第167話 メーテの素性

 先程まで行われていた準決勝第二試合。

 その試合を観戦し終えると同時に、貴賓席に弾むような声が響いた。



「ははっ……やっぱ、やっぱアルはすげぇわ!

ベルト! 精霊魔法だぜ! 精霊魔法! お前等も見ただろ!?」



 興奮した様子で声を上げるのはダンテ。


 『魔人化』の影響で碌に動くことも出来ない状態だと言うのに。

 ソレを感じさせない動きで車椅子から立ち上がると、目を輝かせながら友人達に同意を求める。



「あ、ああ。まさか精霊魔法まで使えるとは……逆に頭が痛くなってきたよ……」


「と言うか、ウチはさっき誓ったにゃ! アルを怒らせないようにしようって!」


「精霊魔法って……少しは近づけたと思ったのに、これじゃ全然じゃない……」


「んにゃ? ソフィアなんか言ったかにゃ?」


「べべべ、別に何も言ってませんけどぉ!」


「本当かよ? その割には言葉に詰まってるじゃねーか」


「つ、詰まってなんかないです!」


 ダンテの言葉に反応したのは、アルベルトにラトラ。それにソフィアとグレゴリオ。

 そんなやり取りを交わすと、何故かソフィアは頬を赤く染める



「まさか、あの歳で精霊魔法――しかも『人型』を使用するとは……

末恐ろしいと言う言葉では収まらんのう」


「畑違いだから精霊魔法について詳しくないんだけど……まぁ、異常よね?

ちなみにだけど、爺様が『人型』を使えるようになったのは幾つの時?」


「幾つじゃったかな?

うろ覚えではあるんじゃが……確か100歳を超えた頃じゃったような気がするのう」


「はぁ? 『賢者』である爺様が100歳を超えた頃!?

だとしたら、あの子ヤバくない!?」


「うーむ、難しいところじゃな……

精霊魔法を使用出来るか否かは、体質に左右されてのう。

魔素に干渉しやすい体質であれば、幼い頃から精霊魔法を使用出来る者も少数ではあるが確かに居る。

まぁ、そう言った点で言えば、儂は体質的にも才能にも恵まれなかったらしくてのう。

精霊魔法を取得するまで、長い年月が掛かってしまった訳なんじゃが……」


「じゃあ、そんなにヤバくないって事?」


「いや、ヤバいのう。

体質で左右はされるのは確かなんじゃが、使用できたとしても精々『動物型』や『植物型』が普通じゃ。

まぁ、それでも充分に凄い事には変わりは無いんじゃが……


しかしじゃ。アルが使用したのは『人型』。

『人型』なんて言うのは体質や膨大な魔力に加え、並みならぬ修練が必要とされるからのう。

正直言って、アルの年齢で『人型』を使用出来ると言うのは異常じゃよ。


……と言うか、魔素に干渉という点で言えば、転移を得意とするマリベルの領分じゃろ?

その知識と経験がれば精霊魔法も使用出来そうなものなんじゃが……」


「へぇ〜そうなの? だけど、転移以外にあんまり興味が湧かないのよね〜」


「へぇ〜、って……勿体無いのう」



 そして、そんなやり取りを交わすのはテオドールとマリベル。

 転移以外に興味が無いと言うマリベルの言葉に対し。

 テオドールはガックリと肩を落とすと、心底残念そうに溜息を吐く。


 会話の内容は違えど、先程の試合について会話を交わす貴賓席の人々なのだが。


 話題の中心となっているのが先程の試合。

 言うなればアルの話題であるからだろう――



「て言うかさ、アルも大概だけど。そこまで育て上げたって言うのも大概よね」



 不意にそんな言葉をマリベルが口にし。

 その言葉が切っ掛けに、話題はアルをよく知る人物。

 メーテとウルフの話題へと移ることになる。



「確かに大概っちゃ大概っすよね。

2人の訓練を受けたおかげで、俺も随分と実力を上げる事が出来ましたからね。

……まぁ、何度か死ぬかと思ったすけど」


「んにゃ、おかげ様で晴れて席位持ちにゃ!

……本当、死ななくて良かったにゃ」


「考えてみれば、2人の訓練を受けた者は全員席位持ちになる訳か……それも凄い話だな。

……うぷっ、し、失礼、訓練内容を思い出して少し吐き気が」


「そうね。微妙な結果にはなっちゃったけど……

ミランダ先輩には勝つ事が出来たし、今年は準決勝にも進むことが出来た事を考えれば。

前期休暇に訓練を受ける事が出来たのは本当、幸運だったわ。

……あれ? ゴブリンの巣に放り込まれるのは幸運なのかしら……?」



 話題がメーテとウルフの話へ移ると、2人の指導を受けた者達はそんな言葉を交わす。


 メーテとウルフに対する評価は上々――とも言い切れないのが悲しいところだが。

 2人が用意した訓練内容を思い出してみれば、その反応も当然とも言えるだろう。



「お前達は文句が多いな? アルはもっと酷い目にあってたぞ?」


「メーテ? その言葉は逆効果じゃないかしら?」



 従って、メーテが反論したところで、ウルフの言う通り逆効果でしか無いのだが……


 だがしかし、上々とは言い切れないものの。

 2人に対して敬意や感謝と言った感情があるのも確かなので。

 2人を調子に乗せない為にも、概ね上々と言った評価くらいが丁度良いのかも知れない。


 そして、そんな会話に加え、実際に訓練を目にしていたからだろう。

 短期間の訓練でダンテ達の急激に実力を引き上げ、アルと言う規格外の存在を育て上げた人物。

 メーテとウルフと言う人物にマリベルが興味を惹かれると言うのは当然の流れで――



「て言うかさ、只者じゃないとは思ってはいたけど……メーテっちとウルフっちて何者なの?

まぁ、答えたくないのなら無理には聞かないんだけど。

気にならないって言えば嘘になるから、教えてくれるんなら嬉しいな〜なんて思うんだけど」



 マリベルは詮索するのも失礼だと思いながらも、好奇心から尋ねてしまう。



「ふむ、私達が何者なのか……か」



 そして、そんなマリベルの質問に対しメーテは瞑目し考える。


 何者かと問われれば『アルの育ての親』と言うのが答えであるのだが。

 この場で問われているのは、そんな周知の事実では無い事は明らかで。

 『アルの育ての親』と答えたところで、皆が納得しない事は容易に想像出来た。


 だが、もしもメーテがそう答えたのであれば。

 納得こそしないものの、マリベルが言った通り、それ以上無理に聞く事も無いのだろう。


 メーテはそのように考えており。

 そう考えていたからこそ、どう答えて良いか迷っていた。


 正直な話。適当な言葉を並べ、煙に巻いてしまうのであれば簡単であった。


 だが、そうした所で、結局のところは問題を先延ばしにしているにすぎず。

 「無理には聞かない」と言ってくれた事を考えれば、不誠実な対応であるとも言える。


 では、どうするのが誠実な対応なのか?


 それは、嘘偽りのない素性を伝える事だとメーテは考えるのだが……


 そう考えた場合、『禍事を歌う魔女』である事を伝えなければならず。

 魔女や闇属性魔法に対し、強い差別意識を持つこの国の現状を考えるのであれば。 

 おいそれと伝えるべきでは無いともメーテは考えていた。


 そして、メーテがそのように考えた理由。

 それは、保身と言った理由も当然のようにあるのだが。


 それよりも『禍事を歌う魔女』である事を伝える事によって起こる弊害。

 素性を伝えた結果。皆が予期せぬ事件や事故に巻き込まれる可能性があり。

 それをメーテが是としなかったことが理由だった。


 だったのだが……

 正直。些か慎重過ぎるのでは? と言いたくなるのも否めない。


 しかし、メーテの身に起きた過去の出来事。 

 その出来事を経て、メーテが辿り着いた答えである事を考えれば、否定するのも酷な話なのだろう。


 ……まぁ、過去の話は置いておくことにして。


 そのような理由からメーテは皆の身の安全を考えており。

 危害を及ぶ事を是としていない以上、『禍事を歌う魔女』だと伝える事は出来ないと考えていた。


 そして、そのように考えた場合。

 誠実で有り、尚且つ皆に納得して貰えるような答え。

 そんな答えをメーテは一つしか持ち合わせておらず――



「世間で『始まりの魔法使い』と呼ばれている者を知っているか?」



 メーテはそんな言葉を口にすることになる。



「へ? そんなの、学園都市に住んでるなら誰でも知ってるわよ。

って言うか、なんで急に『始まりの魔法使い』の話をしだしたのよ?」


「何でと言われたら、それが私の事だからだ」


 



「……ほぇ?」



 しかし、そんなメーテの言葉をマリベルは即座に受け止められ無かったようで。

 なんとも間の抜けた声を漏らしてしまう。


 そして、それは皆も同様で。

 テオドールにミエル、それにウルフ。

 メーテの素性を知る以外の者は、揃って間の抜けた声を出していた。


 だが、それも一瞬の事で――



「ま、またまた〜。そんな冗談言うなんてメーテっちらしくないわよ〜? このこの〜」



 マリベルはメーテなりの冗談だと解釈したらしく。

 そう言うと肘でメーテの事をつつくのだが……その仕草はなんと言うか古い。


 そんな年齢を感じさせる仕草を披露したマリベルは兎も角。

 冗談と言う言葉は皆にも届いていたようで。



「な、なんだ〜。冗談だったんすか〜、一瞬驚いたっすよ〜」


「た、確かにな。 不覚ながら僕も驚いてしまったよ」


「で、でも、少しでも信じそうににゃった時点である意味凄くにゃいか?」


「俺は全然、接点ないから分かんねぇけどよ。

メーテさんてアルさんの家族なんだろ? 思わず信じちまうくらい強いのか?」


「んにゃ、メーテさんもウルフ師匠もアルを子供扱いするくらいには強いにゃ!」


「……2人とも化物レベルじゃねぇかよ」



 マリベル同様。メーテの言葉を冗談だと判断したらしく。

 アルの友人達はそんなやり取りを交わしていたのだが……



「あっ!!」



 そんな中、ソフィアが何かに気付いた様に突然声をあげる。



「ビックリした! ソ、ソフィアっち、どうしたの?」


「そ、そう言えば、メーテさんの書斎にお邪魔した時にメルワ―ルの魔道書を見掛けました。

しかも、恐らくは初版本なんですが……メーテさんはソレをテーブル代わりにしてました」



 正直、ソフィアがその話をした事に深い意味があった訳ではない。

 もしかしたら、メーテと『始まりの魔法使い』を結びつける接点になるのではないか?

 といった、なんの根拠もない発言であり。

 ソフィア自身、思い出したから口に出してみた程度の情報であったのだが……


 やはり、その程度の情報ではメーテと『始まりの魔法使い』を結び付けるには無理があったようで。

 マリベルや友人達はあまりピンと来ていないといった様子を見せ。

 「どう言うこと?」と言わんばかりの表情を浮かべている。


 しかし、それもそうだろう。

 写本ではあるものの、学園の図書館でもメルワ―ルの魔道書を閲覧することが可能であることに加え。

 初版本と言われても本に興味がなければそこまで気に止める部分では無く。

 多少価値があるんだろうな〜くらいにしか思わないのが普通なのだろう。


 要するに、ソフィアの情報は、メーテと『始まりの魔法使い』が結びつける様な情報では無く。

 その結果。揃いも揃って「へぇ〜」と言った間延びした声を漏らす事になる訳なのだが……



「はわっ、はわわわっ」



 何故か、テオドールだけは素っ頓狂な声をあげる事になる。


 そして――



「あああ、有りえませんぞッ!!

メーテ様の家に在るとなれば、それは初版本などでは無くメルワ―ルの魔道書! その原本!!

この世に流布する魔法。その基礎から扱いが困難な魔法。

更には精霊魔法や混合魔法の多くが網羅された魔道書であり!

元は覚書きである為、今だ解明されず、数多くの謎を残すメルワ―ルの魔道書!!

それは正に至高であり至宝の魔道書!!

そそそ、それを、あ、在ろうことかテテテ、テーブル代わりですとぉ!?

はわっ……はわわわっ」


「て、テオドール様落ち着いて下さい!?」



 テオドールは捲し立てるように話すと、宥めに入ったミエルにもたれ掛かる形で膝をついた。


 そして。そんなテオドールの様子を見た事が切っ掛けになったのだろう。



『あれ? これ冗談じゃないんじゃね?』



 そのような考えが皆の頭の中に過り始め。



「ほ、本当にメーテっちが『始まりの魔法使い』なの?」



 マリベルは恐る恐ると言った様子で、改めて質問をするのだが……



「だから、そうだと言ってるではないか」



 平然とした態度で肯定するメーテ。


 そして、そんなメーテの言葉を聞いたマリベルにアルの友人達は。



「「「「「・・・・・・・・・・・・・!?」」」」」」



 声にならない驚きの声をあげるのだった。






「……ところで、私は素性を言わなくてもいいのかしら?」



 そんなウルフの声が届かない程に……

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