだ。


 この場に居る職員は三名。

 実際、不正に加担した職員となると、この三名の他にも数名の職員が居るのだが……


 そういった職員達は、言わば組織の末端といった存在でしか無く。

 このような重要な話し合いの場に呼ばれるのは、ごく一部の職員のみであった。


 それに加え、不正に加担する職員の中には、半ば脅されるような形でコールマンに従っており。

 不正に加担したくないという本音を隠しながら、嫌々従っている職員も少なからず存在していた。


 まぁ、それでも不正に加担した事実に変わりは無く、その事実を消す事は出来ないのだが……

 不正に加担した職員達の中でも、まだ同情の余地があり更生の余地がある方だと言えるのだろう。


 それに対して、この場に居る三人の職員達。

 この職員達は積極的に不正に加担してきた主犯格とも呼べる存在で。

 コールマン達に従い、今まで散々甘い汁を吸って来たのだから。

 教職につく者としては相応しく無く、同情の余地も無ければ更生の余地すらも無い、救い難い人物達であると言える。


 そして、そんな救い難い人物達であるからだろう。



「大金貨50枚……それだけあればギャンブルで出来た借金も……」


「それだけあれば、娼館のカーナちゃんも……」


「あ、ああ、暫く贅沢してくらせるな」



 「消す」と言う言葉が、殺人の教唆である事を理解している関わらず、気持ちを傾け始めてしまい――



「まぁ、バレそうになったらマクガレス領でかくまってあげるしさぁ。

それに、こちらにはヴィルバーツも居るんだから安心してくれよぉ。

そうだよねぇ? ランドル君?」


「ええ、ヴィルバーツ領でもかくまってあげますから心配しないで下さい」



 後ろ盾があると言う状況を得て、完全に気持ちが傾いてしまう。



「そ、そう言う事なら」


「ああ。そ、そうだな」


「最悪の場合でも大金貨50枚持って新天地か……悪くはないな……」



 そんな職員達の言葉を聞いたコールマンとランドル。

 思惑通り事が進んだと言わんばかりにほくそ笑み。



「じゃあ、これからの策を練ろうとしようじゃないかねぇ」



 そう言うと、殺人に至る為の策を練り始めようとするのだが――



「その前にランドル君。申し訳ない事に君の要件を聞くのがまだだったねぇ。

今回の集まりはどう言った要件で開いたのかなぁ?」



 ランドルに呼び出されたものの。

 その要件を聞いていなかった事を思い出したコールマン。

 少しばかり熱くなってしまい、自分の要件ばかり先行させてしまった事を反省し、尋ねる。


 だがしかし。



「え? 俺はコールマンさんが呼んでいると聞いたので伺ったのですが」



 何故か情報に相違が見られ。

 それを不審に思ったコールマンは職員達に視線を送る。



「わ、私達はコールマンさんが呼んでると聞いたので」


「え、ええ」


「わ、私もそう聞きました」



 しかし、返ってくるのはそんな言葉で、やはり情報に相違がある事を理解する。


 そして、そう理解した瞬間。



「まさか!?」



 慌てた様子でソファーから腰を浮かすコールマンだったのだが――



 コンコンッ



 扉を叩く音によって、中腰のまま動きを止める事になる。




「誰だい?」



 来訪者に対して、そんな声を掛けるコールマン。

 だが、その言葉に対して返ってきたのは荒々しく扉を開く音だった。



「ひーふーみー、生徒が二名に職員が三名の全員で五名で情報通りの顔触れ。

どうやら、上手いこと主犯格を集められたみたいですね」



 次いで聞こえたのはそんな独り言で。

 独り言を口にする女性の姿を目にした者達は一様に驚きの声をあげる。



「ミ、ミエル様? どうしてこちらに?」


「どうしてミエルさんが……」


「も、もしかしてコールマンさんが声を掛けたのでは?」


「な、成程! そう言うことか!」



 混乱の所為だろうか?

 中にはあり得ない結論に達した者も居るようだが……


 しかしそんな中。

 一人だけ顔を顰め、冷たい汗を流す者も居た。



「ははっ……これはまずい状況だねぇ」



 それはコールマン=マクガレス。


 食い違う情報や、ミエルがこの場に現れたという状況からいち早く状況を飲み込み。

 何者かの情報操作によって、一か所に集められたのであろう事を察してしまった為、そんな言葉を呟く羽目になる。



「中々飲み込みが早いようですね? 流石は主犯といったところでしょうか?」



 そして、そんなコールマンに対して淡々と言葉を並べるミエル。



「察しが良いようですし、手短に話しますね。

生徒二人は退学。それと職員三人は解雇となりますのでご了承ください。

それでは、手続きに向かいますので、大人しく指示に従い同行することを願います」



 更には、重要な案件さえも淡々と報告して見せるのだが……



「意味が分からないねぇ。何故僕が退学にるんだい?」


「そ、そうだ! お前に何の権限がある!」


「そうですよミエルさん! これではあまりに横暴だ!」



 話の内容が内容なだけに、多少口汚く詰問される事になる。



「どうせ説明は後でする予定でしたので、手短にと思ったのですが……」



 それでも尚、淡々と言葉を並べるミエルであったのだが――


 僅かに引き攣る頬。

 ギュッと握りしめた拳。

 それに加えて焦点の合っていない瞳。


 それらの身体的情報から、ミエルが感情を表に出さないよう堪えているのは明らかで。

 淡々と並べられた言葉の裏には、激情が隠れている事が分かる。 


 従って、事を穏便に済ませたいのであれば。

 皆はそれを早急に理解し、出来るだけミエルを刺激しないようにするのが正解だと言えるのだが……


 告げられた情報が退学や解雇といった自らの進退に関わる情報である事や。

 そんな情報を唐突に聞かされた焦りから、ミエルの身体的情報を見逃してしまい――



「理由を言えッ! 理由をッ! この馬鹿女!!」



 一番幼く、傲慢であったランドルは、あろうことか挑発するような言葉を口にしてしまう。


 そして、それがいけなかったのだろう……



「理由? 理由を言わなくても貴方達なら理解している筈ですよね?

それとも、本当に退学や解雇の理由に思いあたる節が無いなどと抜かす馬鹿なのですか?

まぁ、どちらにせよ馬鹿で愚かだから不正に手を染めようなどと思うんでしょうね」



 ミエルの中でスイッチが入ってしまったようで、煽る様な言葉を並べ始め。

 即座に反論する事が出来なかったコールマン達は呆けた表情を浮かべてしまう。



「仕方が無いので、そんな馬鹿な貴方達にも分かるよう簡潔に理由を述べさせていただきますね?

まずは、アルディノ選手に対し強化薬を摂取させ故意に失格になるよう仕向けた事から始まり。

ダンテ=マクファー選手に対する薬物の使用に加え、準決勝でも同様の薬物を使用した事。

そして、それらの不正に加担したことに加え、席位争奪戦の組み合わせに対する意図的な改竄。

まぁ、他にも幾つかありますが……

そのような不正を実行し、黙認や加担したという理由で退学。又は解雇という訳です。

どうです? 馬鹿な貴方達でも理解して頂けったでしょうか?」



 更には、止めと言わんばかりに不正の数々をあげつらうミエル。


 それに対して、やはり呆けた表情を浮かべたままのコールマン達であったが。

 その実、内心では酷い焦り様をみせていた。


 正直、ダンテとの試合で薬物を使用したのは愚策であり、不正がばれる可能性があるとも考えていた。

 しかし、不正を働いた相手は所詮後期組であり、後期組の伝手であれば不正を訴える相手として一般の職員が選ばれるのが普通であり。

 上に話が通らないようにする為、中間管理職と呼ばれる立場の人間を買収を済ませていた。


 コールマンの誤算は、中間管理職などすっ飛ばして、学園の最高権力者に直談判できる伝手が相手にあった事なのだが。

 当然、そんな事など知る筈も無く、不正がばれていないと高を括っていただけに、焦りはより大きなものとなる。


 その結果。



「証拠はッ! 証拠を出せッ!!」



 苦し紛れとしか言いようがない言葉を並べてしまうコールマン。


 その訴えを聞き、ミエルは一瞬だけ眉根に皺を寄せると、渋々といった様子で説明を始めるのだが……



「証拠として準決勝で使用された薬物の塗られた針。

それに数々の方から証言は頂いておりますので――ふぅ、馬鹿の対応はこれだから疲れる」



 ミエルは説明の途中で言葉を止めてしまい。

 心底面倒臭そう溜息を吐くと、言葉を荒いものへと変えて見せる。



「喚くな、そして手を煩わせるな。

これはあくまで慈悲、試合中に薬物を使用した事を考えれば、憲兵に突き出しても良かったんだ。

それでもそうしなかったのは、テオ―ドール様やアル君が与えた慈悲故だ。

そこを重々理解したなら、大人しく私の指示に従え」



 そして、そう伝えたのは良いのだが……



「アルディノ!? あの糞野郎!! あの糞野郎の慈悲だと!?

ふざけるなッ!! それなら憲兵に捕まった方がまだましだ!!」



 あろうことか、コールマンはアルを貶めるような発言をしてしまい。

 そんなコールマンの言葉に頬を引き攣らせるミエル。



「今なんて言いました?」


「は? 憲兵に捕まった方がましだと言ったんだよぉ!!」


「その前です」


「はぁ? アルディノの糞野郎!! そう言ったんだ!! あの糞野郎!!」



 そして、その一言によりミエルの中で何かがキレてしまったのだろう。



「糞野郎はお前だろうが」



 そんな言葉と共に瞬時にコールマンとの間合いを詰めると、黙らせる為に顎に拳を叩きこみ。

 それでも気分が晴れなかったミエルは、続けざまに鳩尾を抉るように拳を叩きこむ。



「あがっ……ごえっ!?」



 そして、不意打ち気味の攻撃であった為。

 コールマンは意識を刈られると共に吐瀉物を撒き散らす事になるのだが……



「参ったな……これでは持ち運ぶのは躊躇われる」



 アルとの一戦のせいで、変な癖でも付いてしまったのだろう。

 準決勝同様に股間を濡らす羽目になってしまい、上下ともに非常に残念な姿を晒す事になる。


 そんなコールマンの醜態を見る事になったランドル。



「お前! 何してやがるッ!!」



 そんな言葉と共にミエルへと襲い掛かるのだが……



「実力差を理解しろ馬鹿が」


「あがッ!?」 



 そんな一言と共に顔面に拳を叩きこまれ。

 折角綺麗に直した前歯を再び砕かれる羽目になってしまう。


 そして、残される事になった三人の職員。



「どうします? 貴方達も掛かってきますか?」


「か、掛かりません!」


「す、素直に従いますので暴力だけは!」


「わ、私も逆らいません!」


「そうですか? ではそこの二人を担いで会議室へと向かって下さい」



 そんなミエルの言葉に対して激しく首を横に振ると。

 ミエルの指示に従って、コールマンとランドルを担ぎ。

 解雇が告げられるであろう場所へと、自らの足で向かう羽目となる。



「多少手荒くなってしまったのは問題ですが……予定通りといったところでしょう。

それに、コレで少しはアル君に対する悪評も収まると考えれば微々たる問題でしかないですね」



 そんな三人を後方から監視しながら、独りごちるミエル。


 そして、この数日後。

 一部の職員には減給が言い渡され、三人の職員は解雇。

 コールマンとランドルにも退学が言い渡される事となり。

 アルの不正に対する悪評に関しては収まりを見せることになるのだが……


 席位授与式。その際にアルが発した発言の衝撃が大きく。

 折角、悪評が収まりを見せたというのに、新たな風評によってアルは悩まされることになる。


 しかし、そんな事を知る由も無いミエル。



「ふふっ……アル君ならきっと褒めてくれますよね?」



 皮算用をすると、妖しく笑みを浮かべるのであった。

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