第169話 魔剣

 席位争奪戦準決勝。

 その試合を勝利という形で終える事が出来た僕は。

 目的の一つを果たしたと言う事と、特別に準決勝の舞台に立たせてもらったという事情もあって。

 このまま決勝戦に進むのは少しばかり図々しいように思えてしまい。

 決勝戦に進むべきか、それとも辞退するべきかで頭を悩ませいていた。


 だがしかし。

 辞退したところで、現状が大きく変わる訳でも無く。

 むしろ、テオ爺やミエルさんの都合を考えれば、余計な手間と迷惑をかけるだけなのだろうし。

 そもそも、準決勝の舞台に立たせてもらっている事を考えれば。

 図々しいなどと言ったところで今更でしかなく、単なる逃げ口上でしか無いように思えてしまう。


 その事に気付いた僕は、中途半端はやめると決意した割には未だ中途半端で。

 覚悟を決めきれていない自分の拙さに呆れてしまいそうになるのだが。

 それと同時に改めて決意をすると、決勝戦の舞台に立つという覚悟を決める。


 そして、そのような経緯を経て、僕は決勝戦の舞台に立つことになった訳なのだが――



「今回も凄いの見せてくれよーーーー!!」


「あんなん不正に決まってんだろ!? 精霊魔法なんか使える筈ないだろーが!!」


「不正かどうかなんてどうでもいいわ!! 俺は面白い試合を見れりゃ満足だわ!」


「応援してやるるから頑張れよ!!」


「不正野郎!! とっとと負けちまえ!!」



 聞こえてくるのは、そんな観客達の声で。

 準決勝と比べれば、幾分声援も交っていることにホッと胸を撫で下ろす。


 まぁ、なんと言うか……

 露骨なまでの手のひら返しには若干思うところもあるのだが。

 批判や糾弾するような声だけでは無く、声援が交っている事を考えれば充分な進歩で。

 少しは後期組に対する偏見が解けたのかな?

 そう思えたことで、少しだけ頬が緩んでいくのが分かった。


 しかし、今は決勝戦と言う舞台の上。

 緩んだ頬を叩いて意識を切り替えると、目の前の対戦相手――コーデリア先輩に視線を向ける。


 そして、コーデリア先輩に視線を向けるとほぼ同時に。



『これより席位争奪戦決勝戦を開始します! 両者開始位置へ!』



 審判員は開始位置に移動するよう指示するのだが――



「アルディノさんでお名前は合ってますわよね?

一つ提案があるのですが……お話を聞いて貰っても宜しいかしら?」



 コーデリア先輩は審判員の進行を遮り、そのような言葉を口にする。



「提案……ですか?」


「ええ、提案ですわ」


「それは、どのような提案で?」



 僕が提案――その内容について尋ねると、僅かに笑みを浮かべるコーデリア先輩。



「先程の試合、しっかりと観戦させて頂きましたわ。

正直な感想としては驚かされた――と言うよりも理解出来ないと言った感情の方が強く。

これからこの化け物――で、ではなくて!

この規格外の化け物と試合しなければいけないと思うと肝が冷えたと言うのが正直な感想ですわ」



 本題に入る前にそのような話を聞かせるコーデリア先輩なのだが……


 化け物扱いされてしまった僕は、思わず頬が引き攣ってしまい。

 それと共に、訂正した筈なのに評価が悪化しているという現実に腑に落ちないものを感じると。

 思わず「それ、言い直した意味あります?」と言った言葉が喉を吐いて出そうになってしまう。


 しかしながら、別に悪気があった訳ではないようで。

 頬を引き攣らせている僕を他所に、コーデリア先輩は何食わぬ顔で話を続け――



「こう言うのも情けない話ではあるのですが……

ワタクシの実力では、貴方の実力に到底及ばない事は明らかですわ。

ですので、恥を忍んで一つの提案をしたいと考えておりますの。

それで、その提案と言うのは――」



 そして、一瞬の間を作った後、その提案とやらを口にした。



「学園規定の武器では無く『真剣』を持ちいた試合をしませんかしら? と言う提案ですの」



 その提案を聞いた僕は『真剣』と言う言葉に一瞬疑問を浮かべてしまうのだが。

 それを補足するようにコーデリア先輩は説明を始める。



「学園既定の武器は粗悪品ではないものの。

安全面を考慮して刃は潰してある上、生徒達の純粋な力を測る為に過度な品質は持ち合わせていませんの。

まぁ、それはそれで構わないのですが。

これから行われる貴方との試合を考えれば、それでは些か心許ないと言うのが本音で。

実際、貴方相手では棒きれ程の役割しか果たさないと考えていますわ」



 コーデリア先輩はそこまで説明すると、自らの腰に差してある剣にチラリと目を向けるのだが。

 その眼差しは頼りないものを見るような眼差しで、どこか不安そうでもあった。


 そんなコーデリア先輩を見た僕は、自らの剣に視線を落とすと考えを巡らすのだが……


 僕の場合『魔力付与』に加え、一応ではあるが『魔法剣』も使用する事だって出来る。

 その為、武器の品質に関わらず一定以上の性能で戦うことが可能となっており。

 正直に言えば、武器に対する不満はあまり無いというのが本音であった。


 だがしかし。

 コーデリア先輩の立場で考えてみれば。

 刃引きした剣で『魔力付与』や『魔法剣』を相手に打ち合わなければならないという状況で。

 その事に気付くと「心許ない」と言ったコーデリア先輩の気持ちも充分に理解することが可能だった。

 だからだろう。



「確かに……そうかも知れませんね」



 思わずそんな言葉を漏らしてしまったのだが。

 結果的に言えばそれが良くなかったようで……



「それはつまり! 提案に同意したと取っても構わないってことかしら!?」


「へっ!? いや!?」


「同意したと取っても構いませんわよね!」


「ちょっ!? 顔が近いですってば!!」


「構いませんわよね!!」 


「わ、分かりました! 同意するんで離れて下さい!」



 コーデリア先輩の勢いに押し切られてしまい。

 半ば強引な形で言質を取られてしまうことになる。


 ……ちなみにだが、顔が近い事に動揺して同意した訳ではないと言っておこう。


 まぁ、それは兎も角。


 結果的にコーデリア先輩の提案に同意を示す形になってしまい。

 言質を取った満足感からか笑顔を浮かべるコーデリア先輩。


 正直、真剣を扱う事に対して不安があるというのが本音なのだが。

 笑顔を浮かべるコーデリア先輩の姿を見ると、今更撤回するのも悪いように感じてしまい。

 それと同時に、そもそも席位争奪戦のルール的には問題無いのだろうか?

 と言った疑問が浮かぶのだが。



『本人同士が承諾したとなれば、問題は無いとされている。

コーデリア選手の提案を両者が承諾したと判断しても問題ないかね?』



 どうやら、ルール的にも問題は無いようで。

 審判員の確認の言葉にコーデリア先輩は笑顔で頷き、僕はつられる形で頷くことになってしまった。


 そして、提案を通す事に成功したコーデリア先輩。



「爺ッ! 例の物を持ってきなさい!」



 そう声を上げたことで、リングの袖に控えていた初老の男性がリングへと上がり。

 布に包まれた棒状の物――三つの内の二つをコーデリア先輩へと手渡すと、残りの一つは僕へと手渡す。



「これは?」


「布を解いてみれば分かりますわ」



 その言葉に従い手渡された棒状の物。その布を解いていく。

 すると、布の下から姿を見せたのは――



「剣ですか?」



 そう。意匠がこらされた鞘に収まった剣であった。



「ええ、私だけでは不公平でしょう? それに、急に言われても用意してる筈もありませんしね。

勝手ながら、貴方に合いそうな剣を用意させて貰いましたわ。

ああ、何か仕掛けて居ると勘繰っているのなら、無駄な心配でしてよ?

学園都市で用意できる最高品質の物を用意させて頂きましたし。

マルシアス家の名に掛けて、要らぬ仕掛けはしていないと断言させて頂きますわ」



 そして、手渡された剣を眺めていると、コーデリア先輩がそんな言葉を口にする。


 正直、勘繰っている訳ではないのだが。

 だからと言って渡されたものを素直に使用するのも、それはそれで問題だと言えるだろう。


 そう思った僕は鞘から剣を抜くと、どの程度の武器であるか確かめる為。

 試しに軽く振ってみる事にしたのだが――



「凄い……」



 一振りしただけだと言うのに、思わずそんな言葉を漏らしてしまう。


 手に吸い付くような柄の感触や剣自体の軽さもそうだが。

 軽く振っただけで手に残る、風を斬ったという確かな感触。


 それだけでも学園の武器と比べるまでもない程の技物である。

 そう理解することが出来たのだが。

 それに加えて、この輝き。

 若干の青みを帯びた銀色の輝きは、それだけで質の高さを実感させられ。

 思わず見入ってしまう様な輝きを放ったいた。


 そして、そんな剣に見入ってしまっていると――



「凄いのも当然でしてよ? その剣はミスリル製ですもの」


「へ? ミ、ミスリル!?」



 告げられた言葉に、間の抜けた驚きの声を上げてしまう。


 正直に言うのであれば、ミスリルと言うものに対して浅い認識しか持ち合わせていない。

 しかし、それでもミスリルは希少な上、魔力伝導率が恐ろしく高い金属であるという事に加え。

 ミスリルの剣一本の値段で、立派な家を買うことが出来るといった認識くらいならあった。


 その為、傷をつけてしまった場合とんでもない額を要求される恐れもあり。 



「こ、こんな高価なモノ、お借りする事は出来ないですよ!!」



 そう言って突き返そうとしたのだが。



「使い潰して貰っても構わないですわよ?

そう思えるくらいにはワタクシ滾っていますし。それに――」



 あろうことか、ミスリルを使い潰しても構わないとコーデリア先輩は口にし。

 そんな言葉と共に、包んでいる布を解く。


 そして、シュルリと言う布のすれる音と共に姿を覗かせたのは――


 まるでガラス細工を思わせる深い青の長剣と。

 同じくガラス細工を思わせる燃えるような赤の短剣で。 



「私には『魔剣』が在りますもの」



 そう言うと、コーデリア先輩は妖艶な笑みを浮かべて見せた。



「魔剣……」


「あら? 目つきが変わりましたわね?」


「ええ、魔剣についてはそれなりに聞いていますので」



 そう、魔剣については『魔力付与』を教わる際に幾つかの情報教えられていた。

 それは何故かと言えば『魔力付与』と言う存在が忘れ去られる切っ掛けでもあり。

 時代の流れに取り残される切っ掛けとなった存在だったからだろう。


 では、何故『魔力付与』が時代の流れに取り残される事になったのか?


 その理由として、魔剣の性能が非常に優れているというのは勿論の事。

 魔剣の利便性。その利便性が異様に高かったというのが一番の理由だと言える。


 実際『魔力付与』というのは、身に着けるまでにそれ相応の鍛錬が必要とされるのだが。

 いざ、実戦で使用するとなると魔力操作に意識を集中する必要があり。

 行動に僅かばかりの制限をされてしまう点を不都合に感じる者も少なくは無かった。

 それでも、一定の性能を維持できる『魔力付与』は利便性に優れていると言えるのだが……


 魔剣の場合、そう言った鍛練や魔力操作といったものが不要な事に加え。

 言ってしまえば、魔力さえ扱えれば子供でも魔剣を起動することくらいは可能であった。

 その為、実戦における行動の制限と言うものを気にする必要がなく。

 その利便性から、魔剣という存在は徐々に広まり認知されて行くことになった。


 そして、一部の鍛冶職人たちが魔剣の生成を確立してからというもの。

 魔剣の利便性と比較され、利便性に劣る『魔力付与』は時代の波に取り残されると共に、いつしか人々の記憶からも忘れさられてしまい。

 その結果。『魔力付与』は『魔剣』に取って変わられてしまったと言う訳だ。


 ――そのような話をメーテから聞かされた事を思い出し。

 改めてコーデリア先輩の剣に視線を向けてみれば。


 青の長剣と赤の短剣。

 魔剣と言うものはその属性が表れる傾向にあるらしく。

 そのような理由から水属性の魔剣と炎の魔剣である事が推測する事が出来たのだが……



「安請け合いし過ぎたかな……?」



 魔剣の妖しげな輝きを見た僕は、思わずそんな言葉を漏らしてしまい。



「無理な提案をして申し訳ありませんわ。

正直、直前まで迷ったのですが、どうしても貴方と『真っ向勝負』がしてみたくて……

でも、そうするには今の私では実力が足りない事も重々承知していましたわ……

ですので! 情けない話ですが『魔剣』に頼らせて頂きましたの」



 そう言うと、コーデリア先輩は肩を落として見せる。


 そんなコーデリア先輩の姿を見た僕は。



『……まぁ、同意した以上はやるしかないかな?』



 そんな風に考え始めたのだが……



「早く試合を始めろーーーーー!!」


「もう待ち切れねぇよ!!」


「審判!! いいから試合開始の合図出しちまえ!!」



 どうやら、試合が一向に始まらない事に対して、試観客達は痺れを切らしてしまったようで。

 試合を急かす様な声が観客席からあがり始める。


 そして、そんな観客達の声を受けた審判員。

 慌てて僕達が開始位置に立っている事を確認すると。



『こ、これより!! せ、席位争奪戦決勝戦を始めたいと思います!!』



 慌てたままに言葉を並べ――



『試合開始!!』



 席位争奪戦決勝戦。その始まりを告げるのであった。

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