第166話 アル対コールマン


『試合開始!!』



 審判員が試合開始を告げた瞬間。

 コールマンは手に持った槍を中段に構え。

 まるで、僕の出方を窺うかの様に僅かに穂先を揺らして見せる。


 そんなコールマンの構えに対し、僕はと言うと――



「……君はふざけてるのかなぁ?」



 コールマンが眉を顰め、苛立った様子で尋ねてしまう位には雑な構えで立っていた。



「いえ? ふざけてないですよ?」


「……やはり、ふざけてるようだねぇ」



 僕の答えに、眉の皺を更に深くするコールマンなのだが。

 実際、その反応は仕方が無い事だと言えるだろう。


 何故なら、今の僕の状況と言えば、ただ剣を抜いただけと言う状況で。

 正確に言えば構えてすらいないのだから、コールマンが苛立つのも理解する事が出来る。


 そして、そんな僕の態度は観客達の癇に障ってしまったらしく。



「ビビって構えることも出来ないってか!!」


「ビビるようなら始めっから出てくんじゃねぇよ!!」


「てめぇ!! 構えもしないとか、舐めてんじゃねぇのか!?」 


   

 観客達の間から批判の声が幾つも上がることになるのだが。

 そんな批判の声は、当然コールマンの耳にも届いていたようで。



「くっくっ。僕だけじゃなく観客も敵に回してしまったみたいだねぇ?

流石にこの状況は僕でも同情するよぉ」



 観客達を味方に付ける事が出来た。とでも考えたのだろうか?

 コールマンはそう言うと、不敵に笑みを浮かべて見せる。


 正直に言えば、観客達が敵にまわると言う状況は好ましくは無いし。

 その事により生まれる空気――所謂アウェーと言った雰囲気では戦いにくいと言うのが本音だ。


 従って、場の雰囲気を変えたいのであれば観客達の批判を真摯に受け止めるべきだし。

 観客を味方に付けるべく、今からでも構えを取るのが正解なのだろう。


 だがしかし。

 そう理解しているというのに、僕は敢えて構える事をしない。


 では何故? 僕が構えを取ることをしないのか――



「構えなよぉ? 構えを取らないのは観客が言うように臆してるからかい?

それとも……くっくっ、まさかぁ、構える必要もないとでも言うのかなぁ?」


「……いえ? その通りですけど?」



 そう。コールマンが言う通り。

 構える必要が無いからそうしているだけなのだ。


 ……まぁ、厳密に言うと少し語弊があり。

 コールマンの高く伸びた鼻を折る為、敢えて侮る様な態度を取っている訳なのだが……


 そんな僕の考えなど知る筈のないコールマンは、当然のように激高し――



「本当、今年の後期組は生意気なヤツが多いよッ!」



 そう言うと、槍による高速の突きを放つ。


 そして、その軌道からしてコールマンの狙いは喉なのだが。



「なっ!?」


 

 結果から言えば、攻撃を仕掛けた筈のコールマンが驚きの声を上げる事になる。


 その理由は、コールマンが放った喉狙いの突き。

 その突きに対し、僕が避ける動作を見せるどころか、動く素振りすら見せなかったのが理由だろう。



「チッ!」



 不機嫌そうに舌打ちと共に、寸前のところで槍を止めるコールマン。


 一旦、距離を取ると言う選択をしたようで。

 後方へと飛び距離を取ると、不機嫌そうな表情を浮かべたままに尋ねる。



「……何故避けようとしなかったんだい?」


「それは、自分が一番分かってるんじゃないですか?」



 僕の答えは簡潔な言葉ではあったが。

 その言葉だけでコールマンは理解したのだろう。



「……僕が槍を引くのを分かってたって事かなぁ? でも、何故だい?」



 怪訝な表情を浮かべると、更に質問を続ける。


 正直、その質問に答える義理も無いので、答えるかどうか一瞬迷ってしまうのだが。

 むしろ、伝えた方が精神を揺さぶれるのでは?

 そう考えた結果、コールマンの質問に答える事にした。



「ええ、槍を引くのは分かっていました。

普通、致死に至る様な攻撃を仕掛ける場合殺気が漏れるらしいんですけど。

喉を狙っていると言うのに、貴方の攻撃からは殺気を感じる事が出来ませんでしたからね。

そうなると、喉への攻撃はあくまで威嚇。

恐らくですが「致死に至る攻撃も厭わない」そんな印象を与える為に喉を狙ったんでしょう。

だから、避けるまでも無いかな? そう判断した訳です」 


「は? ……殺気?」



 答える事にしたのだが……


 どうやら、コールマンは殺気と言うものを理解していないようで。

 怪訝な表情を浮かべたままに口を半分ほど開けている。


 そんなコールマンの表情を見た僕は。

 殺気についても説明しなきゃいけないのかな? 

 などと考えるが、流石にそこまで説明をしてあげる必要はない事に気付くと。



「それでは、続きを始めましょうか? 掛かってきて下さい」



 無理やり話を切りあげる事にし、煽るように手招きをして見せる。


 しかし、今までの会話と行動の所為で、コールマンの警戒心が上がってしまったのだろう。


 コールマンは煽るような言葉を受けても、すぐを仕掛けるような事はせず。

 警戒心を表すかのように、構えた槍の穂先を揺らすに留めていた。


 そして、そんな状況のまま、数秒の時間が刻まれていくのだが……

 どうやら、学園第二席と言う肩書がその停滞を是としなかったようで。



「ふぅ……たかが後期組如きにこれでは、示しが付かないねぇ。

舐めた態度を取ったことを後悔させてやろうじゃないか――ねぇッ!!」



 そんな言葉と共に、高速の突きを放ち。

 それをきっかけに、幾度となく突きが繰り出される。


 その突きを剣で受け、時には僅かに動く事でかわすのだが。

 思った以上にキレのある槍捌きに、敵だと言うのを忘れ少しばかり感心してしまう。


 などと感心している間にも、コールマンは次の行動に移っていたようで――



『吹き荒れる風よ あれは天を衝く傲慢な塔だ 風化し朽ちる事を彼の身に刻み給え!!』



 風属性の中級魔法。

 その中でも上位にあたる『槍嵐』の詠唱を口にする。


 そして、この『槍嵐』と言う魔法。

 言うなれば、渦巻く風で槍を具現化したような魔法で。

 初級魔法にある『風槍』と言う魔法。その上位互換と言った魔法なのだが……


 『風槍』が一本の風の槍を具現化する魔法である事に対し。

 『槍嵐』は十数からなる風の槍を具現化するという魔法であり。

 その性能や威力は上位互換と評してる事からも『槍嵐』の方が格段に上だと言える。


 それにだ。

 そんな『槍嵐』だけでも充分厄介だと言えるのに――



「魔法に加え、高速の突きによる同時攻撃! どうだい?君にコレが避けられるかなぁ!?」



 コールマン自身の槍も加わるとなれば尚更で。

 下手な対処をしてしまった場合、一気に戦局が傾き、試合の主導権を握られる事すら考えられた。



 ……だがしかし。

 それはあくまでコールマンよりも格下。

 或いは実力が拮抗している場合の話でしか無く――



『槍嵐!』


「へっ?」



 僕は『槍嵐』を放つ事でコールマンの『槍嵐』を相殺して見せると。

 間の抜けた声を上げるコールマンの懐へと潜り込み、腹部に掌底を叩きこむ。



「ごふッ!?」



 その事により、コールマンの口からそんな声が漏れるのだが。

 構わず左手を伸ばし、コールマンの頭を抱え込むと、今度は顔面へ向けてひざ蹴りを放つ。



「あがッ!?」



 続けざまに攻撃を喰らう事になったコールマン。

 顔面を手で覆いながら、我武者羅といった感じで槍を振るうのだが……

 雑に振るわれた槍など、当然喰らう筈も無く。

 槍を掻い潜って腹部に前蹴りを叩きこむと、コールマンは後方へと弾かれる事になった。 



「き、貴様ッ!!」



 そして、のそりと立ちあがったコールマンは酷い形相で僕を睨みつけるのだが。

 いつもの飄々とした態度を崩したコールマンからは『らしさ』と言うものを感じられず。

 酷い形相の割には威圧感を感じる事が出来ない。



「殺してやるッ!!」



 更には強い言葉を使って見せるのだが……

 やはり『らしさ』が感じられない所為だろうか?

 強い言葉の割には、薄っぺらいものように感じてしまう。


 そんな風に感じていると、コールマンは怒りに任せと言った感じで間合いを詰め。

 間合いに入ると槍を振るうのだが……その槍捌きは先程と比べたらかなり拙く。

 かわすのも容易であれば、反撃すらも容易で――



「がはっ!?」


「ぐっ!」


「ふぐっ!?」



 幾度となく反撃を喰らっては、そんな声を漏らすコールマン。


 それでも尚、雑な槍を振るって見せるのだが。

 こんな槍捌きでは何時まで経っても僕に当てる事は出来ないだろうし。

 腐っても第二席であるコールマンがソレを理解いしていない筈が無い。


 何か狙いがあるのか?

 いや、きっとあるのだろう。


 そして、そう考えた瞬間。

 コールマンの袖の下で何かがキラリと光り。

 それと同時にチクリとした痛みを腕に感じる事になる。


 痛みを感じた事で、コールマンから一旦距離を取る事にし。

 距離を取ってから痛みの原因を探ってみれば、髪の毛程の細い針が刺さっている事に気付く。


 そんな僕の様子を見たコールマンは――



「は、ははぁッ!! 馬鹿が! 油断しているからだ!!」



 そう言うと心底嬉しそうな表情を浮かべ。



「効くだろぉ!? ほらぁ、視界がぐるぐるだねぇ!」



 心底愉快そうに笑い声を上げる。


 恐らくだが、この針にはダンテに使用した薬物。それと同様のモノが塗られているのだろう。

 だからこそコールマンは勝利を確信し、愉快そうに笑っているのだとは思うが――



「お生憎様ですが、生半可な薬物は僕に効きませんよ?」


「へ?」



 残念な事に、生半可な薬物では僕の行動を制限する事は出来ないのだ。


 では、何故効かないのかと言えば、正直思い出したくない記憶ではあるのだが……

 迷宮都市を離れてから魔の森の家に帰るまでの2年間があったからだと言えるだろう。


 基本野営をして過ごした2年間。その大半は自給自足が基本で。

 メーテが採取してきた毒々しいキノコや、ウルフが捕まえてきたゲル状の魔物を食材として調理する事が度々あった。


 正直、抵抗はあったし絶対に食べたくないとは思ったが。

 メーテやウルフが食材として用意した以上は、信用する他なく。

 実際に食べた際の味は糞不味かったけど、2人を信用しているからこそ、我慢して口に運んでいた。


 だが、そう言った食事が出された後は必ずと言って良い程体調を崩していたし。

 最悪な場合はまったく熱が引かず、数日寝込む事さえあった。


 そのような事が続いた結果、流石に不審に思い。

 怪しい食材に付いて尋ねる事にしたのだが。

 その時に返ってきた言葉と言えば――



『ん? あんなもの毒に決まってるだろ?

ああして摂取する事で毒に対する耐性ができるからな、備えあれば憂いなしと言うヤツだな!』



 そんな無茶苦茶な言葉で。

 小一時間程、問い詰めたい気持ちにもなったのだが。



『まぁ、流石にアルだけに喰わせるのも悪いからな。

私達も我慢して食べたが……一度食べた事があるだけに躊躇したよ』


『不味いと知りながら狩りに行くのは心が折れそうだったわ……やっぱり、お肉が一番よね』



 そんな事を言われてしまっては問い詰める訳にもいかず。

 耐性を突けるという名目の元、その後も度々、毒物を摂取させられる事になった。



 ――と言った経緯があった為。

 身体に異常をきたす毒や薬物に対してある程度の耐性があり。

 生半可な薬物では僕の行動に制限を掛ける事が出来ない訳なのだが――


 どうやら、使用された薬物は生半可な物だったようで。

 今のところ、コールマンが言うような症状は現れていない。



「で、効かない見たいですけどどうしますか?」


「そ、そんな馬鹿な!?」 



 コールマンは声を荒げると、それと同時に踵を踏みならす。


 これが地団駄と言うヤツだろうか?

 とも思ったのだが、どうやら違うようで。

 コールマンが踵を踏みならした瞬間。

 つま先から針のようなものが飛び出し、太陽光を浴びて僅かにキラリと光る。


 恐らく、この針にも薬物が塗られているのだろう。

 そう予想する事が出来たのだが……コールマンも相当追い込まれているのだろう。


 隠し武器ならもっと使いどころを選ぶべきだと言うのに。

 何の捻りも無く目の前で披露した上。

 あろうことか、動作の大きい上段蹴りを放つ。


 だが。そんな蹴りが当たる筈も無く。



「かはッ!?」



 逆に間合いを詰めて見せると、顔面へと掌底を叩きこみ。

 蹴りの動作に入っていたコールマンは体勢を崩すと、ひっくり返るように尻餅を突いた。



「貴様ぁああッ……」



 唸るような声を上げるコールマン。


 そんなコールマンは槍を杖のようにし、のそりと立ちあがるのだが……

 次の瞬間。目を見開くと僕を指差し。



「こ、後期組が! 僕は前期組で第二席なんだぞ! お前よりも優れているんだ!!

なのにッ! こんなの可笑しいじゃないかッ!! 審判員!! コイツはきっと不正をしてるぞ!!

早く! 早く調べるんだ!!」



 あろうことか、自分の事を棚に上げ、糾弾の声をあげる。


 まぁ、腹が立つ事には変わりはないが、所詮は妄言でしか無く。

 審判員もきっと相手にする事は無いだろう。


 そう思ったのだが…… 



「それは、本当かな? だとしたら問題だよ?」



 ……恐らくだが、この審判員はコールマンの域の掛かった教員。その中の一人なのだろう。

 あからさまな不正をしたコールマンを責めるどころか、僕に対して疑いの視線を向ける。


 そして、コールマンはこれを好機と考えたようで――



「失格は取り消されたようだがぁ! むしろ取り消しと言うのが手違いだったようだねぇ!!

一度ならず、二度までも不正を働くとは!! この! 学園の面汚しめッ!!」



 観客席まで届くような大声で糾弾し始めた。


 いや? それまんま自分の事でしょ?


 コールマンの言葉を聞き、思わずそんな言葉を思い浮かべるのだが……




「卑怯者ーーーーーーー!!」


「これだから後期組は!!」


「学園の面汚しーーーーーー!!」


「審判!! 早く失格にしろーーーーー!!



 どうやら、観客達には効果覿面だったようで。

 幾つもの糾弾の声をぶつけられる事になる。


 そして、そんな観客達の声を聞いた事で、不正を調べる大義を得る事になった審判員。

 ここぞとばかりに歩み寄ると。



「アルディノ選手、不正の有無を調べさせて貰う」



 そう言って僕の肩に手を掛けようとしたのだが――



「嫌です」



 僕の言葉に目を見開くことになる。



「い、嫌って……それは不正を認める様なもんだぞ? 分かっているのか?」


「いいえ、不正はしていませんけど。

貴方に調べさせたら、不正したことにされそうなので」


「なっ!? き、君は、私の事を侮辱しているのか!!」


「侮辱はしてませんが、信用もしていません。

ああ、そうだ。先にコールマン先輩の事を調べてくれるなら考えなくもないですよ?」


「そ……それは……」 



 そう言ったきり審判員は黙ってしまう。


 しかし――



「何をしてる!! そいつを早く調べろ!!」



 コールマンの言葉に、審判員は一瞬だけ肩を跳ねさせ。



「と、兎に角! 調べさせて貰う!」



 そう言うと強引に、僕の肩を掴む。


 正直、これがまともな審判員であるならば、僕だって受け入れる。

 だが、このままでは間違いなく不正の疑いを掛けられ、失格にされてしまうのだろう。


 そう思った僕は、「仕方無いよね?」そう心の中で呟くと――



『紫電』



 苦肉の策として紫電を放つ。


 そして、次の瞬間には掴まれた肩から重みが消え。

 それと同時に、ドサリと言う音をたてて審判員はリングへと倒れ込んだ。


 そんな光景を目撃したコールマンに観客達。

 水を打ったような静けさが会場に広がるのだが……それも一瞬の事で。



「なにしてやがる!!!」


「審判に手を出すとか最悪じゃねぇか!!!」


「おい!! 運営!! そいつを早くつまみだせよ!!」


「不正野郎!! 潔く負けを認めやがれ!!」



 次の瞬間には罵詈雑言が飛び交う事になる。


 そして、職員達もこの状況は見過ごす事が出来なかったのだろう。

 リング外に控えていた職員達は一斉にリング上へと駆け寄ろうとするのだが。



『近づくな』



 魔力を乗せた僕の一言により、職員達は動きを止める事になる。


 しかし、動きを止めたところで問題が解決した訳ではない。

 言うなれば職員達は驚いた為に動きを止めているというだけの状況でしかなく。

 数秒後には職員達がリング上へと駆けつけるであろう事が予想出来た。


 そして、そうなった時点で、きっと試合どころでは無くなるのだろう。


 そう思うと思わず溜息を吐きたくなってしまい。

 四面楚歌といった状況に思わず溜息を吐きそうになってしまうのだが……


 正直。僕が準決勝と言う舞台に立つ事に不平不満を持つのも理解できるし。

 観客達が不正だと罵る気持ちも理解出来る。

 理由があり承諾があったとしても『特別』な対応をして貰っている以上は、不正と言う言葉を完璧に否定で出来ないというのが現実なのだろう。


 それでも、テオ爺やミエルさんに頼んだのなら。

 不正では無い事を伝えてくれて、テオ爺の言葉であれば観客達も納得してくれるのだろうし。

 僕に対する悪評も、全てとは行かないまでも払拭されるのだと思う。


 だけど……それを僕はそれを是としない。


 只でさえテオ爺とミエルさんには迷惑を掛けている事を考えれば。

 これ以上は迷惑を掛けたくないと言うのが本音だし。

 正直、そうして貰ったところで僕はあまり意味が無いと考えているからだ。


 何故なら、ここまで敵意をむき出しにするのは後期組に対する確執。

 又は差別意識があるのが問題なのだと僕は考えており。

 テオ爺やミエルさんに身の潔白を証言して貰った所で、それは一過性のものに過ぎず。

 根本的な解決にはならいのではないかと僕は考えていた。


 勿論、僕自身に対する不平不満であると言うのも理解してはいるが。

 そういった根本の部分、後期組に対する差別意識であり。

 『後期組は前期組と比べて劣っている』といった認識を覆さない限りは、いずれ立ち塞がる問題なのだろう。


 では、どうすればいいのか?


 正直、それは分からないと言うのが本音だが。

 それでも、拙いなりに出した答えがある。


 本当に拙くて情けなくはあるのだが……

 端的に言ってしまえば、不正と騒ぐのが馬鹿らしく思えるように。

 又は後期組と侮るのが意味が無いことだと思えるように、『分からせる』しかないのだろう。



 そう考えた僕は。

 不正だと騒ぐ職員に理解させる為。

 糾弾する観客達を黙らせる為。


 そして、後期組に対する認識を覆す為に『詠唱』を始める――



『――落ちる 走る 曇天を駆ける

それは雷光 世界を分断する 青白き亀裂――』



「お、おい……き、貴様何言ってるんだ?」



 僕の詠唱を聞き、コールマンは尋ねるが僕は構わずに言葉を並べる。



『叫ぶ 喚く 嫉妬に狂う。

それは雷鳴 置き去りにされた 悲哀の咆哮――』



「だ、だから! それはなんだ!?」



『ならば我が手を引こう ならば我が導こう

置き去りにする未練も 置き去りにされた悲しみも 

理解し 尊び 享受し 嗤う――』 


「そ、それをやめろ!!」



 コールマンはその言葉と共に突きを放つのだが――もう遅い。



『精霊魔法 慟哭のメルキア』



 僕がそう告げた瞬間。



『―――――――――――――――――――――――――――ッ!!』



 まるで女性の金切り声と錯覚するような声が会場に響き。

 それと同時に、リング外に控えていた職員や、会場を埋め尽くす観客達の声が途切れる。


 その声を響かせたのは『メルキア』。

 雷属性の精霊魔法であり、女性の形――まるで泣いているような女性を模した精霊魔法だ。


 そして、コールマンの槍はと言うと。

 突いた槍の先。『メルキア』に触れた部分は完全に消滅している。



「な、なんだよぉ……それはぁ……」


「精霊魔法ですね」


「ふ……ふざけるなぁああああああああああ!!

そんなもの後期組が使える訳ないだろうがぁああ!!」


「そう言われても使えるものは使えますので。

……それより、覚悟は出来ていますか?」


「は、はぁ?」


「メルキア、彼に止めを」



 僕がそう言うと『メルキア』は再度金切り声を響かせ、コールマンとの距離を詰めるのだが。


 『メルキア』が距離を詰めた事により、僕が言った言葉の意味を理解したのだろう。



「わ、分かった!! ぼ、僕の負けだ!! だ、だから――」



 コールマンは懇願するかのような声をあげる。


 しかし――



「少し遅かったみたいですね」


「ま、待て待て待て待て待てぇえええええ!!」



 コールマンの言葉を遮るように『メルキア』の拳が振り下ろされ、爆音が響くと共に粉塵が舞う。


 その際に粉塵が目に入り、少しの間目を瞑ってしまったのだが。


 次に目に映った光景に僕は――



「ちょっとだけ可哀想……かな?」



 そんな言葉を口にする。


 爆音の中心地にあったのは、大きく抉れたリングと燻ぶる黒煙。


 そして、そこにはバチバチと音を立て佇む『メルキア』の姿と。

 その足元で股間を濡らし白目を剥くコールマンの姿。


 まぁ、『メルキア』の一撃をまともに喰らった場合。

 恐らく――と言うか確実に死ぬだろうから直前で狙いを外しはしたのだが……


 それでも、余程の恐怖を感じていたのだろう。

 濡れた股間。そこから運ばれてくる臭いからはアンモニア臭以外の臭いが感じられ。

 恐らくではあるが、漏らしたのは小だけでは無いのであろう……そのように察する事が出来た。


 そう察したからこそ、少しだけ可哀想かな?と思った訳なのだが。


 こうでもしない限りは懲りないだろうし。これで少しは考えを改めるだろう。

 そんな風に自分に言い聞かせていると――



「せ、精霊魔法!? お、俺初めて見たわ……」


「ば、馬鹿言ってんじゃねぇよ!? あ、アレも不正だろ!?」


「そんな訳ねぇだろ! そんな訳ねぇよな!?」


「ちょっと待て! 理解がおいつかねぇが、兎に角凄い事は分かった!」



 観客席からは現状を理解出来ていないようで、狼狽えた声がそこかしこから上がるのだが――



「凄い!! 精霊魔法だそ精霊魔法!! 見たかノア!?」


「み、見たよお兄ちゃん! ふぁ~凄いね~」 



 そんな声が観客席から上がると、ソレを切っ掛けに伝播していき。



「おお! やっぱり凄ぇんだよな!? 素直に驚いても良いんだよな!?」


「そ、そうよね! これは称賛するべきよね!?」


「お、おおおおおおおおおおおお!! 凄ぇええええええ!!」



 肯定的な声が上がり始めると、一気に歓声へと変わっていく。


 そして、そんな中――



『席位争奪戦準決勝!!

ししし、勝者はアルディノ選手です!!』



 コールマンに与してるとは言え、審判員の仕事はしっかりこなすようで。

 いつの間にか意識を取り戻していた審判員は、言葉に詰まりながらも、僕の勝利を告げるのであった。

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