第168話 決勝戦前の貴賓席

 『始まりの魔法使い』である事を伝えた結果。

 当然のように質問攻めに合い、それに対応する羽目になってしまったメーテ。


 流石に答えられないような質問に関しては誤魔化しはしたものの。

 それでも。答えられる質問にはしっかり答えていき。

 出来るだけ誠実な対応で答えて見せた。


 そうして一通りの質問に答え終えると――



「初めて会った頃から只者じゃない雰囲気は感じてましたけど、本当に只者じゃなかったんですね……」



 そう言ったのはソフィア。


 幼い頃の思い出――初めてメーテと出会った時の事を思い出しているのだろう。

 何処か遠い目をしながら、合点がいったかのように頷いて見せる。



「まぁ、只者じゃないんだろうな〜とは思ってたっすけど……

って言うか、アルの強さの理由が分かった気がするっすよ」


「ああ、『始まりの魔法使い』様に育てられたとなれば、アルの実力にも納得がいくな」


「んにゃ! 道理で規格外な筈だにゃ!」



 ソフィアの言葉に同意を示すのは、ダンテにベルトにラトラ。

 こちらも合点がいったと言わんばかりに頷いて見せるのだが――



「だが、そうなると『メーテさん』と呼ぶのは失礼に当たらないか?」


「どうなんだろうな? テオドール様みたいにメーテ様って呼んだ方が良いのか?」



 メーテが『始まりの魔法使い』であると知る事になった現状。

 今まで通り『メーテさん』と呼ぶ事が失礼に当たると考えたようで。

 アルべルトは『様』などという敬称を持ち出し、ダンテは疑問を口にすると首を傾げて見せた。



「いや、今までと変わらずに接してくれた方が私としては嬉しいな。

むしろ、様などという敬称はくすぐったくて仕方無い……」



 しかし、メーテからすれば『様』などという敬称は不要でしか無く。

 困ったような笑顔を浮かべた後、今まで通り接するよう、お願いの言葉を口にする。


 そして、そんなお願いの言葉を聞いたアルベルトにダンテ。



「こちら的にはその方が嬉しいのですが……本当に良いんですか?」


「まぁ、メーテさんがそう言うなら良いんじゃね? それに今更態度変えるのもアレだしな。

という事でメーテさん! 今まで通りでお願いします!」



 『様』という敬称で呼ぶ事を提案したのは良いのだが。

 どうやら、建前といった意味合いの方が強かったようで。

 『変わらず接してくれ』と言うメーテの言葉を聞いた2人は、そう言うと頬を緩めて見せた。 



 そんな中。少しばかり状況について行けないのがメーテと接点の薄いグレゴリオ。

 会話に入るタイミングも逃してしまったようで。

 口を半開きにしたままの状態で皆のやり取りを眺めていた。


 そして、そんなグレゴリオに視線を送るメーテ。


 グレゴリオの名前はアルから聞かされており。

 どう言った人物であるかも聞かされてはいたのだが……


 実際にグレゴリオと接点を持つのは今日が初めてだと言う事に加え。

 殆ど会話も交わしていない為、グレゴリオがどのような人物であるのか理解しきれていなかった。


 まぁ、理解しきれていないとは言え。

 メーテ自身、ダンテを励ますグレゴリオの姿を見ていたので。

 『悪いヤツではなさそうかな?』といった具合にグレゴリオを評価していたのだが。


 正直、それだけの情報でグレゴリオと言う人物を理解出来たとは言い難く。

 メーテもその事は重々承知していた。


 そして、グレゴリオと言う人物を理解出来ていないからだろう。

 『始まりの魔法使い』である事を伝えたのは良いのだが。

 正直、漏らして欲しく無いと言うのもメーテの本音であった為――


 『一応、釘を差しておくか?』


 そのように考えると。



「まぁ、面倒に巻き込まれるのも困るんでな。この事は黙って貰えるとありがたい。

まぁ、強制はしないし喋るのも自由だが……

自由と言う物には相応の代償がある事を覚えておいて欲しい」




 やんわりとした脅しを掛ける事にしたのだが。



「お、俺は言うなと言ったら絶対言わないっす!

そ、それに! アルさんの家族を困らせるってことはアルさんを困らせるのと同じで!

だとしたら、そんな事は絶対にしないっす!」


「そ、そうか。な、なら良いんだが」



 なんとも熱い感じの言葉を返されてしまったメーテ。

 脅しと言う安易な手に出てしまった大人気の無さに、バツの悪さを感じてしまう。


 そして、そんなバツの悪さを誤魔化す為なのだろう……



「そ、そうだ! 決勝戦を見終わった頃には小腹も空く事だろう!

あ、後で軽食でも買ってやるから欲しいものを言え! も、勿論私の驕りだぞ!」



 屋台の食事を驕る事を伝えるのだが……言ってしまえば、物で釣るという行為でしかなく。

 これもまた大人気ない行為と言えるのだが、焦りの所為かメーテがそれに気付く事は無い。


 まぁ、メーテの大人気の無さは兎も角。


 効果だけで言うのなら覿面だったようで。



「えっ! 良いんすか!? だったらアルがお見舞の品としてくれた飲み物が欲しいっす!」


「良いのメーテっち? じゃあ、メーテっちが食べてた甘そうな奴が欲しいかな〜」



 メーテの言葉を聞いたダンテとマリベルから注文が入り。



「私はお肉が良いわ。甘辛いタレがかかったヤツを……そうね、10本程お願い」



 更には、ウルフからもここぞとばかりに要求が入る。



「ダンテやマリベルは兎も角……ウルフ、お前は自重したらどうだ?」



 しかし、流石に過度な注文は受け付けていないようで。

 メーテはそう言うと、ウルフの注文を突っぱねて見せるのだが。



「あら? どうせ誤魔化すなら器が大きなところも見せた方が良いんじゃないかしら?

それに……メーテばっかり質問されて私少し寂しかったのよね。

この心の隙間を埋めるのにはお肉しか無いと思うの」


「ぐぬっ!?」



 どうやら、メーテの思惑などウルフには筒抜けだったことに加え。

 素性を尋ねられなかった事が少しばかり不満だったらしく。

 ウルフは拗ねるように口を尖らせると反論をして見せる。


 そして、痛い所を突かれてしまったメーテ。

 慌ててウルフのご機嫌を取ろうとし、マリベルに話を振るのだが……



「べ、別に気にならなかった訳じゃないよな? なぁ?マリベル?」


「ちょっ!? 私に話を振るの!? 

そ、そうよ! ちょっとメーテっちの話に夢中になっちゃったけど。

べ、別にウルフっちの事忘れた訳じゃないんだから!

あ、あ~ウルフっちの話も聞きたいな~。興味あるな~。」



 当のマリベルと言えば、口では忘れていないなどと主張して見せるも。

 マリベルの焦りようを見れば「忘れてました」といった隠された本音があることなどバレバレで。

 当然、隠された本音がある事をウルフにも悟られてしまう。



「本当は?」


「ち、ちょっと忘れてました!! すみません!!」


「もう、仕方ないから許してあげるけど。

ちょっとだけ興が逸れちゃったから私の素性はまた今度ね?

それとメーテ……」


「分かった分かった! 串肉を10本だろ! 奢ってやるから機嫌を直してくれ」


「流石メーテ。貴方のそう言うところ好きよ」



 ウルフの素性についてはこの場で聞くことは出来なかったよううだが。

 取り敢えずはウルフのご機嫌取りには成功したようで。

 笑顔を浮かべるウルフの姿にメーテとマリベルはホッと息を吐いた。


 そして、そんなやりとりをしている一方で――



「お見舞いの品? ダンテのところにはお見舞いに来たのか?」


「おう、来たぜ? お前達のところにも行っただろ?」


「……来てないな」


「……来てにゃいな」



 悲しみを帯びた声を漏らすベルトとラトラ。



「……あ、アレじゃねぇか? なんていうかアレだよ! アレ!」



 そんな落ち込む2人を慰めようとダンテは、アルがお見舞いに行かなかった理由を考えるのだが。

 特に理由が思いつかない所為かアレとしか言葉が出てこない。



「……ダンテのお見舞いには行って、なんで僕には……」


「ラトラちゃん悲しい……」



 その所為か、更に落ち込むベルトとラトラ。


 その様子を見兼ねたのだろう。



「ダンテ君のお見舞いに行くと言って貴賓席を出た後。

あまり時間が経過していない内に、アル君は貴賓席へと戻ってきました。

その時のアル君は随分と慌てた様子でしたので、ただ単にお見舞いを忘れたと言う訳じゃないと思いますよ?」


「そ、そうそう! 2人分の飲み物も買ってたみたいだしな!

まぁ、俺の部屋に忘れていったけど、見舞いに行く気はあったんだろうな!」



 ミエルがそんな言葉を口にすると、思いだしたかのようにダンテも便乗し。

 その言葉を聞いた事で、ベルトとラトラも少しは納得する事が出来たのだろう。



「ま、まぁ、何処か抜けてるアルディノっぽいと言えばアルディノっぽいか……」


「んにゃ。 普段抜けてる癖に強いって言うんだから……本当理不尽にゃ」



 そう言うと、呆れたような笑みを浮かべるベルトとラトラであったのだが――



「でも、その差が良いですよね?

なんて言うんですか? 普段は比護欲をくすぐられる感じなのに。

いざ戦うとなれば雰囲気がガラリと変わる。その感じが私は素敵だと思いますよ?」



 思いがけないミエルの発言により表情が固まる。


 そして、そんな言葉を聞かせれては無反応で居られないのがソフィアだ。



「かかか、可愛い上に素敵って!?

へ、へぇ〜。ミ、ミエル様は変わった趣味してらっしゃるんですね〜?

で、でも、アルはどうかと思うんですよね〜。

だ、だってアルってば普段は抜けてるし、皆が知っているような常識を知らなかったりするんですよ!?

や、やっぱり、男の人は常に格好良い方が良いと思うんです! ミエル様もそう思いませんか!?」



 ソフィアはそう言うと、ミエルの表情を窺うようにチラチラと視線を飛ばすのだが――



「ソフィアさんはそう思うんですか? まぁ、私はそうは思いませんが……」


「ふぐぅ!?」



 ソフィアの言葉をミエルはバッサリと切って見せる。


 そして、その事により焦りを見せるのはソフィア。


 実際、ソフィアはそのような事は微塵も――とまではいかないが、少しくらいしか思ってはおらず。

 言ってしまえば、アルを素敵だと言うミエルに対しての牽制の言葉であった。


 だが、結果的には墓穴を掘ったと言うか……自らの首を絞めたと言うか……

 ソフィアに取っては好ましくない展開になった事に、思わず可愛くない声を漏らしてしまう。


 しかし、それでもへこたれないのがソフィアの『らしさ』なのだろう。



「で、でも! やっぱりアルはどうかと思うんですよね!

女性の気持ちとか、そう言うの全然分かってなさそうですし! きっと鈍感ですよ!」



 ミエルを牽制すべく、更に言葉を並べるのだが……



「……ま、まぁ、だからこそ不意にドキッとさせられるんだけど……」



 うっかり本音を漏らしてしまうのもソフィアの『らしさ』なのだろう。


 まぁ、それは兎も角。



「じ、じゃなくて!!」



 失言に気付くと慌てて否定して見せるソフィアなのだが。

 一度慌ててしまったことで、頭が真っ白になってしまったようで。



「そ、それに! アルにはダンテが居るんですよ!」



 ……いや、真っ白の先にある到着点まで辿り着いてしまったようで、ありえない言葉を口にする。


 そして、これにはダンテも黙っていられる筈が無く。



「ソフィア!? お前ふざけんなよ!!」



 そう言って声を荒げるのだが――



「ほ、ほらぁ! やっぱり、アルはダンテと! だから添い寝してくれないんだ!」


「メーテ? 私たち何処で教育を間違えてしまったのかしらね?」


「んもぉ~やだぁ〜。やっぱりそういう事だったのね~うふ、うふふ」



 メーテとウルフはガックリと項垂れ。

 マリベルは嬉しそうに、くねくねと身体を捩る。



「ちょっ!? 全然そう言うんじゃないっすから!!」



 そんな皆の反応を見たダンテは危機感を覚え。

 誤解を解くべく更に声をあげ否定して見せるのだが……



「ダンテ君」



 掛けられた声に、ダンテは思わずゾクリと身体を震えさせてしまう。


 そして、恐る恐るといった様子で振りかえってみれば――



「ダンテ君? 少しお話しましょうか?」



 何故か裁縫針と糸を手にしたミエルの姿が目に入る。



「えっと……ミエルさん? それは一体何すかね……?」


「……」



 だが、その質問に答える事をせず。

 光を失った目でダンテの顔を覗き込むと……三日月型の笑みを浮かべるミエル。



「ひいっ!?」



 そんなミエルの笑みを見たダンテは、恐怖という感情の含まれた上擦った声を上げてしまうのだが。

 どうやら、ミエルの心には何も響かなかったようで。



「さぁダンテ君。ちょっと隣の部屋に行きましょうか?」    



 そう言うと、ダンテの肩に手を掛ける。



「まっ、待って! 隣じゃなくて此処が良いっす!!」


「駄目です」


「ちょっ!? ひぃいいいいいい!!」



 そんなやり取りによって、ダンテは更に悲鳴を上げる事になり。

 貴賓席は混沌とした空気に包まれて行くのだが――




『長らくお待たせしました!! これより! 席位争奪戦決勝戦を行います!!』



 そんな言葉が響くと共に、各々の意識はリングへと向かい。



「た、助かった?」



 その事により、窮地を脱したダンテはホッと息を吐くのだが……



「ダンテ君。お話はまた後で」



 ミエルの言葉に三度の悲鳴を上げるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る