第165話 大人の振りをした子供

 

 『それではッ!! 両選手入場です!!』



 審判員がそう告げると、案内役の職員が会場へと続く扉を開く。


 そして、その瞬間。

 耳が痛くなる程の大歓声が僕を襲う。


 その歓声に一瞬だけ怯みそうになってしまうのだが。

 大きく息を吐いて怯みかけた心を締め直すと。

 一歩、また一歩と足を踏み出し、リングへと向かい歩みを進める。


 そうしてリング上へと辿り着いた僕は、ふと周囲を見渡してみる。


 すると、人で埋め尽くされた観客席が目に入り。

 立ち見席どころか、階段付近まで人で溢れて居る事に気付くと。

 これから行われる試合が如何に注目されているかを理解する事が出来た。



「……やっぱり、早まったかな」



 埋め尽くされた観客席を眺めながら、思わず弱気な言葉を漏らしてしまうのだが。



『この状況は僕が我儘を言った結果なんだから』



 そう言い聞かせることで、弱気な気持ちを霧散させ。

 それと同時に、この状況。

 席位争奪戦準決勝と言う舞台に立たせてくれたテオ爺、それとミエルさんに胸の内で感謝をする。 


 そう。

 僕が今立っているのは席位争奪戦準決勝と言う舞台の上。


 そして、この舞台に立つことが出来たのは、僕が口にした我儘――


 

『我儘だって分かってる。

だけど、席位争奪戦と言う舞台でコールマンと戦わせて欲しい。

だから、敗者復活戦があるのなら僕を出場させて欲しいんだ!』



 そんな僕の我儘をテオ爺が了承してくれたからだろう。


 ……まぁ、実際のことを言えば少し語弊があり。

 敗者復活戦に出場したいと言う僕の願いは承諾されず。

 敗者復活戦自体、開かれる事がなかったのだが……


 それでも準決勝と言う舞台に立つ事が出来たのは―― 





『ふむ、コールマン君は失格にする予定じゃし。

準決勝の代わりに敗者復活戦を開くのもやぶさかでは無い。と言うのが本音じゃ。

じゃが、そうするには時間が足らないようでのう……

代わりと言ってはなんじゃが、演武や模擬戦でお茶を濁そうかと考えておったのじゃが……

どうじゃ? ミエルはどう思う?』


『そうですね……私個人の意見としましては、アル君の提案を受けるべきかと』


『ほう、その理由は?』


『理由は……下手すれば暴動が起きかねないからです』


『随分と物騒の話じゃが……あり得ない話では無いのう』


『はい、実際あり得ない話ではありません。

観客の多くは明日の準決勝。或いは決勝戦を楽しみにしている筈です。

ですが、コールマンの失格が確定している現状。

明日行われるのは一試合のみとなり、準決勝が事実上の決勝戦となります。

そして、そうなった場合。今回の席位争奪戦の盛り上がりようから見ても観客達が満足するとは到底思えませんし。

お茶を濁したところで……下手をしたら火に油を注ぐような結果になる可能性も考えられます』


『ふむぅ……確かにそうかも知れんのう。

それならば、今からでも本戦敗退者に通達を入れて敗者復活戦を開くべきか……』


『いえ、敗者復活戦を開くとなると、やはり時間的に無理があるかと。

閉会後に行われるお偉方との会談の予定。それを大幅にずらして頂けるのなら不可能では無いのですが……』


『彼等も多忙な身じゃからのう。案件の重要性も考慮すれば現実的では無い……か』


『そういう事になりますね。

敗者復活戦を開くことが出来れば一番良いとは思うのですが。

開くとなると時間が問題となる上、開かないとなれば暴動の可能性も考えられる。

それを回避する為にも、アル君の提案を受け入れるべきだと考えたのですが……』


『成程のう。しかしそうなると……他の参加者は納得するかのう?』


『納得は……正直、難しいかも知れませんし。

コールマンを準決勝の舞台に立たせるのも問題だと思います。


ですが、コールマンを失格にした場合、アル君はきっと試合に出ようとは考えない筈です。

そして、そうなった場合、暴動を避ける為にも敗者復活戦を開く必要があるのですが……

結局は時間的猶予が無いと言う堂々巡りですね』


『ふむ……なんとも詰みに近い状況じゃのう』


『ですので、アル君に試合を行って貰うというのが現実的な解決策なのではないかと』


『そうなると、コールマンを準決勝の舞台に立たせるかどうかが問題じゃな……』


『そういう話になりますね……ですが、正直な話。

もし敗者復活戦を開いたとしても、アル君が本気で出場を目指す以上は結果が見えています。

そうなると、問題となるのはコールマンが準決勝の舞台に立つという事だけで……


その事に対して私達が目を瞑るか、それとも瞑らずにいるかが問題であって。

言ってしまえば、アル君の提案を受け入れると言う事は、アル君の『我儘』であると同時に私達の『我儘』であるのだと私は考えています』


『確かに、これは儂たちの都合。

アルから言いだした話じゃが、実際は大人の尻拭いをさせているのと変わらんと言うことか……』


『はい、不甲斐ない話ですが仰るとおりなんだと思います。

ですので、こちらの都合もあると言うのが心苦しくはあるのですが。

謝罪の意味も込めてアル君の提案を受け入れてあげたいと言うのが私の本音でして……


正直に言うなら、準決勝の舞台に立つアル君の姿を見たい。と言うのも本音ではあります。

アル君の実力を見さえすれば、納得は出来なくても準決勝の舞台に立つ資格はある。

きっと観客達もそう判断してくれると私は考えているのですが……コレは私の『我儘』なのかも知れませんね』


『ふむ、資格か……』


『……それに、私にここまで言わせたんです。

アル君なら、きっと私の『我儘』であり『信頼』に答えてくれる筈です。



――ねぇ、そうですよね? アル君?』






 ――そのようなミエルさんの後押しもあったお陰で、テオ爺は首を縦に振り。

 我儘を了承してくれた結果、準決勝の舞台に立たせて貰うことになった訳なのだが……


 正直、ミエルさんが『信頼』と口にした時の笑顔からはそら恐ろしいものを感じ。

 思わず発言を撤回しそうになってしまったのも事実であった。


 しかし。

 それでも我儘を通し、準決勝と言う舞台に立たせて貰った理由。


 それは、汚い手段を使用するコールマンが許せなかったと言うのもあるが。

 なによりも許せなかったのは、ダンテに悔しい思いをさせてしまった事。

 僕が中途半端な対応をした所為で、ダンテを泣かせてしまったのが許せなかったからだろう。



 ――正直。

 精神年齢だけで言うなら、僕は結構な大人だ。


 その所為か、不正の疑いを掛けられ失格と言う状況に立たされていると言うのに。

 子供のした事だから――そんな風に考えてしまう自分が居た。


 実際、それは間違った考え方だと思うし、悪い事をしたら叱る人が必要だとも思う。

 しかし、精神年齢の差を考えると、やはり子供でしかなく。

 憤りを感じたのも確かなのだが、真剣になりきれない自分も確かに居て。


 肉体に精神が引かれ、随分と年相応になってきてるとは言え。

 僕が学園と言う場所で真剣になるのは何だかずるいように感じてしまい。

 何処か気を使い、遠慮してしまう自分が居るのも確かだった。 


 そして、そのような考え方は友人達にも及んでおり。

 ダンテ達を友人だと思う気持ちに嘘偽りは無く、紛れもない本心ではあるのだが。

 その反面。何処か保護者のような立場で接している自分が居るのも確かで……


 ……言ってしまえば、僕がやってる事は中途半端なのだ。


 子供でありながら大人のように振る舞う。

 それ自体は悪くない事なのだろう。


 だが、大人のように振る舞うのと真剣になれないと言うのは別問題で。

 大人だからと言って真剣になれない事には結びつかない。


 要するに、僕は驕っていたのだと思う。


 不正による失格という現実を突きつけられて尚。

 子供のした事に対して真剣に怒るのも大人気ない。

 そんな風に考え、大人のように振る舞おうとしていた。


 それはある意味、余裕がある対応と言えるのかも知れないが。

 そのように考える事自体、きっと驕っていると言う事なのだと思う。


 そして、考え過ぎだと言われるかも知れないが。

 その行為自体、友人達に対して真摯に向き合っていないとも言え。

 ある意味裏切りとも言える行為なのだろう……


 だからこそ、不正に対するダンテや友人達の温度差に気付くことが出来なかったし。

 そんな僕だからこそ、見兼ねた友人達が、僕の代わりに怒り、不正を晴らす為に奔走し。

 更には、ランドルやコールマンに挑んでくれたのだろう。


 そして、その結果――


 そんな僕の代わりに、ダンテが悔しい思いをする羽目になったのだ……


 

 ……本当、今更過ぎて情けなくなるが。

 斜に構えて大人振っていた僕なんかより、ダンテ達の方がずっと大人で。

 僕なんかより、ずっと真剣で真摯だったのだろう。


 その事に気付いた僕は、ダンテの無念を晴らす――と言うのも少し違うが。

 友人として恥ずかしくない自分、友人が望んでくれた自分でいよう。


 そして、中途半端な事は辞め。

 この学園と言う場所に、友人達に真摯でいよう。


 そう決意すると共に、我儘を口にする事を決めた訳なのだが――


 更に言えば、我儘を口にした理由は他にもあった。


 その理由は、この学園の現状。

 学園では学ぶ者には平等を謳っているが、現実は貴族の権力に毒されており。

 とてもじゃないが平等であるとは言い難いのが学園の現状だ。


 前期組、後期組で確執があり。

 その根柢の部分を無くさない限り、ランドルやコールマンの様な人種が現れ。

 今回のような問題は、きっと、またどこかで起こるのだろう。


 だから、今回のような問題が起こらないようにする為にも、根底から覆す必要があるのだが。

 正直言って、何からすれば良いか分からないと言うのが本音だ。


 しかし、少なくとも後期組である僕がコールマンに勝つ事が出来たのなら――

 間違い無く、この学園に一石を投じる事にはなるだろう。


 それが、正しいやり方なのかは分からないが。

 『始まりの魔法使い』とやらも、『意見を通したければ実力を示せ』と言っている事を考えれば。

 学園に通う以上、その言葉に倣うのは間違いとも言い切れないのだろう。



 ――それにだ。


 学園内の前期組、後期組と言った認識に加え、平民や貴族と言った認識。

 それすらも変えることが出来ないのであれば。

 そもそも、闇属性その素養を持つ者や『禍事を歌う魔女』に対する歪んだ世界の認識。

 そんな世界の認識を変える事なんて出来る筈も無い。


 だから。


 友人として恥ずかしくない自分でいる為にも。

 世界の認識を変えると言う一歩の為にも。


 そして、中途半端を辞めると決意し、真摯であろうと決意した以上――





 自重はしない。   






 ◆ ◆ ◆ 






「焼き菓子のお礼に伺いました」



 そんな僕の言葉を聞き、コールマンは眉を顰める。



「……確かアルディノ君だったかなぁ?

君は不正をして失格になった筈だろぉ? どうしてこの場に立っているのかねぇ」


「どうしてと聞かれたら、失格が取り下げられからでしょうかね?」


「馬鹿にしてるのかい? この場に立っている以上それくらいは理解してるよぉ。

僕が聞きたいのは、どう言う手段を使ったのか? と言うことなんだがねぇ」


「どういう手段かと言うと……我儘を言った? って感じでしょうかね?」


「……やはり、馬鹿にしているようだねぇ」



 席位争奪戦準決勝と言う舞台。


 そのリングの上でコ−ルマンと相対する事になった僕は。

 自分の至らなさ、コールマンに対する憤り、そんな感情が相俟って煽るような言葉を口にする。


 そして、そんな僕の言葉を聞いたコールマンはと言うと。



「まったく……あのまま失格になってくれてたら良かったのにねぇ。

本当、空気が読めないと言うかなんと言うかぁ、恥ずかしげも無くこの場に立とうとする様には恐れ入るよぉ。

まぁ、厚顔無恥ゆえに不正なんかするのかもねぇ」



 呆れたように肩を竦めると、お返しとばかりに皮肉の言葉を並べ、くつくつと笑ってみせるのだが――



「その言葉、そのままお返ししますよ」


「……」



 僕がそう返すと、コールマンは一瞬だけ口を噤み。



「何が言いたいのか分からないねぇ」



 どうやら、白を切る事にしたようで、飄々とした態度を取って見せた。


 正直、コールマンを失格に出来る状況が整っている以上。

 コールマンが白を切ったところで、まったくの無駄であり。

 問答する事自体が無意味ではあるのだが……



「それは、自分が一番分かっているんじゃないですか?

それとも、この場で洗いざらい喋らなきゃ思い出せないと言うのなら。

カート先輩にマール先輩、それに、ダンテについてお喋りでもしましょうか?」



 動揺させてやりたいと考え。

 この様な言葉を口にしてしまう僕は、やはり子供なのだろう。


 そして、当のコールマンは?と言うと。



「遠慮しとくよぉ。あまり興味が湧かない話だからねぇ」



 言葉通り興味が無いと言った素振りを見せ、飄々とした態度を取って見せるのだが……


 よくよく観察してみれば、苛立ちを表すかのようにパタパタと足でリズムを刻んでおり。

 時折泳ぐ視線からは、焦りのようなものを感じ取る事が出来た。


 そんなコールマンの姿を見て。

 ちょっとした嫌がらせくらいにはなったかな?などと考えていると。



『それでは両選手、開始位置へ』



 審判員がそのように告げ。

 僕とコールマンが開始位置に着いたのを確認すると、観客席へ向けて声を上げる。



『これより! 席位争奪戦準決勝第二試合! コールマン=マクガレス選手た対アルディノ選手の試合を行います!!』



 しかし、次の瞬間――



「アルディノって、確か、不正したとか言う後期組じゃん!?」


「は? 不正? 手違いで失格とは聞いたけどよ……それって本当に手違いだったんか?」


「てか、後期組は今大会では目立ってたけどよ、準決勝は流石に場違いだろ!」


「もしかして、準決勝に出れたのも不正だったりしてな!」


「ああ〜言えてるわ! 不正野郎!! 無様に負けちまえ!」


「コールマンさん!! 可哀想なんで瞬殺は勘弁してあげて下さいね〜!!」



 そんな言葉を観客席からぶつけられる。


 そして、それは徐々に伝播していき。

 観客達の暴言と嘲笑するかのような笑い声ばかりが耳へと届く事になるのだが……


 しかし、そんな中。



「「「「アルーーーーーーー!! 頑張れーーーーーー!!」」」」



 よく知る友人達の声。

 友人達のそんな声援が聞こえたような気がした僕は、思わず笑みを浮かべ――



『それではッ!! 試合開始!!』 



 それと同時に、審判員は試合開始を告げるのだった。

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